なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

牧師室から(15)

 以下の文章は、かつて教会の機関紙に書いたものです。

                  牧師室から(15)

 先日訪問の帰りに、本屋に寄り、書棚にあった『生かされて』という本が目に入り、その本を衝動買いしました。実は既に読みたいと思って買い込んでいる本が相当数あるのですが、この本を読み始めましたら、止まらずに一気に読んでしまいました。この本の著者はイマキュレー・イリバギザというルワンダ生まれの女性で、現在は結婚して二人の子どもを与えられて、夫と共にニューヨークに住んでいるようです。

 みなさんもご存知の方が多いと思いますが、1994年にアフリカのルワンダフツ族によるツチ族の虐殺があり、100万近い人が殺されました。その後フツ族の人たちがツチ族の復讐を恐れ、ザイールに逃れ難民となっている人も相当いるということでした。私は当時それ以上に詳しいことを自分から知ろうとしませんでしたので、時の経過とともに、このルワンダの虐殺という悲惨な事件も、ほとんど私の記憶から消えかかっていました。今回この本を読んで、改めて虐殺ということがどういうことなのかということを知ったように思います。この本の著者は大学生の時にこの大虐殺に遭遇し、奇蹟的に助かった方です。この本には虐殺の社会的な原因や理由が客観的に書かれているのではなく、正に彼女の実際の体験が書かれているので、むしろ虐殺の生々しさが伝わってきます。虐殺の根底には憎しみがあり、両部族間には歴史的に虐殺の連鎖があります。彼女は小さい時からのカトリックの信者で、自分の家族もこの虐殺で殺された経験をしているのですが、憎しみを超える赦しに生きることが、虐殺の連鎖を断つ唯一の道であり、自分が奇蹟的に生かされている意味もそこにあるというのです。

 この本を読んで、人を赦すとは何かということを改めて考えさせられています。

                                     2009年7月

 先日名古屋時代の方から妻が蜘蛛膜下出血で急死したという電話をもらいました。召された方は私が御器所教会の牧師をしていたときに、時々御器所教会の礼拝に出席していました。なぜ時々だったかと言いますと、一つは体調が思わしくないことがしばしばあったこと。もう一つは、教会の礼拝に出ると、他の出席者の言動が彼女には圧迫感を与えることがあったようですので、そういうことがあると、しばらくは礼拝に出られなかったようです。不思議と私には圧迫感は感じなかったようで、名古屋にいた頃は日曜日以外にもよく話しに来ていました。感性が鋭く細やかでしたので、聖書を読んでいても、すっと読むことができずに、疑問を持つことが多かったようで、そういう質問もよく私にもってきました。また、親族や二人の子どもを通した友だちのお母さんや子供会などで一緒に仕事をする人との関係で悩むことも多く、そのような相談もよく受けました。私の方はほとんど聞き役で、余りこうしろ、ああしろということは言いませんでした。その彼女から一年くらい前でしょうか、突然電話があり、「先生、牧師を辞めさせられるのですか」と言うのです。彼女は私が横浜に転任した後、カトリックの南山教会で家族一緒に洗礼を受けていましたので、日本基督教団の情報は入らないはずです。私が「どうして」と聞きますと、私が送っていた「黙想と祈りの夕べ通信」で知ったからというのです。その時は、「心配しなくても大丈夫」と答えましたら、安心したようでした。

 彼女の突然の死は、悲しいことですが、彼女には思い悩むことの多いこの世のしがらみからの解放でもあるように思われます。そういう彼女のような人の居場所がある教会を私は望みます。残されたご家族の上に主の導きを祈ります。
                                     2009年8月

 私たち人間にはいろいろな世界が与えられているように思われます。社会の中での私、自然の中での私、そして神の中での私です。私という人間は独りですから、社会・自然・神の世界の中で生きる私は、その時々によってどの世界との繋がりが強いかが異なるように思います。現在の私自身は、社会の中での私を強く意識して生活していますし、その社会の中で生きる私たち人間が、神の世界の中で生きている私たちをどのように反映できるのかに関心があります。

 ですから、日曜ごとの礼拝、日々聖書を読み、祈り、黙想する時には、神の世界の中にある私と私たちの在り様に思いを馳せます。その時間は、私の日々の生活の中では非日常的な時間です。日常的な時間での私は、教会のこと、今回のような政権交代で今後の政治がどう変わっていくだろうかということを含めた政治・社会のこと、家族を含めた具体的な隣人としての他者のこと、何を食べようか、どんな本を読もうかという自分自身のことなどに思いを馳せながら生活しています。考えて見ますと、私の生活の中では自然の中での私を感じる時間は僅かです。最近では湘南の海や青い空を眺めていた時くらいでしょうか。 
 お年寄りの方をお訪ねする時に感じるのは、人は年を重ねていくに従って、ご本人の中では自然や社会の中で生きる私よりも神の中で生きる私の比重が大きくなっていくのではないかということです。老いと死は単なる社会や自然の喪失ではなく、人が帰るべきところに帰る究極へのゴールなのかも知れません。死にゆく人間は、その人が意識するかしないかに拘らず、神と向かい合っているように思われるのです。死を帰天と呼ぶのは、人は神から生まれ神に帰る存在であることを示しています。すべての人間の死=帰天は人間にとっての尊厳そのものではないかと、私は思っています。
 
                                     2009年9月

 私たちの教会が実践しています非受洗者にも開かれた聖餐のことで、教区執行部の方々と話し合いの時を持ちました(10月8日、当教会で)。教会からは役員と対策委員と数名の教会員が参加しました。こういう機会が持てたということはよかったと思いますが、それにしても聖餐そのものの話し合いではなく、私の「教師退任勧告」を紅葉坂教会はどう受け取っているのかということから生まれた話し合いでしたので、もっと考えなければならないことがあるのではという思いを持ったのも正直な私の気持です。

 その夜最新のキリスト新聞に目を通して、教団とは別世界の他教団の動きを強く感じ、そのような他教団から教団は取り残されているように思えてなりませんでした。紙面には日本聖公会が宣教150周年で招いた英国国教会の最高指導者カンタベリー主教の以下のような発言が紹介されていました。「キリスト者は、実際に戦争を経験して傷ついているのが一人の人間であることを覚えるべき。一人ひとりが神さまの似姿として作られたということを常に覚えれば平和の実現は可能だ」。「平和を実現する働きの中で、キリスト者はリーダーシップを発揮するべき。信仰の中心は神がこの世界を作った時、イエスを通して平和を作ったということ」。このような言葉が教団議長の口から発せられることは、今の教団にはないでしょうし、この世界に正義と平和を実現していくことこそキリスト者の責任と使命であるなどと言ったら、「信仰告白と教憲教規」の方が大事だと言われかねません。何だか寂しい教団になっていますが、私たちは信じるところに従って歩み続けたいと思います。
 
                                     2009年10月