なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信、№715

船越通信、№715  2026年5月31(日)

 

24日(日)はペンテコステの礼拝でした。11名の参加で礼拝後教会の備蓄用の交換する食材で昼食会をもちました。参加者は7名でした。私も参加しましたが、このところ嚥下現象が収まっていましたので、不用意に皆さんと一緒に一口食べたところ、食べたものが胃に入らず、あわてて2階の牧師館に行きました。その後食事会に戻りましたが、一口食べた残りは食べずに、食事会の後2階に持って行き、冷凍にしておきました。この日は食事会を終えた後、少し牧師館で休み鶴巻に帰ってきました。

 

嚥下障害については、20日(水)に今住んでいる鶴巻にある鶴巻温泉病院に嚥下外来がありましたので、いつも診てもらっています内科医の紹介状を持って診てもらいに行きました。その結果、耳鼻咽喉科での検査を薦められ、秦野日赤の耳鼻咽喉科への紹介状を書いて下さいましたので、25日(月)9;00の予約を取って、その日秦野日赤に行きました。

 

先が小さな電灯になっている管を鼻から入れて喉を調べてくれましたが、特に異常はみつからなかったようで、MRIの検査をということで、27日(水)にMRIの検査をしてきました。その結果が6月4日に出ることになっています。

 

食事を一人でする時には、やわらかめのものを中心に気を付けながら時間をかけてしますので、最近は殆どのどに詰まらせることなく食事が出来ています。ところがみなさんと食事をしますと、どうしても話し合いながら食事をしますので、それが良くないのかも知れません。そこでしばらくは礼拝後の食事会には参加しますが、一緒の食事は控えたいと思っています。

 

26日(火)は朝から寿地区センターに行き、午後2時半過ぎまでセンターの仕事をしてきました。この日はことぶき福祉作業所の昼食会があり、事務の方もその昼食会に参加しました。

 

しばらく前にフードバンクの方にお願いしていた食材が、備蓄品の放出という形でいただけることになり、27日(水)に生活館に届けてくださることになりました。寿日雇労働者組合のKさんにも連絡して、備蓄品の受け取りをお願いしました。今回はカレー、中華丼、五目の3種類、各300食ということですので、有効に用いることができるのではないかと思います。

 

この日はまた、教区のオリエンテーション委員会の2026年度の年間予定が確定しましたので、2026年度第一回オリエンテーションの案内を、例年のように対象者と共に神奈川教区の全教会・伝道所及び東京神学大学、日本聖書神学校、農村伝道神学校宛てに神川教区のオリエンテーション要綱を同封して送付しました。教区で把握できないオリエンテーション対象者を連絡してもらうためです。

 

神奈川教区のオリエンテーションは1967年の「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(戦責告白)以降の日本基督教団の問題の論議(万博・東神大問題、教師検定問題、合同の捉えなおし、同性愛者の教師への教団の対応、聖餐問題等)と神奈川教区が抱えている宣教の現場の問題として基地、寿(寄せ場)、川崎(在日コリアン)の課題を、新しく教区に赴任した教師及び按手・准允志願者及び神学生を対象に出来る限り共有できるようにという目的で行なっています。

 

ちなみに2026年度の予定は以下の通りです、第1回「教区形成基本方針と諸制度の紹介」、第2回 現場研修:「川崎桜本のフィールドワークと青丘社の働き」、「川崎の在日コリアンの歴史と現在」、第3回 「性的少数者(LGBTQ)と教会」、第4回 「聖餐について」。

 

27日(水)は午前中秦野日赤に行き、MRI検査をしてきました。その後鶴巻のマンションに戻り、しばらく休んでから午後2時過ぎに出て、途中海老名の本屋さんに寄ってから、基地・自衛隊問題小委員(以下基地小)の委員会が行なわれる高座渋谷教会に行きました。

 

高座渋谷教会には午後4時少し前に着きましたが、玄関が閉まっていました。しばらく待つと、委員長で高座渋谷教会員であるSさんが来て玄関を開けてくれました。そこでこの日の委員会は午後4時半からということに気づかされました。午後4時半にはこの日出席できる4人の委員か揃い、委員会を始めました。

 

諸報告の後、協議では、毎年行なっています基地小主催の公開学習会「神奈川の基地はどう動いたか」と、「アレン・ネルソン 9条を抱きしめて~元海兵隊員が語る戦争の真実」DVD上映会について話し合いました。DVD上映会については沖縄交流委員会との共催の可能性を打診することにしました。公開学習会については後日以下のように決まりました。「 神奈川の基地はどう動いたか2025∼26年春 」、日時:2026年7月22日(水)午後6時半~8時、於高座渋谷教会、解説:新倉裕史さん(非核市民宣言運動・ヨコスカ)、矢野亮さん(厚木基地を考える会)、沢田政司さん(相模補給廠監視団)。

 

28日(木)は16:30よりなか伝道所で寿地区活動委員会がありましたので、午後5時過ぎに寿地区センターに行き、準備をしてから委員会に出席しました。この日の委員会では、会計報告で会計担当委員から2026年度4月の献金が2025年度、2024年度と比較して大分減っている現状が指摘されました。寿地区活動委員会はすべて献金によってその運営を行っています。教区からの交付金は一切もらっていません。

 

献金は協力献金、特別献金、クリスマス献金にわけて捧げてもらっています。特別献金の中には寿に関わって下さっていたボランティアの方の帰天に際して、その記念として多額の献金を捧げて下さる方もあります。協力献金は、寿の活動を覚えて毎月定期的に献金した下さる方からの献金です。クリスマス献金は、クリスマスを覚えて寿に捧げていただく献金です。

 

教会関係者の寿に関わるボランティアの高齢化と減少もありますので、委員会としては教会関係者の新たなボランティアを呼びかけると共に、寿地区センターのホームページを機能させるようにしたいと思っています。

 

委員会では寿夏祭りにセンターとしてどう関わるかについても話し合いました。6月14日(日)に寿全体の夏祭り実行委員会がありますので、センターからも数名参加することにしました。

 

新しい主事については、まだ具体的な人選にまで至っていません。前主事退任後委員長の私が主事代行のようなことをしていますが、今までできれば炊き出しとバザー以外に火曜日・水曜日と2日センターに詰めるようにしていましたが、私の体力のこともあり、今後はどちらか1日にさせてもらうことにしました。

 

29日(金)は朝早くからセンターに行き、炊き出しに参加しました。この日2回目の某女学校の中学生と教師が炊き出しに参加しました。

 

聖霊降臨節第2主日礼拝説教「この霊によって」ローマの信徒への手紙8章12-17節 

31日(日)の船越教会の礼拝には、めずらしくキリスト教主義女学校から課題を与えられて船越教会の礼拝に出席した中学一年生の子と、その子の塾仲間である小学6年生の二人の子が出席しました。そこで急遽説教は原稿通りではなく、原稿に即しつつも出来る限りこの三人の子どもたちにも伝わるようにと説教をしました。

 

 

5月31日(日)聖霊降臨節第2主日礼拝

注)讃美歌YouTubeは本日はありません。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」(ローマ5:5)

③  12(とうときわが神よ)

 

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編971-12節(讃美歌交読文106頁)

⑥ 聖  書  ローマの信徒への手紙8章12-17節(新約284頁)

⓻ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

  •  讃 美 歌   470(やさしい目が)

 

  •  説  教  「この霊によって」         北村慈郎牧師

 

私たち人間は、自らの肉に従って生きるか、イエス・キリストの霊によって生きるかによって、その生きざまが根本的に違ってくると、ローマの信徒への手紙8章でパウロは熱い思いで語っています。

 

肉に従って生きる人間は、パウロによれば、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(ローマ7:24)と叫ばざるを得ないのであります。

 

このパウロが問題にしている人間の惨めさは、生活の困難さを抱えて、食べることにも事欠いている貧困の厳しさに直面している人の惨めさを意味しているのではありません。例え物質的には何不自由なく暮らしている人にも襲う人間に惨めさを問題にしているのであります。お金や権力や自分自身を中心に置いて生きることによって、神のみを神とし、己の如く隣人を愛しなさいという神の定めである律法をないがしろにする人間の惨めさです。

 

自分自身やお金や権力を神の如く思って生きる人間は、人間同士の和解や平和や喜びを生み出すことは出来ません。相手を蹴落とし、自分だけを喜ばせようとしますので、自分と他者の命を生かすのではなく、命を傷つけ、死に追いやってしまいます。そのような人間の惨めさとは、その人が命である神によって生きているのではなく、その人は自覚していないかも知れませんが、悪の業である死によって支配されているからです。

 

パウロは、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(ローマ7:24)と叫んだ後、続けてこのように言っています。「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」(ローマ7:25)。

 

パウロが「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と言っているのは、パリサイ派のユダヤ教徒であったサウロ(=パウロ)が、キリスト者迫害のためにダマスコに行こうとしてその途上において復活したイエスに出会って、「サウロ、サウロなぜわたしを迫害するのか」(使徒言行録9:4)と声をかけられ、それを契機にしてパウロはキリスト教徒の迫害者から、キリストを宣べ伝える宣教者になったからです。

 

この回心を契機にしてパウロの自己理解が180度変わるのです。

 

このパウロの自己理解の変化は、フィリピの信徒への手紙3章5節以下に記されています。少し長くなりますが、その箇所を読んでみたいと思います。

 

「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非の打ちどころのない者でした。しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしは全てを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには律法から生ずる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えれる義があります。わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです」(フィリピ3:5-11)。

 

バルトは、肉に従ってではなく、霊に従って生きるキリスト者についてこのように記しています。

 

「『内なる耳』をキリストの御言に対して持つ、御業に感謝する、と同時にキリストの福音に責任を負い、ついにはーーキリストのために人間への『確信』を抱く。

 

これは、キリストが私たちに息を吹きかけ、聖霊を送ってくださる時に、私たちがいただく自由です

 

キリストが・・・・もはや私から遠く離れて生きておられるのではないのであるならば、キリストが私のほうへ来られて、私を捉えてくださるのであるならば、その結果として生じることは、私が聞き、感謝して、責任を負い、ついには私のため、他のすべての人びとのため希望をもつことを許され、別な言い方をすれば、私がキリスト者をして生きることが許されることです」と。

 

バルトによれば、「キリストが私たちに息を吹きかけ、聖霊を送ってくださる時に、私たちがいただく自由」をもって生きる者がキリスト者なのです。

 

「この自由を得ることは途方もなく大きなことであり、決して当然のことではありません。それゆえ、キリストの御言を聞いて、感謝しつつ、毎日、毎日必ず祈らなくてはなりません。来てください、創造主なる霊よ!と・・・私たちがこの自由を『持っている』のではなく、自由は繰り返し神に与えられるもの」だからです。

 

このことは、正しくローマ信徒の手紙8章でパウロが記していることではないでしょうか。先ほど司会者に読んでいただいた箇所の直前にパウロは、≪神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、“霊”は義によって命となっています。もし、イエスを死者の中から復活させたかたの霊が、あなたがたの内に宿っておるなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かして下さるでしょう≫(ローマ8:9,10)と記しています。

 

それを受けて、今日の箇所では「それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。肉に従って生きるならあなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。神の霊によって導かれる者は皆、神の子どもです」(8:12-14)と、パウロは記しているのです。

 

パウロは、私たちキリスト者はそのような「アバ、父よ」と叫ぶ神の子なのだと言うのです。

 

そこでバルトは、一つの問いを提起します。<だが事実彼らは、そのような叫びによって、恵みに従順であることをやめることもありえないのだろうか。彼らの霊が疲れることなどありえないのだろうか。彼らが、恐れを持たぬわけにはいかず、死以外の場所では終わることがなく、神の名をただ汚すほかないような、神関係のかの「働き(=行ない)」に再び転落してしますような傾向を持つことはもうありえないだろうか>と。

 

そしてバルトは、<いや、これは常時、起こりうることなのだ>と言うのです。

 

<どうしてそうでないと言えるはずがあろうか。しかし彼ら自身太刀打ちできぬ、この絶えざる脅威と危機においてこそ、神の霊は、彼らの弱い霊、常に無力なことを知っている霊の側に、その証しをもって立ってくださるのである。彼らはそのような時、打ち立てられた神の律法から、また彼らについてすべてが決定されたゴルゴダの十字架から、「われわれは神の子だ」ということを何度も何度も聞くのである(ローマ8:16)! すべてのよき業を自力でなすには、まことに無力なわれわれ! その肉が罪によって住まわれ、支配されているわれわれ! 自己追求的な、謀反的な、役に立たない僕であるわれわれ、そのわれわれが神の子である! われわれの聖からざる霊が、かの聖い霊によって動かされ、押し出されてわれわれにこの証しを与えるためには、かしこから来る証し、聖霊の証しが必要である。

 

われわれが自分自身に「われわれは神の子である!」と言いうるために、すでにそのことが先に語られておらねばならぬ! だがまさに「われわれは神の子である!」ということが、かしこから、しかも何度も繰り返し語られるであろうという事実、そしてわれわれはそれに基づき、そのことを大胆に自由のうちに、自分自身にも語ることが許されているという事実、そして何かそれ以外のことを自分自身に語るという選びはまったくなくなってしまっているという事実は、少しも欠けずに起こりうるし、また事実起こるであろう。

 

/さらに、われわれが「アバ! 父よ!」と叫ぶことの中に成立する、従順のかの良き業に、新たに踏みこむことを許され、また踏みこまねばならぬという事実もまた、少しも欠けずに起こりうるし、事実起こるであろう。…>(バルト)。

 

そのような意味において、私たちが「アバ、父よ」と叫べる神の子であるということ、肉の体をもって生きる私たちが、霊に生かされて生きることが許されているということは、何と大きな恵みではないでしょうか。内村は、このようなキリスト者の霊による生を電球に譬えてこのように語っていいます。

 

<電球は其のままにては何等の光を放たない。これを電線につなぎて初めて光を放ち得る。人は電球の如きものである。独りありては暗々黒々たるのみである。これ即ち罪であり不信である。故に神につながりさえすれば、恰も電球が電線に繋がりし如く即坐に輝光(ひかり)を放ちて周囲を照らすのである。電球は電線を離れ居ては如何ひとりでに努力し工夫しても光を放ち得ない。人が神を離れての努力、修養、工夫は如何に積り重なるとも零の加重である。我等は自己一切の考量、工夫、計度(けいたく)、努力を棄てて唯生命の源なる神に帰ればよいのである。これ悔改、復帰である。罪を離れし事である。かくすれば線に繋がれし電球の如く求めずして光を放ち得るのである>。

 

電球が電線と繋がっているから光を放つように、キリスト者はイエス・キリストと連結しているから光を放つのであって、その連結が絶えてしまったら電線と繋がっていない電球と同じです。その可能性を常に抱えていることを十分自覚しながら、それでも神の子とされた恵みを見失うことなく、イエス・キリストと連結した霊に従って生きる道を踏み外さないように歩んでいきたいと願います。「世の光、地の塩」として。

 

  • 主がそのように私たち一人一人を導いてくださいますように!

 

祈ります。

 

神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。

神さま、私たちが電線であるイエス・キリストにつながって、神の子どもとして光を掲げて、世の光・地の塩として生きることが出来ますようにお導き下さい。

世界は混沌として、肉に従って生きる自己追求的な私たち人間によって、気候危機が迫り、争いと分断差別、貧困によって苦しむ人々益々増えています。

神さま、どうかこの世界を、平和と正義と喜びに満ちた世界にして下さますように!

私たち人間自身の思いが優っていますこの世の現実の中で、抑圧され、差別され苦しんでいる人々を、どうか助けてください。

他者のために働く人々を力づけ励ましてください。

今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。

新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。

 

この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

  • 353(父・子・聖霊の)
  •  献  金

⑫  頌  栄  28(み栄あれや)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑬ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑭ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

船越通信、№714

船越通信、№714  2026年5月24(日)

 

17日(日)は礼拝後京急田浦駅前でのガザ支援のスタンディングを予定していましたが、何時もよりこの日の礼拝参加者が少なく、私も体調が今一つでしたので、31日(日)の礼拝後に延期させてもらいました。皆さんが散会後、後片付けをして早めに鶴巻に帰りました。

 

この週は毎年この時期に船越教会を宿泊場所にして活動しているピースサイクルという平和運動のグループがあり、そのピースサイクルが19日(火)に船越教会に来ることになっていました。そこでその準備のために19日は鶴巻をお昼前に出て船越教会に行きました。

 

船越教会の会堂には長椅子が9脚ありますので、ピースサイクルが来る時にはいつもそうしているのですが、その長椅子を向かい合わせにして即席のベットにします。この日もまずこの即席ベットを作ってから、2階から寝具類を下ろしました。

 

船越教会ではコロナ禍以前には神奈川教区の性差別委員会や寿地区活動委員会の一泊の集会がたまに行われることがありましたが、それは、私が船越教会の実質的な牧師になった2011年4月以前から、夏場なら十数名の人が泊まれる寝具類が船越教会には整っていたからです。

 

ピースサイクルで船越教会に泊まる方は、ここ数年4~5名ですので、一階和室に一組の寝具類を用意して、この日はピースサイクルの方々が来るのを待ちました。午後4時過ぎに到着しました。お聞きしたところ、この日も泊まる方は4人でした。1階シャワーの使い方や寝具類の説明をして、以前は夜の交流集会に私も参加していたのですが、今年は失礼しました。

 

翌日20日(水)午前7時30分にピースサイクルの方々は船越教会を出発しました。私は見送ってかから後片付けをして、午前10時過ぎに船越教会から鶴巻に帰って来ました。

 

さて【ピースサイクルは、自転車を使って全国を走る平和運動です。毎年6月から8月にかけて、沖縄をスタートしてヒロシマ・ナガサキ・六ヶ所村に向けて、日本全国をサイクリングしながら核兵器の廃絶をはじめ平和・環境・人権に関する事をアピールします。

 

/ピースサイクルは1986年に大阪の郵便局で働く青年たちが「体を使って平和を表現したい」と、8月の広島での原水禁世界大会まで自転車で走っていったことから始まりました。それまでも、平和行進やマラソンで広島・長崎まで向かう運動がありましたが、新たに自転車の運動が加わったことになります。

 

/ 毎年、夏の時期だけでも1000名を超える人がピースサイクル運動に参加し、平和への思いを表現しています。

 

/ピースサイクルは、自分の町から隣の町へ、自分の県から隣の県へと、平和のメッセージを伝達していきます。中には、夏休みを利用して、東京から広島・長崎まで走破する中高生もいます。1日の走行距離は短いところで約30キロ、長くて90キロといったところでしょうか。でも安心、疲れたら無理せず車に乗ればいいのですから。

 

/その途中で、自治体や基地、原発関連施設に立ち寄ります。行政には非核都市宣言や平和行政の推進を申し入れ、自治体の長からピースメッセージを受け取ります。/また、憲法9条に反して私たち市民の生活とアジアの民衆を脅かしている自衛隊基地や米軍基地、大事故を繰り返す原発施設に対しても、抗議と申し入れを行っています。】(インターネットより)。

 

今回船越教会に泊まったのは神奈川ピースサイクルネットワークの方々です。実はこのピースサイクル神奈川の運動には、私の支援会の事務局長のK・Hさんに薦められて私も呼びかけ人の一人になっています。 

 

19日(火)、20日(水)と船越教会に行きましたので、寿地区センターにはこの週は22日(金)の炊き出しの時にしか行かれませんでした。22日(金)の炊き出しには、朝7時過ぎにはセンターに行き、この日は雨で少し寒い感じでしたので、その準備をして7時半には炊き出しの行なわれる寿公園に行きました。

 

寿公園では既にテントがあちらこちらに張られていて、その中の机の上には切込み用のまな板が置かれていました。一部で作業も行なわれていました。この日は横浜のキリスト教主義の某女学校の中学の生徒の方々33名が教師3名と共に参加することになっていましたので、その対応のために私はいつもより早めに寿公園に来ました。

 

午前の食材の切込みはボランティアの方々によって、私が寿公園に行った午前7時半には既に行われていましたが、その後8時半過ぎからは中学生の生徒と教師も加わって切込みが行なわれました。

 

生徒の方々にはグループに別れてもらい、野菜の洗い場や切込み用のテーブルで仕事をしてもらいました。その指導はベテランのボランティアの方にお願いしました。

 

10時過ぎには切込みは終り、女学校の生徒と先生方は生活館の3階集会室に行ってもらい、そこで少し休んで10時半から寿のレクチャーの時間を持ちました。

 

私は前もって長い間寿地区センターの主事をされて、現在寿に住んで寿の活動にも参加されているM・Hさんにお願いして、生徒たちには、釜ヶ崎の子どもの家で行なっているこどもたちの野宿者訪問のDVD(「ホームレス」と出会う子どもたち)をはじめに視聴してもらいました。

 

その後寿日雇労働者組合のKさんに寿のお話しをしてもらいました。それが終わったのが12時頃で、少し休んで生徒や教師の方々には12時半ごろから午後の配食に加わってもらいました。

 

配食の時も各部署に別れて、まだ小雨がパラつく中でそれぞれの作業をしてもらい、午後2時20分ごろにはそれも終わりました。生徒と先生方には生活館3階の集会室で休んでもらい、生活館2階の集会室でのこの日の炊き出しのミーティングを終えた後、私とKさんとで3階の集会室に行き、生徒と先生方に、Kさんはこの日の炊き出しの報告と炊き出しに参加しての生徒の感想を聞いて、午後3時には生徒と先生方はこの日の炊き出し参加を終えて帰って行きました。

 

寿の炊き出しにはこの女学だけでなく、他のキリスト教主義学校からも、またキリスト教主義ではない様々な学校関係者の方々が来ます。特に2月から3月にかけて多く来ました。しかし、今日来た女学校のようにクラスごとに4回に分けて、授業の一環として炊き出しに来る学校は他にはないように思います。

 

 

聖霊降臨節礼拝説教「霊に満たされて」使徒言行録2章1-21節 

5月24日(日)聖霊降臨節礼拝

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」(ローマ5:5)

③  18(「心を高くあげよ!」)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-018.htm

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編112編1-9節(讃美歌交読文125頁)

⑥ 聖  書  使徒言行録2章1-21節(新約214頁)

⓻ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

  •  讃 美 歌   346(来たれ聖霊よ)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-346.htm

  •  説  教  「霊に満たされて」      北村慈郎牧師

 

今日はペンテコステの礼拝です。使徒言行録2章1節から13節に記されています最初のペンテコステの出来事を、まず想い起こしてみたいと思います。

 

使徒言行録2章は五旬節(新共同訳聖書では「五旬祭」)に起こった出来事を記しています。五旬節とは、過越の祭の直後の日曜日(この日イエスは甦られた)から数えて50日目の日曜日のことです。

 

五旬節は七週の祭りとも呼ばれていました(出エジプト34:22)。元来は小麦の収穫を祝う祝日であったらしく、「刈入れの祭」とも呼ばれていました(出エジプト23:16)。

 

そしてこの祭りはあまり重要な祝日ではなかったようですが、この日がシナイ山における律法授与の祝日と見なされるようになって以来、ユダヤの人々の間では重要な祝日になりました。モーセが神から十戒を与えられたその記念日に、新しい神の恵みがイエスを信じる人々の上に臨んだという含みが、この記事の言わんとするところです。

 

この日に「一同が一つとなって集まって」いたと言われています。原文では「一緒に」という言葉と、「同じ所に」という二つの副詞が、たたみかけるように重ねて出てきます。ひと所に一緒に集まっているということが、強調されているのです。

 

「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」(2節)と言われています。これは神の霊が身体(からだ)ではっきりと感じ取れる激しい現象を伴って、イエスを信じる人々の上に臨んだというのす。また、「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」(3節)とも記されています。

 

使徒言行録の著者ルカは、現実に天から到来した聖霊の臨在が、いかなる新しい事態を人々の中に生み出したかということを、以下で語ろうとしているのであります。

 

ところで聖霊に満たされた人々は「ほかの国の言葉で話しだした」とされていますが、これは直訳しますと「異なる言葉で話しだした」です。「異なる言葉で」は新共同訳聖書のように「ほかの国々の言葉で」とも解することができますが、「異言で話しだした」とも読むことができます。

 

新共同訳では、5節から11節の記事は、使徒たちは多くの外国語で語り始めたとしていますが、それに続く13節と15節(「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」という嘲り)は、思いもかけぬ異言に接した人々の、驚きと嘲笑を語る趣旨と考えられます。

 

「異言」とは、第一コリ13章、14章によれば、人間の語る普通の言葉ではなく、「御使たちの言葉」(第一コリ13:1)、「神に向かって語る言葉」(第一コリ14:2)と説明されていることからも推察されるように、霊的恍惚状態に陥った人の口にする言葉です。普通の人が聞いてもその内容を理解することはできません。しかし霊的能力を与えられている人は、これを解くことができたようです(第一コリ14:13,27)。

 

使徒言行録の2章の記事は、ここでイエスを信じる者たちが語り始めたのは外国語だったのか、それとも本来は異言であったが、それを外国語のように聞こえたというのか、はっきりしません。ただこの記事でルカが示そうとしている事態の意味は、はっきりと理解することが出来ます。

 

復活者イエスは弟子たちに向かって、「聖霊があなたがたに降るとき、あなたがたは力を受けるであろう」と言われましたが(1:8)、その力とは、病を癒し、悪霊を追い出すといったような、奇跡をなしとげる力であるよりも、むしろ言葉における能力に焦点をあてて、記述がすすめられています。

 

イエスを失ったあと、次の一歩をどう踏み出すべきか、いわば途方にくれていた弟子たちの群れに、上から霊的能力が賦与されたとき、彼ら・彼女らは新しい言葉を与えられて、言語と民族の境を越え、全地の民に向かって喜びの音ずれを宣べ伝えるために、派遣されてゆくのです。

 

これが「イエスの証人となる」(1:8)ということの具体的内容であります。そして2章の記事は、あのイエスの約束が実現への一歩を踏み出した、という次第を語るものであることは、疑問の余地がありません。

 

9節から11節に挙げられている地に住むディアスポラのユダヤ人たちは、さげすまれ、虐げられ、歴史の中に消えていこうとしている人々だということが出来ます。聖霊降臨によって、使徒たちが最初に語りかけた相手がこういう人々であったということの中に、福音の本質が如実に現れていることを、ルカは示そうとしているのでしょう。

 

1章6節で、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」と弟子たちが尋ねたとき、彼らは恐らく、エルサレムを中心とするイスラエルの復興を、待ち望んでいたと思われます。ところがここでは、むしろ死の陰に座する民のもとへ行け、という指示を受けたのです。

 

しかしながら、使徒たちの語りかけは、その相手から、真心こもる愛の呼びかけとして、正しく受けとめられたわけではありませんでした。むしろすべての人々が「驚き、とまどい、」「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言ったというのです。

 

そればかりではなく、13節には「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って嘲る者もいたと言うのです。霊に満たされている姿を、酒による泥酔と見誤ったのです。これに対する弁明として、外部の人々に対するペトロの最初の演説が、14節以下に続くのです。

 

さて、このルカが記す聖霊降臨によって誕生した最初の教会の物語から、イエスにおいて起こった「神の偉大な業」が語られると、人々はみな驚き、とまどい、中には嘲る者もいたということに注目したいと思います。

 

2章14節から42節までは、新共同訳の表題では「ペトロの説教」となっています。14節では、「すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた」と記されています。

 

イエスの死後、人目を避けて身をひそめていた彼らが、今や自らみんなの前に公然と立って、「声を張り上げ、話し始めた」というのです。その変貌は見事という他はありません。彼らはイエスの十字架に躓いて、裏切り、否認、逃亡という形で、イエスを見捨ててしまった者たちでした。

 

このペトロの説教では、その見捨てたイエスを「主、メシア(救い主)」として宣べ伝えているのです。「イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(36節)と。

 

このペトロの説教は、ルカによるものだと思われますが、何らかの形でペトロも人々の前で説教に類することは話したと思われますから、このような説教はどのようなペトロの内的確信から、ペトロ自身の中で生まれたものなのでしょうか。

 

説教そのものは、ペトロだけのものではなく、最初期の教会の人々に共有されたものだったと思われます。ペトロは、その最初期の教会の説教をただオーム返しに語ったのではないと思います。彼自身の中に、この説教に自分の人生を賭けて、イエスの復活の証人として生きて行く決断があったと思われるからです。

 

使徒言行録によれば、「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」(1:3)と記されています。このことによってペトロの内的確信が生まれ、イエスの復活の証人として生きて行く決断が出来たということでしょうか。そうなのかも知れません。

 

そうだとしても、ペトロにとってイエスの十字架の躓きがどのような形で乗り越えられたのでしょうか。少しその点を踏みこんで考えてみたいと思います。

 

パウロは、「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」と、コリンとの信徒への手紙一に書いています(第一コリント1:18)。この言葉によって、ペトロがイエスの十字架の躓きをどのように乗り越えることが出来たかのかを知ることができると思います。

 

パウロの言う「十字架の言葉」は「イエスの十字架」を意味しますから、このパウロの言葉ではイエスの十字架は神の力だということになります。おそらくペトロも、イエスの復活の顕現に出会って、イエスの十字架は神の力だという確信に導かれて行ったのではないでしょうか。

 

イエスの十字架はイエスの生前の活動の帰結です。イエスは生前弟子たちや彼に従ってくる人々と共に、神の国の福音を宣べ伝え、ユダヤの社会の中で周縁に追いやられ、虐げられた者の友として歩まれました。

 

神の国では、人は皆神の恵みによって生かされて生きている者であり、その人生を喜びと感謝をもって生きていくべき存在です。それにも拘わらず、この世では人を生かすのではなく、むしろ人を殺す神に反する悪しき力が働いていて、それによって苦しむ人びとが多く存在します。

 

イエスはそのようなこの世に神の国が既に到来していることを信じ、神に反する悪しき力と闘い、悪しき力に支配されている人々を神の国の住人として招かれました。その結果十字架死を享受しなければならなかったのです。神はそのイエスを甦らせて、十字架に極まるイエスの生前の歩みこそが神の国に至る命の道であることを示されました。

 

ペトロの内的確信とは、十字架に極まるイエスの生前の歩みこそ、神の国に至る命の道であるという信仰だったのではないでしょうか。そしてそのような生前の生きざま・死にざまによって命に至る道を示してくださったイエスが、今復活されて、今も生きていて自分たちに先だって歩んでいたもう。だからその後に従って自分たちも歩んでいくのだというのが、ペテロの内的確信だったのではないかと、私は想像いたします。

 

人々の前で大胆に語るペトロには、そのような内的確信に満ち溢れていたのではないでしょうか。そしてペトロがそのように導かれたのは、復活の主との出会いと共にペトロに聖霊が注がれたことによるからなのでしょう。

 

このようなペトロの変貌は、自分自身の中から生まれのではありません。復活の主イエスとの出会いと聖霊の注ぎという、ペトロにとっては外からの働きかけによってです。それがイエスの生涯と聖霊降臨という神からの働きかけと言えるでしょう。

 

この神からの働きかけは、ペトロだけではなく、他の十一弟子にも、最初に誕生した教会に集まった人々にも、そして今の私たちすべてにも、与えられているのではないでしょうか。信仰をもってこの見えない神の働きかけに身をさらす者は、イエスの復活の証人として神の国に至る命の道をその人なりに歩む人に変えられていくのではないでしょうか。その意味で、ペトロと十一弟子の変貌は特別のことではないと思います。

 

神との関係においては今も聖霊の時代です。聖霊の時代は教会の時代でもあります。神は今も私たちに聖霊を送り、十字架に極まるイエスの生前の歩みこそ、神の国に至る命の道であるという信仰を持って今の現実を生きていくように、私たち一人一人に促しているのではないでしょうか。

 

主が私たち一人一人をそのように導いて下さいますように!

 

 

祈ります。

 

神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。

神さま、今日はペンテコステの礼拝です。イエスの十字架に躓いた弟子達は、その躓きを聖霊による神の働きかけによって克服し、改めてイエスの弟子として歩み始めました。

イエスが復活し、弟子たちに聖霊が降ることによって、その時弟子たちは本当の意味で十字架に極まるイエスの生涯の意味を知ることが出来ました。十字架に極まるイエスの生涯にこそ、あなたの御心がこの地上に実現している神の国の現れが示されていることを、です。そしてイエスの福音を地の果てまで宣べ伝えていくようになりました。

神さま、ペンテコステは教会の誕生でもあります。教会に連なる私たちにも聖霊によってイエスの主と信じ、イエスの福音を宣べ伝え、他者と共にイエスの福音を生きる者にして下さい。

私たち人間自身の思いが優っていますこの世の現実の中で、抑圧され、差別され苦しんでいる人々を、どうか助けてください。

他者のために働く人々を力づけ励ましてください。

今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。

新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。

 

この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

  •  475(あめなるよろこび)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-475.htm

 

  •  讃 美 歌 81(主の食卓を囲み 1、2節)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-081.htm

  •  聖 餐 式
  •  讃 美 歌   81(主の食卓を囲み、3節)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-081.htm

  •  献  金

⑫  頌  栄  28(み栄あれや)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑬ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑭ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

船越通信、№713

船越通信、№713  2026年5月17(日)

 

10日(日)は礼拝後役員会がありました。2026年度の初めての役員会でした。4月19日(日)に行なわれました総会の後に、新しく選ばれた4人の役員の役割分担を口頭で確認しましたが、その確認を今回の役員会の議事にして役員会の議事録に残しました。

 

またこの役員会で2026年度教会総会の議事録の確認をしました。総会では2026年度の事業計画として昨年度に引き続き、日常的な事業とは別に三つの課題を承認しました。三つの課題とは、①ホームパージの充実やユーチューブ及びZoom配信の可能性について、②他教会・伝道所との共同牧会の可能性について、③礼拝式の検討について(将来に向けて)です。

 

①につては、ホームパージは一応機能していますが、ユーチューブ配信についてはすぐには難しい状況です。②については、できれば教区が主体となってその道を拓いてもらいたいという希望が強く述べられました。教区の常置委員会には昨年私はそのことを要望として述べましたが、これからも機会ある時に教区に要望していきたいと思います。③についえは、現在ということではなく、将来の課題として継承します。

 

役員会ではその他に5月24日(日)のペンテコステ礼拝で聖餐式を行うことを確認し、それぞれの役割分担を決めました。

 

この日は午後1時少し前に役員会が終わりましたので、それから後片づけをして私も船越教会から鶴巻に帰りました。

 

11日(月)には19:00からZoomによる支援会の世話人・事務局会が行われました。私は急遽体調の関係で参加できませんでした5月4日の札幌北光教会での支援コンサートの報告がありました。この札幌の支援コンサートは9回目になります。

 

秋には10月10日に広島の流川教会でのコンサートが決まっていますが、今回7月20日(月・休)の海の日に翠ヶ丘教会で支援コンサートを開くことが決まりました。

 

1月の沖縄での支援コンサートを加えますと、本年は4回も支援コンサートを開催することになります。7月20日の翠ヶ丘教会でのコンサートには演奏者として三・一教会のO牧師も加わって下さいますが、後は全て紅葉坂教会の3人の演奏者です。負担になるのではないかと心配しながら、心から感謝しています。

 

このZoomの会議では、その他に今後の支援会通信発行の準備もしました。6月中旬までに支援会通信第39号を、7月20日の支援会コンサートのチラシを同封して発行できるように準備することにしました。また、9月中旬までに支援会通信第40号を、10月10日の広島流川教会での支援コンサートのチラシを同封して発行できるように準備することにしました。

 

今年の秋には教団総会がありますので、通信第40号はできれば支援者と共に教団の全教会・伝道所に送ることができればと思っています。ただその発送作業は支援会の事務局の方々にお願いしていますが、発送作業までの準備は私がしています。しかし、加齢のために段々そのことも苦になってきていますので、何時まで続けられるかは分かりません。その意味でもこの秋の教団総会で私の戒規免職撤回乃至は再審の道が開かれるようにと願っています。

 

12日(火)は朝9時半には寿地区センターに行きました。この日午前10時半ごろに寿地区活動委員会の会計の方がセンターに来てくれて、次号センターニュースに出す献金者の2025年10月から2026年3月までの報告をデータで持って来てくれました。それを私が受け取りました。また、この日午後に事務の方が仕事に来て、献品者の報告をデータももらいました。

 

既に次号センターニュースの第52次越冬とボランティア交流会の原稿は寿地区活動委員会のニュース編集者の委員に送られています。また、もう一つ、予定していた桜木町パトロールの原稿は、お願いしていた方のお連れ合いが急死されて、原稿はほぼ出来ているのですが、もう少し推敲したいので、今回はパスさせてくださいという連絡がありましたので、献金者と献品者の報告に私の「センター日誌①」の原稿を編集者に送れば、次号ニュースは発行できます。

 

この日は、地区センターに午後4時過ぎまでいて、朝バナナとサンドイッチを食べただけでしたので、午後6時から蒔田教会教育館で行われる神奈川教区の常置委員会に出席する前に何かを食べておきたいと思い、ガストに入りました。

 

5月3日の日曜日に教会から鶴巻に帰る途中海老名で、お腹が空いたので食堂に入ったのですが、注文した海鮮丼を一口食べただけで、咳ごんで戻してしまい食べられませんでした。それ以来心配で外食はしないようにしていましたが、何も食べないで常置委員会にでるのはリスクが大きいと思いましたので、ガストでリゾットを食べました。上手く呑み込むことができホットしました。

 

常置委員会では秋の教団総会に神奈川教区総会決議議案として出す私の「再審請求議案」も議題にありましたが、次回6月の常置委員会で審議することになりました。この日の常置委員会は5月でしたので教師の異動が多くありましたが、教区内での異動や隠退教師の復帰がほとんどで他教区から新しく神奈川教区に来られた方は一人だけでした。常置委員会が終わって、鶴巻には午後9時過ぎに帰って来ました。

 

13日(水)はセンターには行かずに、一日鶴巻で過ごしました。この日寿地区センターニュースの原稿を編集者に送り、センターニュースの発行に漕ぎつけました。かつてセンターニュースは年4回、しかも自前で印刷して発行していました。しかし、しばらく前から原稿を集め、編集は委員会でしていますが、最終的にはレイアウトを含めて教会関係の業者にお願いして印刷してもらっています。発送は以前も今もセンターで行っていますが、印刷製本の手間だけでも外注によってセンターでしなくて済み助かっています。

 

14日(木)も一日鶴巻で過ごして体を休めることができました。

 

15日(金)は朝早くからセンターに行き、炊き出しに参加しました。この日朝は寒いくらいでしたが、炊き出しの配食する午後1時頃は暑くなりました。5月の3回目の炊き出しでしたが、食数は534食でした。1日は240食、8日は480食。

 

 

復活節第7主日礼拝説教「新しい契約」エレミヤ書31章31-34節

5月17日(日)復活節第7主日礼拝

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主をたたえよ、日々、わたしたちを担い、救われる神を。

この神はわたしたちの神、救いの御業の神。主、死から解き放つ神」。     (詩編68:20-21)

③  152(みめぐみふかき主に)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-152.htm

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編102編13-15節(讃美歌交読文110頁)

⑥ 聖  書  エレミヤ書31章31-34節(旧約1237頁)

⓻ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

 

預言者の中でもエレミヤは、捕囚時代の第二イザヤと共に、彼らをめぐる歴史社会の中で民族の問題、「神の民」としてのイスラエルの共同体の問題を、自分の苦悩として、捨て身で負い抜こうとする強烈な連帯意識に生きた預言者と言われています。

 

エレミヤは単に個人の幸、不幸を問題としたのではありません。世界の歴史のただ中での同胞全体の問題に焦点を当てたのです。イスラエルの民は神に選ばれた民として、諸民族、すべての人間の祝福の基に定められていると信じていたからです。

 

そのエレミヤが約40年という長い預言活動の晩年に到達したのが、今司会者に読んでいただいたエレミヤ書31章31-34節に記されています「新しい契約」という預言であります。

 

このような「新しい契約」という預言に至るまでのエレミヤについて振り返っておきたいと思います。

 

エレミヤはイスラエルの民を繰り返し「わが民」と呼んでいます。

 

そういう風に同胞であるイスラエルの民を呼ぶことによって、エレミヤは、彼自身もその一員として、イスラエルの民としての悩み、苦しみを、共に負っているのです。

 

当時の南王国ユダは、すでに共同体としての前途は暗澹たるものでありました。

 

エルサレム神殿の破壊と第二回のバビロン捕囚によって、国は滅亡し、民は分断され、一人一人が自分のことを追求して他人のことはあまり考えず、自分の利益中心に生きるという傾向の中で、契約共同体としてのイスラエルの民が持っていた連帯意識が薄れていました。

 

そのような中で、エレミヤは同胞であるイスラエルの民との連帯意識を強くもっていました。分裂の中でなお民の仲間として呼び出す神が、かれの神だったからです。

 

ですから、エレミヤの民との連帯意識は、具合のよいときの協同ではなく、むしろ民の悩み、苦しみを率先して負うという意識でした。

 

このように、民の中にその心情の深底において入り込んでいますエレミヤは、矛盾した言い方になりますが、預言者でありながら一面神と対立せざるを得ませんでした。

 

人間エレミヤは、民と一番深いところで運命を共にするのですが、彼の信ずる神は決して単なる民の利益代表のような好い加減なご利益的存在ではありません。

 

そういうものからかけ離れてご自身の独自の思いと行動をもつ絶対他者としての神です。

 

彼はそのような神と真正面から対し、魂を注ぎだして切実な叫びをあげます。彼は自分の全部をひっさげて神に訴え、迫っていきます。彼の祈りはそういうものでした。彼は自分から預言者になったのではありません。むしろ神に引っ張り出され、自分の意志に反して預言者とされたのです。エレミヤは、義なる神の、不義なる民への猛烈なさばきのことばを語らざるを得ませんでした。

 

彼は民にとっても、自分にとっても嫌な存在でありました。だが、聞きたくないときにこそ一番人の思いを超えた、絶対に公正な神の声を聞くべきなのです。

 

当然、彼は愛する同胞に嫌われ、排斥されました。その結果孤独に陥りました。しかし、その孤独は、本当に連帯性を求め、信じ抜こうとしたあげくの孤独でした。彼はそのような孤独を味わった人です。

 

エレミヤは、このおそるべき孤独という死の苦しみの中で、自分の全部をぶつける相手を本当に知らされました。この相手が彼の神ヤハウエだったのです。

 

エレミヤ書には告白録と呼ばれる部分があります。そこにはエレミヤの預言者としての内面が吐露されています。その中には復讐の祈りとよばれるものすらあります。(エレミヤ書11:20,15:15-17,17:12-18)。彼の激しい感受性は、ここで民への復讐を神に求め、ついには神をさえ自分を欺いて預言者としたのではないかと疑うのです。

 

だがしかし、神と民への彼のこのような激情は、結局彼自身に帰ってきます。民への復讐は、同時に自分もその民の一員であるがゆえに、自らへの癒し難い痛みたらざるをえませんでした。

 

彼は、「わたしを迫害する者に恥をかかせてください。わたしをはずかしめないでください」(17:8)と祈りつつ、実は自分自身が神の前に恥を負うことを実感したのです(10:24)。

 

民がエレミヤを辱めたとき、実は民が神の前に恥を負ったのであり、エレミヤが民の恥を祈るとき、実はエレミヤ自身が恥を負っているのです。このような深いところでの民との連帯意識が、エレミヤのことばの、そして存在全体の奥底にありました。

 

神と戦い、民と対立し、そして自己と戦い、神によって自己を突き破られて神に立ち帰る。そこではじめて神のことばを自らの痛みに耐えつつ、民にそしてその一員たる自らに語る。これが預言者エレミヤの姿だったのです。

 

このような激しい神との対決のただ中で、彼は神の真実と、人の心の奥にある偽り(16:19)を骨身に沁みて知らされるのです。彼においては、人の不真実、罪の自覚が特別の深さをもって把握されればされるだけ、神の確かさが明らかとなります。

 

神は、彼においては、罪と失意のどん底からはじめて仰ぎ得る方でした。彼を呪う民を彼自ら呪って、民と共に虚無のどん底に下ったとき、エレミヤははじめて真に神を仰ぎ得たのです。そこでは人間にまつわりつく虚飾や気張りはすべて取り去られ、切羽詰った赤裸々な姿のみがあるのです。

 

神は神ご自身の確かさのゆえに確かであります。神の確かさがわかることは、自己がどん底に下って頼るべき確かさの自己にないことを知らされることとひとつなのです。彼は破れの中でただ真実一筋に神の道を仰ぎます。神の前に立たされ、彼は一介の人として神のことばを聞き、そのつど精一杯従おうとします。ここでこそ彼は、本当に友を愛し、友をつくるものとして、民と連帯意識にまでもう一度導かれていったのです。

 

苦悩の預言者エレミヤは、最後に新しい契約のよろこびの預言を語ったといいます。その預言が先ほど司会者に読んでいただきましたエレミヤ書31章31-34節なのです。

 

エレミヤは、全体としてみたときに終末の希望といったものを語ってはいません。このように未来に夢を持ち得なかった彼が、民族の絶望のただ中で、「新しい契約」に最終的に到達したことは注目に値します。

 

それは、もはや単なる民族共同体の回復の希望の預言ではありません。自らの偽りを打ち破られ、罪を赦されて、真実をあくまで貫く神に今一度従って歩む道を与えられた新しい真実な人間の群れの誕生への希望であります。

 

ご存知のように、エレミヤは捕囚の民イスラエルのエルサレム帰還による、「神の民」イスラエルの再建への希望も語っております。30章の3節に<見よ、わたしの民、イスラエルとユダの繁栄を回復する日が来る、と主は言われる。主は言われる。わたしは、彼らを先祖に与えた国土に連れ戻し、これを所有させる>と言われている通りです。

 

しかし、この「新しい契約」の預言は、そのような「神の民」、イスラエルとユダの繁栄の回復を超えています。石の板2枚に記された、神が「神を愛し、隣人を己の如く愛して生きよ」、そうすれば祝福を得るという十戒という定めが、律法としてイスラエルの民には与えられていますが、捕囚以前と捕囚以後において、イスラエルの民自身が人間として何も変わっていなければ、また同じことをくり返すことになるのではないか。

 

もしかしたら、エレミヤはこの事実に気づき、神に向かってそのことを訴え、問うたのかも知れません。そのエレミヤの神との格闘の結果、この新しい契約の預言を与えられたのかも知れません。

 

<来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心の中にそれを記す。その時、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って、教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない>(33,34節)。

 

そして、エレミヤ自身がその新しい真実な人間の群れである新しい契約共同体の一端を担う者として、歴史的世界のただ中に立つことがきたのです。そこにおいて、現実の破れの中でなお新しい、神の真実に貫かれた共同体を現実のものたらしめる歴史形成の責任を勇気を持って負う実存が自覚されるのです。

 

マーティン・ルサー・キング二世の「私には夢がある」という有名な言葉があります。エレミヤは自らがその一員であるイスラエルの民のどん底のような状態の中で、自らが喜んで命をかけることのできる「新しい契約」の夢を見出しました。

 

エレミヤにとって「新しい契約」は将来の希望ですが、新約聖書はこの「新しい契約」がイエスの十字架の死と共にはじまることを告げています。イエスの最後の晩餐の記事の中で、イエスの言葉として、<この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である>(ルカ22:20)と記されているからです。

 

新しい契約による共同体、それが教会なのです。

 

パウロもこのように語っています。<神はわたしたちに、新しい契約に仕える資格、文字ではなく霊に仕える資格を与えてくださいました。文字は人を殺し、霊は生かします>(Ⅱコリ3:6)。また、パウロは<キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造されたものなのです>(Ⅱ5:17)と語り、<罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです>(同5:21)。

 

私たちは、今日このときに、不真実と虚偽のゆえに裁かれるべき、私たちもその一員である現在の人間集団のただ中にあって、エレミヤの新しい契約に見出される、真実な人間の群れとしての新しい契約共同体としての教会を信じることができるでしょうか。そしてその一員として私たちもその新しい契約共同体の一端に加えられていることを。

 

いたずらに現在の状況を嘆くのではなく、キリストと結ばれて新しく創造された己をもって、このような状況を生み出している人間の罪の根源に迫り、新しい契約共同体を現実化する歴史形成の責任を、エレミヤと共に勇気をもって負っていきたいと、切に願います。

 

 

祈ります。

 

神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。

神さま、あなたは私たち人類の歩むべき道に切実な思いを持って関心を持っていて下さる方です。

預言者エレミヤをして語らしめた「新しい契約」の預言は、イエスにおいて実現成就しているものです。

教会はあなたの民である新しい契約による共同体です。

教会に連なる私たちが、新しい契約共同体の一員としてふさわしい歩みをしていくことが出来ますように、私たち一人一人をお導き下さい。

あなたの御心である和解と平和がこの世の現実において実現しますように。

私たち人間自身の思いが優っていますこの世の現実の中で、抑圧され、差別され苦しんでいる人々を、どうか助けてください。

他者のために働く人々を力づけ励ましてください。

今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。

新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。

 

この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

  •  227(主の真理は)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-227.htm

⑪  献  金

⑫  頌  栄  28(み栄あれや)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑬ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑭ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

船越通信、№712

船越通信、№712  2026年5月10(日)

 

4月26日(日)の週は、28日(火)に朝から寿地区センター(以下センター)に行きました。この日はことぶき福祉作業所の昼食会の日で、事務の方にはその昼食会に参加してもらいました。ことぶき福祉作業所の昼食会は、月に4回か5回神奈川教区の教会・伝道所と友の会のボランティアの方々が昼食をつくってくださっています。

 

船越教会のHさんとNさんもその一端を担ってくださっています。その昼食をことぶき寿福祉作業所で働いておられる方々や職員の方と、食事をつくったボランティアの方々及びセンターからこの昼食会に参加する人とで一緒にいただいています。私もこの昼食会に一緒に参加することがありますが、この昼食会をことぶき福祉作業所の方々は喜んで下さっています。

 

センターはこの昼食会のコーディネーターをしていますので、センターの委員の一人であるMさんが毎回この昼食会に出て、昼食会が終わると、その日の担当のグループの方と会計処理をして下さっています。

 

ですから毎回の昼食会にはボランティアの他にセンターから1名ないし2名参加することを前もってことぶき福祉作業所に連絡しているのです。センターに事務の方が来る日とことぶき福祉作業所の昼食会が重なる場合は、事務の方にも出てもらっています。

 

この日センターには午後4時ごろまでいて、鶴巻には午後5時半頃に帰りました。

 

29日(水)、30(木)は鶴巻にいました。

 

30日(木)お昼には、毎年ゴールデンウイークの時期に沖縄からK・Rさんが帰って来ていて、お連れ合いのK・Hさんと共に鶴巻にいる私を訪ねて下さり、246号線沿いの食堂で一緒に食事をして懇談しています。この日もその予定でしたが、私の体調が思わしくなかったので、私の住んでいるマンションの前にあるコンビニの駐車場でお二人に会って、一言挨拶だけして別れました。

 

30日(木)夜にはZoomで「沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめる連絡会」(以下もとすす)の事務局会がありました。もとすすは2004年の教団総会で、2002年の教団総会で沖縄教区決議の「名称変更」議案をはじめ「合同のとらえなおし」関連議案がすべて審議未了廃案になりましたので、有志で立ち上げた連絡会です。コロナ感染拡大中の2022年にZoomで全国集会を開催し、その後もとすすの通信を発行して以来、ほとんど活動はできていません。今後どうするかとういことで事務局会のZoomを行いました。5月末に開催される沖縄教区総会を踏まえて世話人会を開き、今後のことを考えていくことにしました。

 

5月1日(金)は寿の炊き出しに参加しました。この日は結構強い雨が降っていて、炊き出しが行なわれる寿公園にはテントが張られていました。午前中の肉や野菜の切込みも、一部は公園のテントの中で行われていましたが、ほとんどは生活館の2階で行なっていました。

 

私はテントの中で行われていた切込みに参加し、それが終わり、生活館の2階に行きましたが、生活館の2階はボランティアの方々が一杯でしたので、午後の配食迄センターに戻りました。

 

この日の配食は雨の中でしたが、炊き出しを待って雨に濡れながらいる人もいました。この日は生活保護費支給日に重なりましたので、月の内では炊き出しに並ぶ人も少ない日ですので、何時もは公園の外まで炊き出しに並ぶ人がいるのですが、この日はさすがに公園の外までは列ができていませんでした。午後1時からはじまる配食の時間に合わせてくる方が多かったように思われます。

 

この日の配食は240食でした。たちなみ4月24日(金)は761食でした。配食が終わる頃には雨も上がりはじめ、炊き出し用の資材の後片付けをして、公園に張ったテントを片付ける時にはほぼ雨も止んでいました。テントを倉庫に入れてから、私は生活館2階で行われるこの日の炊き出しの最後のミーティングに出て、センターに寄ってから鶴巻に帰りました。

 

2日(土)も朝早くから寿のバザーに参加しました。この日は午前11時から某教会でTさんのお連れ合いの葬儀式がありましたが、私は1日に弔電を打ち、葬儀には参加しませんでした。教会からは3名の方が葬儀に参列してくださいました。寿のバザーはセンターが主宰し、主事のいない現在センターの運営は寿地区活動委員会の委員長である私が責任を負っていますので、この日は責任上寿のバザーに行かせてもらいました。

 

寿のバザーはセンターの献品置き場になっている部屋からバザー用の献品を2台の車で寿公園に持って行き、バザーが終わると、また公園からセンターの部屋に持ち帰ることになっています。

 

この日は、たまたま何時も来て下さる軽トラックを提供して下さる方が、バザーの日を間違えていて来られませんでした。その代わりにNさんのお連れ合いが運転する軽自動車がバザーの荷物運びに来てくださいました。

 

最初何時も軽自動車を提供して下さる方を待って、Nさんのお連れ合いが運転する軽自動車だけで荷物を寿公園に運んでいましたが、その方が来られないことを確認して、寿日雇労働者組合のKさんに車を出してもらい、何とかバザー開催の10時までに準備をすることができました。

 

この日は生活保護支給日直後のバザー開催で、また天気も良かったので、街の人がバザーに沢山来て下さいました。

 

11時にバザーは終り、その後後片付けをして残った品物はセンターの部屋に戻し、公園に張ったテントやビニールシートも片づけて、ボランティアの方々は、生活館2階で紅葉坂教会の方々が作ってくださったお弁当をいただて散会します。

 

しかし、センターでは主に3人の方が戻った荷物を整理しながら部屋に入れる作業をしてくださっていますし、センターの事務室の方では寿地区活動委員会の会計の方が来て下さって、バザーのための支出や収益金の引継ぎ作業が行われています。私は一足先に失礼して、この日はそのまま船越教会に行きました。

 

5月3日(日)は礼拝が終わり、すぐ散会しました。私も早めに鶴巻に帰りました。4日(月・休)は札幌での私の支援コンサートに娘と一緒に出席する予定でしたが、ここ数日嚥下摂食症状をくり返していましたので、札幌に行ってから皆さんにご迷惑をかけては申し訳ありませんので、急遽札幌行きは止めにして、一緒に行くことになっていました娘には行ってもらいました。

 

5日(火)の夕方に札幌から帰った娘に支援コンサートの様子を聞いて、無事終えることができたことを感謝しました。連休中はずっと鶴巻で休んでいました。

 

8日(金)の炊き出しには参加しました。少し体力が落ちた感じはしますが、何とか最後まで参加できました。