なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

降誕前第1主日(クリスマス礼拝)説教 「新しい創造」 ヘブル人への手紙1章1-6節

12月21日(日)降誕前第1主日(クリスマス礼拝)説教

 

注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しましょう。

(各自黙祷)

② 招きの言葉 「起きよ、光を放て。あなたを照らす光が昇り、主の栄光あなたの上に輝く。見よ、闇は地を覆い、暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で、主の栄光があなたの上に現れる。」       (イザヤ書60:1-2)

③ 讃 美 歌    175(わが心は)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-175.htm

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文   詩編2編1-12節(讃美歌交読文5頁)

⑥ 聖  書   ヘブル人への手紙1章1-6節(新約401頁)

⓻ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌   259(いそぎ来たて、主にある民)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-259.htm

⑨ 説  教  「新しい創造」     北村慈郎牧師

 

今日はイエスの誕生を祝うクリスマスの礼拝です。このように今年も共にクリスマスを祝うことができましたことを、まず最初に感謝したいと思います。

 

御存じのように私は9月以降、寿地区センターに日常的に関わるようになりました。主事が退任し、新しい主事を招くことがしばらく難しいので、寿地区センターを設置しています神奈川教区の委員会である寿地区活動委員会が寿地区センターの活動を担うことになり、その委員会の委員長として私が責任を負っているからです。

 

寿地区は東京の山野や大阪の釜ヶ崎と共に、寄せ場と言われている所です。かつては日雇い労働者の街でした。日雇い労働者は、早朝から仕事を求めて職安のある場所に集まって来て、職安から仕事を得るか、手配師と言われる私的な仕事をあっせんする人から求めるかして、その日の労働現場に行って仕事して、その日の賃金を得て生活している人々です。

 

しかし、現在寿にある職安は日雇い労働者に仕事を紹介することが出来ていません。その日の紹介する仕事があっても、数件しかないからです。日雇い労働の仕事は、今は職安を通してではなく、派遣会社を通してネットで募集されていて、寄せ場に集まらなくても、日雇い労働の仕事を見つけることができるからです。ですから寄せ場は、現在仕事を紹介する機能を失っているのです。

 

現在寿で生活している多くの方々は、生活保護を受けて生活しています。いろいろな病を抱える方も多く、また他の場所では生きづらい方が寿に来て生活しているケースも多くなっていると言われています。ですから現在の寿はデイケアサーヴィスや訪問看護ステーションのような事業所やいろいろな障がいを持った方の作業所が多くなっています。その意味で現在の寿は福祉の街になっていると言われています。

 

以前にもこの説教で紹介したことがありますが、関西にも釜ヶ崎で寿地区センターが担っている働きをしていて、それを支えるグループがあります。関西労働者伝道委員会です。

 

私の支援会でもう大分前に開催しました東京と大阪の出前集会の報告を中心に通信第20号を出しています。その中で隠退牧師の村山盛忠先生の講演の記録が掲載されています。

 

村山先生はその講演の最後で、「今日の教会(教団)の宣教の課題」を問題にしていますが、そこで、村山先生は日本基督教団の戦時下の戦争協力に触れて、「教団、教会の現状を振り返るとき、教会の信仰が決定的に欠落していると考えている」とおっしゃっています。

 

そして、<歴史的にキリスト教が日本に入ってきたとき、個の自覚に目覚めたことは事実でしょう。伝統的に家族制度に縛られ、地域や風習に縛られてきたわれわれにとって、当時も現在も、個の自覚を確立するということは必要条件です。福音の根幹にかかわる問題でもあります。

 

しかし教会の戦争責任の問題に関して、教会は「教会の信仰」を発言しなかった、またできなかった>と。

 

そして現在の教団や教会の課題として、<教団の戦争責任問題と真摯に向き合い教会の信仰を生み出す課題があると思っています>と言って、このようにお話しされています。

 

歴史的なキリスト教に制度的な教会と別の運動として修道院運動があったように、現在の教会にも制度的な教会の他にもう一つのムーブメントが必要であり、そういうムーブメントはいろいろなところに生まれているのではないか。

 

関西労働者伝道委員会(関西労伝)もその一つで、各地に生まれている制度的な教会とはちがった教会のもう一つのムーブメントを繋げていく必要があるのではと、提言されています。

 

そして関西労伝が以前に出した60年史『イエスが渡すあなたへのバトン』発刊を覚えて行われた関西労伝の年次報告会で話された、当時の専従者の大谷隆夫さんの発言を紹介し、それが私たちの共通の課題ではないかとおっしゃっています。

 

大谷さんは、60年史に寄稿している犬養光弘さんの文章の中にある一文を引用して、「『関西労伝』の存在意味は、消される側に立ち続けて、国や資本に抵抗し続けることにあると、ますます思う」とおっしゃったというのです。

 

国や資本によって消される側に立ち続けて、国や資本に抵抗し続けることこそ、現代の教会の宣教の課題ではないかというのです。

 

そしてそれはイエスのめざしたことであり、その課題を引き継ぐことは、『イエスが渡すあなたへのバトン』ではないかと言うのです。イエスは当時のローマ帝国が支配していたユダヤの国で、国や資本=(すなわち)お金で消される人びとの側に立って、それらの力に最後まで抵抗して、十字架の人となったのです。

 

ただイエスは政治的に国や資本に抵抗したのではありません。苦しむ人、傷ついている人、悲しんでいる人の友となって、そのような人々を、一人の大切な尊厳を持った友人として、彼ら彼女らと共に生きられただけなのです。

 

それが結果的に国や資本の力を絶対化することなく、またユダヤ教国家という宗教国家と言える、当時のユダヤの国の支配宗教としてのユダヤ教も絶対化することなく、人びとに絶対的な力として迫って来る国もお金も宗教にも抗って、神によって与えられた一人一人の命の尊厳を何よりも大切にされたのです。

 

クリスマスは、そのようなイエスの誕生を祝う時です。私たちの実感では、今の世界の状況は、そのクリスマスにふさわしくない状況にますますなっていくように感じられるかも知れません。もしそうであるとするならば、私たちは、今ここで、イエスの誕生を祝うクリスマスを心から祝わなければならないのではないでしょうか。

 

イエスの誕生を祝い、喜び、「イエスが渡すあなたへのバトン」を受け取って、イエスと共に、イエスが何よりも大切にされた一人一人の命の尊厳を、特に今も国や資本によって消されて行こうとしている人々の側に立って、大切にしていかなければならないのではないでしょか。

 

先程司会者に読んでいただいたヘブライ人への手紙1章1~6節は、クリスマスの聖書日課の一つです。ここには、「神は御子イエスによって語られた」ということが記されています。

 

<神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られましたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました>(1:1,2)。

 

御子イエスによって語られた神は、御子イエスによって新しい世界創造をされたというのです。この新しい世界創造は、神の国と言い換えてもよいでしょう。そのことを信仰によって望み、その見えない事実を信仰によって確認するのだと、この著者は言うのです。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(11:1)。

 

また、この著者は、11章でその信仰の証人である旧約聖書のさまざまな人物を挙げた上で、12章1節以下でこのように語っています。<こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分の定められている競争を忍耐強く走り抜こうではありませんか。信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら>(12:1,2)と。

 

<すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて>とは、私たちにとっては<国や資本の力に絡め取られることなく>、<自分の定められている競争を忍耐強く走り抜こうではありませんか。信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら>と言い換えてもいいでしょう。

 

クリスマスにふさわしくないこの現代の世界の状況において、イエスにある私たちの望みを捨てずに、自分の与えられた場で、様々な人との関係を引き受けて、一人一人が神によって与えられている尊厳を大切に生きていくことができるように力を注いでいきたいと思います。

 

主がそのように私たち一人一人を導いて下さいますように!

 

 祈ります。

 

  • 神さま、今日も礼拝を行うことができ、この礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。
  • 神さま、今年も主イエスの誕生を祝うことができますことを、心から感謝いたします。イエスがわたしたちに渡してくださっているバトンをしっかり受け止めて、私たちが生きていけますようにお導きください。
  • 主イエスと共に平和と和解の道を生きることができますように。
  • 今苦しみと不安の中にある者に、慰めと平安をお与え下さい。戦争や貧困や差別によって苦しむ者を支えて下さい。正義と平和と喜びである神の支配する神の国が到来しますように。
  • 今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。
  • 新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。
  • この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

 

⑩ 讃 美 歌   245(世の成らぬさきに)

https://ss627798.stars.ne.jp/sanbika21/Lyric/21-245.htm

⑪ 讃 美 歌   81(主の食卓を囲み 1、2節)

https://www.youtube.com/watch?v=9cZlpFXQI90

  •  聖 餐 式

⑬ 讃 美 歌   81(主の食卓を囲み、3節)

https://www.youtube.com/watch?v=9cZlpFXQI90

 

  •  献  金

⑮ 頌  栄  28                                                        

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑯ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑰ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。