なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(103)

          船越通信癸隠娃魁 。横娃隠廓4月7日        

・3月31日の日曜日はイースターの礼拝でした。3月後半私はいろいろと忙しくしていましたので、イースターの案内は24日の週の前半になってしまいました。20数名の方々に案内を出しました。案内にしたハガキは、「沖縄・辺野古“生きている”って、伝えたい」(撮影:山本英夫)です。一つ一つの写真が、辺野古の生き生きとした自然を写しているもので、私には死から甦られた復活の主イエスの命と響き合うように感じられましたので、思い切ってその表下半分にイースターの案内を印刷して出しました。呼びかけには、「新しい生命(いのち)、それは、神さまのくださるもののなかで、しひばん、すばらしいもの。」という『朝です~復活祭の祈り~』という小冊子の中の言葉を選びました。その案内を出したイースターの礼拝には、子ども2人を入れて23名の方々が出席して下さいました。礼拝後持ち寄りの昼食会を持ち、豊かな交わりの時を与えられました。

・さて、この日の日曜日は午後6時から東京のW教会で「聖餐を考える会」があることになっていましたので、昼食以後残っていた連れ合いと娘と一緒に午後3時過ぎに船越教会を出て、京急横須賀中央駅前のお魚屋さんがやっている小さな回転寿司で早夕食を済ませて、W教会に向かいました。W教会に着いたのは午後6時10分頃でしたが、参加者は6名で、私を入れて7名になりましたが、いつもより少人数でしたので、自由な懇談という形で話し合いが行われました。

・私の方から2月25日の一審判決却下を受けて、その後の経過を報告させていただきました。まず公正判決を求める要請書への署名のお礼を述べ、控訴をしたこと、その控訴理由書を現在弁護団を中心として作成している段階であることをお話ししました。ちょうど3月29日に支援会通信第6号を支援者と教団の全教会に発送した直後でしたので、すでにその通信が届いていて、読んでくださっている方もありました。通信には2月25日の裁判所の判断が記されている判決文の一部も入れてあり、また一審判決に対する弁護団のコメントなどの記事が掲載してありましたので、2月15日のことは通信を読んでもらいました。

・この日は、私の裁判のこと以外に、教団の現状への憂いが皆さんの共通した話題になりました。特に現在の教団執行部の姿勢と伝道への取り組みが、非常に表面的で、「伝道パンフレット」にしても「伝道推進室」の設置にしても、ただ教勢の拡張と教会の保持をというやり方では、大都会の一部の大教会はともかく、ほとんどの教会の現状からは乖離しているので、ますます教団は衰退していくのではないかという危機感が語られました。現教団執行部は、東神大の機動隊導入を無視して、東神大を支えようとしていますが、山北宣久さんが言うところの戦責告白以後の「荒野の40年」において、日本基督教団の教師を最も多く輩出してきたのが東神大であるわけです。70年の問題提起者と言われている立場の人には、関西神学塾や関東神学ゼミナールのような任意の活動によって、そこから神学校を出たり、Cコースで自力で日本基督教団の教職になる人が少しはいても、教職の再生産ということからすれば、この40年間圧倒的に東神大が優位に立ってきたのです。それにも拘わらず、日本基督教団の教勢のジリ貧傾向に歯止めがかけられないでいるという現実をどう批判的に捉えるのかということを全くしないで、自己正当化を貫いている東神大と現教団の執行部では、おそらく未来に繋がる道は拓けないと思われます。都市部の教会でもどこも信徒の高齢化という現状にあり、その高齢化の現状としっかり向かい合う教会の姿勢が確立できていないために、どうしていいか分からないというのが、正直なところではないかと思われます。私は、「時が良くても悪くても、御言葉を宣べ伝えなさい」という聖書の言葉に立つことしかないと思っています。それで歴史的な教会が衰退していくのであれば、その歴史的な教会の役割は終わったということで、聖書の御言葉=イエスの福音に触発されて新しいうねりが起こってくるに違いないと思うからです。そういう意味では、イエスの福音のインパクトに信頼していきたいと思っています。

・4月1日の月曜日には、私は国会前の座り込みに行きました。この日は私たちの座り込みを見て、沖縄の那覇にいらっしゃるという沖縄の方が、一時間以上私たちと話して行かれました。この方は、沖縄を、3.11以後の東電福島第一原発事故後の福島の人たちと同じように、日本政府と本土の日本人は、島津以来、利用するだけして切り捨て犠牲にしていくという現実を、厳しく私たちに語っていかれました。今度の政府による辺野古埋め立て申請にしても、辺野古漁協の同意を得たということは、漁協への金銭のばら撒きが予想されますし、この方は辺野古の500人住民に1億円出しても500億円、2億円出しても1000億円。今までのODA援助を考えれば、出来ないことはない。そうやって金をちらつかせて、民衆を分断し、政府の意志を通していくやり方は、本当に沖縄の民衆を馬鹿にしているとしか言えないと、怒りをあらわにしておられました。たとえ1億円もらったとしても、辺野古の住人の未来は悲惨になっていくのではないか。そういう意味では、本当に民衆の一人一人の命と生活を大切にする政治家がいないことは悲しい。政治家が守ろうとしていることは何か。自分か? 国家か?国家の何か? また、国会前に座り込みに来ている80歳過ぎの女性は、お父さんが軍人の方で、国会議員の中には元軍人の子どもが議員となって、この国会議事堂の中で威張っているのだと、目の前の国会議事堂を指さしておっしゃっていました。そういう人を選挙して国会議員に選ぶ「国民」がいるという現実も、ドイツでは考えられないことではないか。この国はどうなっているのかと、小さな細い体の芯から、その怒りをあらわにして、私におっしゃっていました。神さまから与えられた一人一人の命の輝きに土台を据えて、政治経済を含め、人間の言論行動のすべてを、そこから見定めて、自分のなすべきことをなしていく人との出会いには、に勇気づけられます。

・この週は、2日(火)は教区常置委員会に出席。3日(水)は一日鶴巻で客の若い一家族を迎えてお付き合い。6日(土)は個人的に家屋建築の起工式を頼まれて出かけました。裁判の方も控訴理由書案が弁護団から送られてきました。それなりに結構忙しくしています。