なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

使徒言行録による説教(13)

         使徒言行録による説教(13)使徒言行録4:1-12

・私たちの語ることが、ある人々には好意的に受け取られ、別の人々には反発されるということはよくあることです。私の語る説教も同じです。納得してうなずいてくれる人もありますが、あなたの語っている説教は説教とは思えないと反発・否定する人もないとは言えません。私の場合、若い時には何を言っているのか解らないとよく言われました。最近でも、紅葉坂教会時代には先生の説教は難しくてよく分からないと言われることがありました。解る・解らないとか、ただ単なる反発否定であれば、そういうこともあるだろうということで済むのですが、自分の語ったことによって、身の危険を感じるとなると、それでも語るなら、自分の語る言葉に命をかけて語る以外にありません。

・「ペトロとヨハネが民衆(民)に話していると、祭司たち、神殿守衛長(田川:「神殿長」)、サドカイ派の人たちが近づいてきた」(1節)というのです。「祭司たち、神殿長、サドカイ派の人たち」とは、エルサレム神殿に仕える人たちであり、当時のユダヤの国ではユダヤの民の支配者たちでした。何故彼ら二人に近づいてきたかといいますと、彼らが民に語っていることを聞いて、そのまま黙認することができなかったからです。2節に「二人が民衆(民)に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕まえて翌日まで牢に入れた」(2,3節)というのです。

エルサレムに最初に誕生した教会は、まだユダヤ教の一派で、ユダヤ教徒が大事にしていた午後3時の祈りの時には教会の人たちも神殿に上っていった(3:1)と言われていました。ですから、エルサレムの教会は、ユダヤ教から自分たちが完全に独立しようとは思っていませんでした。ところが、ペトロとヨハネが宣べ伝えた「イエスに起こった死者の中からの復活」を、祭司たち、神殿長、サドカイ派の人たちは「いらだち二人を捕まえて翌日まで牢に入れた」というのですが、それは何故でしょうか。

・それは、「イエスに起こった死者の中からの復活」、具体的には美しの門のそばで物乞いしていた生まれながら足の不自由な人が、立ち上がって正統的なユダヤ人だけが入ることのできる神殿に、二人の弟子たちと一緒に入って行ったこと。そのことで神殿に来ていたユダヤ人が、三人の所に集まって来たこと。そして、自分たちが十字架につけたナザレのイエスが復活して、そのイエスの名によってその男が生まれ変わって健康な人になったということを、ペトロとヨハネが語る言葉を聞いて知らされていること。つまり、イエスの名によって生ける神の命がこの男に与えられたということは、エルサレム神殿そのものの存在が危うくなることでもあったからです。エルサレム神殿は、そこにしか神はいらっしゃらないと信じられていた場所でした。そうだからこそ、エルサレム神殿に仕える彼らの権威を人々は認めていたのです。それが、エルサレム神殿とは全く関係なく、イエスの名によって死者をよみがえらせる神の復活の命が、信じる誰にでも与えられるとすれば、基本的にエルサレム神殿は無くてよくなるからです。そうしたら、彼らは自分たちの権威を保証するものを失ってしまいます。エルサレム神殿に仕えていた人々にとっては、彼らの存在理由と生活の基盤を失うことになりますから、ペトロらの活動をそのまま認めることができなかったのでしょう。新共同訳で「彼らはいらだち」と訳されているところを、田川さんは「イエスについて死人からの復活を語っていることが厄介だと思ったのである」と訳しています。二人の語る宣教の内容によって、とんでもないことが起こるのではないか彼らが持った予感を、この「厄介だと思った」という言葉はよくあらわしていると思います。

使徒言行録のこの記事では、ペトロとヨハネが牢に入れられたと言われている、そのすぐその後に「しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった」(4節)と記されています。「イエスに起こった死者からの復活」の宣教が、地殻変動を起こすかのように、人々の中に変化を起こしていることが語られています。これは教会の誕生というよりは、人々の中に起こり始めた人間変革であり、世界変革の兆しのようにも思われます。エルサレム神殿に仕える人々の存在が色あせ、彼らの権威によってまとまっていたかのようなユダヤ人社会に亀裂が入っていくかのようです。ここには、イエスの死後誕生した最初の教会の指導者であったペトロとヨハネの二人が、生前のイエスとイエスにおいて人々の中に起こった出来事を、ほとんど同じように再現しているかのうように描かれています。

・二人が牢に入れられたのは、日暮れでした。エルサレム神殿に仕える人たちは、翌日ユダヤ人の自治機関である議会を招集して、二人を審問します。「次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして使徒たちを真ん中に立たせて、お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した」(5-7節)というのです。この場面は、福音書の大祭司の庭でのイエスの審問とほとんど同じ場面です。イエスの時には、その大祭司の庭に潜り込んで、イエスの尋問の様子を伺っていたペトロは、お前もイエスと一緒だったと言われて、私はイエスなど知らないと、イエスの予告通り、にわとりが鳴く前に三度イエスの否認してしまったと、福音書には記されています。この時のペトロは、余りの恐ろしさにイエスへの信頼を失ってしまったのでしょう。自分の身を自分で守るしかないと思って行動し、その結果イエスを否認してしまったのです。その時の彼は神の命である聖霊の息吹によって支配されてはいませんでした。そういう意味では不信仰を露呈してしまったのです。

・ところが、この使徒言行録が伝える今日の記事でのペトロは、福音書の伝えるペトロとは全く違います。尋問された時、ペトロが語ったことが8節以下で記されています。この部分は田川訳で読んでみたいと思います。「その時ペテロは聖霊に満たされ、彼らに対して言った。『民の長の方々、また長老がたよ、本日我々が取り調べられているのが身体の弱い人に対してなした善行に関してであるとしたら、その善行によってこの人は救われたのであります。この人はナザレ人イエス・キリストの名において、すなわちあなた方が十字架につけたけれども神が死人の中から甦らせ給うたあのイエス・キリストの名において健康な者となり、あなた方の前に立っているのだ、ということを、あなた方みなが、またイスラエルの全ての民が、知るべきであります。このイエスはあなた方家造りによって蔑ろにされた石であって、それが隅のかしら石となったのです。そして、ほかの誰によっても救いはありません。またそれによって我々が救わるべき名は、天が下には、人間たちの間でほかには与えられておりません』(8-12節)。

・実に堂々としたペトロの態度と弁明ではないでしょうか。このペテロの振る舞いを可能としたのは、「その時ペテロは聖霊に満たされて、彼らに対して言った」と言われているところにすべてがあります。ここでのペトロは、民の支配者とユダヤ社会を権威づける最も大きな存在であったエルサレム神殿の存在と影響から自由に、聖霊に満たされた神によって解放された一人の人間としてたっているのではないではないしょうか。ペトロに癒された男も、救われて、健康な者としてそこに立っているのです。ペトロもこの男も聖霊に満たされて、今までとは全く異なる己として、今そこに立っていたのだと思います。「健康な者」という言葉には、私の読み込みかも知れませんが、身体が健康であると共に精神がというか、魂が神に造られた者として、一人の人間として健康な者という意味も込められているように思います。

・おそらくペトロもヨハネも、そしてこの男も、教会というこの世の秩序の中にはめ込まれた人間の組織には収まりきれない、聖霊に満たされたプラスαによって、ここに立っているのではないかと思います。そのような三人が見ている未来は、イエスの再臨であり、神の国の実現成就の時ではないでしょうか。イエスの宣教と癒しの業によって、神の支配としての、全てのいのちを生かす神の国が到来しているように、聖霊に満たされた者たちにとっても、神に国は単なる未来ではなく、すでにこの世界の只中に始まっており、その神の国を実際に生きているのではないでしょうか。

・昨日寿地区センター講演会で、東京の山谷で設立されてから10年になります、ホームレスのホスピスである「きぼうのいえ」の山本雅基さんの講演がありました。この講演は、寿地区センターの三森主事がぜひ山本さんの話を聞きたいということで実現しました。その背景には、寿でも高齢化が進み、お年寄りの方が多く、中にはドヤの中で孤独死をしている人も出ている状況です。寿にも「きもうのいえ」のようはホスピスが欲しいという思いがあって、山本さんをお呼びしたわけであります。

・これからが私たちの課題です。私は、余り「聖霊の働き」について説教でも触れることが少ないと思いますし、私自身そのことには禁欲的です。けれども、人間的な可能性をどんなに探っても、ある程度は見通しがついても、それ以上の必要が満たされなければ不可能なこともあります。そしてその人間的には不可能に思えることが、それに取り組んでいくことによって道が不思議に開かれることがあります。そこには、ある種の聖霊への信仰があるように思われます。寿のホスピスのこともそうですが、原発オスプレイという人権や平和の課題も、そして、今日礼拝後話し合いをしようとしています、これからの船越教会についても、私たちはどのようなビジョンを持ってこれからの船越教会を考えていくことができるかということも。その時に、人間的には不可能に思われることでも、これがみ心ではないかというビジョンが与えられたら、聖霊の働きを信じて前進していくことが求めれられているように思うのであります。