なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

ヨハネによる福音書による説教(56)「イエス香油を注がれる」ヨハネ12:1-11

4月21(日)復活節第4主日礼拝   

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主をたたえよ、日々、わたしたちを担い、救われる神を。

この神はわたしたちの神、救いの御業の神。主、死から

解き放つ神」。     (詩編68:20-21)

③ 讃 美 歌   224(われらの神 くすしき主よ)

https://www.youtube.com/watch?v=2DRg5OEE410

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編118編1-12節(讃美歌交読文129頁)

⑥ 聖  書  ヨハネによる福音書12章1-11節(新約191頁)

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌    403(聞けよ、愛と真理の)

https://www.youtube.com/watch?v=q8NcSOBT7VU

⑨ 説  教  「イエス香油を注がれる」        北村慈郎牧師 

  祈  祷

 

今年は既に受難週もイースターも終わっていますが、今日のヨハネ福音書の箇所は、イエスが受難と十字架に至る転換点になる、ラザロ復活後にベタニアであった出来事が記されています。

 

ラザロの復活の出来事の後、ユダヤの政治的権力と宗教的権威を兼ね備えた大祭司らは、議会を招集して、イエス殺害を決議しました。<それで、イエスはもはや公然とユダヤ人の間を歩くことなく、そこ(ベタニア)を去り、荒れ野に近い地方のエフライムという町に行き、弟子たちとそこに滞在された」(11:54)のです。しかし、過越祭が近づいたので、<過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれ」ました(12:1)。<そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがい>ました(同)。そこで、イエスのために夕食の用意がなされます(12:2)。このヨハネの記事には、誰の家でイエスのために夕食が用意されたのかについては記されていません。同じ記事がマルコ福音書(14:3-9)、マタイ福音書(26:6-13)にもありますが、両福音書では場所は「重い皮膚病の人シモンの家」ということになっています。この同じ記事は大分形を変えてはいますが、ルカ福音書にもあり(7:36-50)、ルカ福音書では「あるファリサイ派の人」の家ということになっています。ヨハネ福音書にはイエスが食事をされた家については、はっきりと記されていません。マルタ、マリア、ラザロの家ではなかったようで、彼らはその食事の席に連なっていたと思われます。

 

12章2節以下を読んでみます。<イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ(327.45グラム)持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった>(ヨハネ12:2-3)と記されているだけです。ここには、マルタ、マリア、ラザロという3人の姉妹と弟のそれぞれのイエスとの関りの在り様が現われているように思われます。

 

ヨハネ福音書では「マルタは給仕をしていた」(ヨハネ12:2)とだけ記されています。しかし、ルカ福音書では、マルタは、イエスの足もとに座って、イエスの話に聞き入っているマリアに対して、イエスに「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(ルカ10:40)と言っています。それに対してイエスは、「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んで。それを取り上げてはならない」(ルカ10:41,42)と言って、マルタの振る舞いより、マリアの振る舞いの方を評価しているのです。けれども、ヨハネ福音書では、そのようなことは一切記されてはおらず、ただマルタとマリアとラザロがイエスとの食事の席でどう振る舞ったかが記されているだけです。

 

森野善右衛門さんは、このマルタ、マリア、ラザロの三者三様のイエスとの関わり方から、私たちイエスを信じる者の応答としてのイエスとの関りの在り様の違いを見ています。そしてイエスは誰の応答が優れていて、誰の応答が劣っているというような評価をすることなく、それぞれなりの応答(証言)をそのまま受け入れていると言うのです。そのことを森野さんの記述に即して考えてみたいと思います。

 

「マルタは給仕をしていた」と記されていますが、マルタは、活動的・行動的な女性として描かれています。マルタはこのヨハネ福音書では、ルカ福音書とは違ってつぶやかず、その行動によってイエスに仕えています。私たちの中にも、イエスへの信仰をその行動で表している人は多くいるのではないかと思います。信仰者の中には、とかく理論と観念が先に立って、実践が伴わないことがよくあります。私もどちらかというとそういう面が勝っていると思っています。けれども論じたり話し合ったりすること自体は、大切であり意味があるのですが、ただそのことに終始していてはならないと思うのです。マルタはここで、「給仕する」という具体的な行動・実践をなすことによって、イエスに対する感謝をあらわしていると思われます。私たちは、このようなマルタの行動的信仰から、多くのことを学ぶことができます。阪神・淡路大震災以来、私たち日本でもボランティア活動が広く受け入れられるようになりました。このボランティアの精神的伝統は、マルタの行動に由来しているのかも知れません。

 

ラザロはどうでしょうか。彼もいっしょの食卓に加わっていたのですが(ヨハネ12:2)ここでは一言も話していません。おそらくその食卓に連なっている人の中には、彼自身の口から、死んでよみがえらされたその喜びの経験を直接に聞いてみたいと思う人がいたと思われますが、しかし彼は黙して語りません。森野さんは、ラザロは沈黙していますが、しかしイエスと共なる食卓の席にいるというだけで、彼はすべてをかたっているのではないか、と言っています。ラザロもまたここで、彼なりの仕方で、イエスを囲む夕食の席に共に連なることによって、イエスによって救われ、生かされていることの喜び、感謝を語っているのでないかと、言うのです。そういうイエスへの応答の仕方もあるということです。何も語らす、何もしないけれども、そこにいる。共につらなることによって、ラザロは独特の仕方でイエスに応答しているのです。ラザロはきわだった才能の持主ではなく、平凡で目立たない人であったようですが、しかしそのラザロを、ヨハネ福音書では、イエスは特別に愛されたと言われています。このイエスの愛に対して、ラザロは、共にいることで十分に応えているのです。イエスと共にいること、共に生きることが最大のイエスへの応答なのだ、ということをラザロはここで証ししているのではないでしょうか。

 

ではマリアはどうだったでしょうか。ここでマリアがした応答は独特のものでした。彼女は高価で純粋なナルドの香油一リトラを持って来て、それをイエスの足に塗り、自分の髪の毛でそれをふいたのです。その香油は、300デナリ(労働者のほぼ一年分の賃金)にも相当する高価なものでした。このマリアのした行為の意味は何だったのでしょうか。またその場に居合わせた人たちはどういう反応を呼び起こしたのでしょうか。前にも述べましたマタイ、マルコの箇所では、イエスに香油を注いだのは、「ひとりの女が」となっており、ルカの話では「罪の女」(7:37)となっていて、ヨハネの記事とは符号しません。同じ話が初代教会ではちがった風に伝えられていたと思われます。とにかく、このマリアは、当時の労働者一年分の収入に匹敵するほどの高価な香油を、ヨハネ福音書では惜しげなく、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐったと言うのです。この奇想天外な行為は、人びとの非難と憤りを呼び起こしました。マルコでは「ある人々が」、マタイでは「弟子たちが」、そしてヨハネでは特に「ユダが」と名前入りの記述になっているのが注目されます。「なぜこの香油を三百デナリに売って、貧しい人たちに施さなかったのか」(5節)、それは無駄な浪費ではないか、とユダはその非難をマリアに向けます。

 

このユダの非難は、それとして一応もっとものようにも思われます。しかし問題は、ヨハネ福音書の記者が注記しているように、ユダが本当に貧しい人たちのことを思いやっているので、マリアがイエスの足に塗った高価な香油を売って、貧しい人々に施すべきだと言っているのではないというところにあります。ユダの言葉とその心とは、かけ離れていたのです。そこにユダの自己矛盾があり、ユダの打算がありました。金銭に換算することがいけないというのではありません。問題は、その計算高い言葉の奥にある心です。ユダは「自分が盗人であり、財布を預かっていて、その中身をごまかしていたからであった」(6節)と言われています。彼は、自分の不正をごまかすために、その責任をマリアに転嫁しようとして言っているのです。一見巧みな、筋道の立ったユダの言い分の奥には、打算と責任の転嫁があることが見透かされます。

 

さらに考えさせられることは、この世には金銭に換算することのできない価値があるということです。人間の流す涙の価値、生命の価値、死から生へとよみがえらされたラザロの生命は、金銭に換算することのできないものです。マリアはここで、自分の心の中にあるイエスに対する感謝と愛を表現するために、あえて高価なナルドの香油を、惜しみなくイエスの足にぬったのです。浪費とは何か、節約とは何か。貯えること自体は、決して私たちの人生の目的ではありません。それは真に意味あることのために用いられてこそ、貯えもまた生きてくるのです。今、ここで、真に必要なことのためには、惜しみなく高価なものを捧げて悔いないところに、マリアのイエスを愛する応答の大切さがあります。愛という名の打算がこの世にはいかに多いことでしょうか。森野さんは、私たちの生きている現実の世界は、ギブ・アンド・テイク(与えて、取る)の世界だからという割り切り方に、私たちは慣らされているので、金銭を超えた価値に対して、いつのまにか鈍感になってしまっていることが多いのではないでしょうか、と言っています。

 

<イエスは言われた。「この女のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのだから。貧しい人たちはいつもあなたがたと共にいるが、わたしはいつも共にいるわけではない」>(7-8節)。このイエスの言葉は、マリヤに対する最大級の賛辞です。彼女は、イエスに対する感謝と愛を表現したたけではなく、やがて来るべきイエスの死と葬りのための備えをしたのだ、というのです。それは、イエスの死体の塗油の先取り――受難の前兆という深い意味と計画の中において見られるとき、彼女のした行為はまさに、十字架への道に赴こうとするイエスに対するタイムリーな備えの行為であったといえるのです。

 

香油のかおりが家いっぱいになりました。イエスが受けとめたマリアの真心からなる、彼女の大切にしていた香油注ぎによる、イエスに対して彼女の応答が、しかしユダの目から見ると、愚かしい浪費と狂気に見えたということです。ここでは同じマリアの行為が、イエスとユダとでは、全く正反対に評価されていて、この裂け目の大きさは、もはやふさぐことができないほどのものです。このイエスの世界とユダの世界との決定的なへだたりが、ユダの裏切りを生み出すことになるのです。ユダの方が、いかにも合理的であり、さらに人間的であるかのように思われます。しかしそこに私たちは、神の意志に反する悪魔的な誘惑がしのびこんでいるのを見分けるだけの、賢く鋭い目を持たなければならないのであります。

 

シュラッターはこのように言っています。「ユダには、イエスの貧しさと僕の姿は、愚かなものとして捨て去られます。ユダはイエスに仕えず、逆にキリスト(イエス)を自分に仕えさせようとします。したがって、イエスの十字架の道は完全にユダには通じませんでした。かくしてユダはイエスに背きます。イエスの十字架への歩みに際して、ユダは目標を失ったからであります」と。

 

今もイエスの世界とユダの世界のどちらを、あなたは歩むのかという問いかけが、私たちに向けられています。マルタとマリアとラザロの三人の姉妹と弟は、イエスによるラザロの死からの甦りという過分な恵みを受けて、イエスの世界にそれぞれなりの仕方で共に在ろうとしているのではないでしょうか。マルタは給仕をすることによって、またラザロはイエスを囲む食卓に黙って共に与ることによって、そして、マリアは自分の持てる大切な香油をイエスの足に塗り、自分の髪でぬぐうという行為によって。私たちもこの3人の姉妹と弟のように、自分なりの応答をもって、一人一人の命の尊厳を大切にし、それに仕えて、十字架に極まり、復活して今も私たちと共にいたもうイエスの世界に留まり続けたいと願います。

 

主がそのように私たち一人一人を導いて下さいますように!

 

祈ります。

 

  • 神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 神さま、イエスの生涯と十字架と復活の出来事によって既にもたらされている、私たち人間が本来生きるべき、何よりも命を大切にするイエスの世界に、私たちも共に与ることができますように、私たち一人一人を導いてください。
  • けれども現実のこの世界は、私たち人間の高慢によって、小さくされた人の命が傷つけられ、場合によっては奪われています。そのことによって、イエスの世界は見えないものにさせられています。神さまどうか、私たちが見える人間の高慢と罪による世界ではなく、見えないイエスの世界に生きていくことが出来るように導いてください。
  • 戦争や貧困という私たち人間が造り出す悪を取り除いてください。けれども今その私たち人間によって引き起こされている戦争や貧困で苦しむ人々を支え、助けてください。また、災害や病気で苦しむ人々を支えて下さり、その一人一人に希望をお与えください。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩ 讃 美 歌    567(ナルドの香油)

https://www.youtube.com/watch?v=R4y-seGpNeE

⑭ 献  金 

⑮ 頌  栄  28                                                        

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑯ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

船越通信(612)

船越通信、№612  2024年4月14日(日)北村慈郎

  • 4月6日(土)は私の支援会のコンサートと総会が紅葉坂教会でありました。このコンサートに私が神学校を出てから最初に赴任した東京足立区にある教会で出会った当時青年であった方が来るというので、その人の友人である紅葉坂教会の方と3人で、11時半に桜木町駅で待ち合わせをして、昼食を共にすることになっていました。そこで、11時15分に紅葉坂教会で支援会事務局長のKさんと待ち合わせをして、この日参加者に配るいろいろな書類を渡して、荷物を紅葉坂教会に置かせてもらい、私は桜木町駅の待ち合わせ場所に行きました。3人で落ち合い、紅葉坂教会の下にある洋食屋でお昼を共にし、午後1時過ぎまで話し合いました。足立区の教会で出会った方とは、私がその教会を辞したのが1974年3月末ですから、50年ぶりの再会になりますが、会って話していると昔と変わりません。この方は姉妹で教会に来ていて、彼女は姉になりますが、妹さんの消息もお聞きして、今も仲良くしている様子が伝わってきました。実は9月に私はこの足立区の教会の70周年記念礼拝の説教に呼ばれていますので、そのことを彼女に伝えました。彼女姉妹は私がその教会の牧師をしていた5年の間に転会して別の教会に属するようになっていたと思いますが、今は二人一緒の教会に属しているようです。彼女は私が9月にその教会に行く時には、礼拝に来るかもしれません。午後1時過ぎに、私は先に失礼して、支援会のコンサートと総会の準備に紅葉坂教会に戻りました。午後1時15分ごろでしたが、既に準備はほとんど終わっていて、礼拝堂にはもう10名近くの方々がいらしていました。私は2階に行って、この日の演奏者4名に挨拶をして、私の支援のために演奏して下さることに感謝の思いを伝えました。その後、礼拝堂の最後列の椅子に座って、コンサートの開始を待ちました。コンサート開始の午後2時が近づくに従って、来た人を案内者が空いている席に導かないと、見た目にはどこにも空席がないように思える程に礼拝堂は沢山の人で埋まりました。最後は隣りの小集会室から椅子を持って来て、礼拝堂の空いている所に椅子を入れて座ってもらうほどでした。後で受付をして下さった方から受付票をいただき、この日は119名の出席があったことを知りました。北海道からも兵庫からも来て下さいました。紅葉坂教会の信徒4人の方による演奏を楽しんだ後、第11回支援会総会が行なわれました。支援会総会には60名ほどの出席者でしたが、2023年度の報告と2024年度の計画が会計報告共々全て承認されました。その後散会しましたが、この準備に当たって下さった支援会の世話人・事務局の方々、そして4人の演奏者には心から感謝しています。
  • 教団による私の戒規免職処分を不当と思って下さる方が、私が免職処分を受けてから14年経った今もこれだけ多くおられることに、私自身は大変勇気づけられました。このことは、ただ私個人の免職撤回ということだけでなく、日本基督教団という教会が聖餐という神学的な問題で一人の教師を免職処分にすることに疑問を持ち、日本基督教団が中世のような時代錯誤に陥ることなく、開かれた合同教会になって欲しいという方が多くいらっしゃるということの証左ではないかと思われます。どんな組織でも一度決定したことを誤りと認めることが難しいものですが、日本基督教団はそろそろこの誤りを認めると共に、教団総会における常議員選挙の全数連記を止めて少数意見の人も常議員になれる半数連記のような少数連記にして、いろいろな立場・意見の人が常議員になって、機構改定をはじめ教団の宣教について真剣に議論し、これからの教団の在り方を模索しなければなりません。神奈川教区でもここ数年で三つの教会・伝道所が解散しました。おそらく今後牧師の経済的補償を担保にした教会形成は難しくなると思われます。現在から将来にわたる日本社会の経済状況からすると、富裕層の信徒を集めた教会以外に牧師を雇うことの出来る教会は少なくなると思われます。また富裕層の信徒の多い教会はどうしても保守的になります。イエス・キリストの福音が持つ変革という要素を保守的な教会に求めるのは至難です。保守的な教会はどうしても社会との緊張関係を避ける傾向にあるからです。こういう問題を踏まえて、日本基督教団は今後の宣教の戦略を抜本的に考え直さなければ、未来は見えません。私は教会の未来は沢山の小集団の連合体にならざるを得ないと思っています。牧師も教会からの謝儀をもらえるとしても一部で、自分で生活の糧を得るようにならざるを得ないでしょう。しかし、そのことは教会にとってマイナスではなく、プラスに働く可能性があると思っています。教会が小集団として国家や社会にきちっと対峙する。日本基督教団のような全体教会はそのような小集団の連合という考え方は、もう帰天されていると思いますが、沖縄のバプテスト教会の饒平名長秀牧師が、沖縄の教団の第二世代の牧師の方々が話し合ってまとめた冊子の中で述べておられたと思います。私の戒規免職処分を撤回せず、一部の立場の人たちが他の立場の人や考え方を排除して、自分たちの立場を絶対化しようとしている現在の日本基督教団には、残念ながら未来はありません。ですから、私の免職処分撤回と開かれた合同教会の形成は繋がっているわけです。今秋の教団総会でその道が開かれることを願っています。
  • 7日(日)は礼拝後役員会を開き、21日(日)に予定しています教会総会の準備を中心に行ないました。2023年度の教会活動総括、2024年度の基本方針と事業計画案、2023年度会計決算報告及び2024年度会計予算案などを審議承認しました。何時もの役員会は比較的早めに終えるのですが、この日は午後1時半過ぎに役員会を終えました。私も午後2時過ぎのバスで追浜に出て鶴巻に帰りました。
  • この週は、10日(水)午後6時から大和のシルウス会議室でありました「原子力空母の母港化に反対し基地のない神奈川をめざす県央共闘会議(略称「基地撤去をめざす県央共闘会議」)幹事会」に基地小を代表して出席しました。5月25日(土)に開催する総会と秋に大和駅前広場で開催する大和ピースフェスティバルについて話し合いました。11(木)は何時ものように国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに参加しました。この日は私を含めて3人でした。参議院議員会館前の道路はイチョウも若葉が出始め、議員会館側に植えられた枝垂桜も花が咲いていました。

 

  • 付記

 上記の饒平名長秀牧師が沖縄の教団の第二世代牧師懇談会に招かれてお話しされた内容は以下の通りです。

「前回ですかね、皆さんの前回の記録だけを頂いたので、ずっとそれを繰り返し読んで、信仰告白共同体としての公同教会です。ということも言っているのに、読んでいて、その中でね、大城実さんが、ちょっと興味深いことを言っているんですね。これからどういうふうにしていけばいいのか?と、どういうふうに我々は進んでいけばいいのか?というふうなことを発言しているところがあったと思うんです。小さな共同体ですね、小さな交わり、小さなグループというふうなものをドンドン作っていく、そこから始めるのがこれから歩んでいく道じゃあないかなーというふうなことを、どこかでおっしゃっているんですね。大城さんはどういうふうな意味でおっしゃっていたのか、それ以上の深いことはおっしゃっていないんですけれども、その言葉にちょっと私は惹かれたんですね。教会というのは。私はある意味では神の国のひな型だと思うんですね、ある意味でですね。教会は神の国ではない、しかしやはり神の国を目指していて、これは多分いつ果てるともない働きかも知れませんけれど、目標としてはですねそういう共同体ですね。それが目指されていくとですね、神の国の形になっていくという、そういう小さな共同体が沢山出来る。沢山できて、その共同体のまさに共同体同士の連盟というんでしょうか、全体の組織ですね。そこには支配関係もないし搾取関係もないです。草の根的ですね、ドンドン広がっていくと。ですから勿論そこに経済も入っているわけで、相互扶助的に経済も入っているわけで、そこからやがて現在ある国家というものを無化していく、弱くしていく、国家体制というものは、ある意味で支配の組織ですから、こういうものは暴力組織ですからこれを無化していくと。それから経済の資本主義を無化していくというね、資本主義を無化していくという、そういうふうに組織がドンドンその小さな群れが皆一つになっていく、小から中、中から大というふうなのが、あるいはあるかも知れませんけれど少なくともそこには権力は存在しない、支配、被支配、搾取、被搾取の関係はないと、差別、被差別もない、そういう世界です。だから最終的には国家もなくなるし資本主義もなくなる。それが私の教会だと思っています」(『旧沖縄キリスト教団第二世代牧師懇談会会議録』173-174頁)。

 

 

 

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ヨハネによる福音書による説教(55)「イエスの死刑宣告」ヨハネ11:45-57

4月14(日)復活節第3主日礼拝   

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主をたたえよ、日々、わたしたちを担い、救われる神を。

この神はわたしたちの神、救いの御業の神。主、死から

解き放つ神」。     (詩編68:20-21)

③ 讃 美 歌   208(主なる神よ、夜は去りぬ)

https://www.youtube.com/watch?v=o0fepgaZwBs

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編145編1-9節(讃美歌交読文158頁)

⑥ 聖  書  ヨハネによる福音書11章45-57節(新約190頁)

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌    382(力に満ちたる)

https://www.youtube.com/watch?v=ueWu_htjYa4

⑨ 説  教  「イエスの死刑宣告」        北村慈郎牧師 

  祈  祷

 

今日のヨハネによる福音書の11章45節以下には、ラザロの復活の出来事に対する人々の反応が記されています。

 

45節には、<マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた>(新共同訳)と言われています。ヨハネ福音書では奇跡は「しるし」と見られています。そいてその「しるし」である奇跡を見て信じる信仰を、ヨハネ福音書のイエスは必ずしも信頼してはいません。2章23-24節前半にこのように記されているからです。<イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった>(新共同訳)と。ヨハネの記述の重点は、奇跡それ自体にではありません。その奇跡が証ししている出来事の核心であるイエスの人格と言葉に置かれているのであります。ですから、<マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた>(新共同訳)と言われていますユダヤ人の信仰も、ラザロの復活の出来事が証ししているイエスご自身を信じたということではないかと思います。カルヴァンは、「かれ(ヨハネ)はこう言おうとしているのだ。ここに語られている人たちは、キリストの神的な力を讃嘆し崇敬し、服従してかれ(イエス)の弟子たちになった、と。そうでなければ、奇跡それ自体では、信仰をもつのに十分ではあり得なかったろう。だから、この信じるという語は、ここでは、キリストの教えを受け入れる従順さと敏速さ以外の意味にとってはならない」(『ヨハネ伝註解』)と言っています。

 

ところが、イエスのなさった事を目撃したユダヤ人の中には、イエスを信ぜず、<ファリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた>(46節、新共同訳)と記されています。イエスの言葉と業は、ユダヤ人たちを、彼を信じる者と彼に反対して告発する者とに分けたのです。ラザロを復活させたイエスの奇跡(しるし)は、ユダヤ人の中に否定し得ない大きなインパクトとなって広がっていきました。その出来事はエルサレム近郊のベタニヤ村で起こったのですが、ベタニヤ村を越えて、エルサレムの祭司長やファリサイ派の人たちにまで伝えられていったのです。

 

そこで彼らは最高法院を招集しました。最高法院とは、ローマ帝国支配下にあった当時のユダヤ自治機関で、70人の議員と大祭司によって構成されていたユダヤの最高決議機関でした。その最高法院を招集して、イエス殺害の策略をめぐらしたと言うのです。この最高法院の構成員は、一般の民衆とは違って、ユダヤ人社会の宗教的・政治的権力を握ってましたその最高法院という密室において、イエスに対する処置が討議され、決定されたのです。

 

彼らはイエスの人気が高まり、その奇跡(しるし)の影響力が民衆の間に広がることを恐れました。そうなればローマも黙って見ているはずはないだろうから、ユダヤに対するローマの武力干渉が起こり、<もしもこのまま彼をほっておけば、すべての者が彼を信じるだろう。そしてローマ人が来て、我々の場所も民族も取り上げるだろう>(48節、田川訳)。そうなれば、ユダヤの民は決定的に滅ぼされてしまうのではないかと、彼らは考えたのです。彼らはいかにもユダヤの民の安全や幸福、国家の名誉や神殿での神奉仕のことを心配しているかに思われます。しかしそれはただうわべだけのことであって、祭司長やファリサイ派の人々が本当に恐れていたのは、ユダヤの民に対する自分たちの支配体制が打ち倒されてしまうかもしれないということだったのです。支配者たちの自己保身の姿がここには浮き彫りされています。

 

ヨハネはこの記事で、紀元70年のユダヤ戦争で、ローマの軍隊がエルサレムを占領し、神殿をはじめ大祭司の支配体制も、ユダヤ民族の自立性もすべて破壊されてしまった悲惨な歴史を知って、その後で書いていることは明らかです。当時ユダヤの指導者たちが恐れていたことは的中したのです。しかし、それは彼らが考えていたように民衆がイエスを信じて従って行ったからではなく、むしろ逆に彼らがイエスを十字架につけて殺し、その後も、イエスの弟子たちによる初代教会の働きを弾圧し、迫害しつづけたためでありました。そのために初代教会の人たちの大勢はローマの異邦世界に出て行くことになったのです。

 

この危機的状況において、最高法院の議長をつとめる大祭司カヤパ(紀元18-36年在任)が、なみいる議員たちに対して一つの決定的な提案をします。それはひとりの無実の男(イエス)を殺害することによって、ユダヤ全国民を救おうとする計画でした。この場合それしか方法がないというのです。この提案は議会の受け入れるところとなり、イエス殺害が決議されます。そして問題はこの決議を実行に移す段取りとその時機とがはかられることになります。

 

しかしこの大祭司の提案の意図はきわめて政治的でありました。その考え方は、全体をすくうためには、その人が無実であってもかまわないから、だれか個人に責任を負わせて犠牲になってもらうのも已(や)もう得ない、という考え方の上に立っています。「全体を救う」という美名に隠れて、自己の支配体制を守ろうとする体制擁護の思想に根差しているわけです。全体(国家であろうと会社であろうと)が、その中にいる個人に常に優先するので考え方です。その場合犠牲とされるのは、いつも弱い者です。イエスはそこで、自己保身をはかろうとしたユダヤの指導者たちによって、いけにえの羊とされたのであります。

 

このような政治的な悪知恵から出た大祭司カヤパの言葉を、福音書記者ヨハネは意識的に、神による救済の預言として解釈しています。この言葉をカヤパは、それなりの思いをこめて自分の考えとしてのべているのですが、しかしその言葉は、発言者の思いを越えて、彼自身の意図しない神の救いの計画の預言として、ヨハネによって聞きとられ、書き記されたのであります。「これはカイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。国民のためばかりではなく、散らされている神の子たちを一つに集めるために死ぬ、と言ったのである」(51,52節、新共同訳)(同上)。

 

カヤパのよこしまな思いからのイエス殺害の言葉と行動とが、さらに高いところから動かされた預言の言葉として聞きとられ、神の救いの計画の道具として用いられるということは、ヨハネ福音書記者の独自の歴史理解であります。シュラッターはこう書いています。「カヤパは、ただユダヤ民族の保存を考えていたにすぎない。彼はイエスを、ユダヤ民族を救うために必要な犠牲と呼んだ。しかるにイエスの十字架の業は、ただ単にユダヤ人に福音をもたらすにとどまらない、またユダヤ人を和解の恵みのもとに置くだけでもない。それは、すべての神の子らのために、また共同体に集められていない散らされた者たちのために行われた。たとい彼らが神を知らなくとも、しかし神は彼らを、御国に招かれた者として知っておられる。このような者たちを集め、自分たちの神、自分たちの羊飼いを見出した一つの教会へとまとめるための道が、イエスの十字架の業であった」。

 

エスの十字架の死が、ただユダヤ民族だけのものではなく、またユダヤ人以外の異邦の民をも含むすべての民の救いのためであるとの考え方は、とりわけヨハネ福音書記者の強調する信仰的理解であります。そのことは、「世の罪を取り除く神の小羊」(1:29)、「わたしに、この囲い(すなわちユダヤ民族)に入っていない他の羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」(10:16)にすでに示され、また後に続く第17章の大祭司の祈り「すべての人を一つにしてください」(17:21)にもっとも明確な形で述べられています。

 

<それでその日から彼らはイエスを殺そうと決議した>(53節、田川訳)。イエス殺害の相談は、すでに前からなされていました(5:18,7:1,8:40,10:31)が、今ここで最高法院の会議の決定として、最終的かつ正式になされたことになります。彼らはイエスを、ユダヤ民族にとって、また彼らの支配体制にとっての「危険な人物」と判定したのですが、そのように判定する理由については、共感福音書ヨハネとの間に違いがあります。共観福音書、特にマルコによる福音書の場合には、イエスの権威ある律法解釈が、モーセの権威に違反し、ひいては祭司長、ファリサイ派の人々に対する挑戦として受けとめられたのですが、ヨハネにおいては、イエスの受難の直接の原因は、イエスの奇跡行為(その最大のものはラザロの復活の奇跡)であって、律法違反ではありません。ですから、ヨハネ福音書では、この後ラザロ復活の生き証人であるラザロその人をも殺そうと計り(ヨハネ12:10)、その証拠を湮滅しようとするのであります。

 

さてイエスは、ベタニヤから一直線にエルサレムへの道を進まれたのではなく、一時荒野に近いエフライムという町に退かれました(54節)。エフライムはどこにあるかははっきりしませんが、要するにイエスは一時人々の前から姿を隠されたのであります。このようにイエスの生涯には、あらわされた面と隠された面があって、この両者が交錯しつつイエスの人格の核が形づくられているのであります。

 

この今日のヨハネ福音書の箇所から、イエス殺害を、最高法院を招集して、その最高法院の決議として決定した大祭司をはじめファリサイ派の人々の自己保身について考えさせられます。それに対してイエスは、正に「仕えられるためにではなく、仕えるために来た」と言われていますように、私たち一人一人を愛し、その尊厳を大切にするが故に、十字架に極まるまで、徹底的な自己放棄の生を生きたことを思わされます。その生きざまは余りにも対照的であります。

 

現代日本の岸田政権をはじめ政治家の方々は、ある面で大祭司やファリサイ派の人々に近いのではないでしょうか。また、多くの市民も、イエス時代のユダヤの群衆のように、自己追求に明け暮れていて、他者の痛みへの共感が弱いかも知れません。しかし、切実に救いを求めている、傷ついている人々の叫びがあり、それに応えてイエスに倣って生きて行こうとしている人々もいることも事実です。私たちもまた、イエスが中心に全ての人が集い、共に生きる世界(神の国)を望み見て、今を生きているのではないでしょうか。2000年前にユダヤの国に生きたイエス現代日本に生きているとしたら、今もイエスを抹殺しようとする人々と、イエスを信じて未来を紡いでいこうとする人々の対立の中を歩んでいるのではないでしょうか。そのイエスに私たちも自分なりに精一杯従って生きていきたいと思います。

 

主が私たちをそのように導いてくださいますように!

 

祈ります。

  • 神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 神さま、今日は、ヨハネ福音書から、死の陰の下に生きる人々に命の輝きを与えてくださるイエスを、権力者とその同調者は受け容れることは出来ず、殺害の決定を下したことを学びました。もしそのイエスが、現代のこの日本社会にいらっしゃったら、同じことが起こるのではないかと思われます。
  • 神さま、私たちがイエスを拒絶し、抹殺する権力者の同調者ではなく、全ての人に命の輝きを与えてくださるイエスに従う者の一員となって生きることができますように、お導きください。
  • 戦争や貧困という私たち人間が造り出す悪を取り除いてください。それにも拘わらずそのために苦しむ人々を支え、助けてください。災害や病気で苦しむ人々を支えて下さり、その一人一人に希望をお与えください。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩ 讃 美 歌   300(十字架のもとに)

https://www.youtube.com/watch?v=7Tjo4BmEwMY

⑭ 献  金 

⑮ 頌  栄  28                                                       

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑯ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

 

船越通信(611)

船越通信、№611  2024年4月7日(日)北村慈郎

  • 3月31日(日)はイースターでした。礼拝は久しぶりの方々を含めて21名の出席者がありました。この日は礼拝を終えてから、出席者全員で集合写真を撮りました。その後予定していた昼食会をしましたが、数名の方が礼拝で帰られたとはいえ、予定していた15名より昼食会参加者が少し多かったので、思わぬ誤算で食事を準備して下さった方にはあわてさせてしまったのではないかと、申し訳ありませんでした。午後1時過ぎには食事会を終えて、散会しました。
  • 4月2日(火)は午後6時から蒔田教会で常置委員会があり、私も出席しました。この日は午後1時半過ぎに鶴巻を出て、船越教会に行き、4月6日の私の支援会総会のプログラムを100部印刷してから、上大岡の京急のデパートの食堂で食事をすませてから、常置委員会が行なわれる蒔田教会の教育会館に行きました。それでも少し時間が早かったので、大岡川の桜を見ることにしました。新しく植えたまだそれほど大きくない桜の木の花はほぼ満開でした。また大岡川に枝が垂れ下がっている古木は、その古木の幹から出ている新しい枝の花は咲いていましたが、古木の枝の花は、ところどころ少し咲いていましたが、ほとんどはそろそろ咲き出す状態の蕾でした。ですから、大岡川に垂れ下がった枝の満開の桜の花が大岡川の水面にも映るという状態ではありませんでした。それでも今年も大岡川の桜を楽しむことができました。常置委員会では二人の新任教師の面接がありました。それと2教会からの教会規則変更が承認されました。新任教師の面接では、私の戒規免職をどう思うかという質問に答えて、一人の隠退教師を復帰してある教会の主任担任教師になる方は、「教憲教規に従うべきだ」と言われ、未受洗者にも陪餐を許すのは教憲教規違反であるということだと思います。それに対して私は反論はしませんでしたが、未受洗者にも陪餐をさせるのは教憲教規違反であるかどうかは、それほど明確ではありません。「洗礼を受けた者が聖餐に与る」という規定は、各個教会の準則第8条にあるだけで、教憲教規には明文化されていません。教師委員会及び審判委員は主に教規の信徒条項(第135条、第136条、第138条)によって未受洗者への配餐は教憲教規違反としていますが、信徒条項は信徒の規定であって、「洗礼を受けた者が聖餐に与る」という聖餐に関する明文化した規定ではありません。教会準則第8条にこれが明文化されているということは、合同教会としての日本基督教団の諸教会の中には伝統的にサクラメントとしての聖餐を持たない教会も含まれていたからだと思われます。準則は、各個教会の内規の基準として示されているもので各個教会が自由に定めるものとされています。しかも教規第102条⑴では「礼拝および聖礼典の執行に関する事項」は、教会役員会の処理すべき事項の一つとされていて、そのことは準則に聖餐規定があることと深く関わっていると思われます。そういう教憲教規解釈の可能性もあり得るにもかかわらず、一方的に信徒条項をもって未受洗者への配餐執行は教憲教規違反とするのは、教師委員会及び審判委員の教憲教規の恣意的解釈と言っても過言ではないのです。そういう規則云々以前に、そもそも聖餐のような神学的な問題は話し合いの中で道をつけるべき問題であって、規則によって判断するものではないと思います。この日の常置委員会は比較的早く終わり、午後9時前に鶴巻に帰ることが出来ました。
  • 3日(水)この日支援会の4月6日のコンサートと総会の件で、世話人・事務局会では急遽コンサートで演奏して下さる4人の方にも出ていただき、夜10時からZoomで最終の打ち合わせの時を持ちました。用意する印刷物や当日の時間配分、それぞれの担当者の確認をしました。終わったのは午後11時近くでした。皆さんが熱心に支援会に関わって下さることを心から感謝しています。私が教団から戒規免職処分を受けたのが2010年9月ですから、今年9月が来ますと満14年になります。裁判は「争訟に値しない」ということで、最高裁で却下されて終了したのが2004年6月でしたので、裁判が終わってからでも丸10年が経ちます。その間教団議長をされた山北宣久さんも石橋秀雄さんも現役から退き、隠退教師になっています。今年の秋の教団総会で何とか免職撤回の道筋が見えるようになるといいのですが。
  • 4日(木)は何時ものように国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに行きました。この日座り込んだのは3人で、終り間際にもう一人顔を出してくれました。私たちが座り込んでいる道路はイチョウ並木になっていますが、先週までは葉が落ちた枝が伸びた枯れ木のようだったイチョウの木の枝に緑色の若芽が出始めていました。この時期「4.6の沖縄県民大集会に連帯しよう』と、市民運動の集会がいろいろありますが、私はどれにも参加できません。この日座り込みを終えてから、蒔田教会の中にある教区事務所で、午後6時から教区のオリエンテーション委員会がありましたので、直行しました。20分前に着きましたので、教区事務所の方に指定された場所にあった鍵で事務所に入り、2会の集会室で他の委員が来るのを待ちました。この日は一人急用が入り欠席で、午後6時ごろには他の6人の委員が揃いましたので、委員会を始めました。最初に教区に出す2023年度の活動報告と会計報告を、前もって準備していた原案を検討し、数か所誤字等の字句の修正をした上で、承認しました。後は2024年度の委員の確認と計画を審議し、ちょうど1時間ほどで委員会を終えて、それぞれ散会しました。この日は第2回目の食事を食べそこなっていましたので、午後8時ごろ海老名の小田急の駅の中にある箱根そばでお蕎麦を食べて鶴巻に帰りました。

ヨハネによる福音書による説教(54)「イエス憤激する」ヨハネ11:28-44

4月7(日)復活節第2主日礼拝   

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主をたたえよ、日々、わたしたちを担い、救われる神を。

この神はわたしたちの神、救いの御業の神。主、死から

解き放つ神」。     (詩編68:20-21)

③ 讃 美 歌   205(今日は光が)

https://www.youtube.com/watch?v=AiXb2QVdWxY

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  詩編118編13-25節(讃美歌交読文130頁)

⑥ 聖  書  ヨハネによる福音書11章28-44節(新約189頁)

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌    361(この世はみな)

https://www.youtube.com/watch?v=H8Jbz3g5OOA

⑨ 説  教  「イエス憤激する」        北村慈郎牧師 

  祈  祷

 

今日もヨハネ福音書11章のラザロの復活の物語の一節から聖書の語りかけを聞きたいと思います。ラザロが葬られて四日経ってから、イエスはラザロが葬られているマルタとマリアの姉妹が住んでいるベタニヤにやって来ました。前回のイースターの礼拝では、その時イエスを出迎えたマルタとイエスの会話の箇所、特にイエスの自己宣言の言葉である「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(11:25,26)という言葉から語りかけを聞きました。このマルタとイエスの会話の後、マルタは<家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちし(まし)た>。すると<マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行>きます。その時、<家の中でマリアと一緒にいて、慰めていた(悔みのために来ていた)ユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追>います。<マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と>、マルタがイエスに言ったのと同じことを言います。そこからマルタとイエスの会話に続いて、今度はマリアとイエスの会話が始まるのであります。それが今日のヨハネ福音書の箇所です。

 

そのマリアとイエスの会話の中でのイエスの振る舞いに注目したいと思います。まずこの場面で注意を引くのは、イエスがこのラザロの死の出来事に直面して、激しく心を動かしているということです。イエスは決してラザロの死に直面して平静に振る舞ってはいません。33節で<イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか」>(新共同訳)と記されています。ここには<心に憤りを覚え、興奮して>という感情を露にするイエスの姿が記されているのであります。<心に憤りを覚え>という言葉は、38節にも出てきて、<イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた>と記されています。この<心に憤りを覚え>という言葉は、もともとは「馬が鼻を鳴らす」いう言葉で、そのことから、「激しく怒る」、「憤怒する」という意味で用いられる言葉だということです。

 

また35節では<イエスは涙を流された>と記されています。イエスは、ラザロの葬りという出来事を前にして、それに対する人々の反応を含めてでしょうが、<心に憤りを覚え、興奮して>とか、<涙を流された>と、感情を露にする態度を示されたということは、注目すべきことではないかと思います。

 

しかし、田川建三さんは、新共同訳が<心に憤りを覚え、興奮して>と訳している言葉を<霊にて激しく息をし、みずから混乱して、>と訳しています。そしてこれは、ラザロの死の出来事によって涙を流しているマルタやマリアの姉妹と弔問に来ているユダヤ人たちに出会って、人間イエスが動揺した姿を語っているのだと言うのです。それに対して、39節以下のラザロを復活させたイエスの奇跡では、人間イエスではなく神であるイエスの記述になっていて、人間イエスの記述と神であるイエスの記述が、ここでは整合性なく並列して記されていると言うのです。ですから、「39節以下の、復活の奇跡そのものの描写になれば、著者としても、再びたんたんとして神の子の行動に舞いもどらざるをえない。ちょうど、何の感情もまじえずにたんたんとして婚礼の席で水を葡萄酒に変えた時と同じように、たんたんとして神の子の奇跡を実行する。ここの描写ではもはや、もう一つの(人間イエスを描く)著者の思いは消えている。本当なら、弟が死んでいたのに復活したとすれば、ほかの何よりも、復活した弟を迎える姉たちの驚愕と喜びを描くはずである。しかし彼本来の宗教ドグマ的主題にもどってしまった著者は、もはや姉たちのことも忘れている。ラザロは無事姉たちのところにもどって来ました、ということさえ言わないのである」と言っているのであります。

 

けれどもヨハネ福音書のイエスは、1章1節に「言は神であった」と言われていて、イエスは真の神なのであります。また1章14節では、<言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理に満ちていた>と、受肉の真理であるイエスを人間となった神として描いています。

 

ヨハネ福音書の真の神であるイエスについて、バルトはこのように述べています。「イエスは、忘れられ誤解された『神の考え』を再び明るみに出されました。イエスは神への想起だけでなく、神ご自身をお持ちでした。イエスにとって神は見知らぬ方ではなく、最も自然で最も熟知している方でした、離れてはおらず、最も近くにあるものでした。イエスは神を逆さまな鏡では見ず、顔と顔を合わせて見ていました。イエスにとって神はだから恐ろしいものではなく、喜びでした、善行は強制ではなく、自由でした。愛はねばならぬことではなく、許可、意志、行為でした。/救い主(イエス)の生涯において、神の本来の隠された本質が何と素晴らしく完全に明るみに出たことでしょう。つまり、生きている神、一切の悪を放棄させ一切の善を自ら成長させるために、……ただ一言仰せになるだけで、罪の縄目、金銀の宮殿、病気の城、それどころか死の一味は陥落します。愛そのものであられる神、特別な愛の言葉を言ったり行ったりする必要はなく、純粋に愛することだけが神から私に、私たちに、世界の中に入ってくるのです」。

 

エスがラザロの死の出来事に憤りを覚えたり、涙を流されるのは、ヨハネ福音書の著者によれば、この真の神であるイエスは、人間の苦しみや悲しみを、どこか高い所から見下ろしておられるような方ではないということを告げているのではないでしょうか。

 

ことに、35節の「イエスは涙を流された」という表現に注意したいと思います。ヨハネ福音書のイエスは、先ほども触れた25節での自己宣言でも明らかにされたように、自ら復活(よみがえり)であり、命である方であります。イエスによって、死はもう打ち勝たれたもの、克服されたものであります。イエスは死に対する勝利者であります。そして、今そのことの実証として、ラザロの復活が行なわれようとしている、そのような方であります。そのようなイエスが、今ここでラザロの死という事実に直面して、それを決してもうすでに解決済みの事、克服されたこととして、冷静に振る舞われないということ。そうではなくイエスが、マルタやマリヤやユダヤ人たちの嘆き悲しみを、共にされているということ。彼らと共に涙をながしているということ。文字通り「泣く者と共に泣く」方であるということ。それは私たちにとって、感動的なことではないでしょうか(井上良雄)。

 

しかし、イエスがラザロの死という事実に直面して、そのように激しく憤られたという場合に、彼は何に対して憤ったのでしょうか。「イエスがここで憤怒されたのは、第一には、また直接には、人々がラザロの死をめぐって、ただ嘆き悲しんでいる状態に対してであります。すなわち、人間の敵である死の方に、ただ屈服している状態に対して、彼は憤っているのです。しかし、イエスが憤怒しているのは、それだけでなく、そのようなことを越えて、彼の怒りは死の力そのものに向けられています。人間をそのように苦しめ、悲しませる死の力そのものに向かって、彼の憤りは発せられているのです。

 

エスは、ラザロを死なせ、マルタやマリヤや人々を悲しませている死の力に対して激しく憤り、さらにそのような力の支配を何か当然のことのように、それに対して何の抵抗もできないかのように受け入れ、それを承認し、それに屈服し、諦めている人々の姿にも憤って、ラザロを閉じ込めている墓の中に入って、「ラザロよ、出てきなさい」と叫ばれます。すると、もう死んでから四日も経ったラザロが、手足を布で包まれ、顔も顔おおいで包まれたまま、墓穴から出てくるということが、そこで起こるのです。

 

このヨハネ福音書のラザロの死に悲しむ人々を前にして、心に憤りを覚え、涙を流すイエスに通底しているのは、ローマの信徒への手紙8章に記されている「うめく」神ではないでしょうか。そこでは、「わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださる」(26節)と記されています。「“霊”自ら」とは神自身を意味しますので、ここには、神が人間のためにうめきながら執り成していいていてくださると言うのです。そして「神は愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、私たちは知っています」(28節)と記されています。うめく神は、私たちと同じ現実に立ちたもう方でありますが、同時に、私たちのいるところから、私たちを連れ出し、神のみ心にふさわしい形に変えてくださる方でもあるというのです。そして神がそのように私たちの味方であり、私たちのためにありとあらゆる労苦と犠牲を、惜しまずに、私たちをとらえ、愛したもうとするならば、私たちは何物も恐れる必要がないと言えるのです。「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高いものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(38,39節)と言われているように、です。

 

このことによって私たちが知り得ることは、死という私たちにとって最大の敵であるものが、神の目にも敵として映っているということです。神は、死というものを抵抗できないものとして――その前にただ忍従し屈服し受け入れるより他ないものとしては、見てはいません。したがって神は、私たちにとっても、死というものを、何か当然のこととして、やむを得ないものとして、承認することを許されません。死は、神自身にとって、あるべきでないもの、もっとも厭わしいもの、奇異なものであります。神自身にとっても、最大の敵であります。そして、このラザロの復活の出来事が示しているように、そして、さらに最終的にはイエス御自身の甦りの事実が示しているように、この最後の敵である死に対する勝利が私たちにはイエスによって約束されているのであります。このことは、「死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた者」(ヘブル2:15)としての私たちにとって、何という大きな慰めであり、力づけでしょうか。

  

祈ります。

  • 神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 今日は弟のラザロの死を悲しむマルタやマリアの姉妹と、ラザロの死を知って弔問にかけつけてきたユダヤ人たちを前にして、心に憤りを覚え、涙を流すイエスについて思いめぐらしました。
  • 死に支配されている私たちですが、その私たちのために呻き、憤り、涙を流す方がおられることを覚えて感謝いたします。私たちは一人この世に放り出された者ではなく、ご自身の命を捧げて下さるほどに、私たち一人一人を大切にしてくださり、愛してくださる方がおられることを覚えて、日々その方と共に生きることができめすように導いてください。
  • 戦争や災害によって苦しむ人々を支えて下さり、その一人一人に希望をお与えください。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩ 讃 美 歌   486(飢えている人と)

https://www.youtube.com/watch?v=jFUwwzN1XN0

⑭ 献  金 

⑮ 頌  栄  28                                                       

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑯ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

※今日の説教も、井上良雄『ヨハネ福音書を読む』の当該箇所から示唆を受けています。

船越通信(610)

船越通信、№610  2024年3月31日(日)北村慈郎

  • 24日(日)礼拝後、この日は何もなく早めに散会しました。私はしばらく教会で片付けなどをして過ごし、午後2時から蒔田教会で開催される教区の研修委員会と世界平和家庭連合(旧統一協会)対策委員会共催の講演会に行きました。講演者は、しばらく前に起きた安倍晋三銃撃事件後に旧統一協会のことでよくテレビに出てコメントをしていた、ジャーナリストの鈴木エイト氏でした。テーマは「『日本政治と旧統一協会』取材活動から見えてきたもの」でした。鈴木エイト氏は、最近の旧統一協会の活動をご自身の取材活動を通して話してくれました。私が旧統一協会の問題に最初にぶつかったのは、1975年ごろで紅葉坂教会の伝道師をしていた時です。1070年前後頃から各大学で旧統一協会原理研が活発に活動するようになっていて、学生が合宿に勧誘されて、旧統一協会の信者になっていくというケースが頻発するようになりました。その頃紅葉坂教会のある信徒の大学生の息子さんがその合宿に参加したということで、その信徒の方から相談を受けました。私はその頃岩波新書から出ていたT・K生の『韓国通信』をその方の息子さんに読んでもらうように勧めることくらいしかできませんでした。幸いその方の息子さんは旧統一協会の信者にならないで済みました。もう一つは、名古屋の御器所教会の牧師時代に、夫に先立たれ一人で住んでいたお年寄りの方を、ある時訪問しましたら、その方が、「先生、実は体調がすぐれなかった時に、親切にしてくれた若い女性の旧統一協会信者に勧められて、霊感商法のいろいろなものを買ってしまいました。奥に多宝塔がありますので、見て下さい」と言うので、奥の部屋に行き、その多宝塔を見ました。1,000万近くしたそうです。この方は夫が病気がちで、自分で生命保険の勧誘をしながら、老後の資金をコツコトためていたのだと思います。けれども霊感商法によってそのすべてを失ってしまいました。多宝塔を買う時には、旧統一協会の数名の信者が来て、何件かの銀行の預金通帳を持って自動車で銀行を回らされ、預金をおろして、多宝塔を購入したというのです。人の弱みに付け込む旧統一協会霊感商法は許しがない行為です。その時私は旧統一協会の問題と取り組んでいた牧師に相談して、弁護士を紹介してもらい旧統一協会の弁護士と掛け合ってもらって、7=8割がたのお金を取り戻すことができました。そういう経験をしたことがありますが、鈴木エイト氏の講演を聞いて、旧統一協会の活動は形を変えながら今も巧妙に同じことをしていることが分かりました。旧統一協会信者2世による安倍晋三銃撃事件により、旧統一協会の解散命令がでて、オーム真理教のようになるのか、旧統一協会は多くの政治家を抱き込んでいますので、何とも言えない状況ですが、私たちの教会も宗教信仰が持つ闇には自覚的であって、その闇に陥らないように常に目を覚ましていなければならないと思います。
  • 27(水)は午後4時半から高座渋谷教会で基地・自衛隊問題小委員会(基地小)を予定していましたが、急遽午後7時からZoomで行うことになりました。この日は、委員長がまとめてくれた教区に出す2023年度の活動報告の検討を中心に、基地小の抱えている課題(米軍基地から排出される有機フッ素化合物(PFAS)の問題を扱う)や2024年度の活動計画などを話し合いました。この日2023年度の活動報告は確認し、後日会計担当者によって会計報告をまとめてもらい、それをメールで委員で確認して、教区に提出することになりました。基地小では、他の方にも案内は出しますが、委員会学習会として、毎年「神奈川の基地はどう動いたか」をスライドによって相模補給廠監視団の沢田政司さんと厚木基地を考える会の矢野亮さんを招いて行っています。毎年2月頃に行っていましたが、今年は5月以降にお願いすることにしました。神奈川の米軍基地と自衛隊施設の動きは顕著で、明らかに軍拡に向かっています。平和フェスタの時に基地小で横浜ノースドックのDVDを放映しましたが、横浜港のど真ん中にある横浜ノースドックが、「米陸軍が今年春ごろ、13隻280人の小型揚陸艇部隊を新たに編成する。既存の船舶を使うため隻数はこれまでの32隻から増えないが、随時派遣されていた人員が常時配置されるようになる。南西諸島などへ部隊や物資を迅速に輸送することを目的とする」ことになっています。これも軍縮ではなく、軍拡の現れの一つです。私は先日教会員の方から送っていただいた、ダニー・ネフセタイ『どうして戦争しちゃいけないの?』を読みました。この人はイスラエル人で家具職人として埼玉県の秩父に住んで仕事と平和運動を両立している人です。この本の中で、「日本に住むイスラエル人としてのダニーさんの役割はなんだと思いますか?」という問いに対して、このように答えています。「ふたつあります。/ひとつは、イスラエル国内にいては見えないことを、イスラエルに向けて発信すること。/もうひとつは、日本人に向けて発信することです。イスラエル人から見ると、日本はイスラエルの方向に向かっているように見えるよ、と。日本は防衛費をあげて、戦闘機F35やイージス艦をどんどん買っています。そのうえ憲法9条までなくしてしまったら、本当にイスラエルのようになるよと警鐘を鳴らしたい。いったん軍事第一の国になってしまうと、そこから抜けるのは大変です。日本はその入り口にいる。止めるなら今です」(p.115)と。このダニーさんの言葉に私たちは耳を傾けなければならないと思います。
  • 28日(木)は国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに行きました。国会議事堂前の地下鉄の駅から地上に出ましたら、雨がぽつぽつ落ちていましたが、しばらくすると雨は止んで、座り込みは最後までできました。この日はいつもの4人ともう1人の方も来て、5人で座り込みました。また午後3時過ぎには前回参加してくれた2人の方も来て下さり、最後は7人で座り込みました。午後4時少し前に座り込みを終えて、後片づけをして、この日は寿地区活動委員会がなか伝道所でありましたので、明治神宮前から副都心線に乗り換えて横浜に出て、JRで関内まで行き、新しくできな横浜文化体育館の斜め向かいにあるハンバーグ屋さんで食事をすませて、なか伝に行きました。寿地区活動委員会は18:30から始まり、20:00頃終えましたので、帰りの方向を同じくする2人の方と一緒に、JRで横浜に出て、相鉄線で2人とは大和で別れ、私は海老名から小田急に乗り換え鶴巻温泉に帰ってきました。

ヨハネによる福音書による説教(53)「イエス・復活と命」ヨハネ11:17-27

3月31(日)イースター礼拝   

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「主をたたえよ、日々、わたしたちを担い、救われる神を。

この神はわたしたちの神、救いの御業の神。主、死から解き放つ神」。  

                       (詩編68:20-21)

③ 讃 美 歌   204(よろこびの日よ)

https://www.youtube.com/watch?v=1lSZeXpQr54

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文  30編5-13節(讃美歌交読文31頁)

⑥ 聖  書  ヨハネによる福音書11章11章17-27節

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌    326(地よ、声たかく)

(ユーチューブ奏楽なし)

⑨ 説  教  「イエス・復活と命」        北村慈郎牧師 

  祈  祷

 

今日はイースターの礼拝です。ヨハネによる福音書11章のラザロの復活の物語の一部である11章17節から27節、特に25節、26節のイエスがマルタに語った言葉「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(新共同訳)からメッセージを聞きたいと思います。

 

このイエスがマルタに語られた言葉が、どのような状況の中で語られたのかについて、初めにお話ししたいと思います。問題の発端は、イエスが愛されたマルタ、マリア、ラザロの姉妹兄弟が、エルサレムに近いベタニヤに住んでいて、ラザロが病気になり、死にそうになったことから、この物語は始まります。その頃イエスの一行は、ヨルダン川の向こう側のバプテスマのヨハネが洗礼を授けていた所に行って、そこに滞在していました。マルタとマリアの姉妹から使いがイエスの所に遣わされ、イエスはその使いの者から、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気です」というマルタとマリアからの伝言を、そこで聞きます。しかし、イエスはすぐにベタニヤに駆けつけることはせずに、ラザロが死んで葬られるのを待っているかのように、なお二日間同じところに滞在します。それからイエスは、ベタニヤに行きます。弟子たちは、エルサレムに近いベタニヤに行けば、以前イエスを石で打ち殺そうとしたユダヤ人たちが、またイエスを殺そうとするのではないかと心配したのですが、イエスはその弟子たちの心配を押し切ってベタニヤ行きます。

 

そこからのことが今日のヨハネによる福音書の11章17節以下に記されています。ベタニヤは、18節にも書いてあるように、エルサレムに近い小さな村で、エルサレムから3キロ(「15スタディオン」)ほどということですから、歩いて40分位の距離にある村です。イエスがそこに行った時には、ラザロの死を知って、新共同訳では、エルサレムからも大勢の人が、マルタ、マリアを「慰めに来ていた」と言うのです。田川さんは、この新共同訳の「慰める」と訳された言葉は、「そばで言葉をかけてあげる」と訳せれる言葉で、死者の弔問の時には、「お悔やみを言う」の意味に用いられるのが普通であると言っています。

 

マルタとマリアのところに大勢のそういう弔問客が来ていた所に、イエスの一行が到着します。「マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた」(20節、新共同訳)と書かれていますので、マルタが先ずイエスを出迎え、妹のマリアの方は、家に残っていて客の接待に当たっていたのでしょう。そこで、21節から27節まで、マルタとイエスの対話が記されています。この2人の対話を通して、ヨハネ福音書の著者は「イエスは 復活であり、命である。イエスを信じる者は、死んでも生きる。生きていてイエスを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」と語っているのであります。マルタとイエスの対話を追って行きながら、このイエスの言葉の意味を考えたいと思います。

 

21節でマルタはイエスに、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言っています。このマルタの言葉には、イエスに対しての多少の不満の気持が込められていると思われます。しかしそれだからと言って、そのために、マルタのイエスに対する信頼の気持ちが少しでも損なわれるということはありませんでした。何故なら、マルタはイエスに対して、続けて22節で、「しかしあなたが、神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています」(新共同訳)と言っているからです。ここでマルタはイエスに、「この世にあなたが来て下さった以上、神は何らかの仕方で、私たちのこのラザロを失ったという悲しみを和らげてくださるに違いない」と、期待と願いを込めて言っているのです。

 

それに対してイエスは、23節で「あなたの兄弟は復活する」(新共同訳)と言われます。しかし、マルタはこのイエスの言葉を理解しません。彼女は「「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」(24節、新共同訳)と言います。マルタは復活を未来に起こる終末の出来事としてしか理解していません。この終末の時に起こる復活は、当時のユダヤ人社会では、エルサレム神殿の祭司たちによって構成されていたサドカイ派は信じていなかったと言われますが、ファリサイ派を初めユダヤ人の多くの人は信じていたと言われています。そういう極めて一般的な信仰告白を、マルタはここで、ただ繰り返すように言っているのです。しかし、この彼女の言葉には、一種の諦めと嘆きが込められているように思われます。つまり、「私は弟ラザロが終りの日に復活するということを、多くの人が信じているのと同じように信じている。しかし、もしそれだけのことならば、それは今私にとって何の慰めでもない。そのような信仰は、今のこの私の悲しみを少しも和らげてはくれない」と、マルタは語っているように思われるからです。

 

そういうマルタの言葉に対して、イエスは、25節、26節で、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(新共同訳)と、言われます。

 

エスはここで「わたしは復活であり、命である」と言われます。これは、「わたしは・・・である」(エゴー・エイミ)という、ヨハネ福音書にしばしば出て来るイエスの自己宣言の言葉です。これと同じ言い方は、これまでもこれからもヨハネによる福音書の中でしばしば出会う言い方です。今までにも、「わたしは命のパンである」(6:35)、「わたしは世の光である」(8:12)、「わたしは良い羊飼いである」(10:11)というイエスの言葉があります。これからも「わたしは道であり、真理であり、命である」(14:6)、「わたしはぶどうの木、わたしの父は農夫である」(15:1)というイエスの言葉がでてきます。これらは同じ言い方で、そういう言い方全部に共通して言えることは、終りの日に起こるべきことが、今イエスにおいて、現在のこととして、私たちの目の前にある、ということです。今、マルタの前に立っているイエスご自身が、復活(甦り)であり、命そのものであるということです。もし私たちが信仰において、イエスを信じて歩みを起こすならば、復活(甦り)であり、命であるイエスと共に在るということになりますので、パウロが言うように、「イエスの命が私たちの死ぬべき肉体に現われる」(Ⅱコリント4:11)ということが起こるということです。

 

ですから、ヨハネ福音書のイエスは「わたしは復活であり、命である」という言葉に続けて、「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」と言われます。つまり、今すでにイエスと共に生きているイエスを信じて歩みを起こす者も、もちろんやがては死を迎えなければなりません。しかし、そのような人の中にもすでに復活(甦り)であり命である言われるイエスにある新しい命が宿っているとすれば、そのような人がやがて迎える肉体的な死というのは、一体何なのでしょうか。その場合には、死はもうその恐ろしい力を失っています。<その死からは、私たちを苦しめる棘は抜かれてしまっています。その場合には、肉体的な死の時というのは、もはや命から新しい死の世界に入る暗い入口ではなくて、命の一つの在り方から別の在り方への転換のときにすぎません。通過点にすぎません。そのことを、これらのイエスの言葉は語っていると思います。ですから、裏から言えば、「決して死ぬことはない」ということができるわけです>(井上良雄)。

 

ボンフェッファーは第二次世界大戦終結を前にした1945年4月9日の明け方に、フッロセンビュルグ強制収容所で処刑されました。その前日に彼は、彼を引っ立てるために部屋に入って来た民兵を前にして、「これが最後です。しかし私にとっては、生命の始まりです」というチェチェスターの主教ベル宛てのメッセージを同囚の友に託したというのです。井上良雄さんは、<これは感動的な言葉ですが、しかしこの言葉は、私たち信仰者すべての者が地上の生涯の最後の日に語ることを許されている言葉だということを、私たちはお互いに銘記したいと思います>と言っています。私たちもそうありたいと思います。

 

ところでイエスは、マルタに対して語られた言葉の最後に、「このことを信じるか」と問われます。それに対してマルタは、「「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」(27節、新共同訳)と答えます。21節から始まったイエスとの問答の中で、マルタの様々な信仰的な動揺を見てきましたが、しかし、この最後の27節に至って、イエスを正しく告白する者になっているマルタを、私たちは知ることができます。ここでマルタが「わたしは信じております」と言っているイエスを「信じる」とうことはどういうことなのでしょうか。それはただ単に「わたしは復活であり、命である」というイエスの自己宣言を正しく受けとめ、それに対して正しく答えるということではないと思われます。そうではなく、それは、イエスが、「わたしは復活であり、命である」と言われるその事実を、自分自身の生活の中で本当に生きた力ある現実とするということです。そのような意味で、イエスはここでマルタに対して、「あなたはこれを信じるか」と問われたのです。

 

しかし、この問いが単にマルタに対しての問いではありません。それは、私たちすべての者に対しての問いかけです。イエスは、「わたしは復活であり、命である。あなたはこれを信じるか」と、私たちすべての者に対して問うているのです。

 

私たち人間の死は、肉体的な死であると共に、心の死、魂の死でもあると思います。他者の命を奪う殺人を犯す人の心や魂は、人間として死んだ心であり、魂ではないでしょうか。自分さえよければ、他の人がどうなっても関係ないという人の心や魂も、死者の心であり、魂ではないでしょうか。ですから、私たちにとっての死は、単なる肉体の死だけではないと思うのです。現在の岸田政権は武器輸出の道を開きました。他国に武器を輸出することは、日本が死の商人になるということです。

 

エスは、ご自身が「復活であり、命である」という、それによって私たちが生きることができ、それなくしては生きることができない恵み深い事実を私たちに示して、その上で、「あなたはこれを信じるか」と問うているのです。このイエスの問いにマルタが「わたしは信じております」と答えたように、私たちも「わたしは信じております」と答えて、生きていきたいと思います。

 

主がそのように私たち一人ひとりを導いてくださいますように!

  

祈ります。

  • 神さま、今日も礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 今日はイースターです。主の復活と命を覚えて、イエスの復活を祝う日です。
  • 神さま、私たちが、「復活であり、命である」イエスを信じて、死から解放された者として、この与えられた命を喜び、他者と共に生きていくことができますように、私たち一人ひとりをお導きください。
  • けれども、この世界の現実は、命よりも死が支配してように思われます。ウクライナやガザでの戦争をはじめ、分断と対立が各地で顕在化しています。気候変動による災害も頻発しています。そのために幼い子供の命をはじめ、沢山の人々の命や生活が奪われています。
  • 経済優先が人々から労働の喜びを奪い、多くの人は心と魂をお金のために売らなければならない状況に置かれています。豊かな国の中にも格差が広がって、貧困で苦しむ人も多くなっています。
  • 神さま、どうか私たちが命を大切にして、世界に平和と和解が実現しますように導いてくさい。苦しむ人々を助けてください。そのために私たちを平和と和解の使者として、できることをしていくことができますようにお導きください。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩ 讃 美 歌   575(球根の中には)

https://www.youtube.com/watch?v=DSa1TIhfASE

⑪ 讃 美 歌      81(主の食卓を囲み 1、2節)

https://www.youtube.com/watch?v=XV54nqiweqc

⑫ 聖 餐 式

⑬  讃 美 歌      81(主の食卓を囲み、3節)

https://www.youtube.com/watch?v=XV54nqiweqc

⑭ 献  金 

⑮ 頌  栄  28                                                       

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑯ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。

 

※今日の説教は、井上良雄『ヨハネ福音書を読む』の当該箇所から示唆を受けています。