なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(323)

      船越通信癸械横魁。横娃隠掲7月23日    北村慈郎

・16日の日曜礼拝には、前以て聴覚に障がいのあるOさんから出席したいという連絡をもらっていましたの

で、説教の完全原稿を礼拝前にOさんに渡し、その日の説教は、みなさんにOさんが来ておられることを告げて、

説教原稿にできるだけ忠実にするようにしました。この日の礼拝には、9日(日)なか伝道所のHさんの就任式

で久しぶりにお会いしたKさんもはじめて船越教会の礼拝に出席されました。礼拝後、皆さんには礼拝堂の隣

の部屋で、何時ものようにお茶を飲みながらで懇談していただいて、私はOさんと礼拝堂で私からは筆談でお

話をしました。Oさんの質問は聖書解釈についてでした。その問いは大方「自分は聖書を神の言葉と信じてい

るが、聖書を批判的に読む人もいる。そのような聖書の読み方にはついていけないが、聖書は神の言葉ではな

いのか」というものでした。聖書解釈についての基本的な問いです。私は、まず聖書の歴史的批判的研究が

起こるようになった背景として、古典文学に対する文献批判的研究のように、近代以降の批判的歴史学の勃興

があること。それまで聖書は教会の解釈(教義・信仰)によって読まれてきたが、歴史的文書として批判的に

読まれるようになったこと。そうすると聖書は正典として教会の信仰の規範としての神の言葉であると同時に、

歴史的文書としてそれぞれの文書が具体的な場を持ち、誰が誰に対して何を書いたものかというように、その

書き手である著者の信仰の証言集という面もあること。さらには現在の聖書の読み手の問題意識も、聖書を読

む時に反映されざるを得ないので、その聖書解釈は多様にならざるを得ないこと。そのような現在の聖書解釈

の状況において、聖書は神の言葉であるという教会の教義・信仰による正典的聖書解釈も絶対ではなく、一つ

の聖書解釈になっている現状があるのではないかということ。とすれば、自分なりにこれだというものを、そ

の都度選び取って行かなければならないのではないかということ。大体以上のようなお話を筆談でOさんにし

ました。Oさんは一応私の話は了解してくださったようです。その後別室で皆とお茶を飲んで、帰って行かれま

した。皆が帰った後、この日は午後3時から紅葉坂教会の牧師就任式に私は出席することになっていましたので、

午後1時20分ごろまで、Kさんと二人でお話をしました。Kさんを送り出した後、教会の戸締りをして、看板に

来週の予告を貼り換えて、紅葉坂教会に向かいました。

・この日は秦野西教会の礼拝に出席した連れ合いと、紅葉坂の交差点で一緒になり、就任式が始まる5分前に、

紅葉坂教会の礼拝堂の一番後ろの席に二人で座り、A牧師の就任式に参加しました。この日の司式者は教区議長

の元住吉教会牧師のMさんでした。9日のなか伝の常置委員で上大岡教会牧師のHさんの就任式とは対照的にオ

ーソドックスな、教師と教会員に誓約を求める式文に則った就任式でした。式後階下ホールで茶話会がありま

した。茶話会の最初に司会者は紅葉坂教会を代表して挨拶をと言って、H・Kさんを指名しました。H・Kさんは、

聖餐の問題で私が教団から教師の免職処分を受けると共に、紅葉坂教会も教団からにらまれ、牧師招聘も厳し

い状況の中で、一年間の無牧の時には、多くの方から支えていただき、教団の中にも多くの信徒・教職・教会

紅葉坂教会を覚えていてくださることを知り、大変力づけられたことへの感謝を述べられました。その上で、

新しい牧師を迎えて、戦時下の教会の犯した過ちを繰り返さないために、安倍政権が目論む戦前の日本を思わ

せる復古主義的な時代状況の中で、紅葉坂教会が、戦責告白を踏まえて、しかりと主イエスの福音に立ってい

く教会になっていきたいと思いますと、力強く語られました。その後司会者が出席者の紹介をしながら、その

中から何人か祝辞もお願いしますと指名しました。私も、前以て連絡がありませんでしたので、出席するだけ

でよいと思っていましたら、司会者から突然指名され、祝いの言葉を求められました。突然でしたので、私が

紅葉坂教会の牧師であった時に非受洗者も希望すれば陪餐できる聖餐式を教会総会で決議したことで、私が教

団から免職処分を受けると共に、紅葉坂教会にも負荷を与えているが、その紅葉坂教会の牧師を引き受けてく

れたAさんを、今後できる限り私としては支えていきたいという主旨のことを申し上げました。

・18日(火)は午後6時半から紅葉坂教会で「北村慈郎牧師の処分撤回を求め、ひらかれた合同教会をつく

る会」(以下支援会)の世話人・事務局会がありました。支援会では今秋に出前集会を関東(東京)(10月

7日〔土〕13:00-16:00、早稲田奉仕園リバティーホールにて)と関西(大阪)(10月28日〔土〕13:00-16:00、

東梅田教会2回集会室)で行う計画を立てています。この世話人・事務局会でその集会の中身もほぼ決まりま

した。関東(東京)出前集会は、発言機”霤追霙垢気鵝◆崔亙?両さな教会の歩みの中から―日本基督教団

の教会性を問う」、発言供〇抉膕饑は耽預緝宗ヾ愿調架困気鵝◆崙鐱楷霪超誼弔粒莽を開く~北村慈郎牧

師の処分撤回を求め、ひらかれた合同教会をつくる宣言運動から~」を関西(大阪)出前集会は、発言機

村山盛忠さん「「<場>の教会~切り裂かれる時代の場で~」、発言供〇抉膕饑は耽預緝宗ヾ愿調架困気鵝

日本基督教団の活路を開く~北村慈郎牧師の処分撤回を求め、ひらかれた合同教会をつくる宣言運動か

ら~」をメインにして行うことになりました。その他、本年3月に開催された第5回支援会総会報告に、私

の戒規免職撤回の大阪教区総会で可決した声明と戒規免職撤回と聖餐論議の場設定を求める神奈川教区総

会で可決した声明を記事の中心にした通信第19号を8月中旬に発行し、支援者と教団の全教会・伝道所に

送ることにしました。9月中旬には今年も出来ればキリスト新聞に全面意見広告を出すようにしたいと思

っています。ほぼ以上のことを世話人・事務局会では決めました。

・21日(金)は午後6時半から寿地区センターで寿地区活動委員会がありました。この日は大事な問題を

話し合いましたので、委員会が終わったのが午後9時過ぎでした。そして翌日22日(土)には午後1時半

から紅葉坂教会で2017年寿地区センター講演会、「下流老人と高齢者の貧困~人とのつながりが貧困と闘

う武器になる!~」(講師:藤田孝典さん)がありました。最初「下流老人」という言葉に私は違和感を

覚えましたが、講師は高齢者の貧困問題を多くの人に伝える戦略的言説としてこの言葉を使っていると言

っていました。