なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

2011-09-01から1ヶ月間の記事一覧

マルコ福音書による説教(17)

マルコ福音書による説教(17) マルコによる福音書4:35-41、 ・ イエスの弟子たちは、イエスに従ってゆく者たちです。3章13節以下の「12弟子の選び」の記事によれば、イエスは「彼ら(弟子たち)を自分のそばに置くためであり、さらに宣教につ…

黙想と祈りの夕べ通信(27)

今鶴巻から船越教会に着いたところです。今日は夜に船越教会の月一回の聖書研究会があり、本田哲郎さんの『聖書を発見する』第3章「神はだれを選んだのか」を一緒に学びます。 「黙想と祈りの夕べ通信」(復刻版?)をこのブログに時々掲載していますが、10…

日本基督教団マニュフェスト私案

私も今年の12月になりますと70歳になります。教団は認めていませんが、今は週の後半日本基督教団船越教会で牧師として働いていますが、今後どれだけ働けるか分かりません。そこで、私がかながわ明日の教団を考える会で以前に問題提起した「日本基督教団マニ…

父北村雨垂とその作品(31)

以下で何冊か残されている父の作品ノートの一冊が終わります。このノートは随想日記と背表紙にある原稿用紙が本になっているものです。最後の作品のページの中央欄外に「契約 ベリース」とメモ書きがあります。このメモ書きは私の字です。この随想日記の裏表…

統制ではなく対話と論争を

・この2ヶ月ほど、ブログを生真面目にアップしてきました。どうも何事にも己の気性が現れるようです。生真面目なところが私の特徴の一つのようです。 ・神奈川教区で2002年の教団総会後に「かながわ明日の教団を考える会」を有志で立ち上げました。そろそろ9…

船越通信(24)

船越通信№24 2011年9月25日 ・ 9月17日(土)に紅葉坂教会の青年3人が夕方から船越教会に来て、妻と私と 5人で夕食を囲みながらそれぞれの近況報告を話し、夜遅くまで楽しいひと時を持ちました。17日は私にとってはまだ夏期休暇の最後の日でしたが…

父北村雨垂とその作品(30)

橋爪大三郎と大澤真幸の二人で、主に大澤が橋爪に質問する形で書かれた『ふしぎなキリスト教』という本が話題になっているようです。最近私も読んでみましたが、橋爪らしい大変クリヤーな社会学的なキリスト教理解になっています。最近は余り追っていません…

マルコ福音書による説教(16)

マルコ福音書による説教(16) マルコによる福音書4:21-34 ・ 最近暴力団との関係があるということで島田紳助が司会を降ろされた「お宝探偵団」というテレビ番組があります。鑑定を依頼する骨董の評価を楽しむ番組です。思わぬ値がついたり、ガラク…

黙想と祈りの夕べ通信(26)

今日掲載します「黙想と祈りの夕べ通信」で書きました私たちと神との関係と私たちと他者である隣人との関係の問題は、私がずっと課題としてきたテーマです。みなさんも是非考えてみてください。今日は、私はなか伝道所で行われます「第5回ラ・キ・ネット(「…

黙想と祈りの夕べ通信(25)

台風15号の影響が各地に出ています。今秦野の鶴巻ですが、こちらも風が強くなっています。マンションのベランダに作ったゴーヤやひょうたんの蔓をはわせた緑のカーテンが、強風でベランダから落ちそうになりましたので、無理やりベランダの外に出ないよう…

黙想と祈りの夕べ通信(24)

長かった残暑もこれで落ち着くのでしょうか。今日は比較的涼しい日になりました。しかし、二つの台風が日本列島に近づいていて、12号で被害を受けた和歌山県や奈良県の山間部は土石流の危険性があり、心配です。このところ自然災害が多発しているように思え…

父北村雨垂とその作品(29)

今日は「敬老の日」です。年長者にも深く関わります人間の「老病死」については、福音と世界の10月号の私の「随想メッセージ」に書きましたので、読んでいただければ幸いです。今日は「父北村雨垂とその作品(29)」を掲載します。今日の句の中にも、聖書…

船越通信(23)

船越通信№23 2011年9月18日 ・ 9月5日(月)から17日(土)まで教会から夏期休暇をいただいて、少しのんびりと過ごすことができました。ありがとうございました。しかし、今年はこの時期の夏期休暇が8月役員会で決まりましたので、その段階で既に予定が…

黙想と祈りの夕べ通信(23)

組織と個人の関係はなかなか難しいものです。私は、若い時から教会の中にもこの問題があること、特に組織擁護によって個人が圧殺される構造に問題を感じてきました。そのことは『自立と共生の場としての教会』の中にも紅葉坂教会の伝道師時代(1974年4月から…

黙想と祈りの夕べ通信(22)

昨日は私の夏休み中でしたが、9月25日に開催予定のかながわ明日の教団を考える会の案内を出すために船越教会に行ってきました。お昼少し前に鶴巻を出て、午後1時半過ぎに船越教会に着き、2時間半ほどで作業を終えて、午後4時過ぎに船越教会を出ました。帰り…

父北村雨垂とその作品(28)

7月末に寿の中にありますなか伝道所に呼ばれ、礼拝説教では聖餐について、礼拝後には「私の戒規免職問題とは何か」というテーマで話をさせていただきました。この「私の戒規免職問題とは何か」がなか伝道所の機関紙「ことぶき「なか」だより」に載ることにな…

父北村雨垂とその作品(27)

残暑の厳しい日が続いています。私は9月17日まで夏休みです。先日ある人から贈呈された『全学連と全共闘』(伴野準一、平凡社新書、2010年)を読みました。著者は1961年生まれですから、全共闘世代ではありません。インタビューや本から情報を得て、この本を…

マルコ福音書による説教(15)

マルコ福音書による説教(15) マルコによる福音書4:1-20 ・ ・ 3章の後半(19a~35)では、律法学者やイエスの身内の者たちがイエスの 前に敵対者(人間同士の中に隔てをつくる)として、或は無理解者(神の 家族の)として登場することにより、イ…

黙想と祈りの夕べ通信(19)

10日に続けて、飛ばしていました「黙想と祈りの夕べ通信(19)」(復刻版)を掲載します。 黙想と祈りの夕べ (通信№ 19 2000・2・6発行) 23日の日曜日に札幌にいるY兄が、久しぶりに礼拝に出席しました。教会の餅つきに参加した後、数名でお茶を飲み、…

黙想と祈りの夕べ通信(18)

9月11日、明日の日曜日は私は船越教会から夏期休暇をいただきましたので、船越通信は出しません。一回お休みします。8日から10日まで(今帰ったところです)は、連れ合いと二人で乗鞍・上高地の自然を楽しんできました。雄大な自然の姿に圧倒された3日間でし…

父北村雨垂とその作品(26)

今日から10日の土曜日まで家を空けます。明日はブログをお休みします。以下「父北村雨垂とその作品(26)」を掲載します。 父北村雨垂とその作品(26) 見るなとも見ろとも見えぬ 柳と花 天をみて 地をみた 尺護虫は正午 ( ヒル )だ 柳も 花も 笑え 見ろ…

黙想と祈りの夕べ通信(21)

私は『自立と共生の場としての教会』で、教会を神学的概念でとらえるのではなく人間の集まりをして、その集まりが何をめざしているかという視点から教会を「自立と共生の場」としてとらえることを提案しました。このイメージは聖書の中では契約思想に近いか…

父北村雨垂とその作品(25)

父は聖書も読んでいたようです。特にヨハネ福音書のプロローグ「ロゴズ讃歌」には関心があったようです。下記の句の中にある「いちじくの葉に知恵をみたエデンの蛇」も、創世記3章の物語からのものだと思われます。父は聖書を信仰の書としてよりも、文学、思…

黙想と祈りの夕べ通信(20)

私は今日から夏休みになります。4月以来木曜日午後から日曜日までとはいいながら、船越教会に単身で生活してきましたので、月曜から水曜までは自分の時間ではありますが、ゆっくり休むという気持ちにはなかなかなれませんでした。この2週間は、少し教会のこ…

船越通信(22)

船越通信№22 2011年9月4日 ・ 8月28日(日)は夕方からバーベキューを教会で行いました。この企画は毎年行われているようです。今年もHさんを中心に、日程の調整が行われ、28日にすることになりました。普段礼拝に来れない方も来れるようにとの配慮…

マルコ福音書による説教(14)

マルコ福音書による説教(14) マルコによる福音書3:30-35 ・ 「イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。『御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが、外であなたを捜しておられます』と…

黙想と祈りの夕べ(17)

昨日鶴巻から国会前の座り込みに参加してから船越教会に来る予定でしたが、途中で雨模様になり、鶴巻から直接船越教会に来てしまいました。しかし、雨は局地的で夕方までは降らないところが多かったようです。国会前の座り込みもしていたかも知れません。船…

父北村雨垂とその作品(24)

今日は9月1日、関東大震災から88年です。テレビでは、防災の日ということで東京首都圏で10分間通行停止による訓練が行われた様子が放映されていました。台風が近づいていますが、予想よりも西側に上陸するようで、まだ秦野では雨が降っていません。今…