なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(466)復刻版

 黙想と祈りの夕べ通信(466)復刻版を掲載します。2008年8月のものです。今から6年前になり

ます。私の教師退任勧告が問題になっている時期で、この2008年10月の教団総会で、山北議長・常議

員会による戒規提訴を無効とする議案44号が可決します。教師勧告撤回の議案は否決されましたが、その票

数の差は15名から20名くらいだったと思います。この年から6年が経過し、私の裁判が最高裁上告棄却によ

って、私の戒規免職問題は新たな段階に入りました。先日の教師委員会での面談で、私は私に対する戒規免

職決定に至るプロセスが問題なので、教師委員会が己の委員会で一教師を戒規免職処分にしたプロセスを検

証して、自らの誤りを認めない限り、この問題は、私が死ぬまで闘わなければなりませによ、と申し上げた

のですが、教師委員は一貫して私が教憲教規違反をしたから戒規にかけられたという一点張りでした。この

溝はなかなか埋まらないでしょう。2010年の教団総会で、「議案ガイド」なる文書が約200名の総会

議員に配られ、その通りにすべての議決がなされて以来、常議員選挙も全数連記になり、一部の人たちによ

って教団が乗っ取られました。そこで選ばれていくる各委員会の委員も、一方の立場からで、現執行部に批

判的な側からはほとんど出ていません。選考過程で断った方もあると聞いています。ですから、教師委員会

も私の主張に耳を傾けるのは難しいと思います。委員のほとんどは現執行部の側の人か、その同伴者に違い

ないからです。百歩譲って、たとえ私が教憲教規違反を犯しているとしても、私を戒規にかけて免職処分に

した教師委員会の戒規執行のプロセスは問われなければなりません。民主的な手続きで行われたかどうかは、

一つの組織として当然検証されてしかるべきです。委員の一人は審判委員会がその検証をしたといわれまし

たが、審判委員会は教師委員会の手続きの妥当性については検証していないと思います。私の上告理由につ

いては一応検討したことになっていますが、確か一つを除いて、大体が3対2で結論づけています。審判委

員自体が第三者機関ではなく、常議員の中の私の戒規免職に賛成する人2人、反対する人2人、中間の人1

人という形で、当時の議長山北さんの推薦で選ばれていますので、最初から結論はわかっていたのです。教

師委員の一人は形式主義的に審判委員会が判断したのだからというわけです。組織決定はたしかにそうなの

ですが、組織決定だからということになりますと、多数の横暴をチェックすることは不可能になります。結

局内部崩壊を待つしかないということになるでしょう。私の運動は教団の自浄力に期待しているわけですが、

現教団執行部側にはそれも期待薄なのかも知れません。でも最後まで関わり続ける。それが私の支援会の姿

勢です。



         黙想と祈りの夕べ通信(4665[-48]2008・8・31発行)復刻版


 8月25日(月)-26日(火)にはHさん、Tさんと共に同志社大学神学協議会2008に招かれて京都にいき

ました。Hさんは前日から京都に行っているというので、25日(月)朝8時19分新横浜発のぞみでTさんと京都

に行くことにしていました。ところが前日浜松当りの豪雨で新幹線のダイヤが大幅に乱れていて、予定の車両

では大幅に遅れてしまいます。仕方なく来た車両の自由席に乗ることにしました。新横浜から名古屋まではト

イレの前に立っていましたが、名古屋で座ることができました。京都駅から地下鉄の今出川まで行き、会場で

ある同志社大学寒梅館に11時ごろ到着しました。寒梅館の手前でタクシーから北光教会のU牧師と一緒に来たY

さんから声をかけられました。11:30から寒梅館7階のレストランで行われた「信徒交流会・昼食」に3人で参加

し、そこでみなさんに私たちは神学協議会への招待者として紹介されました。同志社大学神学協議会は2年に

1回行われる会で、これまでは教職中心の会であったようですが、今回から信徒の参加も呼びかけ、教職約250

名、信徒約150名、全体で約400名の参加ということでした。信徒交流会・昼食後しばらくして、開会礼拝が寒

梅館ハーディホールというところで行われました。このホールの定員は1000名ということでした。開会礼拝後、

オリエンテーション公開講座と続きました。公開講座は「会衆主義教会の伝統と合同教会の課題~日本にお

ける会衆主義の源流;新島襄の場合~」とう題で、M同志社大学神学部教授の講演でした。M氏の講演は新島襄

の思想の紹介に徹しられ、会衆派教会が1941年の教団合同に参加したという歴史的事実を新島襄の会衆主義の

思想との関わりでどのように考えるかというところまで踏み込んだお話ではありませんでした。私にはちょっ

と会衆主義讃美の感に聞こえました。講演会の後、16:30から1時間、紅葉坂教会のための時間ということで、

私とTさんとHさんの3人がそれぞれの立場から発言をしました。私は、紅葉坂教会がどのようにして聖餐を洗

礼を受けていない人にも希望すれば与かれるようにしたのかということと、教団常議員会で私の教師退任勧告

及び戒規申立てがどのようにして決議されたのかということ、そしてこの教師退任問題に対する私の所感につ

いて話しました。続いてTさんが私の教師退任問題の、問題は何かという観点から3点を特に強調して話されま

した。\算創世侶臟 ↓適正手続きの無視、B佻辰侶臟,任后最後にHさんから、ゞ誼弔凌仰理解と教

憲、教団と個教会との関係性、6飢颪龍技嫋傑枩度、せ核無陳垢領鮖貿Ъ韻砲弔い討糧言がありました。

Hさんは発言の前から自分は感覚的に話すとおっしゃっていましたが、聖餐問題や私の教師退任問題において

現在の教団執行部がいかに無謀なことをしているかについて、強く訴えました。特にTさんとHさんの発言につ

いて、会場から盛大な拍手がありました。みなさんの共感を得られたように思います。私はお二人が聖餐及び

私の教師退任問題をただ困ったこととして受け止めているだけではなく、この問題がどのような問題であるか

ということをきちっと把握して、ただ感情的な発言ではなく、筋道がきちっとした発言をされたことに、ある

種の誇りを感じました。その後神学協議会は会場を関西セミナーハウスに移し、夕食会が行われ、午後8時過

ぎにはHさん、Tさんと同じ部屋に入り、8時半ごろには床に入りゆっくり休みました。翌日は午前中、「会衆

主義教会の伝統と合同教会の課題」というテーマの発題と協議、その後神学協議会関係の報告があり、閉会礼

拝をもって一応同志社神学協議会2008は終わりました。報告の中で、【「同志社神学協議会2008」日本基督教

団常議員会が北村慈郎教師に対して「教師退任勧告」及び「戒規申立」を決議したことに対する声明】が採択

されました。「紅葉坂教会の志を尊重し、また、北村教師の教師としての働きの尊厳に敬意を払って、今後と

も主にある交わりを保つことを表明します」と声明は結ばれています。午後有志懇談会として「教団教師退任

勧告」問題が話し合われました。予想以上の参加者があり、この問題に対する関心の大きさを実感させられま

した。      


        「修練の選択」          8月31日

 私たちの理性や心を占めているたくさんの思いや感情を注意して見てみると、驚くことに私たちはしばしば、

いのちの代わりに死を、祝福の代わりに呪いを選んでいることに気づきます。嫉妬、やっかみ、怒り、恨み、

物欲、色欲、悪意、復讐心、憎悪などが私たちの精神生活の大貯水池の中に浮遊しているのです。時として私

たちはこれらの思いや感情のあることを当り前のものとみなし、それらが破壊的な働きをするままに認め、放

置してしまいます。

 しかし神は私たちにいのちを選ぶこと、そして祝福を選ぶことを求めておられます。この選択をするには限

りない内的修練を要します。私たちの中にある死の力に気づくことの出来る大きな注意力と、いのちの力で思

考や感情を納めるようにする、というしっかりしたコミットメントが必要です。これはいつも一人で出来る訳

ではありません。私たちを導いてくれる指導者や愛情深いコミュニティーの支えがたびたび必要になります。

そして内的修練を重ねることと他の人からの支えを求めることはどちらも、私たちがいのちを選ぶために重要

なことです。


                    (ヘンリ・J・M・ナウエン『今日のパン、明日の糧』より)