なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

2012-09-01から1ヶ月間の記事一覧

船越通信(76)

船越通信癸沓供 。横娃隠嫁9月30日 ・9月23日(日)は礼拝に久しぶりにIさんが出席しました。お茶の会には残っていかれませんでしたが、お元気そうで安心しました。この日も礼拝後は行事が何もありませんでしたので、お茶をいただきながら懇談しました。…

マルコ福音書による説教(65)

以下の説教は以前に福音と世界の「随想メッセージ」に載せたものと殆ど同じです。 マルコ福音書による説教(65)マルコによる福音書15:16-32、 ・今朝私たちに与えられた聖書は、イエスが十字架につけられた時のことが記されている所であります。…

通信3号を発送しました。

昨日私の裁判支援会通信3号の印刷発送作業を事務局有志で行いました。現在支援会には正会員、賛助会員、献金(カンパ)を含めて約850の教会、個人からの支援が寄せられています。今回はこの方々へ通信3号と通信3号付録及び10月24日の全国交流集会のチラシを…

父北村雨垂とその作品(133)

今日は「父北村雨垂とその作品(133)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(133) 原稿日記「一葉」から(その16) ハイデガーの存在と時間の中でも、弁証法的論理は指摘することが出来る《二編 二部 五十八章~岩波版桑木務氏訳》。文庫(中)の…

黙想と祈りの夕べ通信(142)復刻版

昨日私の裁判支援会が出す通信3号の準備が整いました。これで明日の発送作業がとどこうりなくできます。ご協力してくださった方々に心から感謝いたします。 さて今日は、「黙想と祈りの夕べ通信(142)」復刻版を掲載します。 黙想と祈りの夕べ通信(14…

父北村雨垂とその作品(132)

今日は「父北村雨垂とその作品(132)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(132) 原稿日記「一葉」から(その15) ニーチェが残したアフォリズムには必ずニーチェの異状精神が光彩を放つ。 神に抗する運命を擔って生れたニーチェはやはり・・・…

牧師室から(25)

今日は「牧師室から(25)」を掲載します。これも15年前に教会の機関誌に書いたものです。 牧師室から(25) 先日教区の副議長のM牧師より、教区のオリエンテーション委員会主催で、「戦責告白」(第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白…

船越通信(75)

船越通信癸沓機 。横娃隠嫁9月23日 ・9月16日(日)は礼拝後Wさんがもってきてくださったアップルパイをいただき、懇談のひと時を持ち散会しました。私はこの日連れ合いがTさんと二人で教区の東日本大震災被災支援実行委員会から派遣されボランティアとし…

マルコ福音書による説教(64)

マルコ福音書による説教(64)マルコによる福音書15:1-15、 ・15章の1節に、「夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に、つまり最高法院全体で相談した後、イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した」とあります。いかにも犯…

父北村雨垂とその作品(131)

今日は「父北村雨垂とその作品(131)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(131) 原稿日記「一葉」から(その14) 内に省みて疚しからずんば、それ何をか憂え何をか懼れん~論語~ 自ら省みて縮くんば千萬人といえどもわれ往かん~孟子~ といふ…

黙想と祈りの夕べ通信(141)復刻版

昨日は、鶴巻のパソコンがメールもインターネットも出来なくなり、ブログを掲載することができませんでした。今日船越に移動し、船越のパソコンでこれを書いています。 黙想と祈りの夕べ通信は、A4表に前回の発言者の要旨を書いて、裏にローズン聖書日課の…

父北村雨垂とその作品(130)

今日は「父北村雨垂とその作品(130)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(130) 原稿日記「一葉」から(その13) こころは、存在を指向する衝動―力(チカラ)―である。故にこの衝動に於ける抵抗感の如何によって快ともなり不快ともなる。故に悲し…

牧師室から(24)

今日は「牧師室から(24)」を掲載します。1997年のものですので、もう15年も前になります。 牧師室から(24) 以前この「牧師室から」でも芹沢俊介さんの講演について触れたことがありますが、最近氏の「子どものいじめ」について書いている本を…

船越通信(74)

船越通信癸沓粥 。横娃隠嫁9月16日 ・9月9日(日)の礼拝にはNさんが出席しました。ご本人は船越教会の礼拝には3回目の出席ですと、おっしゃっていました。私が昨年4月から船越教会の牧師として日曜礼拝の説教を担当するようになってから、時々他教会の教…

マルコ福音書による説教(63)

マルコ福音書による説教(63)、マルコ福音書14:66-72 ・今日はイエスの大祭司宅における審問中に、ひそかに大祭司の庭に忍び込んで様子をうかがっていたペトロが、イエスを知らないと3度否認した物語から、私たちへの語りかけを聞きたいと思いま…

父北村雨垂とその作品(129)

今日は「父北村雨垂とその作品(129)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(129) 原稿日記「一葉」から(その12) 悟入するとは、己の無明なることを識ることであると信じ、明鏡と云へども鏡それ自体は不識の鏡に於て在ると識るべきも、凡夫雨垂…

10月24日北村慈郎牧師支援会「全国交流集会」のご案内

私が教団から戒規免職の最終決定を受けたの2010年9月21日です。もう2年前になります。第37回(合同後22回)教団総会の前でした。あれから2年が経過しました。来る10月23日~25日には第38回(合同後23回)教団総会が開催されようとしています。その教団総会開…

黙想と祈りの夕べ通信(140)復刻版

今日は「黙想と祈りの夕べ通信(140)」復刻版を掲載します。 黙想と祈りの夕べ通信(140[-35]2002・6・2発行)復刻版 日曜学校スタッフをしていて、子どもたちからエネルギーをもらうことが多い。日曜学校だけではなく、どういう場合にも、相手から自分…

父北村雨垂とその作品(128)

今日は「父北村雨垂とその作品(128)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(128) 原稿日記「一葉」から(その110) 善とは生命が希うところの行為を指す言葉である。そこで希うところの生命とは何か。それは力(チカラ)である。故に力が希うとこ…

牧師室から(23)

私は昨年3月で紅葉坂教会を辞し、4月からは半分隠退生活で半分船越教会の牧師の責任をもつ生活をしていますが(教団では認めていませんが)、結構忙しくしています。免職問題で裁判の原告にもなっていますし、神奈川教区では、私は合法的には日本基督教団の…

船越通信(73)

船越通信癸沓魁 。横娃隠嫁9月9日 ・9月2日(日)の礼拝後テーマ話し合い(発題:Aさん)が行われました。以下Aさんの発題をまとめておきたいと思います。 ・テーマは「教会について」。日本だけでないかも知れないが、日本の「多くの教会」(=伝統的な教…

マルコ福音書による説教(62)

マルコ福音書による説教(62)、マルコによる福音書14:53-65、 ・前回はイエスの逮捕の記事から、イエスの孤独について学びました。イエスは自分を捕らえにきたイスカリオテのユダや群衆に対して、物理的には何の抵抗もしませんでした。そのイエス…

黙想地祈りの夕べ通信(139)復刻版

今日は、「黙想と祈りの夕べ通信(139)」復刻版を掲載します。 黙想と祈りの夕べ通信(139[-34]2002.5.26発行)復刻版 今日の主日聖書箇所の一つ、詩編9編を朗読していて、感じることがありました。この詩編に記されている神のみ業は、「主は裁きのた…

父北村雨垂とその作品(127)

今日は「父北村雨垂とその作品(127)」を掲載します。下記には自分の作品についての解説も入っていたり、また神話や神についての記述もあります。 父北村雨垂とその作品(127) 原稿日記「一葉」から(その10) 素粒子が無重力であるとは物理学者の…

牧師室から(22)

今日は、1996年に教会の機関誌に書いたものを掲載します。1995年1月の阪神・淡路大震災の翌年で、この年の夏に私も神戸に行き、当時の兵庫教区の議長のKさんや長田活動センターのSさんに現地を案内していただき、帰ってから教会の献金先を決めたこ…

父北村雨垂とその作品(126)

今日は、久しぶりに「父北村雨垂とその作品(126)」を掲載します。下記には父の川柳仲間の名前が出てきますが、そのまま掲載させてもらいました。多分父と同じように皆さん既に天上の世界に移られていると思われます。悪しからずご了承ください。 父北村…

黙想と祈りの夕べ通信(138)復刻版

鶴巻にノートパソコンが入り、こちらでもインターネットができるようになりました。今日は、「黙想と祈りの夕べ通信(138)」復刻版を掲載します。 黙想と祈りの夕べ通信(138[-33]2002.5.19発行)復刻版 娘の名古屋時代の友人が、東京で仕事があり、…

船越通信(72)

船越通信癸沓押 。横娃隠嫁9月2日 ・8月26日(日)は夕方からバーベキューを行いました。今年は猛暑が続いていますし、集会の連続で疲れている人もあり、昨年ほど(13名出席)ではありませんでしたが、Zさんご夫妻も参加してくださり、総勢7名でバーベキュ…

マルコ福音書による説教(61)

マルコ福音書による説教(61)、マルコによる福音書14:43-52、 ・前回、私たちは、イエスがゲッセマネの園で「わたしは死ぬばかりに悲しい」(14:34)と言って、「血の滴りのように汗をポタポタ流しながら」祈られた記事から学びました。その同じゲ…