なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(442)

船越通信、№442    

                2020年1月5日   北村慈郎

・  2020年、新しい年の皆様の歩みの上に主の導きを祈ります。

・  私は年末休暇をいただき、先週の日曜日12月29日は船越教会の礼拝はお休みしましたので、船越通信はありませんでした。ですから今日の船越通信は12月22日(日)の441号の続きになります。22日(日)のクリスマス礼拝は例年より少なめの出席者でした。例年クリスマス礼拝後には昼食会を持っていましたが、今年はお茶の会にしました。毎年クリスマス礼拝にはいらしていた方々が4,5名、今年は体調を崩しておられたりして出席できませんでした。その点では少し寂しいクリスマス礼拝でした。お茶の会を終えて、皆が散会した後、私は24日の燭火礼拝のプログラムを印刷して、受付に置いてから鶴巻に帰りました。

・  24日(火)の燭火礼拝も例年より大分少ない出席者でした。例年祝会ではテーブルを三か所に分けて作り、そのテーブルを囲んで三つのグループに分かれて祝会を行いましたが、今年は長方形に四つのテーブルをくっつけて一箇所だけの場所にして、その周りにみんなで座って祝会を行いました。先ずワインで乾杯し、用意された豊かなお料理を皆でいただきました。頃合いを見て、今年は一人一人自己紹介をしました。昨年までの祝会は飲んで食べて、自己紹介と言ってもほとんど名前位でしたが、今年の自己紹介は、名前だけではなく、教会との関りや自分の信仰歴のようなことも話してくれましたので、それぞれの人となりも少し分かり合えましたので、お互いをより深く知り合える時となったように思います。和やかな中でそのような豊かな時を共有できたのは、予想外のことでした。午後9時過ぎには祝会を終え、後片付けをして、皆さんが帰った後、私も午後10時頃には船越教会を出て、鶴巻に帰りました。鶴巻には午後11時45分過ぎに着きました。

・  25日(水)は連れ合いがクリスマス礼拝に出席できませんでしたので、鶴巻の自宅で一組のご夫妻をお招きして家庭礼拝を持ちました。

・  27日(金)は12時半から金沢文庫駅近くのメモリアルホールで23日に帰天されたOさんの葬儀式があり、Hさんと共に私も出席しました。葬儀式の前に船越教会に行き、29日の日曜礼拝の週報を印刷して受付に置いてきました。葬儀式後は、Oさんの喪主を務めた甥の方から火葬場にもと言われましたが、この日午後4時から鶴巻の自宅で連れ合いが今も委員でいる教区の委員会がありましたので、お断りして鶴巻に帰りました。教区の委員会は午後4時から午後7時ごろまであり、その後委員の方々と夕食を共にしてから散会しました。

・  29日(日)は私の年末休暇で船越教会の礼拝はお休みしました。通常このような時は近くの教会の礼拝に出席していましたが、連れ合いが病気であることと、このような時に出席していた近くの教会は解散していましたので、この日は自宅にいることにしました。この日の午後連れ合いの従兄弟4人とその一人の連れ合いの5人で見舞いがてら、鶴巻の自宅で忘年会のようなことをすることにしていましたので、午後はそのために時間を使いました。従兄弟の中の二人は、連れ合いが病気になってから初めて訪ねてくれました。連れ合いは、訪ねてくれた従兄弟達とは兄弟姉妹のように育ちましたので、訪ねてくれた4人と連れ合いは沢山の思い出を共有しています。午後1時半から夕方6時過ぎまで様々な話題に花が咲いて、話が尽きませんでした。年の瀬に思わぬ形で楽しい時間をすごくことが出来、うれしく思っています。

・  私は年末年始に二つほど課題を抱えていました。一つは「沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめる連絡会」(今もとすす)の通信巻頭言の原稿です。その通信を事務局では2月に発行する予定でいますので、原稿の締め切りは年末31日まででした。クリスマスが終わった後巻頭言、「『合同』50年に思う」を書き、「合同」50年での各教区の取り組みへのアンケートの回答と共に、30日に事務局の方に無事送ることが出来ました。私はこの巻頭言で、以下のように書きました。「今も教団に属する教会と私たちにとってのアイデンティティーは、教憲教規・教団信仰告白ではなく、41年合同における国家の圧力に屈して成立した教会合同にある。日本基督教団の教会は国家の圧力に屈する道を自ら選び取って、一つの合同教会になったのである。このことが信仰の違いを超えて日本基督教団に属する教会の一致の基礎にあることは今も変わっていない。/「合同」50年を機に、各教会及び各教区そして私たちは、教憲教規・教団信仰告白による教会の一致を強要する教団中枢から距離を置き、41年合同の問い返しを通して現在教団との間に距離を置く沖縄教区と共に一つの合同教会をめざしていきたいと思う。そのことが日本基督教団における「合同のとらえなおしと実質化」に繋がる道ではないかと、私は思う」と。

・  もう一つは、神奈川教区が開催した「合同」50年集会の報告集作成のための原稿の完成です。実行委員の方が当日の礼拝説教、講演と質疑応答のテープ起こしをして下さいましたので、私と溝口教会の牧師Iさんとで編集をすることになっていました。そこでテープ起こしした原稿をIさんが先ず読んで、気付いたところに修正を入れた原稿を私の所に送ってもらい、更に私が気づいたところを修正して、説教者、講演者、質疑応答発言者にその原稿を送り、本人の校正をお願いします。その役割を私が担当し、説教原稿は12月半ばに早々と終わっていましたが、講演と質疑応答を2019年中に完成させたかったので、クリスマスの時期を挟んでその作業をしました。かろうじて年末までにほぼ完成しましたので、「合同」50年集会の報告集は、全体の編集をして、データ化すれば、後は印刷を発注すればよいことになります。

・ 年明けは自宅でゆっくり連れ合いと過ごしました。