なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(522)

船越通信、№522 2022年7月3日(日)北村慈郎

 

  • 6月25日(土)は教区総会が清水ヶ丘教会で行われました。今回の総会は、新型コロナウイルス感染拡大が起きる前の通常の教区総会とほぼ同じように行うことができました。ただ総会議員が座る席は左右空席にして、密にならないようにしてありました。今回の教区総会には、教団の問安使として石橋秀雄教団議長も来て、1時間ほど教団の機構改定についての話し合いをすることも、教区執行部は前もって決めていました。総会は、開会礼拝で始まり、組織会を経て、教区形成基本方針を朗読して議事に入ります。組織会の時に、毎回発言する一議員から、戒規免職された私が総会議員であることへの疑義が述べられましたが、議場は私が常置委員会推薦議員であることを認めました。議事に入り、今回も准允志願者4名、按手志願者1名がいましたので、一人一人の所信表明と質疑の後、一人一人の准允式・按手礼式執行の可否を問い、准允式・按手礼式を執行しました。5人の所信表明には、戦時下積極的に戦争協力の過ちを犯した教団の教師になるという、教団の歴史を踏まえた発言がありませんでした。そのこともあり、関田寛雄先生は発言を求め、教団の教師になるということは、信仰告白、教憲教規を重んじることは当然だが、戦時下の教団の過ちを悔改めた「戦責告白」も大切にしなければならないことを諄々と語られました。そして一人一人に戦責告白をどう受け止めているか質問しました。また、鶴見教会の岡安博さんは、教団によって免職処分をされた私の問題について質問しました。5人はこの二つの質問にそれぞれ答え、その上で一人一人の准允・按手の執行の賛否が問われ、全員賛成多数で、古谷正仁議長の司式により准允・按手礼式が執行されました。そこで午前中の議事は終わり、昼食休みになりました。昼食休みに私は寿地区センター通信を主事と他の委員とで議員の坐っている椅子席に配布する仕事をしてから、階下ホールで持ってきたお昼を食べました。午後の議事に入る前に関田先生に挨拶をして、先生の横の席が空いていましたので、そこに移動して午後の議事に臨みました。
  • 午後は最初に問安使である教団議長の石橋秀雄さんの挨拶がありました。その質疑で関田先生は私の戒規免職の不当性を発言して下さいました。石橋議長は、私が教師委員会に戒規免職を受けて上告した時の常議員会で選出された最終審判委員会の委員長でしたので、私の上告を受けて丁寧に審判した結果、教師委員会の戒規免職を了としたこと、戒規は処分ではなく悔改めであること、教憲教規、準則によって未受洗者への配餐は違法聖餐であることを述べていました(石橋さんの教憲教規・準則の解釈が妥当とは思えませんが)。もしそうならば、未受洗者への配餐をしている教師は相当多くいると思われますから、私だけでなく、私と同じ未受洗者にも聖餐を執行している教師を戒規免職にするべきだと思うのです。新教コイノーニア24『聖餐~イエスのいのちを生きる~57人の発言』にありますように、自分も未受洗者への配餐をしていると言い表している人もいるのです。しかし、私を教師委員会に戒規にかけるように申し立てた信徒常議員7名のように、この方々を教師委員会に戒規申し立てをする人はいないでしょう。申し立てがない以上、教師委員会も未受洗者に配餐する教師を戒規にかけることはできないということなのでしょう。おかしなことです。石橋議長への質問は、関田先生の他に紅葉坂教会信徒議員からもありました。しかし、議事は機構改定への質疑に移行し、質問がなく、教団問安使への質疑の時間を終えました。その後、総会は2021年度の諸報告を承認し、「教団総会における常議員選挙の投票方法を、無記名半数連記に改める件」と「ロシアのウクライナ侵攻に対する抗議声明に関する件」を審議しました。前者はほとんど意見がなく賛成多数で可決し、後者は文案についての修正意見が出で、議場から修正意見を踏まえ常置委員会に文案を一任するという動議があり、その動議が可決しました。従って、「抗議声明」は常置委員会で文案を整えて出すことになりました。午後4時少し過ぎましたが、総会は終了しました。総会後私は清水ヶ丘教会のある南太田から京急田浦に行き、船越教会に来ました。その途中で、記録審査を経た教会役員会と総会の記録ノートを持ってくるのを忘れ、後日教区の事務の方から送ってもらいました。
  • 30日(木)も朝から気温が上昇し猛暑日でしたが、私は国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに行きました。この日も常連の3人と私の4人で座り込みました。今は参議院選挙期間中ですので、通行人も少なく、バスツアーで国会見学に来る小・中学生が目立ちます。ちょうど私たちが座り込んでいる向かい側の通用門から国会に入って行きます。その子供たちの中にはこちら側をじっと眺めている子もあり、中には手を振ってくれる子もいますので、私たちも手を振って応答します。私たちは黙々と座り込んでいるだけですが、前回私たちと一緒に座り込んだ女性の方々は、皆沖縄出身の方で、4年前の辺野古への土砂投入の時から官邸前で抗議行動を続けています。このグループはマイクでアッピールをしています。この日(6月30日)も63年前の沖縄宮森小学校ジェット機墜落事故を覚えて抗議行動をするのだと言っていました。私たちが座り込んでいた時に、官邸方面から女性のアッピールの声が聞こえてきました。午後4時少し前に私たちは座り込みを終えて、後片付けをして官邸前に3人で行って見ましたが、官邸前には誰もいませんでした。官邸前は直射日光を防ぐ木陰もありませんので、早めに引き上げたのかも知れません。