船越通信、№654 2025年2月23日(日)
16日(日)は礼拝後ガザ支援のスタンディングを京急田浦駅前で行ないました。前回(1月19日)は参加者4名でしたが、今回は8名でした。
この日は人通りが比較的多かったように思います。一度通り過ぎてからカンパして下さる方もありました。4人の女性が募金に協力してくれて、1,720円が集まりました。教会員の募金1,280円を合わせて、合計3,000円です。このシタンディングでのカンパは、アハリー・アラブ病院を支援する会に送っています。
ガザは現在停戦状態になっていますが、トランプが「アメリカがパレスチナ自治区ガザを掌握し、同地区のパレスチナ人住民はほかの場所へ再定住する。アメリカがガザを『所有し、責任を持つ」』」と発言し、波紋が広がっています。
停戦になって南部に避難していた人が前に住んでいた北部に帰る人もいるようですが、自分の住んでいた家も町も破壊されて瓦礫の山になっていて、テント生活を続けているということです。
イスラエルのガザ攻撃はジェノサイトだと言われていますが、ユダヤ人とパレスチナ人の共生の道が開かれるようにと願わずにおれません。
17日(月)は、基地・自衛隊小委員会(基地小)で出している通信の原稿を頼まれていましたので、その原稿を書いてメールで基地小の委員の方に送りました。
昨年9月16日(月・休)の敬老の日に神奈川教区のオリエンテーション委員会主催、基地小共催の「基地見学会」の原稿です。この基地見学会の参加者の感想は一人の方に頼んでいますので、私はこの日見学した厚木基地の現状と動向について、爆音訴訟調査研究センター発行の「厚木基地 現状と動向 2024」を参考にして書きました。その一部を下記に転載します。
「米海軍横須賀基地には昨年11月にロナルドレーガンに代わる原子力空母ジョージワシントンが配備されている。既に空母連絡機として配備されているCMVオスプレイは、厚木基地に飛来してきている。今後、オスプレイの厚木基地への飛来する頻度が高くなると思われる。
/横須賀基地に配備されている米空母は、これまで米国の戦争(湾岸戦争やイラク戦争)の先鞭を担い、艦載機が爆撃を行ってきた。多くの市民を殺傷し、市街地・生活基盤を破壊してきた。ま原子炉を搭載しているので、事故が起きれば関東一帯に被害が及ぶ。空母艦載機の事故や騒音被害も住民を苦しめている。
/その空母の存在を支えているのが、海軍航空施設としての厚木基地である。厚木基地がなければ、空母の母港化もない。戦闘機は岩国に移駐した後も、米軍第7艦隊のヘリ部隊を支える国内唯一の海軍航空基地として、厚木基地は機能している。
/厚木基地に配備されている米海軍ヘリコプターは空母艦載ヘリだけではない。米海軍横須賀基地に配備されている巡洋艦・駆逐艦に搭載されるヘリコプターの中にも厚木基地に配備されているものがある。その厚木基地のヘリコプター部隊が米海軍第7艦隊の作戦運用を支えているのである」。
そして最後にこのように訴えた。「沖縄に次ぐ第二の基地県と言われる神奈川県にある教会・伝道所にとっては、米軍基地や自衛隊の動きに無関心でいることは許されない。また、軍事力による問題解決ではなく、平和的な対話による問題解決をめざすことを求めている私たちは、日本にある米軍基地撤去を求めると共に、日本国憲法第9条に基づく自衛隊の縮小解体をめざしていかなければならないと思う。
そのためにも日本にある米軍基地の一つに過ぎない厚木基地ではあるが、その厚木基地の実態を少しでも知ることによって、基地の存在が人殺しをする戦争を前提にし、その戦争への備えであると共に、基地のある近隣住民にとって如何に危険であるかを良く理解し、「厚木基地の整理・縮小・返還を求め、空母の母港化を撤回し、軍事による安全保障から対話による外交に転換していく」ように、私たちは日本政府に求めていきたいと思う。
19日(水)午後4時半から高座渋谷教会で基地小の委員会があり、私も参加しました。今回の委員会の協議では主に三つ(・基地小通信について、・3月20日(木・休)開催の社会委員会主催「平和フェスタ」での基地小のブースについて、・新年度委員の補充について)話し合いました。
新年度委員の補充については、毎年苦慮しているところで、なかなか新しい委員になっていただける方がいません。特に教職の委員は以前三人いたのですが、今は私一人になっています。何とか新しい委員が加わるようにと願っています。
この日の基地小は午後6時過ぎに終わり、鶴巻に帰ったのは午後7時半近くになっていました。私はもう大分前から食事は朝遅めと夕方早めの一日二食にしています。夕方早めと言っても、午後5時過ぎです。基地小は午後4時半から始まりますので、その前に食べることは難しく、大体委員会が終わって家に帰ってからになります。7時半だと、何時もの食事時間からすると大分遅いので、それから準備すると更に遅くなります。この日は私の住んでいるマンションの前にコンビニがありますので、そこで買ったものを食べました。コンビニのものを食べたのは久しぶりでした。
20日(木)は何時ものように国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに行きました。この日は大変寒い日でしたので、防寒には万全の備えをして出かけました。そのために電車の中では少し汗ばんでしまいましたが、国会前では更にズボンの上に防寒ズボンをはいて座り込み、3時間近い座り込みの間中防寒はほぼ完ぺきにできました。
この日は、以前一緒に座り込んでいた方が、座り込んでいた私の所に寄ってくださり、ご自分が属しているグループの新聞や書籍などの読み物をくれましたので、私は座り込みながらそれらの文書に目を通していました。
この日は道路の石壁に貼っている私たちの横断幕やプラカードを見て、私たちの座り込みに関心を示す方が何人かいました。その中の若い方が、辺野古新基地建設反対の説明を書いたチラシかパンフレットがないかと尋ねられました。
最近はそのようなものを準備していませんので、その方に何も渡すことが出来ませんでした。連れ合いがいた時には、辺野古のヘリ基地反対協や名護市が発行している辺野古新基地建設反対のパンフレットを取り寄せて、国会前での座り込みの時にそれを希望する方には差し上げていたのを思い出しました。何か考えなければならないと思いました。
22日(土)は10:00から清水ヶ丘教会で神奈川教区総会がありました。総会については次回で触れたいと思います。