なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信、№689

※今週は火曜日から金曜日まで寿に行きましたので、船越通信の掲載が遅れてしまいました。たまたま11月のこの時期、学校関係の収穫感謝祭の捧げ物があり、それを寿の炊き出しのために寿地区センターに献品をしてくださるのです。今週も寿地区センターと共に炊き出しの実行委員会を構成しています寿日雇労働者組合のKさんと私とで、2校に受け取りに行き、2校からは直接寿地区センターに届けていただき、私が対応しました。その献品の中には野菜とお米と調味料などがあり、特にお米は最近高くなっていますので、助かっています。ということで船越通信の掲載が遅れました。今週こんなに忙しくて、23日(日)の船越教会での説教は大丈夫かと危惧される方もいらっしゃるかもしれませんが、神のお導きというか、23日(日)の説教は神学生の実習で神学生が担当することになっています。感謝。

 

船越通信、№689  2025年11月16日(日)  

 

今回はまず、前週の私の説教をブログにあげたところ、時々コメントを下さる方か ら質問がありましたので、その質問への応答を記しておきます。

 

一つ目の質問は、「まず、ネパールの方のカレー提供が今年『できない』という一点の事実から、参政党の掲げる「日本人ファースト」という排外主義が、私たちの中に浸透してきているとまで結論づけておられますが、そこまで言い切るだけの具体的根拠は、実際どの程度あるのでしょうか」です。

 

応答:参政党が過日の参議院選挙で選挙期間の間、YouyubeチャンネルやSNSで、繰り返し外国人「問題」(カッコつき)を取り上げて、悪意あるデマ情報によって、あたかも外国人の存在が、日本人の安全な生活を脅かしているという印象を広めたことは事実だと思います。

 

つい先日私の所に送られてきた「キリスト教女性センターニュースレター」(通巻111号、2025・11・7発行)に、あきやまあやこさんという方が、「2025参議院選後の日本の空気」について書いています。そのなかであきやまあやこさんはこのように書いています。「これまで、国政選挙がある度に、『どうせまた何も変わらない』という半ば諦めの気持ちで、それでも平和や少数者の権利を大事にしてくれそうな候補者に票を投じてきたけれど、今回の参院選では、なんとも言えない、これまでには感じたことのない背筋の寒さを覚えた。参政党という、近年乱立する新興政党のひとつが、公然と外国人排斥を公約に掲げ、支持を集め、結果的に14議席も獲得し、大躍進を遂げたからだ。日本に暮らす外国籍あるいは外国にルーツを持っている人たちはどれほど不安を感じていることだろうかと思う。参政党そのものよりも、参政党がつくり出した世の中の空気に対してだ」と。

 

このあきやまあやこさんが言われるような状況があるからこそ、私は今年の越冬の炊き出しはできないとネパール人の方は決断しのだと思いました。

 

二つ目は、私が説教で「『民族国家の分断を前提に、軍備増強に力を入れている今の政府』と総括し、…・・その政府に『抗って』、憲法9条に基づく世界平和を、話し合いによってつくり出していくように声を上げ続ける」と語ったことへの問いです。

 

この方は、「ここまで来ると、少なくとも聞き手には『キリスト者=9条擁護運動のアクター』という図式が、ほぼ自明の前提として提示されているように響きます。しかし、キリスト者が何より優先すべきは、『憲法9条』そのものではなく、聖書において証しされているキリストの平和そのものではないでしょうか」と言われます。

 

しかし、私がこのように語ったのは、この日のテキストである「敵を愛しなさい」というイエスの教えとの関連からです。イエスの「敵を愛しなさい」という教えには、民族国家による分断を超えて全ての人が神の慈しみの下にあるという神の真実が前提にされているということを、私は説教で強調しました。

 

そのような神の真実の下で共に生きている者たちは、「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」というイザヤ書の言葉がふさわしいのではないでしょうか。

 

「聖書に記されているキリストの平和」とは、具体的にどのような平和なのでしょうか。

 

以上が私の応答です。           

 

9日(日)は礼拝後直ぐに散会しましたが、MさんとNさんのお二人は教会に残って、先週の日曜日にPC有償譲渡会で購入した教会のパソコンを設定してくださいました。

 

私はこの日娘と待ち合わせして、寿地区センターに行って、センターニュースの宛先のラベルを作ることにしていましたので、まだお二人は作業を続けていましたが、午後1時には船越教会を出て寿地区センターに行きました。

 

センターで2時間半ほど作業をして、クリックポスト以外のラベルを作成しました。その作業が終わったのが午後5時ごろでしたので、以前時々食べに行っていた中華街の入り口にある東光飯店で娘と食事をしてから、JR石川町に戻って、横浜で娘と別れて、一人で鶴巻に帰りました。

 

10日(月)は、日曜日船越教会から帰る時に教会に手帳を置いてきてしまったので、手帳がないと、このところ寿地区センターのこともあり、予定が分らないと困るので、午前中に船越教会に行き手帳を持ってきました。お昼過ぎに鶴巻に帰って来ましたが、その途中今度は眼鏡を船越教会に置いて来たことに気づきました。

 

もうひとつのメガネがあるので、それで何とか一週間間に合わせようと思いましたが、どうもその眼鏡では落ち着かなく、11日(火)寿地区センターに行く前に船越教会に行き、眼鏡をとって来ました。

 

このところ、こういううっかりが時々あり、自らの老いを意識せざるを得ませんが、もう少し健康が与えられて、後の方にバトンタッチできるまで頑張れればと思っています。

 

この日は少し早めに寿地区センターを出て、鶴巻に帰り、午後6時からのZoomによる常置委員会に参加しました。常置委員会は2時間ほどで終わりました。

 

12日(水)も寿地区センターに行きました。この日はメールで北海道余市の「いのちの園」から炊き出し用の野菜が、12:00-1400に届くと連絡がありましたので、そのつもりで10時にセンターに行きましたが、既に他の荷物と一緒にいのちの園からの荷物も届いていました。

 

10時に事務の方も来ましたので、事務の方に荷物を開けて何が入っているか確認してもらいました。すると立派なかぼちゃ九つと梅干の入った瓶が一つ入っていました。それらは他の炊き出し用の他の荷物と一緒に、寿の炊き出しを中心になって行なっている寿日雇労働者組合のある生活館の2階に事務の方と一緒に届けました。

 

14日(金)の炊き出しにも私は朝早くから参加しましたが、その炊き出しの切込みの時にいのちの園からのかぼちゃを3人の方と一緒に切り込みました。いのちの園からの荷物に同封されていました、いのちの園発行の「大地にて」(収穫感謝号 2025年秋)の一面には「いのちの園」と題してこのように記されています。

 

「この星には、いろいろな種類のいのちが生きています。その存在のひとつひとつが、お互いを認識する・しないに関わらず作用し合っていて、人間にとって必要や不必要だけでその存在の意味のあるなしを推し量ることはできません。私たちは、農園・音楽・体験を通して、全てのいのちが何からも脅かされることなく、いきいきと生きることができるように、ひとつひとつのいのちといのちとの関わり合いを深く見つめながら、穏やかで調和の取れた世界を作りたいと心から願っています」。感激