今日は大晦日です。この一年間みなさまこのブログを読んでくださり、ありがとうございました。新し
い年もよろしく。新しい年のみなさまの歩みの上に主の導きをお祈りいたします。
さて、今日も「黙想と祈りの夕べ通信(326)復刻版を掲載します。2005年12月クリスマスの
ものです。
黙想と祈りの夕べ通信(326[-13]2005・12.25発行)復刻版
クリスマスおめでとうございます。
私は最近2人の90代前半の方をお訪ねしました。それぞれ年を重ねることの厳しさを訴えられていまし
た。しかし、それぞれの個性は違いますが、一日一日の生きることに対する姿勢には共通するものを感じ
ました。それは、厳しくはあるでしょうが、前向きに与えられた日々を大切に歩む心構えがしっかりして
いるということです。それと関係しているのだと思いますが、お二人とも聖書をよく読んでいるというこ
とです。また自分勝手な祈りですがと、謙遜しておっしゃっていましたが、よく祈っておられるというこ
とです。私は人間には交わりの中で支えられる面と単独者として背負わなければならないその人固有の領
域があるように思っています。老いや死との向かい合いには単独者としての面が大きいように思われま
す。聖書を読み祈るということは、そのような老いとの向かい合いの中でも、人を人として立たせてくれ
るものがあるのではないでしょうか。
上記の私の発言に続いて、一人の方から以下の発言がありました。今年一年の最後の黙想と祈りの夕べ
だが、私のこの一年は辺野古で始まり辺野古で終わる一年だった。今日も国会前の座り込みに行って、帰
ってきたところだ。辺野古は人間の原点になっている。おじい、おばあのその人生を賭けた存在と生きた
言葉に触れ、辺野古に集まる若者たちが力をもらう。18日にあった第14回連続ティーチ・イン沖縄、基
地はいらない。「Marines Go Home~辺野古・梅香里・矢臼別~」に参加し映画を観た。画面に出てく
る辺野古での阻止行動はすごい闘いである。ヤグラでの防衛施設局側の業者と阻止する人たちとの闘いの
中で、非暴力の阻止者たちが前者による暴力に合っている映像を観て、改めてその厳しさを痛感させられ
た。沖縄の阻止者からは、この闘いに参加している若者の多くはヤマトンチューでウチナンチュウーがい
ないのは残念だという言葉がある。この阻止行動には世代を越えて一人一人が個人としてそれぞれの思い
で参加している。つながりも自由だ。そこで人が変えられる。映画を観た感想を、さっそく沖縄のT・E
さんにメールで送ったら、辺野古のテント村の人たちから私宛に寄せ書きのはがきが来た。その中に「国
会前で座り込んでいる人によろしく」と書いてあったので、今日はそれを見せに国会前に行ってきた。辺
野古のテント村にいる一人の青年がブログで現地からメッセージを送ってくれる。大きなうねりを起こす
会でもその青年にカンパしたことがある。そうすると、必ずお礼を丁寧に寄せてくれる。その青年のブロ
グで、自分は同性愛者だとカミングアウトした。今回辺野古に来る前に両親に打ち明け、辺野古に帰って
きた。そのことが辺野古の基地反対行動にマイナスにならなかと、ある人に打ち明けたら、もしそれで運
動がダメになるなら、この運動はそれまでのことだ、と言われて、カミングアウトできたと。辺野古のお
じい、おばあはこのように言っている。沖縄戦では10万人の人が死んだ。この辺野古に基地を作らせて、
この自然を守らなければ、今後の戦争で殺される人は10万人どころではない。沖縄も日本も滅んでしま
う。だから、自分は老いていていつ死ぬかわからないけれども、闘わなければならないと。宗教やセクト
に関係なく、一人一人が人間として、個人で立ちながら繋がっていく素晴らしさが、辺野古にはある。自
分もその繋がりを感謝している。
続いて別の方から、以下の発言がありました。私は今日の聖書(ルカ2:1-20)の羊飼いが野原でいるシ
ーンを思い浮かべていて、2年前に行ったバングラディシュのことを思い出した。夜鉄道での移動中、か
なり長い距離の間全く光が見えず、真っ暗だった。都市部に近づくまでは、電灯がないからである。暗闇
に目が慣れると、少しは見えるようになるが、その時暗闇の怖さを感じた。羊飼いたちの気持ちが少しは
分かるように思う。普段は光に慣れっこになっているので、かえって光の素晴らしさが分からなくなって
いる私たちではないか。暗闇の中で光の素晴らしさを感じた。話は違うが、テレビで熱帯雨林が消滅して
いく地域に住んでいる猿の生態を観た。そこの猿は木の高いところを飛び移りながら生活しているそう
で、仲間の中には上下関係もなく、喧嘩もしないという。なぜ平等なのかというと、貴重な木の実をひと
り占めにすると、絶滅してしまうことを本能的に知っているからだという。三匹が乗れて四匹だとその木
が倒れてしまう場合には、他の猿は待っていて、一匹が食べ終わってから、次の一匹がその木に飛び移
る。その猿たちはスキンシップを大事にしていて、いさかいになりそうなときには、肩に手を置くとかし
て、危機を回避するという。この猿の生態に人間も一緒に生きていくヒントがあるのではないかと思っ
た。