なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(492)

船越通信、№492 2021年11月28日(日)北村慈郎

・ 14日(日)は礼拝後しばらく懇談し、皆さんが散会した後、私は連れ合いの千賀の納骨のために21日(日)の船越教会の礼拝をお休みしますので、21日(日)の週報とクリスマスカードのメッセージを印刷して準備をしてからバス停の梅田から京急追浜駅に出て、いつものルートで鶴巻に帰りました。まだ多少ぎこちない感じはしますが、足の方もほとんど怪我する以前の状態に戻り、杖を使わなくて済むようになりました。

・ 16日(火)夜には支援会の世話人・事務局会をZoomで開きました。20日(土)に予定していた支援会の第2回Zoom全国懇談会の準備が主ですが、それだけではなく、私の教師委員会への再審請求に対する教師委員会の回答の件や、教団常議員会や神奈川教区の現状報告も、委員の中で把握している人から伺いました。

・ 20日(土)は13:00から15:40まで支援会の第2回全国Zoom懇談会を開催しました。11教区から37名の参加者がありました。Zoomのホストは支援会事務局長の久保博夫さんです。今回は司会を荻窪教会の小海牧師にお願いしました。小海牧師の司会の下、まず世話人代表の関田寛雄先生の挨拶を、今回関田先生はZoom懇談会には参加できませんでしたので、前もって先生からいただいていた挨拶の原稿を私が代読しました。その中でいつものように「主われを愛す」の1番を歌いましたが、参加者がそれぞれのテンポで歌っているのが聞こえますので、なかなか皆さんに合わせて歌うのが難しかったです。関田先生の挨拶の後、西中国教区議長で宇部緑橋教会のO牧師の発題がありました。O牧師は、宣教(Mission)を縦軸に教会経営(財政=金)を横軸にした図に、あるべき教会のあり方、日本基督教団の現状や戦時下戦争協力した日本基督教団の姿などを位置づけて示しながら、教団の問題(それが北村の教師免職という人権侵害にも繋がっている)にとどまらず、キリスト教が抱えている問題、聖餐の問題も、神とは何かという信仰の問題も、その本質・原点を忘れずに立ち帰っていくことが大切であると、発題してくれました。その後意見交換を行いましたが、支援会の世話人・事務局会の委員の一人から、私の戒規免職撤回の教区総会決議議案を大阪教区と神奈川教区だけではなく、できるだけ多くの教区から教団総会議案として出てくれば、今までのように教団総会で議長団によって議案が葬られることも防げるのではないかという趣旨の発言がありました。紅葉坂教会メンバーのKさん、Tさん、Hさんの3人からも、私の戒規免職撤回を勝ち取らなければとの熱い発言がありました。既に私が教団から戒規免職処分を受けてから10年が過ぎています。来年の教団総会では、何としても私の戒規免職撤回を勝ち取らなければという思いが、世話人・事務局会には強くありますが、全国の方々にその思いが伝わって、多くの教区からもその声が来年の教団総会には出ることを期待したいと思います。第2回全国Zoom懇談会は、終了予定の15:30を少し過ぎて終えました。

  • 21日(日)は午後1時過ぎに連れ合いの千賀の遺骨を持って3人の子供たちと共に紅葉坂教会の墓地のある三ツ沢市営墓地に娘の車で行きました。ちょうど紅葉坂教会の牧師や信徒の方々が墓地に来たのに合流し、午後1時半から墓前礼拝が行われました。紅葉坂教会の墓地は6畳ほどの平面を光沢のある石板で敷き詰め、正面真ん中奥に木造時代の教会堂の屋根にあった銅板(?)の十字架を置き、その前に私や千賀が最後の洗礼を受けた平賀徳造牧師の自筆による聖句(「わたしはよみがえりであり、命である」(ヨハネ福音書11:15)が刻まれた20センチほどの厚い石板が平面の石板の上に設置されています。墓地は地下になっていて、平面の石板の右側手前に入口の鉄の扉があり、それを開けて地下の墓地に入ります。墓前礼拝を終えて、紅葉坂教会の役員の方が懐中電灯で地下の墓地に降りる狭い石段を導いてくれて、私は足にまだ不安がありましたので、上の息子に千賀の遺骨を持って地下の墓地に納めてもらいました。その後墓地の前で参加者が各自黙祷して散会しました。その後娘の車で二人の息子をそれぞれ指定した場所に送り、私と娘は鶴巻に帰って来ました。鶴巻に着いたのは午後4時過ぎでしたが、納骨して千賀の遺骨がなくなったマンションに入っても、何も変わらない気がしました。千賀は確かに帰天しましたが、今でも生きていた時と変わらずに私の心の中には生きているようです。
  • 25日(木)夜には寿地区活動委員会が一部リモートの参加で行われました。私もリモートで参加しましたが、前回もリモートでの参加でしたが、対面での委員会とは違って、何とも頼りない感じがしますので、12月はコロナ感染状況が今とほぼ同じようであれば、対面の委員会にとしましょうと、少し強引にお願いしてそのようにしていただきました。

★ 斉藤幸平『人新生の「資本論」』⑮

・ 斉藤は、<資本の「包摂」によって無力になる私たち>についてこのように述べています。「私たちのほとんどは、自分の手で動物を飼育し、魚を釣り、それらを捌くという能力をもっていない。一昔前の人々は、そのための道具さえも、自前で作っていた。それに比べると、私たちは資本主義に取り込まれ、生き物として無力になっている。商品の力を媒介せずに生きられない。自然とともに生きるための技術をうしなってしまっているのである。だから私たちは周辺部からの掠奪によってしか、都市の生活を成り立たせることができない>。<資本による包摂が完成してしまったために、私たちは技術や自律性を奪われ、商品と貨幣の力に頼ることなしには、生きることすらできなくなっている。そして、その快適さになれきってしまうことで、別の世界を描くこともできない>。<現代の資本による包摂は、労働過程を超えてさまざまな領域へと拡張している。その結果、生産力の発展にもかかわらず、私たちは、未来を「構想」することができない。むしろ、より徹底した資本への従属を迫られるようになっていき、資本の命令を「実行」するだけになる>と。まさしくその通りではないか。(続く)