黙想と祈りの夕べ通信(438)復刻版を掲載します。2008年2月のものです。
黙想と祈りの夕べ通信(438[-18]2008・2・17発行)復刻版
私の教師退任勧告のことでいろいろな方からお手紙をいただいていますが、以前当紅葉坂教会で青年時代一緒
に過ごしたUさんから先日手紙をいただきました。彼は東大の医学部の3年になった直後に東京神学大学の寮に入
り、東京神学大学3年に編入しました。その時は中華街の手前に産婦人科の医院を開業していた彼のお母さんか
ら呼び出され、いろいろ彼のことを聞かれました。突然の彼の転進にお母さんはびっくりしたのではないかと思
います。私は彼より一年遅れて東京神学大学の学部1年に入学しましたので、神学校では3年間一緒だったことに
なります。まだ神学校の校舎や学生寮が井の頭公園から少し入ったところの牟礼というところにあった頃です。
私が神学校を出た後に東神大闘争が起こり、万博や教師検定問題が続き、日本基督教団の諸教会は状況から厳し
い問いかけを受けました。その頃から日本基督教団の教会、信徒・教職の中には信仰理解、聖書理解、教会理解
を大きく異にする立場がはっきりと分かれるようになります。以前聖餐のことでKさんから学びましたが、Kさん
は教会について二つの異なる考え方があるということを言われました。一つは伝統的な考え方で、神―教会―世
界というもの、もう一つはミッシオ・デイ(神の宣教)という考え方で、それによると神―世界―教会となると
いうのです。前者では神の宣教は教会を通して世界にもたらされるとなりますし、後者では神の宣教は世界に先
行し、それに教会は参与するということになります。私が東神大問題や70年の経験を通して学んだことは、日本
の資本制社会を補完するイデオロギーに等しいキリスト教の批判がどのように可能かということでした。イエス
の生き様に注目したのは、イエスの生き様の中には神信仰がイデオロギーとはならない救いと解放の命に満ちて
いるからです。Uさんは神―教会―世界という構造で考えていますので、私とは並行線です。若い時には一緒に活
動しましたが、約半世紀の時間によってお互いの進む道が随分違っているなあーと、お手紙を読みながら感じさ
せられました。
上記の私の発言に続いて、一人の方からの発言がありました。先日不登校、広汎性発達障碍の子どもたちが通
うある学園が開いた教育シンポジウムに出席した。保健室や養護学校のカウンセラーを経験された講師の基調講
演があった。その方が関わったケースで自閉の娘とその母親の話でした。自閉症のその娘は生まれた時から抱か
れることも、関わりを持たれるのを嫌う子で母親は小さいときから自分が拒否されていると思って悩んでいた。
子供のほうもそのような自分が母親を悲しませていることに悩んでいたという。
まるでその子を他の星の国から来た子のように思え悩んでいた時期がずっと続いていたようだ。そしてカウンセ
リングを受けその子が18歳になったころ母親から一通の手紙をもらったという。そこには「先生ありがとうござ
いました。やっと子どもの声を聞ける耳を持つことができました。」とあったそうです。それまでは愛そうと自
分の思いで触れようとすればするほど関係が悪くなる。しかし子どものほうの声を聞く姿勢を持てることで関係
は変わったようです。この人のお話を聞いて、神さまのことも同じではないかと思った。神さまも私たちには異
星人かもしれない。神から聞くということがないと、自分の思い込みだけで神に近づいているだけで、本当には
神さまのことを理解していないのかもしれない。こうした黙想と祈りの時にも、自分がどれだけ神からの声を聞
こうとしているのか考えさせられる。神との関係においても、人間関係においても、聞くことの大切さを改めて
考えさせられた。
また、別の人の発言がありました。昨日のことである。去年の早い時期からかもん山公園の花咲町側に出てい
る湧き水で、洗濯をし、御所山公園にその洗濯物を干して乾かして帰るおじさんがいる。私はいつも何か温かい
ものでも差し上げたいと思っていた。たまたま昨日は伊予柑を沢山買い、その人がいたので、あげようとした。
するとその人から早く行けと怒られてしまった。去年は偽者が話題になったが、私もこのおじさんにとっては偽
者なのかと思って帰ってきた。一方的な行為が相手に通じるのは難しいことだとしみじみと思わされた。
「生活の指標」 2月17日
食卓は、人々が、共にいてくつろげる場所ですが、よそよそしさや、敵意や、憎しみすら感じる場となりやすい
こともまた、私たちの誰もが知っていることです。人々が親しく、くつろぐためにあるという、まさにその理由
のために、食卓は、私たちがそこでくつろぎが欠けていることを経験する場所ともなりやすいのです。食卓はま
た、私たちの内にある緊張を明らかにします。夫婦が互いに口を開こうとしない時、また子どもが食事をしよう
としない時、兄弟姉妹が口げんかをする時、重苦しい沈黙が覆う時、食卓は地獄となり、一番近づきたくない場
所となってしまいます。食卓は、家族生活の、またコミュニティーとしての生活のバロメーターです。食卓がと
もにいてくつろげることを喜べる場所となるように、出来るだけのことをしようではありませんか。
(ヘンリ・J・M・ナウエン『今日のパン、明日の糧』より)