なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(278)

           船越通信癸横沓検 。横娃隠暁9月4日    

・8月27日(土)から9月2日(金)まで、私は夏期休暇(1)を与えられて、ゆっくり過ごしまし

た。その間、8月25日(木)から26日(金)にかけて船越教会を会場に行われたフェミニスト神学

の会で、出席者の方から映画「シンコジラ」は是非観てもらいたいと勧められ、観に行くことができま

した。また、私の兄弟姉妹で私より10歳年上の姉が一人だけいますので、その姉を訪ねることもできま

した。後は箱根湯本の日帰り温泉に行ったり、鶴巻にある弘法の里湯日帰り温泉を楽しんで過ごしまし

た。ただちょうど夏期休暇の時期に、支援会の裁判資料集出版作業や通信第17号の原稿を整える作業が

あり、もっぱらそのために時間を使いました。お蔭様で通信第17号も裁判資料集も予定通り発行できそ

うです。私の体の方も、もうほとんど平常に戻っています。ご心配をおかけしましたが、何とか以前と

同じようにやっていけそうです。

・さて私は8月21日(日)の午後に行われた「障がい者と教会交流会」に夕方まで参加しました。浦河べ

てるの家(精神障がい等をかかえた当事者の地域活動拠点)の向谷地生良さんの講演がありましたので、

それだけ聞かせていただきました。浦河べてるの家の当事者を大切にした活動が出来上がるまでに、向

谷地生良さんの存在は欠かせなかったと思われますが、ご本人は自然体で坦々とお話しされていました。

精神障がいを負った方々が、そのまま受容される共同体として浦河べてるの家があるのだと思いますが、

そのような浦河べてるの家の存在が現代の日本社会を問うているのではないかと思います。差別と排除

を抱えた社会が、誰も差別されず排除されない社会にどのように変えられていくのか、それは私たちの

大切な課題でもあります。

・22日(月)は一日鶴巻で準備をして、23日(火)から25日(木)まで、関東神学ゼミナール主催

の夏期合宿に参加しました。25日(木)の午前中に私が発題を頼まれていたからです。戒規免職問題を

通して日本基督教団を考えるということで、私は発題をお引き受けしましたが、いただいた案内には「日

本基督教団に展望はあるのか」という題が掲げられていましたので、びっくりしました。日本基督教団

展望があると言えばあるし、ないと言えばないし、どこに視座を置くかだと思いますが、私は私の場から

考えていくしかありませので、戒規免職から日本基督教団を問うというスタンスでお話をさせていただき

ました。関東神学ゼミナールの夏期合宿は、新約学、旧約学の学びを中心に行っていますので、このとこ

ろ講師の所属する大学の学生の参加も多く、教会の現場の問題もということで、私が講師に呼ばれたとい

うことです。できれば私の支援者にも一緒に参加してもらって、教会の現場の問題を考えられたらという

ことでした。その意図が私に十分伝わっていませんでしたので、私の支援者に呼びかけることができずに

申し訳なかったと思います。その意図は今後に生かせたらと、わたし自身は思っています。

・25日(木)正午に関東神学ゼミナールの夏期合宿を終えて、羽生から私は、午後3時開催のフェミニズ

ム神学の会が行われる船越教会に向かいました。午後3時過ぎに船越教会に着きました。開会礼拝は既に始

まっていましたが、発題には間に合いました。今回は「反婚」について学ぶがテーマでした。結婚には、

戸籍や家族の問題が付随します。国家や社会の枠組みの中に絡み取られる危険性があります。無自覚な結

婚はその危険性が大です。そうであるが故に、事実婚を選ぶ人がいるのでしょう。今回「反婚」について

学ぶことによって、社会的少数者の抑圧の問題に繋がっていることを改めて強く感じました。私は一応異

性愛者で一応異性愛者と結婚して、現在に至っていますので、社会的には多数者に属しています。それを

「普通」とする通念の社会では、そうでない少数者は生きづらいでしょう。2日目の午前中3つのグルー

プに分かれて、「離婚式文」を考えましたが、離婚式文が出来上がったのは一つのグループだけで、他の

二つのグループは作れませんでした。その理由は、個別の離婚の理由が多様で、式文として一般化するこ

とができなかったということがありました。そこで改めて考えさせられたのは、結婚も個別ではみな違う

と思うのですが、結婚には何故共通の式文があるのか。考え出したら、キリがなく広がっていきそうです。

だから思考停止するのではなく、やはり考え抜いて行かなければならないのでしょう。未来の平和であら

ゆる人の人権が無視否定されない社会をめざして。神の国を信じて生きるとはそのようなことなのかも

知れません。

・26日(金)正午にフェミニスト神学の会が終わり、その後私は28日(日)の週報を印刷し、受付の

テーブルに置いてから、船越教会を後にしました。少しあわてていたのか、後で讃美歌の番号間違いに気

づきましたが、後の祭りです。みなさんにご迷惑をおかけしましたが、お許しください。

・9月3日(土)午後に横須賀平和船団に会場として船越教会をお貸ししていましたし、3日に配達日を

指定して、船越教会に紙や封筒、印刷機インクが届くことにしていましたので、私は2日(金)午後4時

過ぎに船越教会に来ました。夏期休暇で日曜日1回お休みしていたせいか、8月28日(金)から一週間し

か経っていないのですが、何だか久しぶりの感じでした。N子さんが庭の手入れをしてくださったからで

しょうか、草花のある土は水分を含んで黒くなっていました。さっそく4日(日)礼拝説教予告を書いて、

道路看板の28日のものと変えました。また、4日の週報原稿を作り、メールで添付して皆さんに送りまし

た。

・3日の午前9時半ごろ平和船団の方が来て、午後の集まりで使うプロジェクターを置いて行きました。

予定では午後1時半ごろからということでしたが、平和船団のボートによる海上自衛隊と米軍横須賀基地

の監視行動を先にして、天候の関係で、2時半過ぎから船越教会での学習会にすることにしたので、よろ

しくとのことでした。7月のピースサイクルの方々の宿泊と言い、今回の学習会のように、船越教会が平

和のための運動に場所を提供することができることはうれしいことです。学習会は午後3時ごろから始ま

り4時半ごろまで、15名ほどの人が非核市民宣言ヨコスカの新倉裕史さんのお話しに耳を傾け、最後に

質疑応答をして散会しました。