先週の日曜日には、船越教会のパソコンに下記の船越通信と1月17日の説教原稿のデータを残し、そのデー
タを鶴巻のパソコン㋑送るのを忘れて帰ってしまいましたので、今日船越通信癸横苅気魴悩椶靴泙后
船越通信癸横苅機 。横娃隠暁1月17日
・10日の日曜日は、Tさんが白みその京都風御雑煮を用意してくださって、礼拝後皆でいただきました。この
日の礼拝には、先日のクリスマス礼拝にも来ていたIさんが出席し、一緒に御雑煮をいただきました。その後役
員会がありましたが、後片付けは若いIさんとM・Hさんの二人がほとんどしてくださいました。Iさんは翌日が
成人式で、彼は横浜に住んでいますので、横浜の成人式が行われる横浜アリーナに行くと言っていました。20
歳の青年のこれからは、なかなか厳しいのではないかと思われますが、道が拓かれていくことを祈り願いたいと
思います。
・役員会では、クリスマスの反省として、「チラシを作成するなど、会員以外へのPR方法には検討を要する」と
いう意見が出ました。今回は、Hさんがレイアウトしてくださったクリスマスの案内を、私がハガキで船越教会
のクリスマス礼拝と燭火礼拝(キャンドル・サーヴィス)に今まで来たことのある方には40人ほどですが出しま
したが、それ以外には、外看板に案内を掲示しただけで、以前は作ったことのある、教会員の知人や近所の方に
配るチラシは作りませんでした。来年度はチラシも用意したいと思います。それでも過日のキャンドル・サー
ヴィスには37名の方々の出席がありました。この時は特にI・Kさんが市民運動で関わりのある人を誘ってくだ
さったこともあり、比較的多くの方の出席がありました。また、役員会ではクリスマス献金の送り先として、
寿地区センター、農村伝道神学校、リフレッシュ@かながわの3か所に決めました。その他、このところ休会中
のシャワーの会と今後のDVD鑑賞会について担当者での話し合いを経て、役員会でも考えていくことにしました。
・12日(火)18:00から蒔田教会教育会館で教区の常置委員会があり、私は鶴巻から陪席者として出席しまし
た。今回も議事が沢山あり、終わったのが22:00になっていましたので、いつもは常置委員会後に有志で会食す
るのですが、私はそのまま鶴巻に帰らせてもらいました。それでも鶴巻に着いたのは、23:30過ぎでした。2月末
に教区総会がありますので、今回の常置委員会で常置委員会推薦の正議員の一人として私も推薦されました。常
置委員の中には私に教区総会議員資格を与えるのは教規違反(戒規免職を受けた者は教区・教団の職に就くこと
はできないという)だから反対であるという人がいますので、私を教区教会議員にするかどうかが必ず問題にな
ります。今秋には教団総会がありますので、私の戒規免職撤回と聖餐論議の場を設定する議案を、教区総会議案
としてまた教団総会議案にしたいと思っていますが、今回は教区総会にその議案を常置委員会提案として6月総
会に出すことになっています。6月総会ですと、各教区総会がすでに終わっていて、神奈川教区総会が教区総会
としては最後になりますので、何らかの形で私の戒規免職撤回と聖餐論議の場を設定する議案を秋の教団総会議
案として諸教区でも出してくれるようにという働きかけをしたいと思っています。1月25日に新教コイノーニア
31『戒規か対話か~聖餐をめぐる日本基督教団への問いかけ』が出版しますので、それを用いて働きかけていき
たいと思っています。もう一つ、常置委員会では教区会計の決算で剰余金が出た場合の処理の仕方を検討してい
ます。それは昨年の報告と決算を扱う教区総会で、常置委員会が決定した剰余金の配分が教区総会では承認され
たのですが、その処理の仕方に問題があるという事で、常置委員会でずっと検討してきた問題です。私にはよく
分かりませんが、この剰余金(剰余金という呼び方にも問題があるようですが)はその処理を常置委員会で決め
て、それを総会に諮るということのようです。以前私は教区総会で剰余金の一部を教区連帯資金に上乗せする
提案をしたのですが、総会では常置委員会の決定を承認するかどうかということだけで、剰余金の配分そのも
のは扱えないということのようです。何だかよく分かりません。さてこの週は、14(木)には基地・自衛隊
問題小委員会が高座渋谷教会で、15日(金)に寿地区活動委員会が寿地区センターであり、私は委員として
その二つの委員会に出席しました。寿地区活動委員会は1月ですので、委員会を1時間で終え、その後なか伝道
所を会場にして鍋を囲んで7~8名の主に炊き出しを一緒にしている寿の方々と委員とで懇親会を持ちました。
私はその後船越教会に来ました。
・さて、私は創文社の「戦後史再発見」双書の孫崎享さんの『戦後史の正体』と前迫博盛さん『日米地位協定
入門』を以前に読んでいて、今回「戦後史再発見」双書の編集者でもある矢部宏冶著『日本はなぜ、基地と原発
を止められないか』を読んでみました。読んでみて、目から鱗が落ちると言いましょうか、米国の日本支配(日
本の対米従属)の構造とその構造が作られた歴史的な事実の検証、そしてそこからの脱皮の可能性について、こ
の本には私のような者にも比較的よく分かるように書いてあるのです。インターネットのこの本に対する批評の
中に、この本を「戦後初めて出てきた現体制からの脱却論」と言って、以下のように記しているのがありました。
<日本がどうして戦後70年近く何も変わらなかったのか?・・・それを戦後はじめて動かしたのが小沢一郎氏率
いる民主党だったわけですが、瞬時に非公式の力をもって潰され、民衆党は菅氏を経て、前原・野田両氏による
政権で完全に骨抜きされました。そして変革を期待した国民の積極的支持(投票所に足を運ぶ)を失い、元の木
阿弥、自民党政権に復帰したわけです。/この状態は国民の内に、現状を変えられない事による不満のはけ口を
失わせ、そのはけ口はいわゆるネトウヨ(ネット右翼)・保守タカ派による在日・韓国・中国への攻撃により転
化され、そこで無理やり解消しようとしています。しかしそんな事でこの国が抱えた本質的な問題・誤魔化しが
解消されるわけでもなく、著者はこの本で、この日本の政策ですら全く変えられないという問題の本質を分析し
て、その正体と、それからの脱却をいかにすべきかを提言されているわけです。/この本は戦後日本のタブーに
切り込み、保守やリベラルでは解決できなかった、いや正体すらつかみきれなかった問題をはっきりさせた歴史
的な価値ももつものです>(投稿者:風太)というものです。私も沖縄(基地)や福島(原発)に自分なりに関
わりながら、自分のやっていることが対症療法的ではないのかという疑問を抱えてきました。この本を読んで、
その私の疑問への答えをもらったように思えています。