なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

私の裁判支援会通信第一号を発送しました。

 昨日、私の裁判支援会事務局会で「支援会通信第一号」の印刷・発送作業を行いました。支援会の正会員、賛同会員、献金(カンパ)者約620通の他に、まだ支援会に加わっていただいていなくて、日本基督教団年鑑で住所氏名が確認できます教職約300名に発送しました。今回の通信第一号には、第一回公判(東京地方裁判所第103号法廷で4月26日[木]午後2時開始)への傍聴のお願いも入れてあります。
私が教団から戒規免職処分を受けて、何故今回この世の司法の裁判に訴えたのかについては、疑問の方も多いと思います。支援会通信第一号の中にあります、2011年12月3日開催の支援会発足集会で、支援会世話人代表をお引き受けくださった関田寛雄牧師の挨拶にもそのことが触れられていますので、この私のブログにも転載させていただきます。この疑問は皆さんの中にもあるかも知れません。関田牧師が挨拶の中でそれに応えてくださっていますので、そこをご覧になってください。また、皆さんの知人友人で同じ疑問をお持ちの方には関田牧師の挨拶をご紹介いただければ幸いです。

 なお、今後私はこの私の裁判とこの裁判を通して問うている教団の問題を、できるだけ多くの日本基督教団に属する信徒の方々に訴え、お知らせしていきたいと思っています。多くの信徒の方々に、現在の日本基督教団の執行体制から発せられる使信における信仰観・教会観が極めてイデオロギー的であって、聖書の使信の一面的理解に偏向していることを知っていただき、自ら聖書と現実の往還の中で今後の日本基督教団の進むべき道を選び取っていただきたいと願うからです。そのためにどうぞ、東京近辺の方々には特に、私の裁判をぜひ傍聴してくださいますようにお願い致します。私はこの裁判を通して現在の教団の問題性を明らかにしていきたいと思っております。

 ネットを通して、皆様の周りの方々にもこのことをお知らせいただければ幸いです。


  「北村慈郎牧師を支援する会」発足集会での世話人代表 関田寛雄牧師の挨拶(2011年12月3日)

 はじめに

 皆様こんにちわ。お天気が悪いところを沢山集まってくださいましてありがとうございます。まとめた文章を読ませていただきます。

 北村慈郎牧師を支援する会代表として関田寛雄、この度は思い掛けなくもこのような立場に立たされまして戸惑っております。このような問題に関わるについては、最も不適格な者でございます。しかし、日本基督教団に属する者として、見るに見かねる状況を知るに及び、敢えてこの会の代表を務めさせていただきたく願っております。つきましては、三つのことを申し上げたいと思います。

(1)教団を愛する者として

 私は日本基督教団の牧師になって今年で57年になりますが、教団の一員であることを感謝と共に深く自覚したのは、1967年復活日に公にされました「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」という、いわゆる戦責告白に接したときでありました。それは、第二次大戦中における日本政府の戦争政策への屈従の歴史のみならず、近代日本の歴史における植民地、台湾・朝鮮、また沖縄・アイヌの人々との関わりにおける教会のあり方の深い反省に導くものでございました。しかし、神と人との前にこの痛切な悔い改めの宣言としての戦責告白に接しました者といたしましては、教会としての罪を告白し、新しくキリストの主権の告白と共に「信仰告白」を尊重しております。そして再出発した教団を心より愛し、誇りとするに至りました。それゆえにこそ教団内における政治的党派的対立の流れについて憂慮すると共に、教団の一致に向けて祈りと努力を続けたく思う者であります。

(2)聖餐式問題について

 この度の北村慈郎牧師の免職処分は、いわゆる聖餐式執行のあり方についての論議から始まりました。言うまでもなく、我々の教会における最も重要な営みは礼拝における説教と聖礼典でございます。特に聖餐式については、未受洗者の陪餐、すなわちオープン聖餐の動きが一部にあることは承知いたしておりますし、私といたしましてはいわゆるオ-プン聖餐については賛成できませんでしたし、私自身二か所の開拓伝道教会設立の過程におきましても、未受洗者への配餐は行ってはきませんでした。しかし、最近のエキュメニカルな聖餐をめぐる論議においては様々な見解や状況によりまして、その執行については流動化が起こっていることも事実でございます。そこで教団としては現段階における原則的見解を明らかにしてくださると共に、新しいあり方についての研究討議の場を設定していただきたく切望いたします。このことについては、神奈川教区総会決議として教団総会に提案されましたけれども、全く審議の機会を与えられませんでした。そして北村牧師免職という事態が先行してしまったわけでございます。私自身としましては、現段階でオープン聖餐には賛成できませんが、牧会的な特殊な環境の中で牧会的配慮の展開として、キリストの先立ちたもう恩寵を仰ぎつつ、未受洗者の陪餐を行うこともあってよいのではないかと考えます。教団執行部が教団における礼典に対して統一を求められるその意向は十分に分かりますが、教団執行部が強行な免職処分を行って得られる一致とは何なんでございましょうか。我々の求める一致は、御霊の給う一致なのでありまして、強権的な統制による一致ではないはずでございます。unity in varietyという言葉を教団一致に関して言われましたのは、神奈川教区総会を問安されました前議長山北宣久牧師御自身でございました。「例外なき規則はない」という言葉もございますが、教団としては原則的な立場を保持しつつも、特別な牧会の現場における聖餐のあり方については、柔軟な判断を示していただきたいものであります。何よりもこの問題についての論議と対話の場を設定していただくことを強く望むものでございます。

(3)教師免職処分について

 戦責告白を担う教団として痛みを持って想起せざるを得ないのは、第二次大戦中治安維持法違反の圧力の下で旧6部、9部の方々とその教会が弾圧され、数名の牧師の獄死まで経験する中で当時の教団の執行部は政府の意向に迎合して、これらの教会の解散と共に教職籍を剥奪するに至りました。教団はこの方々の免職によって自己保存の罪を犯したのでございます。後日旧6部、9部の牧師たちへの謝罪と和解が行われましたが、かつては国家権力の暴力の下でのことで、申し訳なかったという面もあるかもしれませんが、この度の北村牧師の免職は、国家ではなく教団執行部の権力の下で行われたことであり、教会としては決してなすべきことではなかった処置ではないでようか。当事者北村牧師にモラルの問題があったわけでもなく、反キリスト的な異端の教説に走ったわけでもなく、誠実な牧会者として教団の諸教会に長く仕えてきた牧師でございます。前任の紅葉坂教会の総会決議を忠実に実行したということが北村牧師のこれまでのことでございます。この北村牧師個人を免職にするという措置は何と言っても認められません。聖餐式執行に問題があったとするならば、教団として厳重注意をするとしても、免職という処分は余りにも行き過ぎであるというほかございません。「悔い改めれば復帰させる」という教団側の言い分にも接しましたが、それをおっしゃるなら、免職は不適当でございます。免職は排除なのですから、復帰の道は閉ざされています。免職処分は日本基督教団の名誉にかけて撤回していただきたいと思います。

 結び

 教会の問題を世俗の法廷に持ち出すべきではないというご意見を聞いております。もっともでございます。できれば教団内で対話の場を見出すことができれば、まさにそれにこしたことはございません。最後の対話を求めてのお願いの書簡も出しましたが、問答無用の形で返されてまいりました。このような冷酷な免職処分によって一人の牧師が任地を失い、生活が奪われるにいたることは、福音の中で中心的課題である基本的人権の危機を招くことを、教団執行部の方々はどのようにお考えだったのでしょうか。かくなる上はキリスト教会としての悲しみを抱きつつ、法廷での対話の道を求める以外に他に道はございません。心ある皆様方の祈りと理解とお力添えを切に願うのみでございます。

 祈り:歴史の主なる神よ、われらの教団を憐れみたまえ。贖い主イエス・キリストの御名によりて祈ります。