なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(441)

船越通信、№441 2019年12月22日 北村慈郎

・  今日は2019年のクリスマス礼拝です。主イエスの誕生の深い意味を想い起したいと思います。メリークリスマス!

・  15日(日)は礼拝後何時ものように残れる人でお茶を飲みながら懇談の時を持ちました。その時、Nさんの、お元気そうだったという近況を伺うことができました。Nさんには今年もクリスマス礼拝の案内は差し上げています。Nさんは、私が2011年4月から船越教会の礼拝で説教するようになって、しばらくしてから船越教会の礼拝に出席するようになりました。Nさんはブラジルでの生活を経験した後、晩年になって日本に帰国し、追浜でお子さんのご家族と生活するようになったようです。ブラジルでキリスト教に触れ、洗礼を受けてクリスチャンになりましたので、帰国後も南米から日本に来て働いている人たちが中心の集会に関わっていたのではないかと思います。その集会は船越町で行われていて、始まるのが夕方のようで、船越教会の礼拝にも出席するようになったのは、船越教会の礼拝が朝10時半から始まるからではないかと思います。Nさんが船越教会の礼拝に出席するようになった頃は、船越教会の礼拝出席者が10名を越えることはイースター、永眠者記念礼拝、クリスマス以外にはなかった時で、Nさんは今N・JさんやSさんがしてくださっています庭や崖の掃除や手入れをよくしてくださいました。信仰はファンダメンタルな聖霊派的なところがあり、私の説教は理屈っぽく、ある種生ぬるく感じられていたのではないかと思われます。時にはその信仰の違いについてNさんと話し合ったこともありますが、私の説教を忍耐して聞いてくださったのではないかと思います。今は南米から日本に働きに来た方々の集会に出ておられるのではないかと思います。Nさんがお元気そうだったとお聞きして、うれしく思いました。

・  18日(水)は船越教会で支援会の通信第24号の発送作業を行わせてもらいました。そのために私は17日(火)の夕方ごろ船越教会に来て、発送作業の準備をしました。今回は通信第24号の他に同封するものが数種類あって、その準備のためです。その一つはキリスト新聞の意見広告で、これは支援会事務局長のKさんが準備することになっていましたので、私は、私の教師委員会に出した再審請求書と封筒の印刷はすでに終えていましたので、「北村慈郎牧師の処分撤回を求め、ひらかれた合同教会をつくる宣言」現在版(以下宣言現在版)と、今回支援者に加えて出すことにしました、教団三役・教職常議員、沖縄教区を除いた各教区三役に入れる手紙と再審請求の補助資料の印刷をしました。それに封筒には宛先のラベルを張りました。18日(水)の作業は、宣言現在版がA32枚になりますので、その組み合わせと、後はすべての書類を組み合わせて封筒に入れ、封をし、ヤマトDM便のラベルを張ることです。18日にはその作業のために事務局の方と一人の助っ人、8名が来てくださり、私とで9名で作業を行いました。今回は支援者他約1000通でしたので、作業は午後3時過ぎにはすべて終了しました。作業を終えて、皆でお茶を飲んでいる間に、ヤマト運輸の人も完成したDM便を取りに来てくれましたので、その後皆さんを送り出し、午後4時にはすべてが終わりました。

・  今回教団三役他に出した手紙は以下のとおりです。「主のみ名を賛美いたします。/教団・教区での皆様のお働きに心から感謝申し上げます。/さて、北村慈郎牧師が教師委員会によって戒規免職処分を受けてから、2020年1月26日で満10年になります。この間支援会ではさまざまな形で北村慈郎牧師の戒規免職撤回、教団正教師としての復職を求めて活動してきました。しかし、未だ教団においてはその道が開かれていません。/この度北村慈郎牧師は現教師委員会に戒規免職の再審請求を行いました。そこでこの北村慈郎牧師の再審請求を現教師委員会が受理するように、皆様からも働きかけていただきたいと思い、諸資料を同封させていただきました。北村慈郎牧師が再審請求の補助資料としましたものは、2008年の第36回教団総会での議長・常議員会による北村慈郎牧師の教師委員会への提訴を無効とする議案から、2010年1月26日当時の教師委員会が北村慈郎牧師を戒規免職に決定したという通告及び同日に出た信仰職制委員会の二つの答申までの諸文書です。信仰職制委員会への諮問と答申、当時の教師委員会の戒規に関する旧内規と改定後の内規(裁判での教団側の証拠書類)、小林貞夫常議員他6名の常議員による教師委員会への北村慈郎牧師の戒規申立書(これも裁判での教団側の証拠書類、北村牧師は免職されるまでこの申立書は見ていない。)、北村慈郎牧師と当時の教師委員会調査員会との面談をめぐるやりとりなどです。この補助資料の時系列による諸文書を見る限り、北村慈郎牧師の教師委員会による戒規免職が、最初から戒規免職ありきによって進められたことが明らかです。一人の教師の戒規免職決定がこのような強引な手続きによってくだされたことは、教団にとっても恥ずべき汚点ではないでしょうか。これをそのまま見過ごすことは、教団が人権を大切にし、民主的な手続きによって運営している組織集団とはとても言えません。その教団の恥ずべき汚点を取り除く意味でも、北村慈郎牧師の現教師委員会への再審請求が受理されて、戒規免職の撤回への道が開かれるように、皆様からの働きかけを心からお願い申し上げます。主に在りて。

・ 20日(金)は夜寿地区活動委員会がなか伝道所であり出席しましたが、19日(木)に抗ガン治療を受けた連れ合いの処置があり、この日は鶴巻に戻りました。