なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

マルコ福音書による説教(19)

マルコ福音書による説教(19) マルコによる福音書5:25~34
                      
     このところは、21-43節までが一つの段落になっています 。全体として、「病と死を支配するイエスの権威」について述べられています。ヤイロ(会堂司)の娘~死んでしまった~の癒しと、12年間も長血を患っていた女の癒しとからなっています。マルコがよく使う仕方ですが、ヤイロの娘の物語が前半と後半に分けられ、その間に長血の女の物語が、ちょうどサンドイッチのように挟まれているわけです。
     今日は25-34節を中心に考えてみたいと思います。25節に「さて、ここに、十二年間も出血の止まらない女がいた」とあります。12年間も一つの病に苦しまされている人が、どんな思いをもっているものかは、健康な者には中々分からないことです。この女の人は、26節をみますと、「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果しても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった」と言われているのです。病気のために絶望的な状態に置かれている人間として、この女はここに登場しているのです。
     エスの時代の人々にとっては、病は汚れとも考えられていました。12年間も肉体の苦痛に、更にこの女に触れた人は誰でも汚れるのだと、信じられていたのですから(レビ記15:25以下) 、肉親とか、ごく限られた人以外には彼女に近づく人もいなかったにちがいありません。そういう人間関係も断たれ、孤立することも、人間には大きな苦痛であります。以前親しかった友人も、自分が病気になると同時に、別人のような振る舞いをするようになるということを、想像しただけでも、病人の立場がどんなにつらいものであるかが分かるでしょう。2章で、中風の者を四人の人が運んできたとありますが、この人たちの行為は、当時としては非常識であったでしょう。ですから、イエスの時代のこの女は、長血を患うことにより、二重の苦しみを身に負わされたのです。肉体的苦痛と汚れた者というレッテルはられたために社会的苦痛とです。幸い今日の私達は、科学的な見方をしますから、病気が汚れであると考え方はしないでしょう。まだ古い因習が残っている地方ではどうかわかりませんが、少なくとも、ここに集まっている私達は、病気の原因はいろいろな細菌によってなるということ、或は、その人の精神的状態(肉体が密接に関係している)にあるという風に考えます。しかし、病気との闘いは本質的に今も昔も変わりません。12年間病んだ女の苦しみと長年ガンと闘っている者の苦しみは、本質的な違いはないと思います。
     病気の人はどのような状態に立たされるのでしょうか。H.C.ピ-パ-という人が書いた本があります。『病気になったとき』という本です。その中でピ-パ-はこのように述べています。
     「わたしたちが、自分が病気だったときには、その体験がどんなだったかを、お互いに思い出して話し合うなら、肉体的な機能の障害と回復だけが重要ではないということがはっきり判明するだろう。長い時間を病床に「放って」おかれたら、わたしたちは病気を持っているだけでなく、わたしたちが病気である。わたしたちの現存在全部がそれに襲われ、われわれの実存全部が「病気にされて」いるのだ」。
     病気に襲われたとき、その人間が持つ「根本感情は、なにか腎臓とか心臓とかが故障しているだけでなくて、われわれ自身が故障しているということである」というのであります。病める者の置かれた状況を、この言葉は的確に指摘していると思います。病気の人を襲う不安は、「わたしはもう何の役にも立たないのではないか」というものではないでしょうか。それは、健康なときにもしばしばわたしたちを襲う不安でありますが、より鋭い形で病気の人を襲うのであります。わたしたちが生きています現実社会は、強者が中心でありますから、行動力のある人間が尊敬され、この世から報われますが、そうでない人間は、病気のために自分からは何も出来ず、人の助けを受けなければならない者には殆ど関心がはらわれません。行動力がゼロに等しい病人は、やっかいがられ、忘れられていくのです。病人を襲う不安は、肉体的苦痛もさることながら、そういう自分の存在全体をおおう不安なのではないでしょうか。普通病人が切実な思いで健康回復を願うのは、再び健康になって、強者としてみんなに認められたいという思い、それが不安を解消する唯一の道であるという認識から来ているのではないか。
     しかし、聖書に出てくる12年間もの長い間、あらゆる努力の甲斐もなく、医者から完全に見捨てられ、持っていた財産も失ってしまった女のような場合、「自分は何の役にも立たないのではないか」とか、「わたしはもうなんの値打ちもないのではないか」という問いから、更に、そもそも人間とは何か、人間は本来何によって生きるのかという、より深い問いへと導かれてゆくのではないでしょうか。
     私には、この女が「イエスのことを聞いて、群衆の中にまぎれ込み、うしろから、イエスの服に触れて」、自分の健康を回復した時、これからは、みなと同じように、生きてやるのだ、という思い上がった気持ちはなかったように思えてなりません。女がイエスに近づいて行ったとき、12年間の長い病いによって、医者からも見捨てられ、財産も失い、おそらく周囲の人からも見捨てられていたであろう女は、また再び失望を味わうことを覚悟して、病気治癒者としてのイエスに接近していったのでありましょうか。違うように思います。「イエスのことを聞いた」とき、女は今までの医者とは全く違うイエスの存在に呼び出されたのでありましょう。つまり、自分が医者の方へ、治療費をもって治して貰いに行くというのではなく、イエスの方が、今自分の立っている孤立した、誰からも関心を向けられない、見捨てられた病者の下に来てくださるという喜びの音信として、この女は、「イエスのことを聞い」たのではないでしょうか。12年間も病気との闘いにおいて、彼女を支配していた不安や恐れ、その失望の思いを、本当に聞いてくださる方として、自分のことを本当に理解してくださる方として、そして、そのような自分を病の虜から解き放ってくださる方として、イエスは彼女の前に立っているのであります。そのイエスによって、自分の弱さのただ中で、何か自分の中にある強さを発見したからというのでもなく、かと言って、弱さの中に自らを放置してあきらめるのでもなく、まさに弱さのただ中で、そのような弱い人間、無力な人間をも見捨てることなく、慈愛をもって迫り給うイエスにおいて神との関係にある何物によっても引き離し得ない愛に包まれた己れを発見することが出来たのではないでしょうか。
     しかもおそるおそる女はイエスの服にさわったのであります。そのとき、病気が完全に癒されたのであります。奇跡が、人間の不可能性を越えた神の可能性の光が、女を把えたのであります。この女の隠れた行為は、わざわざイエスご自身によって人々の前に明らかにされた上、イエスはそれを信仰(信頼)と呼んでいるのであります。34節で、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい(平安の中にお帰りなさい)。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」と言われています。
     女の行為は、いわゆる信心に近い行為とも考えられます。「せめてイエスの服にでもさわれば、いやしていただけると思っていた」と言われていますが、その困窮の中で藁をもつかむ思いで、イエスの服にさわったのでありましょう。そのような女の行為が信仰として、イエスから肯定的に受け入れられているのであります。しかし、この女の行為はいわゆる「鰯の頭も信心」と言われるような空虚な、全く対象をもたない行為ではありません。イエスという対象に向かっているのであります。このイエスと女の出会いおいて、困窮せる女の弱さ、無力さにおいて、イエスは女を本当に強くする、そういう出来事が起こったのです。イエスにおいて神が卑下したもう、このイエスの奇跡が、女の弱さの中で出来事となっていることに注意しなければなりません。
     エスは病を支配する方であります。人間の生を疎外する病を追い出す方です。ご自分が病を負うことによって、そうすることにより、病める人間を、ご自身の支配下に置き給うのです。ご自身病める人間の傍らに立ち給うことによって、弱さのただ中において、そのことを成就したもうのです。
     私達は、このイエスの出来事において、神の約束を信じることが許されているのではないでよしょうか。ヨハネ黙示録21章3・4節に、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐい取って下さる。もはや死もなく悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものさすでに過ぎ去ったからである」とありますが、そういう神にある将来を信じるところから、私達は本当に強く生きることが出来るのです。
     パウロはコリント人への第二の手紙12章10節で、「わたしが弱いときにこそ、わたしは強い」と言っておりますが、それも同じことを語っているのでありましょう。弱者と強者(生存競争の基礎にある)という二者択一を無意味化させるもの、その呪縛を越えて生きうる地点を示しているといえましょう。
     私達の生は自分のものではない。借りものであります。私達の生はいつでも所有主に取り戻され、持っていかれます。その生を感謝しれ受けること。そのことによって、日々、繰り返しではなく新しく始めることができるのであります。