なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

桜と富士山

横浜は昨夜の雨で桜の花が散ってしまったか? 今朝早起きして、一年ぶりに犬を連れて、近くの公園に行った。その公園は桜の名所の一つである。道路一面に散った桜の花びらが、雨に濡れてへばりついていた。桜の木を見上げると、まだ十分花見を楽しむことができる状態だった。近所の人か? 自転車で来て、公園の入り口に止め、ビニールシートをもって公園に入って行った。場所取りである。今夜会社の人と来るのか、あるいは昼に家族か近所の人とくるのか。

この公園に併設して横浜市能楽堂があり、道を挟んで神奈川県の図書館がある。その能楽堂と図書館の間の道の突き当たりは、この近辺で唯一道路から富士山が見える所である。今朝は、昨夜の激しい雨と強い風もあって、まだ裾野近くまで雪で白い富士山が見事に見えた。以前このところを何度も通ったが、時々お年寄りの方が富士山に向かって手を合わせて拝んでいる姿を見たことがある。

人間は物語を想像する。富士山にも、時代を越えた人々のさまざまな物語があることだろう。富士山にまつわる歌もある。俳句や詩も沢山あるだろう。

人間はただ食べて、働いて、寝てということだけではなく、頭の中で色々なことを考える。そういう意味では、富士山は静岡県山梨県にまたがる場所にある日本で一番高い山であるという事実だけではなく、人間が心や頭で描いた富士山という沢山の物語が、もう一つの事実としてあると言えよう。

神は、実態としては富士山のようには無いが、自然や歴史から、自然や歴史を超えた存在の働きを感じて、それを神の物語として人間が思い描いた。ユダヤ人の先祖は己の民族史を通して、自分たちに働きかける大いなる方の存在とその働きを、畏れと敬愛をもって記録に残した。それが旧約聖書である。

美しい富士山を見ながら、神の物語の壮大さに思いをはせた。人間の想像力はたいしたもんだ。気持ちよい朝のひと時だった。