なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

nomame24さんへの応答

nomame24さんへの応答

 

いつも「船越通信」で私が戒規免職問題との関連で日本基督教団批判を書きますと、それに対する批判的応答を寄せてくださり、ありがとうございます。一度あなたの批判への私の応答をこのブログに掲載しましたが、前回はスルーしました。今回もスルーしようと思いましたが、考え直して、あなたの批判に一点だけ応えなければと思い、筆を執りました。

 

あなたは船越通信№682の私の日本基督教団批判に対して、以下のように批判しておられます

 

「ブログを拝見しました。そこにあるのは先生自身の痛みであり怒りであることはよくわかります。ただ、それを「日本基督教団は和解と平和を創り出せない」といった大きな断定へとすり替えてしまうのは、論理の飛躍にほかならないかと…。言ってみれば、個人的な傷を教団全体に投影しているだけではないでしょうか。
現実の教団諸教会は、泥臭くても、ぎこちなくても、礼拝を守り、地域に仕え、災害支援に関わり、福祉や教育の現場に出て行っています。そこには、たしかに「和解と平和」を実際に模索する歩みがあります。それを「まだまだ先のようだ」と切り捨てるのは、先生ご自身の傷の延長線上から見ているにすぎないでしょうか。」

 

このあなたの私への批判については、全体教会としての日本基督教団日本基督教団に属す教区や個別の教会・伝道所とを、私は一応区別して考えていることをお伝えしておきます。

現在の日本基督教団は、意見を異にする者同士の対話は成立せず、常議員の全数連記によって一部の立場の人たちの考えによって運営されています。少数の意見にある真理性が数の暴力によって踏みにじられているのが現在の日本基督教団です。私の戒規免職問題は、多数とはいえ日本基督教団の一部の人たちによって行われているそのような教団政治の結果起きたものだと、私は思っています。そういう教団政治を正統性を自任して行なっている現在の日本基督教団には希望がないと、私は言っているだけで、教区や各個教会・伝道所、信徒・教職の方々すべてに希望がないと言っているわけではありません。

そのことだけは言っておかなければと思いましたので、応答の形で記しました。

あなたの健康とお働きの上に主の支えをお祈りいたします。

 

                   9月23日  北 村 慈 郎