船越通信、№683 2025年9月28日(日)
21日(日)の日曜日は礼拝後京急田浦駅前でガザ支援のスタンディングをしました。参加者は6名、カンパは2人から2,300円と教会員のカンパを合わせて5,000円でした。
この日は、朝方、それほど天気は良くありませんでしたが、礼拝が終わる頃には快晴になり、スタンディングも日差しを避けて日陰の場所を選んで行いました。Wさんが水分補給のためのペットボトルを近くのローソンで買い求めて、必要な者に下さいました。私もいただき水分補給しながらスタンディングをしました。
この日は30分強でスタンディングを終えて散会し、私とNさんSさんの3人は教会に戻りました。Sさんはすぐ帰りましたが、Nさんは教会でスタンディングの記録をつけてから帰りました。
私はこの日午後4時から教区の今年度第2回オリエンテーション(現場学習「寿に学ぶ」)がなか伝でありましたので、少し教会に休んでから、午後2時11分のバスで追浜に出て、京急で横浜まで行き、横浜でJR根岸線に乗り換え石川町駅で降りて、歩いてなか伝に3時半過ぎに着きました。
この日のオリエンテーションはなか伝で開会祈祷をし、すぐに横浜市自立支援センター「はまかぜ」の見学に行きました。寿地区センター主事に案内してもらいましたが、最初は7人でしたが、私は後から来る予定の人をなか伝のある金岡ビル入り口で待っていて、2人ずつ2度「はまかせ」に案内し、見学に加わってもらいました。
その後なか伝で参加者の一人と一緒に来た3人のお子さんの内5歳と3歳の男の子をなか伝のオリエンテーション参加者でもあるOさん夫妻が世話をしていましたので、私も一緒しました。
午後5時ごろに2人のオリエンテーション参加者が来ることになっていましたので、金岡ビルの入り口に出て、車で来た2人とお会いし、駐車場を探して車を預けてもらい、その2人もなか伝に案内し、「はまかぜ」を見学し、その後寿の街をこの日の講師である寿日雇労働者組合のKさんに案内してもらっている参加者が帰って来るのを待ちました。与っていた二人の男の子が兄弟喧嘩をし、大騒ぎをしましたが、弟は泣いたまま寝てしまい、静かになりました。
この日のオリエンテーションの予定では、「はまかぜ」見学後寿の街の案内をして午後5時半にはなか伝にもどってきて、寿の街についてのKさんの講演と寿地区センター主事から寿地区センターの活動の紹介をしてもらう予定でしたが、午後6時近くなっても皆が戻って来ませんでしたので、私は電話をして、なか伝に後から来た人がいるので、すぐ戻るようにしてもらいました。
皆がなか伝に戻ったのが午後6時頃で、それからKさんと主事に超特急で話をしてもらい、午後6時40分ぐらいにこの日のオリエンテーションを終え、散会しました。参加者は17名(+子供3人)でした。
私はそれから寿地区センターの主事と引継ぎがあり、私用のパソコンに寿地区センターのパソコン対応ができるようにしてもらい、娘に来てもらってその説明を主事から聞いてもらいました。主事は9月末で実務を終えますので、10月からは寿地区センターのメール対応は私がするようになるからです。それを終えて、鶴巻に帰ったのは午後10時過ぎでした。
23日(火・休)は午後3時に権太坂近くに住んでいる方を訪問することになっていました。この日は娘が車で往復してくれましたので、無事訪問することができました。
24日(水)は午前11時に寿地区センターに行き、主事と一緒にことぶき福祉作業所の昼食会に参加しました。10月以降ことぶき福祉作業所の昼食会は私ともう一人の寿地区活動委員会の委員が担当することになっていましたので、この日は実際に昼食会に出て、担当者の役割の確認をさせてもらいました。
ことぶき福祉作業所の昼食会は教会関係と友の会のグループが担当してくださっていて、それぞれのグループとことぶき福祉作業所との連絡を主事が担当していますので、その主事の仕事を私たちが引き継ぐことになったからです。
実はこのことぶき福祉作業所は、神奈川教区が寿地区に関わるきっかけとなった場所です。当時平塚中原教会の牧師だったN牧師が中原教会の牧師を辞めて、1983年に寿福祉作業所の職員となり、N牧師を支えるために紅葉坂教会の信徒が中心にことぶき福祉作業時の昼食会を始めるようになったのです。N牧師は数年でことぶき福祉作業所の職員を辞めましたが、そのことを契機として神奈川教区は1987年に寿地区センターを設置しMさんを主事に迎え、寿地区での働きを再出発します。それから現在まで寿地区での寿地区センターの働きが続いているのです。現主事退任後寿地区活動委員会が寿地区センターの働きを担い、新しい主事を迎えることができるようにしたいと願っています。
25日(木)は国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みは、前週に引き続き休ませてもらいました。朝いつも一緒に座り込んでいる方には、寿地区センターのことがあるので定期的に座り込に参加できなくなると思うのでよろしくと、電話をしておきました。
この日午後6時半からなか伝道所で寿地区活動委員会があり、現主事からの委員会としての引継ぎの最後になりました。それぞれの分担を確認し、最後に委員会として主事への感謝のしるしの細やかなプレゼントを差し上げて、この日の委員会を終えました。午後8時過ぎには委員会を終えて、私は鶴巻に10時少し前に帰りました。
26日(金)は午前6時に起きて、準備をして6時半には家を出て、鶴巻温泉駅から寿の炊き出しに行きました。炊き出しの行なわれる寿公園には8時過ぎに着き、すでに始まっている切込みに加わりました。切込みは10時半過ぎに終わり、それから近くの食堂でこの日の一食目の食事をして毎日飲んでいる薬を飲み、それからしばらく休み、12時10分前に午後1時から始まる配食の準備に行きました。
配食の時には前2回はプラスチックのスプーンや割り箸を配る役割をしましたが、この日は雑炊を貰った人に持って行ってもらうお土産の袋を渡す役割をしました。炊き出しは午後2時過ぎに終わり、後か片づけをして、生活館2階で最後のミーティングをして散会しました。
前2回はその後行われる前年度の炊き出し報告集の編集委員会に出ましたが、この日は寿地区活動委員会委員のH牧師が出てくれましたので、私はミーティングの後失礼して、鶴巻に帰ってきました。この日暑かったので汗をかきましたので、少し休んでから、弘法の里湯の日帰り温泉で汗を流しました。