なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

使徒言行録による説教(21)

       使徒言行録による説教(21)使徒言行録5:33-42
              
使徒言行録によりますと、イエスの福音を宣べ伝えていたペトロをはじめ使徒たちは、大祭司らに捕らえられて牢に入れられましたが、その夜天使が牢の戸を開けて、彼らを外に連れ出して、このように使徒たちに命じました。「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆(民)に告げなさい」と(5:20)。その天使の命令に従って、再び神殿の境内で人々にイエスの福音を告げていた彼らのことを知って、神殿守衛長は下役を率いて出て行き、彼らを引き立てて、最高法院の中に立たせました。すると、大祭司が尋問して、「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている」(5:28)と言います。それに対して、ペトロと他の使徒たちは、このように答えたというのです。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手として、救い主として、御自分の右に上げられました。わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます」(5:29-32)と。

・以上が使徒言行録の前回の説教で触れたところです。さて、最高法院の尋問においても、イエスの復活の証言を堂々としているペテロらに対して、「これを聞いた者たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた」(5:33)と言われています。ここにおいて、大祭司をはじめとするユダヤの最高法院の議員たちは、使徒たちに対して怒り、殺意をもったというのです。怒りが殺意を生み出すということは、ここでの最高法院の議員たちだけではなく、あらゆる人間に問われている問題ではないかと思います。「とくに、真理に自らかかわる者と自負している者の怒りは、真理にそむくと断定された者に対しては殺意をも辞せず、むしろそれが当然であるとさえ考えるに至るのです。信仰の名のゆえに、いかに多くの殺人が行われたことでしょうか。そして、自らもまた『異端』に対してそれと同質の怒りの持ち主であることを自覚すべきでしょう。また、この種の怒りを結集した集団の決議や行為が、いかに恐るべき殺人や抹殺の可能性を他者に対して持っていることでしょうか。大祭司をはじめとするイスラエルの人の長老たちによって構成された議会の姿にわたしたちはその恐るべきものを見ますが、それと同質のものが今日のわたしたちの中に存在しないと言い切れるでしょうか」(小野一郎『説教者のための聖書講解から、使徒行伝』89頁より)。

・もちろん、怒りがすべて殺意に結びつくわけではありません。不正や差別を糺す怒りは、むしろ私たちには必要な怒りと言えるでしょう。今日の船越通信にも書きましたが、沖縄への差別に対する怒りは必要ですし、私たちの中ではむしろその怒りがなさすぎることが問題と言えるほどです。そのような怒りとは違って、大祭司らの殺意に結びつく怒りは、自分だけが正しいとする自己正当化、自己絶対化による自己防御からくるのではないでしょうか。

使徒言行録の今日の記事では、このような大祭司ら最高法院の議員たちの殺意に繋がる怒りの中で、一人の学識と良識を持って、彼らの怒りを鎮めている、「民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエル」という人物が登場してきます。彼は穏健な律法学者ヒレルの弟子であり、紀元25年から50年にかけて、エルサレムユダヤ教徒を指導した大人物と伝えられていますが、極めて適切な助言をこの場で行っています。ガマリエルがここで引き合いに出している、チウダとガリラヤのユダの事件は歴史的には年代が逆のようで、80年代に身を置いてこの使徒言行録を書いている著者ルカにとっては、この二人の事件はすでに遠い過去となっていましたので、その前後関係は余り問題ではなかったのでしょう。このガマリエルが語ったとされる言葉の中で、大祭司らの怒りを鎮めることになったのは、38節、39節の言葉です。そこをもう一度読んでみたいと思います。

・「そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ」。すると、「一同はこの意見に従い、(議会の外に出していた)使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した」(40節)というのです。

・このガマリエルのその学識と良識が、大祭司をはじめとする最高法院の議員であるユダヤの長老たちの怒りと殺意を鎮めたわけですから、彼の学識と良識は大変意味あるものであることに違いありません。けれども、41節、42節に記されています釈放されたペテロと使徒たちは、大祭司らともガマリエルとも違います。彼らは「イエスの名のために辱しめを受けるほどの者にされたことを喜び」、こりずに「最高法院を出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた」というのです。

・私たちは、今日の個所を通して、怒りと殺意に捕らえられている大祭司らと、学識と良識のガマリエルと、そして辱しめを受けてもイエスを信じて、その福音の喜びに生かされているペテロらという、三者三様の人間としての在り様を示されているように思われてなりません。そして、あなたはどうですか、と問いかけられているように思うのです。

・ここでのペテロら使徒たちにとっては、もはや恐怖もなく、打算もなく、ましてや自己保存の欲求もありません。イエスを信じて幼な子のように、囚われのない自由の中で生きていると言えるのではないでしょうか。それはルカの描いている理想的なイエスの弟子としての姿なのかもしれませんが、イエスを信じる者には、そのような幼な子のような自由さが与えられることは事実ではないかと思います。

・イエスの生前、イエスを師とし、その弟子として歩んでいたペテロは、「サタンよ退け。あなたは神のことを思わず、人のことを思っている」(マタイ16:23)とまでイエスに叱責されたことがありました。また、「たとい、みんなの者があなたに躓いても、わたしは決して躓きません」「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」(マタイ26:32,35)と言いながらも、イエスの十字架を前にして逃げ出してしまいました。「鶏が鳴く前に三度私を知らないと言うだろう」というイエスの言葉の通り、ペトロはイエスを裏切ってしまったのです。そのように自らの弱さと罪にうち負かされてしまったペテロが、「聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレムユダヤとサマリヤの全土、さらには地の果てまで、わたしの証人となるであろう」(使徒1:8)と復活の主イエスに言われた通りに、ここでは「辱しめを受けるほどの者にされたことを喜ぶ」人になっているのです。これもルカの描くペテロは理想化されたペテロであるかも知れませんが、ペトロの中に決定的な変化が起こったことは間違いないと思います。ルカの描く理想的で、英雄視されかねないペテロ像ではないとしても、ペトロの中に常に新しく聖霊による導きが与えられて、その都度その都度、イエスの故に「辱しめを受けるほどの者にされている喜び」に導かれて行ったのではないでしょうか。

・このことは、ペトロにとっても、また同じイエスを信じる者にとっても、「そうでなければならない」という律法主義的な現実なのではなく、その都度の恵みの受領によって私たち信仰者の中に起こる奇跡ではないでしょうか。そういう意味では、私たちは常にイエスを裏切ったペトロの弱さと罪を自分の中に抱えている生身の人間に過ぎません。信仰を与えられたからと言って、その生身の人間が完全に変えられて新しくなることは、この歴史を生きている限り、私たちにはありません。けれども、そのような弱さと罪を抱えている生身の私たちが、日々の現実の中で、イエスに出会い、神の霊を受けた時に、イエスを信じる者としての「辱しめを受けるほどの者にされている喜び」を与えられるのではないでしょうか。そのことの故に、私たち自身と日々の生を受け入れて生きていくことのできる者の幸いを思わずにはいられません。

・それは、大祭司らが自分を守るために、自分の立っているステイタス(地盤)を揺るがす人間に対しては怒り、ついには殺意を露わにする人の在り様とは、根本的に違います。また、学識と良識によって、バランスのよい生き方をしているガマリエルのような人の在り様とも違います。弱く罪深い一人の小さな人間にも拘わらず、そのようなわたしたち一人一人に太陽の日差しが注がれていて、死んだような者が神の命に生かされて生まれ変わって歩み出す、その実験へと日々招かれている、そのような日々古き己に死に、神にある新しい己に生まれ変わって生きていく者の在り様です。「望んでいる事柄を確信し、まだ見ていない事実を確認する信仰」(へブル11:1)による旅人・寄留者の生きざまと言ってもよいでしょう。そのことをあきらめないで追い求めて行く求道者の生きざまとも言えるかも知れません。私たちも、そのような信仰者の一人として、与えられた一日一日を生きていく者でありたと願います。