なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(626)

船越通信、№626  2024年7月21日(日)北村慈郎

  • 14日(日)は礼拝後直ぐに散会しましたので、私もいつもよりは早めに船越教会を出て、鶴巻に帰りました。
  • 15日(月・休)は私の第3回支援コンサートが千葉の市川三本松教会で午後にありますので、支援会世話人・事務局会のメンバーは12:00に市川三本松教会に集合することになっていました。私は支援会通信の最新号や宣言賛同者の現在版と署名用紙などを持って行くことになっていましたので、キャリーバックに入れて出かけました。小田急鶴巻温泉駅を午前10時ごろ出て、新宿で総武線に乗り換え市川まで約1時間40分ぐらいで着きました。市川の駅で横浜から来た紅葉坂教会のメンバー3人と一緒になり、駅前の繁華街を歩いて、市川三本松教会に行きました。市川三本松教会の会堂は2階で、外階段から入りますが、会堂に入ると、既に支援会世話人・事務局の方々が来ていて、準備を始めていました。この日は13:00開場、13:30開演でしたので、受付で出席者に渡すものを準備して、開場までの時間がしばらくありましたので、私は教会堂の最後列の椅子に座っていました。その間、当教会牧師のT先生が様子を見に来てくれましたので、挨拶をして、この日の会場提供のお礼を申し上げました。その後13:00前後から参加者が会堂に入って来て、開演1:30前にはほぼ会堂は一杯になりました。司会者のリードで、第3回の支援コンサートが始まりました。故関田寛雄世話人代表時代から、支援会の集会では最初に必ず讃美歌「主われを愛す」の第一節を歌って、祈祷をもって始まるようにしています。今回もそれを踏襲しました。開会の祈祷は、予定していた方が体調を崩し、来れなくなりましたので、急遽お願いした事務局長のK・Hさんがして下さいました。その後K・M世話人代表の挨拶があり、前半と後半に分けて、3人の演奏者(オルガン2人、フルート1人)による演奏がありました。それぞれの演奏を聴きながら、私自身は平和のありがたさをしみじみを感じていました。今回一人のオルガニストははじめてですが、後の二人は前回の紅葉坂教会での支援コンサートに引き続いて、今回の演奏も引き受けてくれました。3人には心から感謝いたします。演奏後K・M世話人代表が、私の戒規免職が聖餐の問題でなされたことは、世界の教会から見てもおかしなことであるということを、お話ししてくれました。その後フロアーから発言と意見表明がありました。その中の一人の方は、今までもこの支援会の集会で繰り返し同じ発言がありましたように、私の戒規免職撤回のためには、免職撤回を、声を大にして訴えるだけでなく、反対の立場にある方々への地道な説得が重要であるという発言をされました。このことは支援会としての重要な課題だと思うのですが、具体的にどうしたらよいか、なかなか見いだしかねているのが現状です。何とかその道を探りながら、見いだしていきたいと願っています。最後に私が挨拶と閉会祈祷をして、この日の第3回北村慈郎牧師支援コンサートを終えました。私はその後、市川三本松教会の一室をお借りして、私は神学校を出て最初に赴任したA教会の牧師と役員の方々と話し合いました。そのために支援会の方々には挨拶ができずに失礼してしまいました。みなさんには鶴巻に帰ってから、メールで感謝の意を伝えました。A教会の方々との話し合いは、9月8日(日)に私がA教会の創立70年記念礼拝の説教をお願いされていますので、その打ち合わせを兼ねていました。また、A教会の現在の牧師はこの4月に赴任したばかりでしたので、その意味でも前もってお会いしてお話ししておきたかったのです。打ち合わせが済んで、市川三本松教会のT牧師にお礼を申し上げ、A教会の方々ともお別れして、総武線市川駅から新宿に出て、小田急に乗り換え、鶴巻には午後7時過ぎに着きました。この日のコンサートには99名の方々が参加してくれました。
  • 16日(火)は一日ゆっくり休みました。
  • 17(水)は、午後1時少し前に鶴巻を出て、教区事務所に行き、21日(日)に今年度第1回オリエンテーションがありますので、オリエンテーション委員会の今年度の教区交付金を受け取りました。その後、教区事務所のある蒔田から地下鉄で湘南台に出て、小田急に乗り換え、午後4時半から高座渋谷教会で行なわれる基地・自衛隊問題小委員会(基地小)に出席しました。この日の委員会では、主に9月16日(月・休)に予定しています、オリエンテーション委員会主催、基地小共催の「基地見学会」の案内チラシの文案の最終的な詰めをして、案内文を完成しました。基地小は午後6時過ぎに終わりましたので、鶴巻には午後8時前に帰りました。その後、メールでオリエンテーション委員へ基地見学会案内チラシを送り、修正があれば私の方に連絡してもらうようにしました。それで完成した基地見学会案内チラシは、21日(日)の第1回オリエンテーション終了後に、オリエンテーション対象者と教区の諸教会・伝道所宛てに出すようにしたいと思っています。
  • 18日(木)は、何時ものように国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに出かけました。この日は地下鉄国会議事堂前駅を地上に出ると、カンカン照りの日差しが強く、参議院議員会館前の座り込みの場所に行くまでに、肌がでている手の皮膚がひりひりするほどでした。私が座り込みの場所に着いた時には、既に3人の方が横断幕やステッカーを道路の壁に貼っていました。その場所は日の当たる所で、私も自分のもってきたものを何時も貼っている道路の壁に貼りました。そして、この道路は車道側が銀杏並木になっていますので、緑一杯に茂ったイチョウの木で木陰の出来ている道路の石壁を背にして、他の3人と少し距離を置いて、私も座り込みました。沖縄では、米兵による性的暴行事件の続発や辺野古埋め立て工事に伴う警備員の事故や大浦湾でのサンゴ損傷事故など、米軍基地があるが故の犠牲を強いられ続けています。国会前の座り込みが始まってからでも、既に20年が経過しようとしていますが、日本政府は沖縄の負担軽減に一向に取り組もうとはしません。人権や平和を大切にする政治家の出現を期待しているのですが…。自分に何ができるかを思いめぐらしながら。