なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(87、復刻版)

 今日は「黙想と祈りの夕べ通信(87)」を掲載します。黙想と祈りの夕べは、私が紅葉坂教会時代に行っていた集いですが、テゼ共同体から触発されて、自分なりにプログラムを考えてみました。テゼ共同体の場合は、参加者は祈りと賛美による応答が中心で、参加者が語る時間があるのかは分かりませんが、私はこの黙想と祈りの夕べの集いの中に、「分かち合い」の時間を入れて、一週間の各自の生活の中で出会ったこと、感じたことで、他の方々と共有したいと思うことを自由に語るようにしました。通信ではその内容を私がまとめて記しています。記録されたくないことは、そのことを発言のはじめに言っていただき、その場合は参加者がその場で聞いて共有しました。その通信を、このブログに復刻版として掲載していますが、今読み直しても、気づかされること、考えなければならない問題や課題が多くあるように思います。今日掲載の内容も大切な課題ではないかと思います。私は、イエスの福音の射程は「平和と人権」にあると思っています。ただともすると、平和のために熱心な方が人権を無視してしまうということもありますし、人権のために熱心な方が平和の問題にはそれほどでもないということもあります。この「あれかこれか」を克服して「平和と人権」の確立をめざしていきたいと思います。  

            黙想と祈りの夕べ (通信 87[-35] 2001・5・27発行)

 この日の「分かち合い」では、一人の姉妹から以下のような発言がありました。

 昨日障がい児をもつ母親を支えるボランティアの会の総会があり、自分もその会のボランティアの一人として参加した。その総会にはボランティアの利用者も参加でき、その日は一人の母親が参加し、総会で発言した。彼女には8歳の自閉の子がいる。ある時2時間半用事があったので、ボランティアを頼んで、外の公園に連れて行ってもらった。自分は心配で30分おきに見にいった。結婚する前に自分は総合職で働いていた。そういう仕事をしたいと思っているが、今は趣味でお料理教室をしている。

 私が横浜には学校が終わった後に「浜っ子クラブ」があるから、預かってもらったらどうかと言ったら、彼女は自分の子どもは預かってもらえないと思ったと言われた。障がい児をもつ別の方は積極的に行政にも働きかけ、闘いとったことを話したが、彼女は闘うのはいやだと言う。そして彼女は出産のことを話した。この子が生まれる時に、自分が高原病でステロイドを使ったせいか、出血を起こし、大変な状態で出産した。その時、婦人科の医者は、よく頑張ったね、と言ってくれた。けれども、内科の病棟に移され、そこにいた時には、なぜ生ませたのかと言う内科の医者がおり、医者同志が争ったこともある。生まれた子は初め障がいがあるとは分からなかった。何かちがうと思って、医者にも診てもらったが、はっきりしないまま3歳になって幼稚園に入った。幼稚園に入ってから障がいの検査のために休園の届けを幼稚園に出した。すると幼稚園から呼ばれ、なぜ障がいのことをだまって入ったのかと責められ、「愛の手帳」はもっているかと聞かれた。その時は障がい児に「愛の手帳」があることも彼女には分からなかったが、幼稚園はそれがあると助成が受けられるということのようだった。やめて欲しいと言われ、やめさせられた。

 それから他の幼稚園をいろいろ回ったが、やめさせられた幼稚園から情報が伝わっていて、いろいろ検査をさせられてつらかった。そのうち4人の保母さんしかいない教会の無認可幼稚園に入れてもらおうと行ったとき、彼女は、自分の子はこれもできるあれもできると、入れてもらいたい一心に言った。ところが、その幼稚園の主任(牧師の連れ合い)の方は、何でそんなに出来なければならないの?、何も出来なくてもいいじゃない、と言ってくれた。そして、うちも人手が足りないので、一週間預からせてもらい、その結果断ることもあるかも知れないが、断る場合でも、お子さんや親御さんが悪いのではなく、この幼稚園の力量がないということだからと思ってくださいと言われた。

 幸いにその幼稚園に入れて、子どもは今は小学生になるが、今でも幼稚園の先生方との繋がりをもっていると言う。それを聞いていて、皆泣けてしまった。彼女は、仕事は今後も持てないと言うので、私は、ハンディキャップがあってもやるべきことをやったら助け手も与えられるのでは、と言った。この子がいるからというのは、その子に対して失礼ではないか。その子がいるから我慢しなければということがない社会であるようにと思う。ハンディキャップのある家族の側が悪いのではなく、受け容れる側の社会が悪いのだと思う。教会の姿勢として、彼女の子どもを受け容れてくれた幼稚園をもつ教会があるということはうれしく思う。私たちも見倣いたいと思う。また、この障がいのある子をもつお母さんのような方が、仕事をしたいのならそれが出来るような社会になるように、祈っていきたいと思う。