9年前の「黙想と祈りの夕べ通信(276)」復刻版を掲載します。
黙想と祈りの夕べ通信(276[-15]2005・1.9発行)復刻版
新年になり、みなさまいかがお過ごしでしょうか。ある方が「明けましておめでとうございますという
挨拶が白むような新年ですが、いかがお過ごしですか」と書いてきました。そんな感じが強くする新年の
年明けです。スマトラ沖の地震による津波の被害の大きさがはっきりするにつれて、自然災害の凄さに唖
然とさせられてしまいます。ちょうど10年前に起こった阪神淡路大震災が思い起こされます。死者の数
の多さや被害範囲の広さにおいては、はるかに今回のスマトラ沖地震による津波の被害は大きくありま
す。インド洋周辺の十数カ国に及び、今後の伝染病等の発生による二次被害も心配されています。前回の
通信にも書きましたように、このような災害救援に国際的な支援が十分に行われるような地球世界であっ
たらと思います。今回もそれなりに国際協力体制が組まれ、支援の手が差し伸べられるでしょう。しか
し、被災者の立場に立って十分に行われるかについては、少し不安です。
と言いますのは、現在の世界は国民国家を単位とした政治が行われていますが、それぞれの国におきま
して最も弱い立場の人々が最も保障されるような政治が行われているかと言いますと、決してそうではな
いからです。社会主義国家による計画経済が破綻し、資本制社会における自由主義経済が現在の世界の圧
倒的な主流になっている現状においては、資本を持つ一部の人間の意志がそれぞれの国の政治にも強く反
映しているからです。そのような資本を持つ一部の人間は、自分の立場を捨ててまで最も困っている人が
最も優遇される社会を築こうとはしません。慈善的な行為はするでしょう。その限りにおける支援はする
でしょうが、それを超えて、現在の国家体制を変えてまで、被災者の立場を第一に考える支援ができると
は思われません。阪神・淡路大震災の場合も、たとえば兵庫教区被災者生活支援・長田センターの活動報
告を読んでいても、あの大地震で被災した方々で地震が起きる前に生活していた所から、震災後親戚など
を頼って阪神地区を出て行った家族の方々がその後どうなっているのか。被災した人々、特に子供たちの
心のケアーがどうなっているのかという問題などには十分に行政も取り組めていないということがあると
言います。道路が修復したとか、倒壊した建物が新しく建って、外観上は以前の街が復興したように見
え、また行政はそれが復興という風に言おうとしているが、復興とはそんなもんではないのではないかと
いう問いかけがなされています。実際にそうだろうと思わされます。そういう被災者の立場に立った復興
ということを考えますと、今度のスマトラ沖地震の津波による被災に対する国際的な支援の質が問われる
ことになるでしょう。私はそのような被災者の立場に立った支援が行われるようになるには、それぞれの
国の政治がその国の中で最も弱い立場の人々を最も優遇するようにならなければならないと思います。そ
の意味で、たとえば寿地区活動委員会を通して寿地区センターの働きに関わっていても、野宿を強いられ
ている方々はもちろん、生活保護を受けている方々や心病む方々の作業所やグループホームへの行政の支
援が、国や地方財政の逼迫を理由に徐々に削られていくのを感じています。昔読んだ羽仁五郎の『都市の
論理』だったと思いますが、ルネッサンスでのイタリアのフィレンツエのような都市では、その町の中で
一番立派な建物は孤児院だったと言います。そこにはフレンツエの都市を作った人々の思想の現れが見ら
れ、一番不幸な孤児にこそ一番立派な環境を与えなければならないとうことなのでしょう。フィレンツエ
の都市を作った人々はどうだったのかはわかりませんが、原理的に考えれば、そういう思想をもった人々
であるとするならば、孤児を生み出す戦争をも否定するに違いありません。スマトラ沖地震の津波による
被災者への支援が被災者の立場に立ってなされるように祈ると共に、私たちは私たちのこの国にあって最
も弱い立場の方々が最も優遇される政治が行われる社会になるように働いていきたいと思います。