なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(371)復刻版

 黙想と祈りの夕べ通信(371)復刻版を掲載します。2006年10月のものです。


       黙想と祈りの夕べ通信(371[-6]2006・11・5発行)復刻版


 不思議なもので最近私の前任教会である名古屋のG教会関係の方の訪問や電話が続きました。

 先日名古屋のG教会時代の方が訪ねて来てくれて、数時間牧師室で話し合いました。この方は名古屋大

学の理工学科の教授を定年退職後、研究と企業とを結びつける仕事をしていましたが、今は個人的にある

企業の顧問のような働きをしていて、時々その仕事の関係で横浜の長者町にあるホテルに泊まります。仕

事の合間に私の所に連絡をしてくれて、都合の良い時には午前中の2、3時間話をして、お昼を一緒にし

て別れます。先日もそのような時を持ちました。彼はG教会の開拓伝道によって生れたA教会の最初からの

メンバーです。G教会時代、A教会時代を含めて随分議論をしましたし、場合によっては厳しい批判もした

こともあります。けれども、聖書を自分で一生懸命読んでいること、教会を大切にして自分の出来ること

を誠実に果たしておられることは、ご本人には申しませんが、常々私の尊敬しているところです。多分彼

の聖書の読みは、私がG教会にいた時には私の聖書の読みとは大分違うかも知れませんが、説教を通した

私の聖書の読みと対話しつつ、自分なりに聖書を読んでおられたのだと思います。


 この方が私を訪ねてこられてからしばらくして、やはりG教会時代の方から電話がありました。犬の

「むむ」ちゃんは元気ですかが、挨拶の後の言葉です。彼女は「むむ」を私のところにもらって欲しいと

連れて来た方です。この犬は生まれた四匹の中では一番おバカちゃんですけれども、先生のところで飼っ

てもらえないかと言って、生まれて2か月位の「むむ」を連れてきました。おバカちゃんかどうか分かり

ませんでしたが、その時の「むむ」は大変可愛らしかったので(今でもよく見ると、愛嬌のある顔つきを

している!)、飼うことにしました。その方が電話をしてきたのは、「たま」ちゃんという「むむ」の母

犬が16歳で今日亡くなったこともあり、ちょっと落ち込んでしまったので、先生に電話をすれば、元気が

でるかもと思ってということでした。しばらくその方の3人の子どもたちの近況を聞いたり、G教会の年

配の方々の消息を聞いたりして電話を切りました。そして数日後一人の方から突然電話があり、10月2

9日の日曜日の午後あさみ野で音楽会があり、横浜に行くので、紅葉坂教会の礼拝から参加したいとのこ

とでした。実際彼女は礼拝から参加し、連れ合いと一緒にその音楽会に行きました。さらに11月1日の

水曜日の午後に一人の方が訪ねて来ました。前日東京でクラス会があり、その日は妹さんの家に泊まっ

て、妹さんと二人で私たちを訪ねてくれたのです。

 G教会を辞してそろそろ12年になりますが、今も信仰者としての交流が続いていることは嬉しいこと

です。私は1969年3月に神学校を出て最初の教会である東京のA教会に牧師として赴任しました。もう37

年前になります。そのA教会で5年働きました。それから紅葉坂教会で3年働き、1977年4月から名古屋の

G教会で18年間働きました。1995年4月から紅葉坂教会の牧師として働いています。ですから、私が赴任

した教会は三つです。A教会、紅葉坂教会、G教会、紅葉坂教会です。紅葉坂教会は母教会でもあり、青年

時代信徒として過ごした時期、伝道師時代の3年間、そして1995年から牧師としての時期と、それぞれ立

場を異にしての関わりを与えられています。