なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

終末の信仰

安部首相が自ら辞意表明をした日、私の妻は辺野古の基地建設反対国会前座り込みに行っていた。
国会前にいて、首相官邸の動きがあわただしくなり、安部辞任の報が駆け巡ったのだろう。妻は私に電話でそのことを知らせてくれた。2時の会見の少し前であった。私は3階の教会の牧師室で仕事をしていたが、一時中断して、4階の牧師館に行き、テレビで安部首相の辞任表明の会見を観た。

前々から安部さんには、自発的な力をほとんど感じられず、外から動かされている人形のような感じを私は持っていた。行き詰るのは時間の問題のように思っていた。だから、今回の安部辞任表明も来る時が来たのかと、余り驚きも無く受け止めた。
妻が国会前から一緒に座り込んでいた女性の牧師と一緒に帰ってきた。その牧師は私に用事があったからである。開口一番彼女は、安部さんがその首相としての仕事を途中で投げ出したことに絡めてこういった。私たちは終末的な信仰をもっているので、あきらめないわよねと。

私は、そこで終末信仰が飛び出すとは思いもしなかったので、一瞬意表を突かれた思いがした。彼女は現在働いている教会の牧師を来年3月に辞任することが決まっている。前々からどうしても沖縄に行くという思いが強く、沖縄の教会で牧師として働ければと願っている。たとえそれができなくても、彼女は来年4月から沖縄に身を置くことに決めているようだ。

米軍再編、日米軍事同盟が日本政府によって強引に進められようとしている現在、その痛みを最も強く担わされる沖縄に身を置いて、この時代の証人として、自分の人生の最後の時期を過ごしたいというのが、彼女の強い思いなのだろう。気持ちは分かる。
そのような彼女を突き動かすエネルギーが終末への信仰なのかも知れない。終末への信仰は、イエスにおいて始められた軍隊も戦争も止揚された平和な「神の国」が、神によって完成するという希望である。
私もその希望を再確認し、またこのブログの発信を再開しようと思う。