船越通信、№692 2025年12月4日(日)
11月30日(日)は礼拝後に毎年出しているクリスマス・カードに、この日の出席者の方々にメッセージやお名前を書いてもらいました。クリスマス・カードは、船越教会がお世話になった牧師の方や、病や高齢や遠方に在住していて礼拝に来られない教会員の方々に出しています。牧師の中では帰天された関田寛雄牧師や岩井健作牧師にも以前には出していましたが、今は代務者の三宅宣幸牧師だけです。
みなさんが散会した後、この日午後4時半から蒔田教会で、本年度第3回オリエンテーション(「合同のとらえなおし」発題:金子信一牧師)があり、私はしばらく教会で雑用をしてから、午後2時半過ぎに船越を出て、昼食を抜いていましたので上大岡で食事をして蒔田教会に行きました。
本年度のオリエンテーション委員は4人ですが、この日は2人が欠席で、発題がオリエンテーション委員会の委員長でしたので、私が司会をしました。この日は横浜明星教会の牧師就任式もあり、そちらに出席する教師もいて、オリエンテーションの出席者は全体で9名でした。
神奈川教区のオリエンテーションは、70年来の「教団問題」の学びと話し合いを、教区の教会に赴任した新任教師をはじめ、教師試験受験志願者、按手・准允志願者及び神学生を対象にしていますが、教区の信徒・教職であれば誰でも参加可ということで行なっています。
神奈川教区がオリエンテーションを行なっているのは、「教団問題」の理解が不十分なために教区での議論がかみ合わなかったり、時間が長くかかったりすることをできるだけないようにするためです。
今回のテーマ「合同のとらえなおし」についても、2002年の教団総会で沖縄教区提案の「名称変更議案」をはじめ「合同のとらえなおし関連議案」のすべてが審議未了廃案となり、それ以来沖縄教区は教団との間に距離を置くようになっています。
教団では2002年以降「合同のとらえなおし」の問題は全く論じられることがありません。神奈川教区には沖縄交流委員会があり、同委員会は毎年「合同問題協議会」と「交流の可能性を探る旅」を行っています。教団では全く問題にはなりませんが、神奈川教区では「合同のとらえなおし」の課題は忘れずに担って行かなければならないと考えています。
今回のオリエンテーションでも、対象者の出席者6名の内教職3名で、その内の2名は最近神奈川教区に赴任してきた方です。オリエンテーションでは発題の後質疑と話し合いをし、その後参加者一人一人の感想を毎回伺っていますが、今回も最後に出席者の感想を伺いました。
その感想を伺う限り、最近神奈川教区に赴任してきた2人の教師は、「合同のとらえなおし」の問題が教団の中でどのように論じられてきたのかについてほとんど分かっていないように思えました。2002年以降の教団では「合同のとらえなおし」は教団の現在的な課題ではなくなってしまったからでしょう。
しかし、教区の中には「合同のとらえなおし」を現在的な課題として担おうとしているところが幾つかあります。神奈川教区もその一つではないかと思います。少なくともオリエンテーション委員会は、1967年の戦責告白以降のいわゆる「教団問題」を、教団の現在的な課題として考えています。
この日は19:00少し前にオリエンテーションを終えて、委員で次回の打ち合わせをしてから、私は午後8時半過ぎに鶴巻に帰って来ました。
1日(月)は午前中歯医者と秦野日赤の泌尿器科に定期健診に行き、午後1時頃に支援会の事務局長のK・Hさんと沖縄から帰って来ているK・Rさん夫妻と、246号道路沿いの食堂で一緒に昼食を共にしました。K夫妻は連れ合いが帰天してから、必ずゴールデンウイーク前後と12月初めの年2回鶴巻にいる私を訪ねてくださっています。
K夫妻と別れてから、私は横浜に行き、寿地区センターに届いている廊下に置かれた荷物を部屋の中に入れてから、船越教会に行きました。2日(火)には支援会通信第37号と来年1月に沖縄で開催される支援コンサートのチラシを会員に送る発送作業を予定していたからです。この日の夜に一人で発送先の会員のラベルを封筒に貼る作業をしておきました。
2日(火)には、午前9時半過ぎにK夫妻とSさん、10時過ぎにO子さん、Tさん、K・Kさんが発送作業に来てくれましたので、私を含めて7人で発送作業を行い、午前中で終了しました。午後まで続く時にはお弁当屋さんからお弁当を買ってきて、皆でお昼をいただきますが、今回は昼食無しで、終わった後Tさんが持って来て下さったご自宅の庭でなった柿をいただき、お茶を飲んでから散会しました。その後私一人で枚数を数え、ゆーメールの集配の準備をし、午後3時頃に取りに来た郵便局の集配する人に渡しました。
火曜日はいつもは寿地区センターに行く日ですが、この日寿地区センターに来られる事務の方にはお断りして、寿地区センターは休ませていただいて、船越教会で支援会通信第37号の発送作業をさせてもらいました。
3日(水)は寿地区センターに行き、事務の方と共にセンターで仕事をしました。この日は11月の寿地区活動委員会で、寿地区で活動している諸団体や神奈川県の各地で行なっている野宿者のパトロールの団体へのカンパ(献金)を預かりましたので、寿にあり私の分かる団体には私が直接届けて来ました。
その中には私がはじめて訪ねました就労支援の施設がありました。訪ねて見て、カトリックの信者の方が自宅の一部を解放して作っている施設ではないかと思われました。この日は午後4時過ぎに寿地区センターを出て鶴巻に帰って来ました。
5日(金)も朝早くに鶴巻を出て、寿の炊き出しに行きました。この日は朝の切込みの人数が少なく、切込みが終わったのが11時少し前でした。この日一緒に切込みをした方のお話が楽しく、自由人として生きているその方のいろいろな経験をお聞きすることができました。寿町の住人ではありませんが、近くに住んでいて炊き出しのボランティアをされているようです。
この日はボランティアとしてはじめて炊き出しに参加した横浜国大の学生や翻訳をしながらチーズとワインを出すお店でバイトをされているという方もいて、いろいろな方々が寿の炊き出しに関心を持っていることを改めて気づかされました。
寿地区センターのメールに、ある方は「寿の炊き出しは横浜市民の誇りだ」と書いてきましたが、寿の炊き出しに多くの方々が関心を持っていることには希望の光を感じさせられています。
6日(土)は寿バザーがあり、朝7時半には寿に行き、12時にバザーを終えて、かまない弁当をいただき、寿地区センターで打ち合わせをして、午後2時に船越教会に来ました。
※「寿バザー」は寿地区センターが主催するバザーで、毎月一回行い、寿地区センターに諸教会・諸団体・個人の方から送っていただく衣類等の献品を寿の町の人々に安く売っています。
このバザーは寿の町の人びとの買い物の楽しみと交流の場となっていると共に寿地区センターの運営のための資金の一部になっています。バザーの売り上げは年間ほぼ100万円になります。
バザーは午前10時からはじまりますが、それまでに寿公園に大きなブルーシート3枚を拡げ、その中心部にステンレスの机を三つ置きます。ブルーシートの上にはテントが三つはられます。
品物は寿公園から少し離れた所にあるビルの3階の寿地区センターから、箱詰めにされたものをハンガーなどとともにワゴン車と軽トラックで二往復して寿公園に運びます。この作業が結構大変です。
箱詰めにされた品をエレベーターで下ろし、車に積み込み、公園まで持ってきます。運ばれて来た品物は箱から出して、ブルーシートの周りに種類別に広げて、売り子のボアランティアは品物の内側にいて、ブルーシートの外側にお客さんが来るようにしています。
この日私は食器類の売り場を担当しましたが、左隣のタオルや男物の下着売り場は人が殺到して、タオルなどはよく売れていました。食器類はぼちぼちでした。左隣の男物のズボンもよく売れていました。他のところの売れ具合はよく分かりませんでした。
午前11時半に終了し、それから後片付けをします。残った品物は箱詰めにしてまた2台の車で運び、寿地区センターに戻します。それらをビルの3階にある寿地区センターの一室にしまいますので、この作業も人手が必要で結構大変です。
公園の方はセンターの品物が片づけ終わるとテントとシートをたたんで元の所に入れ、後は公園の掃除をして、バザーを終えます。
その後ボランティアはバザーの間にやはり別のボランティアによって用意されたまかない弁当をいただいたり、生活館の2階のホールで食べてから散会します。12時半から午後1時にはすべて終了します。