なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(101、復刻版)

 私は紅葉坂教会時代に「心病む」方と思えます2人の方と16年間、随分相手にはっきりと言うことはいってきましたが、関係を持続することができました。ただ、このお二人の力になることはほとんど出来なかったのではないかと思います。出来たことと言えば、忍耐強く相手の言葉に耳を傾けたことだけです。

 一人の方は、多分今から25年以上前になると思われますが、その当時の紅葉坂教会の牧師夫妻との関係において、牧師夫妻の一言が彼の琴線に触れたのだと思われますが、二人への激しい攻撃になり、私が1995年4月から紅葉坂教会の牧師になってから昨年3月に辞任するまでの16年間、一貫してお二人への非難と紅葉坂教会は差別的な教会であると、事あるごとに彼にしてみれば抗議し続けていました。16年間の中で1,2度彼が暴力をふるうことがありましたが、そのような時は私も強く、それはしてはいけない、とたしなめました。すると、しばらくは連絡がなくなりますが、ほとぼりがさめると、また連絡をしてきました。

 下記にも記してありますように、感受性の鋭さが生きにくさに繋がってしまうのだと思われます。自然との共生の中でみながゆったりと生きることができる社会であれば、そのような感受性の強い人も抱擁できるのでしょうが、現代社会はそいういうわけにはいきません。人類の歴史からすれば、現代社会は欲望の充足ということではよいのかも知れませんが、誰でもが生きやすい社会ということであれば、原始的な時代の社会の方が優れているのかも知れません。

 今日は「黙想と祈りの夕べ通信(101、復刻版)」を掲載します。
           
         黙想と祈りの夕べ(通信 101[-49] 2001・9・1発行)

 8月26日(日)の「黙想と祈りの夕べ」は休会でした。夕方まで「夕涼み会」があったからです。ちょうど「夕涼み会」が終わった頃、「黙想と祈りの夕べ」に時々出席する兄弟が来ました。彼の父は牧師で、現在は青森県弘前市にある教会の牧会をしていますが、以前は私が名古屋の御器所教会時代に日曜学校の夏期キャンプの会場として使わせてもらった岐阜の教会にいました。その頃彼は小学生低学年でした。彼は現在海老名に住んでいて、近くで働いていますが、私が紅葉坂に来てから、時々訪ねて来てくれようになっています。26日も帰省して帰って来たので、おみやげを持って、「黙想と祈りの夕べ」に来てくれたのです。事情を説明して、日曜学校のスタッフの方々と一緒に野毛の泰華楼に行って食事して別れました。

 私は、27日(月)にF兄の車に分乗させていただいて、「障がい者と教会の集い」に参加しました。この会は26日(日)午後から開かれていましたので、後半だけの参加です。今回は第16回目で、主題は「心苦しむ人と教会~精神障がい者を中心として~」です。私がこの集いに参加するようになったのは、紅葉坂教会に赴任してからですので、1995年からです。一度だけ1999年に沖縄の平和学集会に行き全く参加できませんでしたが、後の年は部分参加でもずっと参加してきました。この集いでは、学びの面だけではなく、「知り合うこと、触れ合うこと、―生活をともにして―」ということが大切な課題になっています。ですから、この集いの参加者の多くは、一年に一回開かれる集いで再会の喜びを与えられて、それぞれの場に散って行くのです。今年も参加者の一人から、自分は何故この集いに参加するのかと言えば、実際にさまざまな障がいを持った方々と触れ合うことの大切さを感じているからだという発言がありました。その意味で、いわゆる「健常者」の諸教会の牧師、会員の方々が、もっと参加してほしいという、訴えもありました。

 この集いの今回のテ-マ「心苦しむ人と教会~精神障がい者を中心にして~」との関連で、グル-プの話し合いに出ての感想ですが、視覚障がい者及び身体障がい者の方々と精神障がい者の方々には、同じ障がい者と言っても随分違いがあるのではないかということです。この集いに参加してくる視覚障がい者や身体障がい者の方々は、比較的明るい感じがします。もちろん個々人によって違いはありますが、積極的な方が多いように見受けられます。明るく積極的に感じられるのは、一人一人が自分をはっきりと持っているからだろうと思います。アイデンティティ-ということで言えば、アイデンティティ-がはっきりしていると言えましょうか。それに対して精神障がい者の方々は、多くの場合その人の外観はいわゆる「健常者」と変わりません。けれども「心苦しむ人」なのであります。心苦しむがゆえに、アイデンティティ-が揺れている方が多いのではないでしょうか。

 私もグル-プで名古屋時代の経験を話しました。名古屋時代は教会の一つバス停の所に精神病院がありました。そこからK兄が教会に来ていて、私の在任中に、私が病院の院長に相談して了解を得て、本人の希望により洗礼を受けました。でも、彼はなかなか礼拝には来れないのです。礼拝に来て、他の方から声をかけられたその一言が、彼の心には大変気になるからです。薄いガラスのような神経なのです。「心苦しむ人」の心を、私たちはどのように受けとめることができるのでしょうか。大切な課題です。