なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

信徒

一口に「教会」と言いましても、教会には多様な側面があって、どこを指すかによってニュアンスは随分違ってくるでしょう。建物としての教会があります。今私が牧師をしています教会の建物は、外壁のほとんどを蔦が覆っています。文字通り「蔦の絡まるチャペル」のようです。礼拝や聖書研究のような集まりとしての教会があります。また、教義や信条のようなものに結晶されている面を指して教会という場合もあります。そして人の交わりを指して教会とも言います。

今私が牧師をしている教会は、大都市のほぼ中心にあります。12年前に牧師になってきたときに、精力的に礼拝に来れないお年を召した信徒の家庭を訪問しました。その訪問を通して感じさせられたことがあります。それは、教会はいろいろな場所に散らされている信徒一人一人の存在と生活でもあるということです。一個の教会が、そのような信徒一人一人の生活の場にまで拡がりをもっているとするならば、これは一個の教会の大変豊かな可能性でもあると思えました。

あたかも大都市のジャングルの中に点在しているかのような信徒のお一人お一人は、その置かれた場所で個としてその固有の課題と重荷を背負い、様々な人との関わりを生き抜いています。その一人一人の人生の途上に、イエスは伴ってくださり、その人の生き様、死に彩を添えてくれます。

私は一人一人をお訪ねしながら、イエスと共に人生を歩まれてきた、その人でなければ咲かすことのできない、その固有な彩の花の美しさに出会う喜びを味わわせていただきました。

エスを信じる信仰をもって生きるということは、自分の人生にイエスという方の彩を添える試みではないかと、私は思っています。