なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

悪人の滅び

詩編92編には悪(人)について書かれています。例えば、「主よ、あなたに敵対する者は、必ずあなたに敵対する者は、必ず滅び悪を行う者は皆、散らされて行きます」(10節)。「神に逆らう者が野の草のように茂り悪を行う者が皆、花を咲かせるように見えても/永遠に滅ぼされてしまいます」(8節)。
 
そして神に従う人の幸いが歌われます。有名な言葉です。「神に従う人はなつめやしのように茂り/レバノンの杉のようにそびえます。/主の家に植えられ/わたしたちの神の庭に茂ります。/白髪になってもなお実を結び/命に溢れ、いきいきとし」(13-15節)。
 
このような聖書の言葉を読みますと、悪や悪人の存在が究極的には滅亡すると言われています。反対に神に従う人は命に溢れると。このような聖書の記述を、私たち信仰者は自分は神に従う人だから後者に属すると読むのは、短絡した読み方ではないかと思います。
 
神に従う人がいるとすれば、イエスさま以外にはいないのではないかと、私は思っています。どんなに立派な信仰者であっても、私たちの中には神に従う自分と神に逆らう自分が混在しているように思います。もしかしたら、イエスさまも私たちと同じだったかもしれません。
 
ただ神によって悪や悪人が滅ぼされるということに、悪や悪人を内に抱え持っている私たちにとっての希望があるのではないでしょうか。
 
悪や悪人がうじゃうじゃしていて、神に従う人はどこにいるかわからないような現実の世界に生きる私たちは、神の可能性を信じ、神に従って生きる道に希望を見出し、それぞれの場で志を同じくする人びとと連帯して生きていくことではないでしょうか。