なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(612)

船越通信、№612  2024年4月14日(日)北村慈郎

  • 4月6日(土)は私の支援会のコンサートと総会が紅葉坂教会でありました。このコンサートに私が神学校を出てから最初に赴任した東京足立区にある教会で出会った当時青年であった方が来るというので、その人の友人である紅葉坂教会の方と3人で、11時半に桜木町駅で待ち合わせをして、昼食を共にすることになっていました。そこで、11時15分に紅葉坂教会で支援会事務局長のKさんと待ち合わせをして、この日参加者に配るいろいろな書類を渡して、荷物を紅葉坂教会に置かせてもらい、私は桜木町駅の待ち合わせ場所に行きました。3人で落ち合い、紅葉坂教会の下にある洋食屋でお昼を共にし、午後1時過ぎまで話し合いました。足立区の教会で出会った方とは、私がその教会を辞したのが1974年3月末ですから、50年ぶりの再会になりますが、会って話していると昔と変わりません。この方は姉妹で教会に来ていて、彼女は姉になりますが、妹さんの消息もお聞きして、今も仲良くしている様子が伝わってきました。実は9月に私はこの足立区の教会の70周年記念礼拝の説教に呼ばれていますので、そのことを彼女に伝えました。彼女姉妹は私がその教会の牧師をしていた5年の間に転会して別の教会に属するようになっていたと思いますが、今は二人一緒の教会に属しているようです。彼女は私が9月にその教会に行く時には、礼拝に来るかもしれません。午後1時過ぎに、私は先に失礼して、支援会のコンサートと総会の準備に紅葉坂教会に戻りました。午後1時15分ごろでしたが、既に準備はほとんど終わっていて、礼拝堂にはもう10名近くの方々がいらしていました。私は2階に行って、この日の演奏者4名に挨拶をして、私の支援のために演奏して下さることに感謝の思いを伝えました。その後、礼拝堂の最後列の椅子に座って、コンサートの開始を待ちました。コンサート開始の午後2時が近づくに従って、来た人を案内者が空いている席に導かないと、見た目にはどこにも空席がないように思える程に礼拝堂は沢山の人で埋まりました。最後は隣りの小集会室から椅子を持って来て、礼拝堂の空いている所に椅子を入れて座ってもらうほどでした。後で受付をして下さった方から受付票をいただき、この日は119名の出席があったことを知りました。北海道からも兵庫からも来て下さいました。紅葉坂教会の信徒4人の方による演奏を楽しんだ後、第11回支援会総会が行なわれました。支援会総会には60名ほどの出席者でしたが、2023年度の報告と2024年度の計画が会計報告共々全て承認されました。その後散会しましたが、この準備に当たって下さった支援会の世話人・事務局の方々、そして4人の演奏者には心から感謝しています。
  • 教団による私の戒規免職処分を不当と思って下さる方が、私が免職処分を受けてから14年経った今もこれだけ多くおられることに、私自身は大変勇気づけられました。このことは、ただ私個人の免職撤回ということだけでなく、日本基督教団という教会が聖餐という神学的な問題で一人の教師を免職処分にすることに疑問を持ち、日本基督教団が中世のような時代錯誤に陥ることなく、開かれた合同教会になって欲しいという方が多くいらっしゃるということの証左ではないかと思われます。どんな組織でも一度決定したことを誤りと認めることが難しいものですが、日本基督教団はそろそろこの誤りを認めると共に、教団総会における常議員選挙の全数連記を止めて少数意見の人も常議員になれる半数連記のような少数連記にして、いろいろな立場・意見の人が常議員になって、機構改定をはじめ教団の宣教について真剣に議論し、これからの教団の在り方を模索しなければなりません。神奈川教区でもここ数年で三つの教会・伝道所が解散しました。おそらく今後牧師の経済的補償を担保にした教会形成は難しくなると思われます。現在から将来にわたる日本社会の経済状況からすると、富裕層の信徒を集めた教会以外に牧師を雇うことの出来る教会は少なくなると思われます。また富裕層の信徒の多い教会はどうしても保守的になります。イエス・キリストの福音が持つ変革という要素を保守的な教会に求めるのは至難です。保守的な教会はどうしても社会との緊張関係を避ける傾向にあるからです。こういう問題を踏まえて、日本基督教団は今後の宣教の戦略を抜本的に考え直さなければ、未来は見えません。私は教会の未来は沢山の小集団の連合体にならざるを得ないと思っています。牧師も教会からの謝儀をもらえるとしても一部で、自分で生活の糧を得るようにならざるを得ないでしょう。しかし、そのことは教会にとってマイナスではなく、プラスに働く可能性があると思っています。教会が小集団として国家や社会にきちっと対峙する。日本基督教団のような全体教会はそのような小集団の連合という考え方は、もう帰天されていると思いますが、沖縄のバプテスト教会の饒平名長秀牧師が、沖縄の教団の第二世代の牧師の方々が話し合ってまとめた冊子の中で述べておられたと思います。私の戒規免職処分を撤回せず、一部の立場の人たちが他の立場の人や考え方を排除して、自分たちの立場を絶対化しようとしている現在の日本基督教団には、残念ながら未来はありません。ですから、私の免職処分撤回と開かれた合同教会の形成は繋がっているわけです。今秋の教団総会でその道が開かれることを願っています。
  • 7日(日)は礼拝後役員会を開き、21日(日)に予定しています教会総会の準備を中心に行ないました。2023年度の教会活動総括、2024年度の基本方針と事業計画案、2023年度会計決算報告及び2024年度会計予算案などを審議承認しました。何時もの役員会は比較的早めに終えるのですが、この日は午後1時半過ぎに役員会を終えました。私も午後2時過ぎのバスで追浜に出て鶴巻に帰りました。
  • この週は、10日(水)午後6時から大和のシルウス会議室でありました「原子力空母の母港化に反対し基地のない神奈川をめざす県央共闘会議(略称「基地撤去をめざす県央共闘会議」)幹事会」に基地小を代表して出席しました。5月25日(土)に開催する総会と秋に大和駅前広場で開催する大和ピースフェスティバルについて話し合いました。11(木)は何時ものように国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに参加しました。この日は私を含めて3人でした。参議院議員会館前の道路はイチョウも若葉が出始め、議員会館側に植えられた枝垂桜も花が咲いていました。

 

  • 付記

 上記の饒平名長秀牧師が沖縄の教団の第二世代牧師懇談会に招かれてお話しされた内容は以下の通りです。

「前回ですかね、皆さんの前回の記録だけを頂いたので、ずっとそれを繰り返し読んで、信仰告白共同体としての公同教会です。ということも言っているのに、読んでいて、その中でね、大城実さんが、ちょっと興味深いことを言っているんですね。これからどういうふうにしていけばいいのか?と、どういうふうに我々は進んでいけばいいのか?というふうなことを発言しているところがあったと思うんです。小さな共同体ですね、小さな交わり、小さなグループというふうなものをドンドン作っていく、そこから始めるのがこれから歩んでいく道じゃあないかなーというふうなことを、どこかでおっしゃっているんですね。大城さんはどういうふうな意味でおっしゃっていたのか、それ以上の深いことはおっしゃっていないんですけれども、その言葉にちょっと私は惹かれたんですね。教会というのは。私はある意味では神の国のひな型だと思うんですね、ある意味でですね。教会は神の国ではない、しかしやはり神の国を目指していて、これは多分いつ果てるともない働きかも知れませんけれど、目標としてはですねそういう共同体ですね。それが目指されていくとですね、神の国の形になっていくという、そういう小さな共同体が沢山出来る。沢山できて、その共同体のまさに共同体同士の連盟というんでしょうか、全体の組織ですね。そこには支配関係もないし搾取関係もないです。草の根的ですね、ドンドン広がっていくと。ですから勿論そこに経済も入っているわけで、相互扶助的に経済も入っているわけで、そこからやがて現在ある国家というものを無化していく、弱くしていく、国家体制というものは、ある意味で支配の組織ですから、こういうものは暴力組織ですからこれを無化していくと。それから経済の資本主義を無化していくというね、資本主義を無化していくという、そういうふうに組織がドンドンその小さな群れが皆一つになっていく、小から中、中から大というふうなのが、あるいはあるかも知れませんけれど少なくともそこには権力は存在しない、支配、被支配、搾取、被搾取の関係はないと、差別、被差別もない、そういう世界です。だから最終的には国家もなくなるし資本主義もなくなる。それが私の教会だと思っています」(『旧沖縄キリスト教団第二世代牧師懇談会会議録』173-174頁)。

 

 

 

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