今日は「父北村雨垂とその作品(132)」を掲載します。
父北村雨垂とその作品(132)
原稿日記「一葉」から(その15)
ニーチェが残したアフォリズムには必ずニーチェの異状精神が光彩を放つ。
神に抗する運命を擔って生れたニーチェはやはり・・・神・・・かも知れぬ。
天井は 蒼い 褥は 大地とす 川研4月
菜の花や 彼等は 蝶に化けて来るぞ
ゴキブリは 琥珀に故里でも聴くか 川研4月
心臓が泣くと 世界が 白く染まり 藍11号
神の血を 請けた證(あか)しの白衣かも 藍11号
菜の花や 蝶の目鼻は 憎らしや
椿は佳いな 莟が佳いな 道祖神 藍11号
その鍵と 神のミイラは 萬里の淵 藍11号
旧作 小説 を再編してサブタイトルに
寒川(ちがさき)の狐 又は 茅ヶ崎(さむかわ)のきつね とする。
倖せと語り名残りの 涙 流がれ 藍12号
吾もまた 無筆の惠能(?)たらむかな 藍12号
狡龍の 脚も おらまじゃくしの足も 藍12号
鴉は ちゅん 雀は かあ と 日比谷にて 藍12号
闘魂を 枕に聴くや 頭蓋骨 藍12号
(「闘魂を 枕に聴けば とつ おいつ」を1979年(昭和54年)5月15日修正)
有徳の者たちに
私たちの徳をも軽やかに足あげて行かせよう
ホメロスの詩句にある如(ごと)く徳は来ては
また去ってゆかねばならぬ
ニーチェ『悦ばしき知識』より 信田正三訳より
解釈と私
私が解釈するとき、自分をそのなかに挿しこむ―
だから私は自分では自分の解釈者となれない。が一筋におのれ独りの道を擧じる者、その者が私の姿をも明るい光にひき上げる。―ニーチェ『悦ばしき知識』より、信田正三訳―
ニーチェはその正直さが他の誰よりもぬきんでてゐる偉大な精神の保持者であった。
雨垂
詩を解する鏡
詩が解る。解らない。が鏡にうつし出せたら、その鏡は確かにノーベル賞ものである。
1979年(昭和54年)2月28日 雨垂
試作
存在とは 何だらう
いのちとは 何だらう
キリストは十字架で
天に 父と叫び
釋迦は 菩提樹の下で
空を観ろと 微笑し
デカルトは コギト・エルゴ・スムと断定した
老子は 玄のまた玄
道をつぶやいた
科学者は 現在(いま)も てつ夜で
核に 血道をあげてゐる
だが
いのちは 形而上のものでもなく
形而下の それでもない
唯 在るものが 或る時間と空間に
確かに「在った」ことだけは
確かであったに 過ぎぬ