なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(352)復刻版

 黙想と祈りの夕べ通信(352)復刻版を掲載します。2006年6月のものです。


         黙想と祈りの夕べ通信(352[-39]2006・6.25発行)復刻版


 教団山北宣久総会議長の「2006年度教区総会への挨拶」が各教区総会に送られてきました。その中

に、「3、『合同のとらえなおし』をめぐってという項目があります。常議員会で『合同のとらえなお

し』の協議ができず、継続しているのは、連絡を出しているのに沖縄教区から議長が出席しないからであ

り、あたかも沖縄教区に原因があるかのように述べているのです。また、沖縄教区常置委員会が教団との

間にしばらくの間距離を置くという声明を出し、そうするようになった原因は、第33(合同後18)回

教団総会での山北議長の審議未了廃案宣言にありました。しかし、山北議長の教区総会への挨拶の中で

は、悪かったのはその総会の議事を妨害した議員たちだというのです。このような山北議長の姿勢にある

ものは何かを考えていくと、どうも自分の意見や立場を認めないものは、みんな相手が悪いという自己絶

対化にあるように思えるのです。ですから、お互いに意見を聞き合って変えるべきものは変えていくとい

う対話が成立しません。意見は言わせますが、すべては多数決という数の論理によって処理されていくの

です。社会全体が少数者の切捨てに動いているかにみえる昨今、教団の中にも同じような動きが強くなっ

てきているのを感じ憂慮している者です。

 上記の私の発言に続いて、一人の方からの発言がありました。通常国会が終わった。教育基本法の改訂

は継続審議になった。来期は必ず採り上げられるだろう。私の出席していたG教会ではこの種の問題には

無関心であった。この問題は、教会でも勉強しておかなければならないのではないかと思っている。時間

があり、機会が与えてもらえれば、私の方でこの問題をまとめて話をさせてもらいたいと思っている。教

基本法改訂に見られる問題は2点あると思う。^国心の法制化。∪府主導で教育を全国均一化す

る。愛国心の問題は、日本国家が戦争した時、国民はそっぽを向いてはいけない。従軍しなければならな

い。本土が侵略された時は、本土決戦をやれというのが愛国心のねらいである。第二次世界大戦では沖縄

で決戦が行われた。本土ではなかったが。それだけに愛国心の法制化は恐い。今国会は小泉さんが首相と

して最後と思われ、不熱心で諸法案の先送りが目立ったが、来期には出ると思うので、関心を持っていき

たい。

 続いてもう一人の方から発言がありました。みんなが貧しい時には人間の集団はお互いに助け合わなけ

ればやっていけないので、自分を主張するよりもお互いを気づかい助け合っていくものだ。かつてはそう

であった。最近は何か言うと、対立的になることが多いように思える。第33(合同後18)回、第34

回(合同後19)回教団総会に陪席した。自分としては総会での審議はお互いを配慮しながら意見の突き

合わせが行われるものと思っていたが、実際の教団総会では一つ一つの議案の審議がはじめから対立的な

のである。一体これは何だろうかと最初は戸惑った。自分たちの都合の良いように議事運営がなされてい

くのみである。先日横浜であった「沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめ

る連絡会」の全国総会で、あるキリスト教関係のジャーナリズムの仕事をしていた方が、その仕事をやめ

てからは信徒には情報が入らないと言っていた。山北教団総会議長の教区への挨拶文も一般信徒にはなか

なか読めないので、ニュースを流すことが大切ではないかと思う。先日高座渋谷教会に行ったときに、教

会の壁にいろいろな情報が張られていて、情報が大変豊富であった。教会員がいろいろな情報を見て選択

できるように、情報を知らせることが必要ではないか。その豊富な情報を見て、各自が何を選ぶのか、ま

た一つの教会が何を選ぶのかを主体的に決めていく。そしてそれぞれが自分の方向性をもって生き生きと

取り組んでいくことが大切で、対抗的なエネルギーはもったいないと思う。