今日は「父北村雨垂とその作品(64)」を掲載します。以下の作品の中にも、このブログに今まで既に掲載してある句も幾つかあるように思われますが、そのまま掲載します。この中に「三女 治美の死」と表題されたいくつかの句があります。「治美」は私のすぐ上の姉で、この姉の上の兄が1938年生まれで、私が1941年生まれですから、その間に生まれました。我が家は戦災にあってその場所に戦後バラックを建てて生活していましたから、住環境もよいとは言えませんでした。それに戦後の食糧難の時期でしたので、姉は多分疫痢にかかり急死しました。上の姉たちの話では、その時父の髪の毛が真っ白になったということです。私が小さかったときから父は長髪で少女のおかっぱ頭のようでしたが、髪の毛は白が多いごま塩のようでした。この句を読むと、姉治美の死を父がどんな思いで受け止めていたかが分かるように思います。
父北村雨垂とその作品(64)
三女 治美の死
油 一滴 水に拡がり 実在を強いぬ
児の追憶に いく夜眠らざり 悔いず
死んだ児を 憶う今宵は、北枕
児の骨を託す こおろぎ繁(しげ)き 土
月のない夜は 死んだ児が 居ると想う
思い起こす 夢より淡き いのちの在り家
神の認識も あたらしき 小さき棺
死んだ児が 笑ってゐる 落ちてゐる 萩
土よ この土 日本の名で 永久(とわ)に在れ
死んだ児の 行衛 護れや ちぎれ雲
色彩
それぞれの青に 限界が来た 八月
狂人の諸君 と 分光器(プリズム)が 呼びかけた
スウイッチに 紫光は 抵抗の意志でか
冬の灯に 青の孤獨と 白の孤獨
北風(キタ)に 柿が 某(ぼう)戦犯の夢を 描いた
ぼろ靴の 思想は昇天したよ 野菊
克明に意識を消してしまった 夜明け
太郎は蒼白く 三郎は 赫い肌
強烈な意志を カンナの 赤に 黄に
錫のいろに 赤銅の艶に 蟋蟀(こおろぎ)を聴く
誕生(たんじょう)と 自殺が パレットの上で 舞踏
光琳の風格で 椿が 咲いた
霞(かすみ)が 童話を聴かせて呉れる 峠
原色の分裂が 明日の神話を 創造した
絵の具皿が いきいきと 思想を伏(ふ)せた
山は みどりの重量を姙(はら)んだ 五月
川面(かわおも)に いきな絣(カスリ)の 赤トンボ
空は 蒼い 無の箱は 蒼いものか
雑草が十種あり 青が十種 在り
生殖(せいしょく)と 腐肉と パレットに 踊る
純粋(じゅんすい)の灰色に 梟(ふくろう) が 啼いた
街灯は 黄色(きいろ)の 沈黙を 守る 夜あけ
紙幣(さつ)は ざんぎゃくな表情だ 猫柳