なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(432)

       船越通信、№432     2019年10月20日  北村慈郎

  • 13日の日曜日は台風19号の影響で、10時半からの礼拝がいつものように行うことが出来るか心配していましたが、朝にはもう風も雨もなく、日が昇るに従って台風一過の晴天になっていました。問題は交通機関ですが、10時15分過ぎに2階の牧師館から礼拝堂に行きましたら、交通機関を使って船越教会に来るAさんもいらしていましたので、「京急は動いていたのですか」と言いましたら、「バスで来た」とおっしゃいました。いつもより少人数での礼拝かと思っていました、蓋と明けたら、私を入れて12名の出席があり、礼拝には台風の影響はほとんどありませんでした。教会によっては、何時もの時間の礼拝と午後遅めにもう一度礼拝をしたという所もあったようです。船越教会の礼拝は、その日東京から来られたIさんが定刻の礼拝開始時間には間に合いませんでしたが、他の方々は10時半には礼拝堂にいらっしゃいました。
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  • この日もいつものように礼拝を終えて、残れる人でお茶を飲みながら懇談の時を持ち、その後10月役員会を行いました。報告の中で「土砂災害防止法に基づく基礎調査結果説明会」に参加してくださったHさんからその報告がありました。Hさんによれば、「県横須賀土木事務所員に亀裂について相談したところ、急傾斜指定地域ではないが、上に民家があり対象工事になる可能性はある」ということなので、今後必要な調査をした上で、その可能性を探ることにしました。また、協議の中では、船越教会の今後について皆で考えるために、先ず役員一人一人がどう考えているかについて次月役員会で出し合って、全体での話し合いの準備をしていくことになりました。また川崎戸手教会の新会堂建築献金に船越教会としても献金することにしました。役員会は午後2時半ごろ終わりました。
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  • 川崎戸手教会の新会堂建築献金については、私も連れ合いと連名で個人的に献金しましたが、皆さんの中でもご協力いただけるか方はよろしくお願いいたします。下記に上記献金のお願いの趣意書の中にある関田寛雄先生の「川崎戸手教会の新しい出発のために」の全文と振込先を記しておきます。
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  • ≪主の平安をお祈りいたします。/川崎戸手教会の新会堂建築についてのお願いにありまあすように、川崎戸手教会は新しい出発を主によって促されています。当初、河川敷の旧金萬守宅に礼拝のために移動することについて、率直に申して教会員の賛同は得られませんでした。河川敷は官有地でありますから当然のことでした。しかし戦争中に強制連行されて来た朝鮮人労働者が、戦後、解放されるや放ったらかしの状態になり、やむなく生活の場を求めて河川敷に集まってきた方々を思う時、国の法律を尊重しつつも、キリストの教会としては「あなたの隣人を愛しなさい」との主の言葉に促されつつ、「不法占拠」という烙印を負う方々のもとへと赴かざるを得ませんでした。不思議な主の導きによりヨルダン寮での礼拝に全員が賛同することになり、かくて35年が経過いたしました。/河川敷住民の新しい環境へ移動を見届けた今、川崎戸手教会は新しい出発を求められています。しかし開拓以来の使命は一貫しています。それはいうまでもなく「和解の任務」(Ⅱコリント5章18節)であります。今日、陰惨な形で広がる川崎におけるヘイトスピーチの嵐は、改めて日本と朝鮮との和解と共生の福音によって乗り越えねばなりません。万人の救いのために十字架を負わされたイエス・キリストの歩みに従うべく備えております川崎戸手教会の宣教の拠点構築のために、何卒よろしく御協力をお願い申し上げます。≫
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  • 郵便振替・・・口座番号:00250-7-89779 名義:川崎戸手教会会堂建築献金
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  • 役員の皆さんが帰った後、次週の準備をしていましたら、電話が鳴り、受話器を取りましたら、宮崎にいる以前に船越教会も牧会された故木村武志牧師のお連れ合いのEさんからでした。「台風19号の影響を船越教会が受けているのではないか」と心配して、Eさんは電話をして下さったようです。「お陰様で今回の19号も、前回の15号も船越教会は何も被害は受けていない」と、Eさんには申し上げて、安心していただきました。電話で最近のEさんの様子を伺いましたが、加齢により体力の衰えは感じておられるようですが、宮崎の教会の牧師や周りの人に支えられて、比較的お元気にしておられるようです。実は木村武志牧師と私とは東京神学校の同級生で、武志君とは親しい間柄でしたので、Eさんについても、二人の結婚前後から私は知っていましたので、電話で昔話に花が咲きました。相当長い電話になりましたが、最後の挨拶をして電話を切りました。その後午後3時半過ぎに私は船越教会を出て、鶴巻に向かいました。
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  • 14日(月)は休日でしたが、午後連れ合いの友人が3人鶴巻に来てくれて、夜まで話が尽きず、午後10頃帰って行きました。連れ合いは化学療法室での抗がん剤治療から3週間目に入っていましたので、この日も比較的元気に最後までお付き合いしていました。16日(水)は久しぶりに連れ合いと小田原湯本まで外出してきました。
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  • 18日(金)は午後6時半から寿地区活動委員会が寿地区センターでありましたので、私は午後4時半過ぎに鶴巻を出て、寿地区センターに向かいました。その前に11月9日開催の教区宣教方策会議に出す2020年度の活動計画の文案を用意し、委員会で予算と共に検討し、教区に提出する寿地区活動委員会の「2020年度活動計画及び予算」を完成しました。この日の委員会では諸報告と共にその他「クリスマス献金ポスター」を確認し、今後の寿地区センターのあり方について協議するために、現在主事の三森さんが担っている仕事を洗い出してもらい、センターの働きの現状を委員全体で認識する機会を持ちました。