なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(466)

船越通信、№466 2020年9月6日 北村慈郎

・   8月23日(日)は礼拝後、しばらく出席者同士で言葉を交わし散会しました。その後私は30日(日)が夏期休暇で船越教会の礼拝には来ませんので、30日(日)の週報を作り、印刷して受付に置いてから鶴巻に帰りました。

・   23日の週は、25日に頼んでいた品物がデパートから届きましたので、連れ合いのお別れ会は止めにして、後日コロナが終息してから記念会を行うというお知らせと共に、連れ合いの記念誌を同封して、連れ合いが生前親しくしていただいた方々、病気療養中にわざわざお見舞いに来てくださった方々などに、ヤマト便とレターパックで発送作業を、娘と二人でしました。連れ合いが残した自分が死んだら連絡する人の数は100人強でしたが、実際に送ったのは150人強でした。27日(木)にはほぼその作業を終えることができました。ただその段階で品物が足りず、十数人が残りましたので、デパートに注文し、29日(土)の教区総会の後に品物を受け取り、残った発送作業を終了しました。

・   29日(土)午前10時から清水ヶ丘教会で6月から延期になっていました第144回教区総会があり、私も出席しました。教区総会は准允志願者2名の准允式執行、2019年度の諸報告承認、教区運営細則改定の可決後、私に関わる戒規免職撤回議案と教団内に聖餐論議の場設定議案が同時に上程され審議されました。今回もK牧師が発言し、教団執行部側の意見を代弁し、教団の秩序(教憲教規)擁護の立場から二つの議案に反対しました。また、S牧師が、自分の祖父がホーリネスの牧師で戦時下苦しんだ経験を語り、一方的な情報しか入ってこない現実について触れ、どちらの立場にしろ正確な情報が必要であるという主旨の発言をしました。戒規免職撤回議案の提案理由にある私が戒規免職になるまでの経過及び常議員会、教師委員会、審判委員会の手続きにつての情報は、この議案書を見て初めて知ったと言う人も多いのではないかと思われます。S牧師は、そこまでは発言していませんが、もしこの提案理由が事実ならば、それはおかしいと思われたのかも知れません。S牧師の発言は極めて正当なもので、私は常々連合長老会系の牧師が、いわゆる非受洗者にも「開かれた聖餐」を執行することは認められないとしても、私の戒規免職処分の手続きをどう考えているのかという疑問を持っています。もしかしたらどんな手続きであっても、「開かれた聖餐」を行う奴は処分してしまえという考え方を持っているとすれば、恐ろしい限りです。もしそういう考えを持っているとすれば、どんな手段を使っても反対者を抹殺するということになってしまうからです。福音主義連合は元々政治的なグループで、教団政治を「左の社会派造反」から取り戻すために出来たわけですから、政治主義的な逸脱は起こり得ると思われます。常議員会で求められて聖餐について私が発言して、「開かれた聖餐」は聖書学的にも宣教論的にもあり得ると言いましたので、そういう私を常議員にしておくわけにないかないと、教師委員会を通して戒規免職処分にして教団の牧師をやらせないようにしたということはあり得る話です。けれども、そもそも教団の中にあって長老主義(カルヴァン主義)に立って教会形成をすることによって教団に仕えるという立場を取り、教団政治には関わらないとしてきた連合長老会系の教会・牧師が、1990年代後半以降福音主義教会連合と思想性を棚上げして政治的に結託して教団政治に介入してきているのが、私には連合長老会系のアイデンティティーの破綻としてしか見えません。神奈川教区には福音主義教会連合の教会よりも連合長老会系の教会の方が多いので、私は連合長老教会系の教会の牧師が何を考えているのか聞きたいと思いますが、最近は常置委員にもなりませんし、教区総会でもほとんど内容的な発言はしませんので分かりません。教区総会でも私の戒規免職撤回議案の反対意見を述べるのは最近では前記K牧師だけですので、今も常議員であるF牧師が、私の戒規免職処分に加担した者として10年経った今どう考えているのか、聞いてみたい気がします。

・   二つの議案への賛成意見として、紅葉坂教会信徒のK・KさんとS先生が発言しました。特にK・Kさんは、教師への戒規の申立てが「教会役員会か教区常置委員会、役員会の場合は常置委員会を通して」という信仰職制委員会答申に触れ、紅葉坂教会役員会も教区常置委員会も北村を戒規にとは全く考えていないのに、当時の教師委員会が戒規の内規を変えて個人の申立てを認めて、北村を戒規免職処分にしたことはおかしい。北村を個人の申立てによって戒規免職処分にした教師委員会の次の総会期の教師委員会は、東京のある教会の信徒個人からの戒規申し立てを、上記信仰職制委員会答申に基づいて却下している事実を挙げ、教師委員会の整合性にも触れて、議案賛成の意見を述べました。その際私の戒規免職処分が一つのストレスとなっていたのではと、私の連れ合いの帰天にも触れて発言をしました。民主的で人権に敏感な教団でなければならないということが、K・Kさんの発言のベースだったと思います。大変力強い発言で説得力もありました。賛否の結果は戒規免職撤回議案は107名中87名の賛成で、教団内に聖餐議論の場設置議案は107名中96名の賛成多数で可決しました。

・   9月1日(火)は午後6時から蒔田教会礼拝堂で常置委員会がありましたので、私も出席しました。この日の議案は上記の教区総会関係の事後処理と教師人事関連と三つの教会からの教会規則変更に関するものでした。教師の面談は一人の方だけでした。その方も以前神奈川教区に所属していましたので、所信表明を伺い殆ど質問もなく終えました。午後7時過ぎには常置委員会が終わりましたので、午後9時には鶴巻に帰って来ました。

・   9月3日(木)、この日は連れ合いが帰天して半年目の日でしたが、夜県民センター会議室で支援会の世話人・事務局会があり、出かけました。10月31日(土)に予定しています支援会総会の準備をしました。