なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(376)

      船越通信、癸械沓供   。横娃隠固8月12日   北村慈郎


・5日(日)は平和聖日の日曜日でした。礼拝には聖餐式もありました。船越教会では、イースター、ペ

ンテコステ、クリスマスの三大祝祭日の他では、8月第一主日の平和聖日と11月第一主日の永眠者記念礼

拝で聖餐式を行っています。ですから一年で聖餐式は5回行われています。多くの教会では月一回は礼拝

聖餐式を行っていると思います。中には毎週の礼拝で聖餐式を行っている教会も、数は少ないと思いま

すがあります。そういうことからすると、船越教会の聖餐式執行回数は、教団全体の教会・伝道所の中で

も少ない方ではないかと思います。普段の礼拝も、式次第の中に「主の祈り」はありますが、信仰告白

唱和はありません。ですから、以前礼拝学を専門にしていた故岸本羊一さんが、日本の多くの教会の礼拝

を「讃美歌付き講演会」と言われましたが、船越教会の礼拝は正しく讃美歌付き講演(=説教)会と言え

るかも知れません。けれども、私は、現状の船越教会の礼拝に大方満足しています。課題があるとすれ

ば、船越教会の礼拝式の中には、船越教会のアイデンティティーを表す「信仰告白」がないことです。自

分たちはこういう信仰内容でもって毎日曜礼拝毎に集まっているのだということを言葉化したものです。

伝統的には教団の信仰告白使徒信条が礼拝式の中に組み込まれています。教団の信仰告白は勿論、使徒

信条も私たちの信仰のアイデンティティーとなり得るかということになりますと、基本信条の一つとして

尊重しますが、礼拝の中で一緒に唱和するにはいささかためらいがあるというのが、私の正直な思いで

す。そういうことで、現状の船越教会の簡潔な礼拝式で満足しているのですが、信仰告白に当たるものを

礼拝式に加えるという課題もあるのではないかと、私自身は考えています。船越教会には船越教会横須賀

平和センター宣言がありますが、それを信仰告白に換えるということも考えられないこともありません

が、平和センター宣言は信仰告白というよりも宣言ですので、ちょっと違うようにも思われます。以下船

越教会横須賀平和センター宣言を再録しておきます。【私たちは、先の戦争に対する責任を自覚し、いの

ちを脅かす貧困、差別、原発、軍事力をはじめとするあらゆる暴力から解放されて、自由、平等、人権、

多様性が尊重される平和な世界の実現を求め、共にこの地に立つことを宣言します。 2013年・クリ

スマス 船越教会一同】


・7日(火)は午後渋谷青山学院の向かい側にあります東京ウイメンズ・プラザに、23日(木)~24

日(金)と船越教会で行われますフェミニスト神学の会の打ち合わせに行きました。今年度は3人の委員

の一人に私がなっているからです。案内はすでに出してありますので、参加者の確認と当日の会の運営、

お弁当の手配などについて、役割分担を決めて、現在18名の参加予定者だが、まだ参加可能な方への連

絡を確認して、午後3時過ぎに散会しました。二人は渋谷に、私は表参道に出て、千代田線・小田急ルー

トで鶴巻に帰ってきました。


・8日(水)も夜大和で基地問題関係の県央共闘会議幹事会がありましたが、7日(火)の夜に8日夜は

台風が関東地方を直撃という予報なので休会にするとう連絡が入りました。予定では、8日(水)のこの

集会に出て船越に行き、9日(木)に船越教会の崖の大きくなりすぎたタイサンボクを植木屋さんが来

て、上部を切ってくれることになっていましたので、それに備える予定でした。しかし、台風のために8

日の夜の集会がなくなりましたので、9日(木)朝早く鶴巻から船越に行くことにしました。台風の進路

の予報では9日(木)午前中まで神奈川も影響があるとのことでしたが、9日(木)朝5時に起きて、外の

様子を見ましたら、風も強くなく、雨も降っていませんでしたので、午前6時過ぎに鶴巻を出て、8時ごろ

には船越教会に着きました。9時ころに来た植木屋さんの仕事が午後3時過ぎに終わるまで、教会に待機

することができました。植木屋さんの仕事は順調に終わりました。


・9日(木)夜は非核市民宣言運動・ヨコスカとヨコスカ平和船団の呼びかけで、「比与宇補給所を弾薬

庫にさせないための相談会」が、汐入の市民活動サポートセンターであり、私も出席しました。横須賀市

議会議員の方も数名参加していて、全体で20名位の方々が参加していました。比与宇補給所は現在まで海

自衛隊の倉庫として使われているものですが、2017年10月30日付で、南関東防衛局長から横須賀市長あ

てに通知があり、大型弾薬庫2棟(弾道ミサイル防衛システム導入との関連で)を整備するために比与宇

補給所施設を「海上自衛隊横須賀弾薬整備補給所比与宇弾庫」と施設名を変え、この地区を「弾薬庫地

区」として利用するというものです。横須賀市もこの件に関しては、「自衛隊施設内の運用に関わること

でありますが、市としては、弾薬庫の整備及び運用にあたって、引き続き市民生活の安全・安心が確保さ

れるよう求めてまいります」という方針ですので、この日の集会では、とりあえず自衛隊の強化につなが

るこの種の動きに対する牽制として、早急に横須賀市に申し入れ書を連名で出すことにし、今後の動きに

よっては反対運動を組織する必要があるということを確認しました。私も申し入れ書の連名に、横須賀市

民ではないが横須賀に関わる者として「北村慈郎(日本キリスト教団船越教会)」という形で加わること

にしました。田浦中学と道を挟んだ向かい側で、海自船越庁舎建て替え工事が大々的に進められています

が、2018年3月17日に、私は出ていませんが、そこにヘリポートも建設するとの地元説明会が行われたと

言われています。そのヘリポート計画撤回の動きもあるようです。弾薬庫と言いヘリポートと言い、戦争

のための海上自衛隊の強化が安倍政権によって進められていると思われます。その動きを注視し、できる

ところで抗議反対の意思を表していきたいと思っています。


・11日(土)は午後1時半から紅葉坂教会で教区社会委員会主催の平和集会があり、参加しました。

ジャーナリストの吉田敏浩さんによる「日米合同委員会」についての講演があり、戦後73年になっても、

今なお在日米軍による日本の占領が続いている実態を突きつけられました。次週の船越通信に今年の平和

集会宣言を掲載します。