なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(605)

船越通信、№605  2024年2月25日(日)北村慈郎

  • 18日(日)は礼拝後スタンディングを京急田浦駅前で行ないました。Nさんからのスタンディングの報告を転載します。「8人の参加で、11時55分~12時40分、『能登半島地震 被災地救援募金』を呼びかけました。11人の方が募金してくださり、3、294円が集まりました。募金してくださった方の中には、『初めて募金をした』という初老の男性、買い物をしてコンビニから出てきた田浦署の警察官、一度改札口まで行きながら戻って来てくれた2人の高校生、母親と一緒の小学生くらいの女の子、などがいました。また『必ず被災地に届けてください。教会なら安心ですね。』と言いながら募金をしてくれた方もいました」。スタンディング終了後、解散し、私は教会に帰って来ました。私はしばらく牧師館で休み、この日午後4時から蒔田教会で、主に教区の諸教会・伝道所に新しく就任した教師、教師検定試験受験志願者、按手・准允志願者他を対象に行われていますオリエンテーション(「教団成立の歴史と課題」講師:Kさん)に行きました。現在私がオリエンテーション委員会の委員長をしていますので、この日も司会をしました。最初に祈祷し、参加者の簡単な自己紹介をしてから、講師に講演をしてもらい、その後質疑応答をし、最後に参加者全員から一言ずつ意見・感想を述べてもらって、午後6時半に終了という予定を立てていましたが、その通りに進行しました。今回講師のKさんは、「戦時下のキリスト教会・団体に対する弾圧の諸相」として、「燈台社(ものみの塔)、救世軍賀川豊彦グループ、ホーリネス三教会、セブンスデイ・アドベンチス教会」に対する弾圧に触れるとともに、「新宗教各派に対する宗教弾圧」(大本教天理教、ほんみち教団、ひとのみち教団)も取り上げました。そして「弾圧された新宗教キリスト教各派の共通点」として、「庶民・民衆に基盤を置く宗教団体を選択的に弾圧したのではないか? 庶民・民衆に基盤を持たない宗教団体は弾圧されなかった!」ことに触れ、「国家権力は、民衆に基盤を置く宗教をこそ危険視し、選択的に弾圧の対象としたのではないか」という「K仮説」を述べました。この辺の問題は私も関心・興味をもっているところです。もう大分前に「ほんみち」の弾圧について書かれた本を数冊読んだことがあります。その中で、たしか戦時下弾圧を受けた「ほんみち」では、獄に捕えられた、我々で言えば「牧師」のような人の家族を信者が支えたということが書かれていて、その時「ほんみち」はすごいなあと思ったのです。日本基督教団の場合は、弾圧を受けたホーリネスの牧師を除名にしたわけですから。教団成立と戦時下の戦争協力の問題は、教会が国家に吞み込まれた、教会にとっては負の歴史です。現在および将来の教会が、この負の歴史をどう克服できるのか。あるいは、また同じ誤りを犯してしまうのか。すでに私たちはそのような問いを突き付けられているのではないでしょうか。そんなことを思いながら、Kさんの話を聞いていました。オリエンテーション終了後、Kさんと東神大時代Kさんと同学年だったOさんと私の3人で、横浜で旧交を温めて、鶴巻に帰ったのは午後10時過ぎでした。
  • 20日(火)午後7時からリモートで支援会の世話人・事務局会がありました。23日(金・休)の私の支援コンサートの準備と、4月6日(土)開催予定の第2回支援コンサートと支援会総会について話し合い、それぞれの役割担当者を決めました。私の支援コンサートは世話人代表の発案で、紅葉坂教会オルガニストの方がいろいろ働きかけてくださって、既に第1回、第2回が決まっています。今後全国に広げていかれたらと思っています。
  • 22日(木)は国会前の座り込みの日でしたが、午前11時過ぎに何時も一緒に座り込んでいる方から電話があり、雨なので私に無理しないでお休みくださいと言ってくださいました。その時鶴巻も雨が降っていましたので、この日の座り込みは休むことにしました。先週も電車の人身事故で行かれませんでしたので、2週続けてのお休みになってしまいました。この日は午後6時半から寿地区活動委員会がなか伝でありましたので、午後4時過ぎに鶴巻を出て、横浜で早夕食をすませて委員会に出席しました。委員会は午後8時半ごろ終わりました。この日は横浜にいる娘が仕事を終えて、車で鶴巻に行くというので、なか伝の近くまで来てくれて、車で鶴巻に帰りました。
  • 23日(金・休)は午後1時から荻窪教会で私の第1回支援コンサートがありましたので、印刷物を持って午前11時半からの準備に間に合うように鶴巻を出て、新宿経由荻窪駅に向かいました。教会は荻窪駅から徒歩8分ということで、チラシの案内を頼りに行きましたが、スムーズに教会に着くことができました。すでに荻窪教会の方と支援会の事務局の方で準備は始まっていました。本日の奏楽者であるAさんも紅葉坂教会のオルガニストのYさんも来ていました。この日は小雨が降っていて、冬に戻ったような寒さでしたので、私は、奏楽者に申し訳ないと思いながら、この日のコンサートに来て下さる方は少ないのではないかと思っていました。ところがコンサート開始30分前頃から、来て下さる方があり、開始する頃にはそう大きくはない会堂ですが、ほぼいっぱいになっていました。後で受付をしてくださった方から、受付票をいただきましたが、出席者は72名でした。船越教会からも4人の方が来てくださいました。Aさんのパイプオルガンの演奏に耳を傾け、世話人代表のK・M牧師が私の免職の不当性を初めての人にもわかり易くお話しして下さり、最後に私が挨拶をして、途中休憩15分を入れて2時間弱の集会でした。私が教団議長から教師退任勧告を受けてから17年、戒規免職処分を受けてから今秋で14年になります。教団総会議員や教団執行部の世代交代も行われていますので、私の教師退任勧告や戒規免職処分は時の経過と共に歴史的出来事になっていき、現在的な問題としては捉え難くなっていかざるを得ません。それにも拘わらず、小雨の降る寒い日のコンサートに72人もの方々が来てくださったことは、私にとって大変大きな力になりました。「目は霞まず、気力は失せず」と、94歳で召されるまで私を支援してくださった関田寛雄先生にも励まされて、体力が続く限り、免職撤回を訴え続けたいと思います。

ヨハネによる福音書による説教(49)「羊飼いイエス」10:1-18  

2月25(日)受難節第2主日礼拝   

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主を尋ね求めよ。見いだしうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる」。

                    (イザヤ書55:6,7a)

③ 讃 美 歌   461(みめぐみゆたけき)

https://www.youtube.com/watch?v=A--dElSXY4g

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編18編26-35節(讃美歌交読文19頁)

⑥ 聖  書  ヨハネによる福音書10章1-18節(新約186頁)

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌    419(さあ、共に生きよう)

https://www.youtube.com/watch?v=FbbYpBKeNfo

⑨ 説  教   「羊飼いイエス」          北村慈郎牧師 

  祈  祷

  

今日の説教題は「羊飼いイエス」とつけました。今日の聖書の箇所であるヨハネ福音書10章1-18節には、11節に「わたしは良い羊飼いである」と言われているからです。

 

<良い羊飼いとしてのイエスのイメージは、私たちキリスト者の中に、時代を越えてしっかりと根付いると思います。一番よく知られているイエスの聖画の一つは、羊の群れを導く羊飼いとしてのイエスを描くものです。あるいは、このヨハネ福音書の箇所ではありませんが、100匹の羊の譬えから、迷った一匹の羊を見出して、その一匹の羊を肩にかけて帰って来るイエスを描く聖画もよく知られています。イエスのこのような絵が、教会の指導者のイメージにも影響を与えたのではないかと思われます。昨日教区総会で按手礼式が行われましたが、私たちの教会でも按手を受けた教師を「牧師」と呼んでいますが、この「牧師」は、イエスが良き羊飼いとして羊たちを導いたように、教会の信徒を導くようにというイメージで、そのように呼ばれているものと思われます。

 

R・Gオデイは、<このような(羊飼いの)イメージが教会の働きのなかで非常に重要な役割を演じるが故に、新約における羊飼いのイメージの様々な用いられ方を弁別することがヨハネ福音書10章の解説者にとって最も重要である>と言って、<例えば、教職の牧者的イメージへの移行はヨハネ10章の解釈よりは、むしろ新約の他のテキスト(例えば、ヨハネ21:15-19,使20:28-29、Ⅰペト5:2-3)の分野であろう>と言っています。

 

ちなみにⅠペトロ5章2-3節を読んでみますと、「あなたがたにゆだねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。むしろ、群れの模範になりなさい」と記されています。確かにこのⅠペトロの言葉は、直接教会の「指導者」である「牧師」について語られています。

 

それに対してヨハネ福音書10章1-18節は、「羊の門」(7節)であり、「良い羊飼い」(11節)であるイエスについて、また「羊」である私たち一人ひとりと「羊の群れ」である教会について記されてはいますが、「牧師」の働きを思わせるようなことは何も記されていません。

 

ところで、1節から5節までに記されています羊飼いと羊との関係についての叙述は、当時のパレスチナにおける実際の羊飼いたちの生活とその働きのありのままの姿を描いているものであると言われています。1節で新共同訳では羊の「囲い」と訳されていますが、この「囲い」と訳されている原語の「アウレー」は、<今日でもヨーロッパや中近東で多く見られる建物で囲まれた中庭を指す語です>(田川)。毎日曜日その日の礼拝式と説教原稿をメールで皆さんに送っていますが、その際、日本訳を6種類併記したその日の聖書箇所も添付していますので、それをご覧になっていただくと分かりますが、田川訳と岩波訳以外は、新共同訳も口語訳も本田訳もシュラッター訳も「囲い」と訳されています。「囲い」と訳したのは、田川さんによれば、<今日の牧場などで、羊や牛が遠くに行かないように牧草地を柵で囲ってあるのを思い出してこう訳したのだろうが、この語にそういう意味はない>と言われます。<農家では、居住用の建物のほかに、納屋、作業用の建物、冬などに家畜を入れる家畜小屋等々があって、それらの建物に囲まれる仕方で中庭があった。放牧する家畜を夜にはこの中庭に入れていたのである。ただし3節に見られるように、この文の場合は個々の農家の中庭ではなく、複数の農家が共同で利用する場所。夜に羊を集めてここに入れ、朝に外の牧草地に連れて行く>(田川)というのです。

 

そのような羊の飼われ方を前提にして、ヨハネ福音書のイエスは、1節から5節まででこのように述べています。田川訳で読んでみます。≪「アーメン、アーメン、汝らに告ぐ、羊たちの中庭に門を通らずに他のところから乗り越えて入って来る者は、盗人であり、強盗である。門を通って入って来る者は羊たちの羊飼である。この者には門番が(戸を)開き、羊たちはこの者の声を聞く。そして羊飼は自分の羊たちを名前で呼んで、外に連れて出る。自分の羊たちをすべて外に出すと、その羊たちの前に進む。そして羊たちは彼について行く。羊たちは彼の声を知っているからである。羊たちは他の者にはついて行かない。その者から逃げる。他の者たちの声を知らないからである」≫。

 

エスはこれを、ファリサイ派の人々に話されたのですが、しかし、「彼らはその話が

何のことか分からなかった」と6節には書いてあります。イエスの話されたことが彼ら

にはわからなかったというのです。それは、どういうことでしょうか。このイエスの話

されたことは、何一つわからないような事柄ではありません。イエスはここで、パレス

チナで極めて日常的な事柄であった羊飼いの生活を、そのまま話されたに過ぎません。

また、それが比喩であったとしても――つまり救い主と人間の関係についての比喩で

あったにしても、それは旧約聖書でも繰り返し用いられている比喩であります。最も有

名なのは詩編23編です。≪主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。/主はわ

たしを青草の原に休ませ、/憩いの水のほとりに伴い/魂を生き返られせてくださる

≫(1節)に始まる詩編です。聖書のことには、人一倍通じていたはずのファリサイ派

の人々に、この比喩が分からなかったはずはないのです。ですからここで、彼らにイエスの言われていることが分からなかったということは、この羊飼いとか羊とかいう比喩で、誰のことが言われているのかがわからなかったということでしょう。さらに、盗人、強盗という言葉で誰のことが言われているのかがわからなかったということでしょう。あるいは、むしろ、わかろうとしなかった、わかることを欲しなかったということでしょう(井上良雄)。

 

そこでイエスは、7節から言葉を新しくして、1-5節の第一の部分で語られたことを、もう一度説明されます。それが第二の部分(7-10節)になります。ここには、イエス自身が「わたしは羊の門である」(7節)、「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける」(9節)と言っています。しかし、同時に羊を「盗んだり、屠ったり、滅ぼしたり」する盗人や強盗と対比して、「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」(10節)とも記されていて、この叙述は明らかに「羊飼い」をイメージしています。ですから、7-10節では、「羊の門」と「羊飼い」という二つのイメージが混在しています。

 

そして、11節には、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いを羊のために命を捨てる」と記されています。そしてそれ以降では、「盗人や強盗」ではなく、羊のことを心にかけていない「雇い人」と対比して、イエスは「良い羊飼い」は羊のために命を捨てる。そして「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊も私の声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」(16節)と言うのです。17節の≪わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる≫は、15節で羊飼いと羊との関係を、≪父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである≫と、父なる神とイエスとの緊密な相互関係と同じであると言われて言葉の続きとして読めます。すなわち、やがて起ころうとしているイエスの十字架、またそれに続く復活は、父なる神のイエスに対する愛とイエスの父なる神への自発的な従順という、緊密な相互関係の中で起こることです。従って、そこには何ら強制はありません。また、周囲の状況に迫られてやむを得ず選び取られた苦しい決断でもありません。それゆえに18節で、イエスは続けて、≪「だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である」≫と言われます。すなわち、愛に基づく父なる神からの委託であると、イエスは言われるのです。

 

これが今日のヨハネ福音書の「良き羊飼い」の譬えの箇所で語られている要約です。羊に譬えられている私たちは、羊が羊飼いによって守られなければ、羊そのものは元々攻撃的な動物ではなく、大変弱い動物ですので、盗人や強盗に襲われれば、抵抗できずにされるままなってしまいます。この盗人とか強盗は、羊飼いに守られている羊を、羊飼いから奪って、自分たちの思い通りに羊を消費するわけです。一匹一匹の羊に名前を付けて呼ぶ羊飼いのように、盗人や強盗は、一匹一匹の羊を大切に扱いません。利用価値がないと思えば、簡単にその羊を葬ったり、棄ててしまうでしょう。資本の論理や強権的な国家の論理は、私たち一人ひとりの人間をそのように扱うわけです。政治家や経営者の中には、羊飼いのような資質を持った人もいるかもしれませんが、そのような人はごく僅かでしょう。土肥昭夫さんは、戦時下教会が国家に包摂されたように、今の教会は資本に包摂されているのではないかという主旨のことを述べています。

 

そういうことがありますので、このヨハネ福音書の著者はイエスを羊飼いに譬えているだけでなく、「羊の門」にも譬えているのではないでしょうか「羊の門」について、井上良雄さんは、<実際私たちが、イエス・キリストが私たちにとって、本当の羊飼いであるということを聞くだけでなく、羊の門でもあるということを聞くことは大切なことだと思います>と言って、このように述べています。<彼はもちろん本当の羊飼い、よき羊飼いでありますけれども、しかし、同時に彼は、私たちにとって、唯一の羊の門であるということができます。/ところでしかし、彼が唯一の羊の門であるということ。即ち、私たちにとっては、彼だけが神の真理への門であるということ、彼を通してしか、私たちは、神の真理に接することはできないということ、私たちはよく自然などに接すると、そこで神に接したなどと軽々しく言いますが、それは不可能であるということ。理性によって神を知ることもできなということ。歴史によって神を知ることもできないということ。そういうことは、昔から神学の世界で問題として議論されてきたことですが、しかしそれは、単に神学の世界の問題ではありません。私たちの生きた信仰の問題でもあります>と言っています。すなわち、ヨハネ福音書8章31,32節でイエスが<わたしの言葉にとどまっているならば、あなたたちは本当に私の弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする>と言われているように、です。

 

羊飼いであり、羊の門であるイエスに従って、イエスの本当の弟子として私たちも歩んでいきたいと願います。

 

主がそのように私たち一人ひとりを導いてくださいますように!

 

 

祈ります。

 

  • 神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 神さま、羊飼いであり、羊の門であるイエスを通して、あなたの真理にある自由を、私たち一人ひとりが、また小さな群れですが、私たちの教会が、生きることができますようにお導きください。
  • ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまって2年が経ちました。今なお停戦への道筋が見えず、この戦争がいつまで続くのか、わからない状態です。神さまロシアもウクライナを支援する国々も、戦争継続の軍事品の生産に力を注ぐのではなく、戦争終結のための話し合いのために力を注ぐようにお導きください。一刻でも早く停戦が実現しますように。
  • ガザにおけるイスラエルハマスとの間でも、一刻でも早く停戦が実現しますように。
  • 能登半島地震で苦しんでいる人々を支えてください。また適切な支援が与えられますように。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩ 讃 美 歌  456(わが魂を愛するイエスよ)

https://www.youtube.com/watch?v=nIvfT4X742M

⑪ 献  金 

⑫ 頌  栄  28                                                       

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑬ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

イエスは今なおどこに隠れておられるのか(鶴巻通信29)

カール・バルトの一日一章』2月21日

 

 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」             マタイによる福音書25章40節

 

バルトの2月21日の『一日一章』はマタイ福音書25章の最後の審判の記事の中にある上記のイエスの言葉(25:40)をめぐるメディタチオーンです。その後半の部分を紹介したいと思います。

 

バルトは、マタイ福音書25章の最後の審判の記事で、最後の審判で羊飼いによって、羊は右に、山羊は左に、より分けられることに触れ、<教会は、たしかに主の教会ですから、羊飼いがその右側に置く人びとの群と一体であることを期待します。しかし、この期待において喜んでいい教会はどれか。それについてはイエスの再臨において決定がなされるでしょう。すなわち、イエスの再臨から、イエスがまだ隠されている時である現在への立ち戻りが生じます。今の立場で、イエスへの、今なお隠されている者への今の態度で、将来、イエスの右側に立つ教会はどれか、がその時決定されるでしょう>と言い、以下のように記しています。

 

<しかし、イエスは今なおどこに隠れておられるのか。神のもとに、父の右に、――神の言の中に、洗礼と聖餐の中に――欲するままに吹く聖霊の秘密の中にでしょうか。然り、その一切のものですが、一切がこの譬えの中で前提とされている結果、次のことの確認によって圧倒されるのです。すなわち、イエスもまた――それはイエスの最終啓示において決定的なものでしょうが、――この現代に飢えている者、のどが渇いている者、異邦人、裸の者、病気の者、囚われている者たち各々の存在の中に隠れておられます。常に、この現代に、この人たちの一人の人間的な援助を(食料、飲み物、宿泊施設、衣料、訪問と介護を)待っているところで、そこに彼、イエスご自身が待っておわれます>。

 

<常に、「この人びと」の一人にこのような優しい心遣いがなされるか、あるいはなされないところでは、その時心遣いは彼、イエスになさるか、あるいはなされないかであります。「この人びと」はイエスの最も小さな兄弟たちだからです。彼らは世の実例であり、世のためにイエスが死に、蘇られたのであり、イエスが世との連帯を表明されたのです。――>

 

<まさにそのことが最後の審判において、真の教会を、御国を受け継ぐ教会を決定する試みであるでしょう。すなわち、教会はその使命あるこの時代に、無条件に他ならぬ「この人びと」に、まさに悲惨な世界に向いたところで、彼イエスに向いた教会であったかどうかを判定するでしょう>。

 

<教会がそれをなしたということ、教会が世界の具体的な悲惨に触れられて、貴族的な言い逃れをしながら彼らの側を通りすぎはしなかった。教会が率直に、直接に、そして反対の一切の弁解もなく「人間的」であった、ということが明らかになるならば、教会は幸いなるかな、であります>。

 

現在の日本基督教団という教会が、そして個々の教会・伝道所が、イエスの再臨の時に「幸いなるかな」と言われる教会であり得ているでしょうか。私たちはそのことに真剣でありたいと願います。

船越通信(604)

船越通信、№604  2024年2月18日(日)北村慈郎

  • 11日(日)は礼拝後残れる人で昼食を共にし、しばらく懇談した後に、2月の役員会を行ないました。役員会では、今年は3月31日(日)がイースターになりますので、イースター礼拝での聖餐式執行を決め、聖餐準備と礼拝での配餐役を決めました。また2024年度の教会総会の日程(4月14日礼拝後)も決めました。この日は総会日程だけを決め、3月役員会で準備する資料と資料作成担当者を確認することになります。またこの日の役員会では、3月のスタンディング、平和と人権を考えるDVD鑑賞会、教会だより「船越の丘から」の今後について確認しました。そして「教会の今後について話し合いの件」についても、コロナでここ数年その機会を持てないで来ましたが、今年は秋に一日修養会という形で行うことができればと、役員会では考えています。この日は役員会が比較的早く終わり、午後1時過ぎには散会しましたので、その後私は後片付けをして、午後2時過ぎ教会を出て、バスで追浜に出て鶴巻に帰りました。
  • 11日(日)、12日(月・休)と連休でしたので、12日(月・休)には娘と車で渋沢にあるJA秦野じばさんず(地場産‘S)に買い物に出かけました。平塚のJA湘南の直売所あさつゆ広場には自転車でも行けますが、秦野じばさんずには車でないと私一人で自転車では行かれません。無理すれば行けないこともないと思うのですが、年寄りの冒険は控えています。野菜類はあさつゆ広場で十分間に合いますが、豚肉はあさつゆ広場にもありますが、牛肉はあさつゆ広場には置いていませんので、じばさんずにはどちらもありますので、肉類となると、秦野じばさんずになります。この日は、今年はお正月にすき焼きをたべていないので、久しぶりにすき焼きをしようということで、じばさんずで牛肉を買ってきて、早夕食は娘と二人ですき焼きにしました。すき焼きは本当に久しぶりでしたので、期待以上に美味しく感じました。
  • この週は、木曜日(15日)の辺野古新基地建設反対の国会前座り込みへの参加以外に出かける予定はありませんでした。週の前半はメールのやりとりで、基地・自衛隊問題小委員会の通信第2号の編集を、委員の一人の方がして下さり、通信第2号が完成しました。後は写真があるので、カラー印刷を外注することにして、編集して下さった方から発注してもらいました。その通信第2号の巻頭言を私が書いて言いますが、その巻頭言で触れているため、2023年12月15日の神奈川新聞の記事の「『時代の正体』自衛隊考」もその通信に掲載してもらいました。私は巻頭言で、船越教会の裏手にある長浦港の海上自衛隊基地の現状について書きましたが(船越通信602号参照)、神奈川新聞の記事にも長浦港についてこのように記されています。<とりわけ長浦港は一体化が一目瞭然だ。主要施設が 並ぶ横須賀本港の北に位置し、狭隘な湾を取り囲むよ うに日米の施設が連なる。 装備の増強とともに施設の整備や拡充も見逃せない。 20 年に運用が始まった海上作戦センターには自衛艦隊、 護衛艦隊、潜水艦隊など海自の司令部が集約され、陸 上自衛隊航空自衛隊に加え、米軍との連携も強化さ れた。 新たな弾薬庫と桟橋が造られ、停泊した艦船にミサ イルや弾薬を直接積み込めるようになり、有事即応体 制の構築が進む。安保3文書では戦闘を続ける「継戦 能力」が重視された。新倉さんは「弾薬の確保や備蓄 などを意味しており、長浦港はこれを先取りしたとも 言える」と分析する>。このように南西諸島の軍事要塞化だけではなく、身近なところでも戦争への準備が着々と進められているという現実があることを知らなければなりません。神奈川新聞の記事の最後はこう結ばれています。<安保関連法施行から7年がたった。木元さんは「自 衛隊の訓練は劇的に増えただけでなく、種類や地域が 広がり、大規模、長期化した」と解説し、さらに「民 間を巻き込み、市民により近い場所で活動する方向性 も顕著になっている」と指摘する。 例えば、11 月の自衛隊統合演習。全国各地で行われ、 とりわけ南西諸島での訓練が大々的に公開される中、 神奈川ではヘリコプターによる負傷者搬送訓練の受け 入れ先に、川崎市麻生区の民間病院がなった。 8月、自民党麻生太郎副総裁は台湾で講演し、日 米や台湾の「戦う覚悟」が中国への抑止力になると持 論を語った。だが、抑止が破られることはロシアのウ クライナ侵攻で明らかだ。パレスチナ自治区ガザの情 勢は軍事行動が住民に多大な犠牲を強いる現実を改め て突き付けている。 木元さんは「訓練の拡大は緊張を高め、軍拡をもた らす」と警鐘を鳴らし、強調する。「軍事一辺倒は平 和でなく、むしろ戦争につながる。今こそ、外交と対 話が求められています」>。その通りではないでしょうか。私は巻頭言の最後で、このように訴えました。<このような現実を黙認することは、日本が再び戦 争犯罪国になるのを容認するに等しいことです。平 和を創り出す者として召されている私たちキリスト 者は、この現実に対してそれぞれの場で、それぞれ の仕方で、否の声を上げていかなければなりません>。
  • 15日(木)は、辺野古新基地建設反対の国会前座り込みに出かけるために乗った小田急快速急行新宿行きの電車が成城学園駅を出た所で人身事故を起こし、車内に40分ほどとじこめられ、その後電車を下りて、線路伝いに歩いて成城学園駅ホームまでいき、ホームで電車運転再開まで待ちました。再開したのが午後3時少し前でしたので、それから国会前に行っても、すぐ帰るようになりますので、国会前には行かないでそのまま鶴巻に戻りました。電車の人身事故は最近よく聞きますが、実際に人身事故を起こした電車に乗り合わせたのは初めてです。しかも国会前に行く時には、電車の先頭車両に何時も乗って行きますので、人身事故が起きた時にガタンといって急停車した時の感触が私の体に残っているのです。何とも重たい気持ちを抱えながら、鶴巻に帰って来ました。最近駅のホームには線路に落ちないように柵が設けられていますが、成城学園前駅にはその柵はありませんでした。

ヨハネによる福音書による説教(48)「裁くため」9:36-41

2月18(日)受難節第1主日礼拝   

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主を尋ね求めよ。見いだしうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる」。

                    (イザヤ書55:6,7a)

③ 讃 美 歌 8(心の底より)

https://www.youtube.com/watch?v=E3tt50hxd4Y

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編91編1-13節(讃美歌交読文101頁)

⑥ 聖  書  ヨハネによる福音書9章35-41節(新約186頁)

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌    419(さあ、共に生きよう)

https://www.youtube.com/watch?v=FbbYpBKeNfo

⑨ 説  教   「裁くため」         北村慈郎牧師 

  祈  祷

 

今日は、イエスに癒された生まれつき盲人だった人の物語の最後の部分であるヨハネによる福音書9章35-41節から、語りかけを聞きたいと思います。

 

まず最初に、前回扱いました、癒された人に対するファリサイ派の人たちの尋問の最後の所を、もう一度想い起こしておきたいと思います。イエスに癒された人は、ファリサイ派の人たちに向かって堂々と信仰告白をしました。そのために、その信仰告白を聞いたファリサイ派の人たちは怒り出して、34節で、「おまえは全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言って、この人を「外へ追い出した」と書かれていますように、このイエスに癒された人は、ユダヤ教徒の交わりから追い出されて、村八分にされてしまったというのです。

 

この出来事には、一世紀末のヨハネ福音書の教会とユダヤ教の会堂との抗争が背景にあると思われます。当時のユダヤ教キリスト教を敵対化して、キリスト教徒をユダヤ教の会堂から追放していました。追放されたキリスト教徒はユダヤ教の交わりとは別の交わりに受け入れられないと、孤立しては生きていくことも出来なかったに違いありません。会堂はユダヤ教徒の生活共同体としても機能していて、そこから排除されるということは、別の生活共同体に属していないと、生きていくことができなかったのです。おそらくヨハネ福音書の教会も礼拝共同体であると同時に生活共同体でもあったと考えられます。ですから、ヨハネ福音書の教会は生活共同体としても、ユダヤ教の会堂と敵対的な関係にあったと考えられます。

 

古代社会は、現代社会のように何を信じていようが、その信仰に関係なく、公共の生活には誰でも参加できて、そこで生きるために必要な衣食住を得ることが出来るという社会ではありませんでした。自分が信じる宗教教団の中で生活もしていかなければならなかったのです。古い日本の村落共同体も同じでした。その村が祀る神社と村人の生活は一体だったのです。

 

ですから、ヨハネ福音書9章の生まれつき盲人で、イエスによって癒された人は、ユダヤ教の会堂から追放されることによって、生きるすべさえ失わなければならないという状況に置かれてしまったのです。この人は元々生まれつきの盲人で、物乞いしていた人ですから、生きるすべを持っていなかった人ではありますが、イエスによって癒された後にも、ユダヤ教の会堂から追放されたので、どこかに生活のすべを求めなければなりませんでした。そのことを耳にしたイエスは、そのように古い社会の交わりから締め出されたこの人を放置されませんでした。この人の身の上に起こったことをお聞きになったイエスは、直ちに自ら出かけて行き、彼に会い、新しい交わりの中に彼を迎え入れるのです。

 

35節から38節までを読みますと、<イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。彼は答えて言った。「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが」。イエスは言われた。「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ」。彼が、「主よ、信じます」と言って、ひざまずくと、>とあります。

 

この生まれつき盲人の癒しの出来事には、ひとりの人がイエスに出会って、イエスを主と信じる信仰を持って新しく生きていくことが、その人への神の臨在によることがよく示されていると思われます。この人はイエスとの出会いによって癒されます。そしてファリサイ派の人たちの尋問を受け、イエスが人の子として神から遣わされた方であることに気づかされていきます。そしてイエスから「あなたは人の子を信じるか」と問われ、人の子がイエスであると知って、「『主よ、信じます』と言って、(イエスに)ひざまずく」のです。彼をしてそのように、イエスを拝するようにさせたのは、彼自身によるというよりも、彼の中で働く神ご自身(聖霊なる神)ではないでしょうか。神はイエスを通してこの人に介入すると共に、その人の内に入って、その人を神への応答に導くのです。

 

この38節で、9章の初めから語られてきた、生まれつき盲人の物語は終わっています。出来事としては終わっているわけですが、次の39節から41節の9章の終わりまでに書いてあることは、この出来事が終わったあとで、この出来事が何であったかということについて、イエス自身が、いわばこの出来事を総括する形で語られているのであります。つまり、生まれつき盲人の癒しの出来事全体を統べくくる言葉として、あるいは9章全体を統べくくる言葉として、39節以下の言葉があるわけです。

 

そのようなものとして、ここには二つのことが言われています。その一つは、39節の、<イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者が見えないようになる」>というイエスのこの言葉です。

 

これを聞いて、私たちは、驚くのではないでしょうか。あるいは戸惑いを感じるのではないでしょうか。なぜかというと、私たちは、同じヨハネ福音書3章17節の、「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」というあの有名な御言葉を思いだすからです。そして、この39節の言葉は、それと明らかに矛盾しているからです。しかし、そういう私たちの疑問に対する答えは、3章17節の前後を読めば、そこに明瞭に語られています。3章16節以下を読みますと、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行ないが悪いので、光よりも闇の方を好んだ>(16-19節)。すなわち、ここに明瞭に言われているように、神自身の意志は、あくまでも裁きではなくて、すべての者の救いです。しかし、それに対する人間の側の対応のために分離が起こります。ある者は見える者となり、ある者は見えない者となるという分離が起こるのです。

 

そのことを井上良雄さんは、「「譬えを借りて言えば、こういうことになろうかと思います」と言って、一つの譬えで語っています。「例えば、冬が終わり、春風が私たちの家に吹いてきます。春風は、この世界に春をもたらそうとしている。しかし、もし私たちがその春風に対して、自分の家の窓を開こうとしないならば、春風は私たちの家の中に吹き込むことはできません。したがって、家の外はもう春の世界であるのに、私たちの家の中では依然として冬が続いている――そういうことが起こるわけです。パウロはそのような事情を、第二コリント2章15節以下で、「わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。……」と言っています。パウロがこのような言葉で言っていることも、やはり同じ事情であろうと思います。私たちは、福音の持っているそのような性格を忘れてはならないと思います。それがこの「総括」で語られている第一のことであります」と。

 

第二のことは、40節、41節に記されています。すなわち、<イエスと一緒に居合わせたファリサイ派の人々は、これらのことを聞いて、「我々も見えないということか」と言った。イエスは言われた。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る」>。

 

実は、これがこの物語の中でのイエスファリサイ派の人たちとの初めての対話であります。これまでファリサイ派の人たちは、あの癒された人を尋問したり、その両親に問いただしたりしてきました。しかし、まだイエス自身とは直接対話をしてはいなかったのです。ここで初めて、イエスファリサイ派の人たちが対話を交わします。ファリサイ派の人たちは、恐らく、イエスが「見えない者は見えるようになり、見える者が見えないようになる」と言われた39節の言葉を聞いたのでしょう。そこで彼らは自分たちのことについて問います。「あなたがそういうふうに言うのであれば、私たちは、その見えない者の方に属しているのか。私たちは盲人だとあなたは言うのか」と。

 

その宗教の専門家たち、聖書のことに通じている自分たち、見える者だと自他共に認めている自分たち、そういう自分たちを、あなたは、盲人だというのかと、彼らはイエスに対する反発の思いを込めて詰め寄ってゆくのです。それに対してイエスの言葉は、きわめて鋭く、また直截であります。彼は次のように言われます。「あなた方が盲目であるのは言うまでもない。それは、あの癒された人が盲目であったのと全く同じである。しかし、あなた方が盲目であるのと、あの人が盲目であったのとは、決して同じではない。あなた方のほうが一層悪い意味で盲目である。あの癒された人の場合は、自分が盲目であることを知っている。そして自分の盲目が癒されることを願っている。それだから、癒されることも可能であった。しかし、あなた方の場合は、そうではない。あなた方はあの癒された人と同じように盲目であるのに、自分たちが盲目であることを知らない。自分は見えるというふうに思いこんでいる。

 

これが、この物語全体に対する総括として、イエスが語られた第二のことでした。つまり、春風が家に向かって吹いているのに、あなた方はかたくなに窓を閉ざして、それを入れようとはしない。そして寒い部屋の中に閉じこもっている。それがあなた方の問題なのだ」と。

 

今日の説教題は「裁くため」とつけました。それはイエスがこの世に来られたのは、この世を裁くことによって、この世を救うためであるというイエス・キリストの福音を強調したかったからです。私たちは、生来の自分が「見えない人間」であるということになかなか気づき得ないのではないでしょうか。そのことに気づかされたのは、癒された人と同じように、私たちもそれぞれなりのイエスとの出会いを持つことができたからではないでしょうか。イエスとの出会いを通して、如何に私たち自身が自己中心的な人間であるかに気づかされたのではないでしょうか。ですから、パウロと共に、「わたしはなんという惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」(ローマ7:24-25前半)と、私たち自身も言わざるを得ないのです。

 

今も「見える」と言い張る人が多い中で、この世界は大変な状況に置かれています。その中にあって、私たちキリスト者は、イエスに癒された生まれつき盲人だった人のように、イエスを主と信じ、神の国の義と平和と喜びを望み見て、その証言者の一人ひとりとして歩み続けていきたいと願います。

 

主がそのように私たち一人ひとりを導いて下さいますように!

 

 

祈ります。

  • 神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 神さま、あなたはイエスを通して私たちひとりひとりに関わって下さり、私たちを自分からイエスを主と告白して生きるように導いてくださいます。そのことを覚えて、心から感謝いたします。どうか主イエスに倣って、苦しんでいる人々、悲しんでいる人々、泣いている人々と共に生きていくことができますように、
  • また、見えると言い張るファリサイ派の人々のように、イエスを通したあなたからの関りを拒絶し、高ぶった自分の思いで生きることのないように、私たちをお導きください。
  • 世界には戦争や貧困や様々な差別によって苦しんでいる人々が沢山います。どうぞそのような人々がその苦しみから解放されて、あなたから与えられた命を大切に生きていくことができるように、この世界が平和な世界になるようにお導きください。
  • ウクライナパレスチナに一刻も早く平和が訪れますように。
  • 日本の国もアメリカとの軍事同盟を強化し、軍拡を進めています。どうか憲法第9条に基づいて、戦争によらない平和外交に徹するように、この国の政治を導いてください。
  • 能登半島地震で苦しんでいる人々を支えてください。また適切な支援が与えられますように。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩ 讃 美 歌  305(イエスの担った十字架は)

https://www.youtube.com/watch?v=mSu_qva7-BQ

⑪ 献  金 

⑫ 頌  栄  28                                                       

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑬ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

(この説教は井上良雄『ヨハネ福音書を読む』の当該箇所を参考にしています。)

教会は疑いもなく人びとの団体であります(鶴巻通信28)

                      (平塚の花菜ガーデンからの富士山)



 今日の(2月15日)の『カール・バルト一日一章』を下記に転載します。バルトは、[教会は疑いもなく人びとの団体であります]と言っています。そして人間の団体である教会には、「本当のキリスト者」ではない人びともいると言うのです。自分自身への自戒を込めて、このバルトの教会観をみなさんと共有したいと思います。

 

2月15日

 

「芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた」。 マタイによる福音書13章26節

 

 イエス・キリストの教会に、いったい「他の人びと」は存在するでしょうか。キリストを通じて教会に来たのではなく、キリストを肯定して洗礼を受けたのではなくて、教会員であり、信仰告白を口にし、教会の生活にあれこれと加わる――何もかも見かけに過ぎないのであって、聖なる人びとではなく、「本当のキリスト者」ではないという人びとがいるでしょうか。

 譬えによれば小麦の中に毒麦があり、譬えによれば網に捕らえた魚の中に(同46節以下)腐った魚もあるかもしれません。どれほど多くの毒麦があると誰が分かるでしょう。どれほど多くの腐った魚があると誰が分かるでしょうか。12人の使徒たちの中にすでにユダもいたではありませんか。

 教会は疑いもなく人びとの団体であります。イエスの中に包み隠されて教会はイエス・キリストの体として生きています。かかる団体として教会は存在しますが、「人間的」認識、判断、決定に基づいて成り立っています。この人間的な(人間的に制約され限定された)もろもろの認識、判断、決定が、教会の主のくださるそれらと、何の問題もなく自動的に直接一体であるなどと私たちは期待できませんし、教会の人間的判断がイエスの弟子たちや、人びとについてのイエスの知識や決定や、彼らを御体の構成員になさるイエスの行為を、仮決定するとかそれどころか先取りすることができるなどとは、私たちには期待できないことです。

 教会の諸判断がイエスにより祝福され、確認され、その限りでただお求めに従うだけでなく、本当に御名において行われているということはありうるでしょう。しかし教会が創設され成り立っているのは、教会がそのこと、すなわち自らの限界を弁えているからです。つまりその際教会は御手にあって、主の確認と祝福を希望して、主の聖霊の自由な恵みを頼りとするからです。教会はイエスを信ずることにおいてのみ、設立され成り立つことができます。教会はこの点でもイエス統治権を認めなければなりません。だがそれは次のような認識を意味しています。すなわち教会は間違うこともありうる、従って、その人間的な分別によりその群れに属する人びとの間では、全く御体の構成員では「ない」、イエスにより選ばれて召命され、聖霊によりイエスを信仰することに目覚めたのでは「ない」、このような人びともありうると認めることです。

 ――そういうわけでアウグスブルク信仰告白(8条)は、「この人生で多くの偽りのキリスト者と偽善者、公の罪人たちも敬虔な者たちの間に留まっている」ということを考慮予測しています。従って教会の集団は、集団としては、「雑多な社会」であり、事実、ただ比喩的に、イエス・キリストの教会と名づけられる、ということもありうるのです。

船越通信(603)

船越通信、№603  2024年2月11日(日)北村慈郎

  • 4日(日)は礼拝後何もありませんでしたので、比較的早めに散会しました。私も早めに船越教会を出て、バスで追浜に出て、鶴巻に帰りました。この日は娘が来ていましたので、早夕飯を一緒に食べてから、彼女は車で横浜に帰っていきました。
  • 4日から5日にかけて、4月6日(土)に紅葉坂教会で開催を予定しています支援会総会前に、第2回の北村慈郎牧師支援コンサートを予定していますが、そのチラシのことで紅葉坂教会の方とやりとりをし、印刷が出来上がったら、私の方に送ってもらうようにお願いしました。早めに第2回支援コンサートのチラシを作成するのは、2月23日(金・休)に荻窪教会で行う第一回支援コンサートに来た方にも第2回支援コンサートのチラシを配布することにしているからです。また、5日(月)には、これまでの4~5回の教団総会に教区総会決議教団総会議案として出して来た私の戒規免職撤回議案について、前回の教団総会会期中に開催した支援会集会で何人かの方から、撤回ではなく審議のやり直しという切り口からの議案の方が、教団総会の冒頭の議事日程の段階で議長団に葬られないのではないかという意見がありましたので、支援会世話人・事務局会ではその趣旨に従った議案を作ってみました。この日はこの原案について、数名の方に意見をお聞きしたいと思って連絡させていただきました。その方々の意見をお聞きして、よりよい議案として教団総会に出せればと思っています。
  • 6日(火)は午後6時から蒔田教会教育会館で常置委員会がありました。鶴巻を少し早めに出て、横浜駅で早夕食を食べてから蒔田教会に行きました。それでも少し早めに着きましたので、既に来ていた二人の方に連絡事項を伝え、常置委員会が始まるのを待ちました。この日の常置委員会では、2月総会に議案として出す2024年度の各教会の負担金割り当て票が配布され、その説明があって、原案通り教区総会議案とすることが常置委員会で決まりました。船越教会は79000円(23年度は58,000円)です。また、前回の常置委員会からの継続審議になっていました単立川崎キリスト教会の教団加入とその教会の牧師で元日本基督教団補教師のK氏の退任教師復帰志願が承認可決されました。教団加入の件は2月の教区総会議案になります。この日の常置委員会で審議された主な議案は以上でした。その他にも多くの議案(全部で21)があり、その中には私に関係する三つの議案(「北村慈郎教師の免職を無効とし、免職撤回を求める件」「第39回・第40回・第41回教団総会の議事結果への対応に関する件、北村慈郎氏の身分に関する件」)もありますが、私に関係する三つの議案を含めて多くは継続議案になっています。議長が私に関係する三つの議案を一括して上程して、私に何かありますかと発言を促して下さいましたので、何時もは「ありません」と答えるのですが、今回は「今秋の教団総会で免職が撤回するようにお願します」と、一言申し上げました。今秋になりますと、私は教団から戒規免職処分されてから丸14年になります。考えて見れば、随分長い間免職撤回のために闘ってきたことになります。私に健康が与えられ、支援して下さる多くの方々にも支えられていることを、心から感謝しています。何時まで続けられるか分かりませんが、健康が許される限り、教団が免職撤回をするまで頑張って行きたいと思っています。この日の常置委員会は何時もより早めに終わりましたので、鶴巻には午後9時過ぎに帰ることができました。
  • 私は毎朝、日曜日以外はその日のローズンゲンの聖書箇所と今年はバルトの『一日一章』のその日の当該箇所を読み、その後祈ってからその日をはじめるようにしています。7日のバルトの一日一章は、マルコによる福音書13章13節「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる」に基づくものでした。11日(日)の説教でもこのバルトの『一日一章』に触れたいと思いますが、この中で語られているキリスト者は「世界市民」であるという部分を、ここに引用しておきたいと思います。「…しかし、キリスト者は世に向かってイエス・キリストを、従って神との世の和解を力強く証しすることにより、最善の最も忠実なで有益な世界市民であると言ってよいでしょう」。独善的な国家や民族の中でキリスト者イエス・キリストを証しして生きると、時にはその国家権力から、或いはその国家や民族を支持する人々からから「悪意のある秩序攪乱者と見られ、扱われる」ことがありますが、それはキリスト者が「最善の最も忠実で有益な世界市民」であるからだと言うのです。ナチズムの時代にバルトやボンフェッファーは「世界市民」として行動したのではないでしょうか。キリスト者イエス・キリストを証しし、平和を求め、一人ひとりの人権を大切にする「世界市民」だということを肝に銘じておきたいと思います。
  • 8日(木)は何時ものように辺野古新基地建設反対の国会前座り込みに参加しました。この日は二重に下着を着て寒さ対策を万全にしてでかけました。すると電車の中では暖かくて少し汗ばむ感じでした。しかし、南北線の地下鉄国会議事堂前駅を降りて、官邸前の地上に出て歩き出したら、風が冷たく感じましたので、寒さ対策が正解に思えてきました。実際この日は先週の時ほど風は強くありませんでしたが、日陰の参議院議員会館側の道路に座り続けていると、体が段々冷えていくのを感じましたので、時々車道側の太陽の光が当たっている所に立って、体を温めました。この日の参加者は3人でした。辺野古では、「国は、2月6日に新たな護岸を造る工事に着手しました。/辺野古の新基地建設で辺野古南東部の『辺野古崎』と呼ばれる突端部分で2月6日に新たな護岸の造成工事が始まりました。政府関係者が明らかにしたものです。国が着工した新たな護岸の長さは約100メートルとみられています。/海に出て抗議活動をした市民によりますと朝9時ごろ、大型クレーンが石材の投入を始めました。国は1月10日に辺野古崎北側の大浦湾側に広がる軟弱地盤を固めるための工事に着手しています」(琉球朝日放送2月6日)。国は沖縄の方々の思いを踏みにじって、軟弱地盤があり、自然の宝庫と言われる大浦湾の埋立て工事を、沖縄県の同意がないまま初めての代執行によって進めています。この国のやり方に怒りを内に秘めながら、私は国会前のこの座り込みに連なっています。座り込みを終えて、歩いて官邸前に来ましたら、「土砂投入反対」の横断幕を畳んでいる独りで座り込んでいた方に会いました。この官邸前で座り込んでいる方は沖縄出身の女性の方です。ここ数回はお一人ですが、以前は数名の方で座り込んでいました。