なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(520)

船越通信、№520 2022年6月19日(日)北村慈郎

 

  • 10日(金)朝早く船越教会に来ました。この日支援会の通信が船越教会に届くことになっていたからです。午前8時前には教会に着いていました。すると8時半ごろ玄関を開けようとする音が聞こえました。こんなに早く運送屋さんが来るのかと思いながら、玄関に降りていき、扉を開けました。するとそこにNさんがいました。教会の掃除と庭の手入れをしてくださるために、こんなに早くいらしてくださったのかと、びっくりしました。この日Nさんは午後1時半過ぎまで仕事をしてくださいました。運送屋さんは昼過ぎに通信第27号、1,500部を三箱届けてくれました。通信第27号は前号で、支援者には既に送っていますが、教団諸教会・伝道所には送っていませんので、今回新しく出す通信第28号と共に送るために、増し刷りしたのです。通信第28号は、24頁建てで3,000部8箱を、11日(土)の昼過ぎに運送屋さんが届けてくれました。船越教会はトンネルの近くで、教会前の道路に運送屋さんの車を止めることはできません。船越教会の前から2,30メートル離れた場所に自動車を止めて、荷物をキャスターで教会前まで運び、そこから20数段の階段を上って教会の玄関に荷物をもって来るのです。この通信一箱でも、私は、以前持ち方が悪く右膝近くを痛めて、杖をついて歩かなければならなかったことがありました。ですから、運送屋さんには大変申し訳ない思いがするのです。この日も二人の方で荷物を運んでくれましたが、一人の方は一度に二箱をもって来られたのです。力があると言うか、さすがだなあと思いました。でも、このような力仕事は長年続けるのは難しいのではないかと思うのです。ただ今は以前お店に行って買っていたものも、宅配で家に届けてもらうことも多くなっています。その中には軽い荷物も多いでしょうから、支援会の通信のような荷物ばかりではないと思いますので、仕事としても長続きできるのかもしれません。
  • この通信第27号と第28号の受け取りのこともあって、私は、10日(金)朝早くから船越教会に来たわけです。10日から説教の準備をしながら、支援会通信発送に必要な封筒の印刷、通信に同封するもの(支援者にはZoom懇談会の案内、4月3日の総会資料、宣言賛同者の現在版、振込用紙、教団諸教会・伝道所には宣言賛同者の現在版と振込用紙)の準備をしました。
  • 12日(日)は礼拝後に役員会がありました。Iさんは病気療養中のため欠席で、3人の役員と私とで役員会を行いました。今回は議事も少なく、12時半頃には役員会を終えました。会計役員のN・Kさんが今回も書記を兼ねてくれました。その後私は支援会の通信発送の準備をして、この日も船越教会で過ごしました。
  • 13日(月)は支援会の通信発送作業の日です。この日には支援会の事務局の人が私の他に6人船越教会に来てくれて、発送作業をしてくれました。この日一日だけで、発送作業が完成するようにと、私はその準備をしてきたのです。今回はその準備の時間が十分ありましたので、この日は書類を封筒に詰めて、封をするだけでした。そのためにこの日7人で作業ができましたので、午後3時過ぎにはそのすべて(約2,500弱)を終えることができました。その後皆さんには帰ってもらい、私はヤマト運輸メール便の集配をお願いし、ヤマトの人が来るのを待ちました。午後4時半過ぎにヤマトの人が集配に来てくれましたが、その多さを見て、車に全部は積めないので、午後7時ごろもう一度来ますと言って、半分ほど積んでいきました。ところが午後7時になっても集配に来てくれません。やっと午後7時半過ぎに来てくれて、すべてのメール便をもっていってくれました。私は後片付けをして、午後8時ごろ船越教会から鶴巻に帰りました。今回は3泊4日船越教会に滞在しました。
  • この週は14日(火)、15日(水)と、鶴巻で静かにしていました。支援会の通信発送の疲れを取るためです。ただN・Kさんが文章化してくれた、6月5日(日)のペンテコステの関田先生の説教をプリントアウトして、関田先生に手を入れていただくために返信用の封筒を入れて先生に送りました。関田先生の説教は次号の教会だより「船越の丘」に掲載されることになっています。
  • 16日(木)は朝食を遅く取り、昼食抜きで、11時40分過ぎの小田急快速急行鶴巻温泉駅から、直接国会議事堂前の辺野古新基地建設反対の座り込みに行きました。その場所には既に一人来ていていました。私が2番目で、すぐに2人も来て、何時ものように4人で座り込みました。私が木曜日に座り込みに行くようになってから、木曜日の常連は4人で、週によっては5人になったり、6人になることもたまにあります。座り込みの最初は、いつものように参議院会館前の道路の石壁に、辺野古新基地建設反対の横断幕やプラカード類を並べます。この石壁には縦に等間隔の溝があり、その溝に発泡スチロールを押し込んで横断幕などを止めるのです。以前私がガムテープで貼っていたら、参議院会館のガードマンが来て、テープで石壁に貼らないでと、注意を受けました。それからは、私も、他の人のように石壁の溝に発泡スチロールで止めるようにしています。この日は、座り込んでいる私たちの一人がトイレに道路向かいの国会議事堂側の建物に行くと、警察官が来てどこに行ったのか職務質問をしてきました。私もトイレに信号を渡って向こう側の建物に行こうとして、信号が変わるのを待っていましたら、警察官がどこに行くのか質問してきました。「何処に行こうと、あなたに監視されるいわれはないでしょ」と、私が言いますと、警備上必要だからと警察官は言っていました。私たちが座り込んでいるときも、警察官が近くに立っていて、監視を続けているのです。そういう警察官が、首相官邸前には特に多く、国会周辺に相当数散在しています。市民を守るための警察官が市民を抑圧する働きを国家権力によって強いられているという本末転倒が、国会前では実際に起きているということでしょう。
  • 17日(金)は、船越教会に行き、教区のオリエンテーションの案内発送物をキャリアカーに入れて、午後1時から始まる寿の炊き出し配食に行きました。久しぶりに炊き出し配食に参加し、その後オリエンテーション委員で案内発送作業を引き受けてくれたMさんに発送物を説明して渡して、鶴巻に帰ってきまし