なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

年のはじめに、

                  年のはじめに

 新しい年の歩みが始まりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今日は1月1日です。私は、2年前に紅葉坂教会を辞するまで、1996年1月から16年間「年のはじめに」と

いう文章を毎年1月の教会の機関誌に書いていました。下記の「年のはじめに亜廚2011年1月のもので

す。今日はそれを掲載させてもらいます。

 つい数日前の昨年12月27日~28日開催の日本基督教団第38/23総会期第1回常議員会では、昨年10月末

に第38/23回教団総会での日本基督教団と教団立神学校東京神学大学(以下東神大)との関係の回復の議

案の可決を受けて、東神大の学長の近藤勝彦さんが常議員会の陪席をして常議員会で発言をしたそうで

す。1970年に東神大は機動隊を導入しました。日本基督教団は「東京神学大学機動隊導入の誤りを認める

決議」を第18回教団総会(1974年開催)で可決しています。この決議を一切問題にすることなく、昨秋の

第38/23回教団総会で現在の教団執行部は、東神大の機動隊挿入問題を吟味検討することなく、日本基督

教団と東神大との関係を回復する件を力と数で可決しました。これは今後の日本基督教団の教会性の問題

に大変大きな禍根を残すことになるように、私には思われます。
  
    
              「年のはじめに亜廖2011年1月)

 この3月が終わりますと、私は牧師になって42年になります。東京神学大学(以下東神大)を出て、最

初の教会(足立梅田)に赴任したのが、1969年4月でした。私が27歳の時で妻と結婚して3年目でした。19

70年が大阪万博であり、当時万博キリスト教館出展をめぐって日本基督教団(以下教団)では大変な論争

が起きていて、1967年イースターに教団議長鈴木正久さんの名で出された「戦責告白」をめぐる論争と共

に教団を二分化するほどのものでした。戦責告白、万博問題、そして東神大問題、教師検定問題が70年前

後に立て続きに起きました。そこで私たちはこれらの問題を教団の70年問題と呼ぶようになりました。そ

れ以後40年の時が流れています。前山北宣久教団議長はこの間の40年を自らの総括で「荒野の40年」と言

って否定的に評価しました。実は今起きています私の「免職問題」の底流には、この教団の40年をどう評

価するかということで、二分化している教団の現実が反映されていることを見失ってはなりません。この

二分化には、教会とは何かという根本的な問題が絡んでいます。

 戦責告白で言えば、教団の戦争協力の問題です。戦責告白は、そもそも戦時下に教団がアジアの諸教会

に向って日本の侵略戦争を肯定しその協力を呼びかけた「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒

に送る書簡」(1944年10月)を取り消す意味がありました。万博問題は、1960年代後半のベトナム特需で

経済的に力をつけた日本の企業がアジアへの経済侵略の足がかりのために開催した大阪万博に無批判に教

団が参加することを問題にしました。批判の側にあったのは、大阪万博に憩いの場を提供してそれを伝道

の機会にするというキリスト教館出展の意図は、質的にかつての教団の戦争協力と変わらないのではない

かとい問題意識です。東神大問題は、東神大の機動隊導入による国家(権力)と教会の問題です。教師検

定問題は、直接的には教師検定という教団の制度の問題ですが、その背景には教団成立時の二重教職制

(正教師と補教師)の問題がありました。教団は成立時に文部省から要請された教会主管者である教師の

数が足りずに、それまでなかった補教師をつくり数合わせをしたのです。

従って、教団の70年問題は、1941年の教団成立時に内包していた、教会は国家の補完物でよいのか、神の

みを神とする信仰は神でない国家を神と等しいものとして受け容れてはならないのではないか、という問

題が改めて露呈して起きた、教団にとって起こるべくして起きた問題でした。私はこの問題にどう道をつ

けて行くかという課題をずっと背負って牧師の仕事を続けてきました。それは今でも変わりません。しか

し、私を聖餐のことで戒規免職処分にした現在の教団の大勢は、山北さんの「荒野の40年」を支持し、教

団成立の問題には口を閉ざして語ろうとはしません。私は聖餐の問題が起きた当初から、教団の教会は戦

時下に行っていた聖餐と現在行っている聖餐との連続性をどう考えるのかという問題を避けることはでき

ないと言い続けています。戦争協力の中で行われた聖餐は信徒を戦争協力に駆り立てる機能を果たしたに

違いないと思われるからです。説教も聖餐も神のみを神とする教会の信仰に忠実であるかどうか、どんな

歴史状況の中でも説教を語り聖餐を執行する者はそのことが問われるのではないかと、私は思います。

 この3月末をもって私は紅葉坂教会の牧師を退任しますが、紅葉坂教会が誰にでも、特に「小さくされ

た者」に開かれた教会であると共に、教会が拠って立つイエス・キリストの福音という土台にしっかりと

立ち続ける教会であることを祈り願うものです。