なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

使徒言行録による説教(27)

       使徒言行録による説教(27)使徒言行録7:30-43、
              
・今日の使徒言行録の記事は、ステファノの説教の第2段落に当ります。そのところに触れる前に、先週はペンテコステの礼拝で、使徒言行録の説教は一週間、間が空きました。最初に前回のところを振り返っておきたいと思います。

・ステファノは、ユダヤ人が大切にしている「神殿と律法」をけがしたということで、最高法院に引き出されて、裁判を受けています。けれども、ステファノは、サンヒドリンの議員たちを前にして、イスラエルの民の歴史を想い起しながら説教(演説)をはじめました。へブル語を話すユダヤ人とギリシャ語を話すユダヤ人という違いがありますが、同じユダヤ人として、先祖イスラエルの民の歴史をステファノもサンヒドリンの議員たちも共有していたのです。しかも、そのイスラエルの民の歴史は、神ヤハウエによって導かれている神の民の歴史でもありました。

アブラハムから始まって、ヤコブ、ヨセフ、そしてモーセの前半まで話が進みました。モーセヘブライ人(古代イスラエル人)の両親から生まれましたが、その頃エジプトの王はヘブライ人の男の子が生まれたら、殺させていましたので、両親は3カ月はなんとか育てましたが、見つかったらモーセは殺されてしまうので、ナイル川に葦の籠に入れて捨てます。そのモーセを水浴びに来たエジプトの王女が見つけ、エジプトの王宮で自分の子どもとして育てます。青年になって、同胞であるヘブライ人の一人がエジプト人によって虐待されているのを見て、エジプト人を殺してしまいます。その後ヘブライ人同士の喧嘩を仲裁しようとしたモーセに、彼らは誰がお前を我々の指導者や裁判官にしたのか、とくってかかり、あのエジプト人と同じように我々を殺す気か、とモーセに迫りました。そのことがあって、モーセエジプト人殺害がエジプト王のパロにも知れていることを悟り、エジプトを逃げ出して、ミディアン地方に身を寄せます。そこで羊飼いの娘と結婚し、二人の男の子を与えられて、平穏な生活を送っていたと思われます。

・ここまでが前回までのステファノの説教の内容でした。今日のところは、ステファノの説教の第二部になります。

モーセがミディアンに逃れてから、40年が経ちました。モーセは羊を追ってシナイ山に近い荒野に来たところ、柴の燃える炎の中で、神の顕現に出会い、エジプトの苦しむイスラエルの民を救うために、「あなたをエジプトに遣わそう」という神の召命を受けます。燃える柴の中からモーセは神の声を聞いたというのです。〈「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である」と。モーセは恐れおののいて、それ以上見ようとはしませんでした。そのとき、主は仰せになりました。「履物を脱げ。あなたの立っている所は聖なる土地である。わたしは、エジプトにいるわたしの民の不幸を確かに見届け、また、その嘆きを聞いたので、彼らを救うために降って来た。さあ、今あなたをエジプトに遣わそう」〉と(32-34節)。

・こうして、かつて同胞に拒絶されたモーセが、今や神自身の手によって、エジプトで奴隷として苦しむイスラエルの民の「支配者、解放者として」遣わされることになったのです(35節)。ステファノは、モーセのことを語りながら、モーセに重ね合わせてイエスのことを指し示しえいるものと思われます。モーセは、「エジプトの地でも紅海でも、また四十年の間、荒れ野でも、不思議な業としるしを行って人々を導き出しました」と36節に記されていますが、これは病者を癒し、悪霊に取りつかれた人から悪霊を追放したことや、5000人の人の二匹の魚と五つのパンで満腹させて、不思議な業としるしを行ったイエスと共通しています。

・37節の「神は、あなたがたの兄弟の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる」という言葉は、申命記8章15節をギリシャ語訳聖書(七十人訳)によって引用したものですが、モーセはこう語ることによって、イエスの出現を予言したのです。〈また、38節には「この人が荒れ野の集会において、シナイ山で彼に語りかけた天使とわたしたちの先祖との間に立って、命の言葉を受け、わたしたちに伝えてくれたのです」とあります。これも、命の言葉を伝え、さらには御自身が命の言葉であった、イエス・キリストのことを示唆しています。さらに「荒れ野の集会」というときの「集会」とはエクレーシアというギリシャ語で、新約聖書の文脈では「教会」と訳される言葉です。このようにステファノはモーセをとおしてイエス・キリストのことを語り、古代のイスラエルの民をとおして、新約聖書の時代のイスラエルの民のことを語ろうとしているのです〉。

・しかしながら、モーセの指導の下に行なわれたエジプト脱出以後にも、モーセに対するイスラエルの民の反抗は依然として止みませんでした。ステファノの説教の中では、その多くの出来事の中から、アロンをそそのかして、金の子牛を造らせたことが特に取り上げられています(出エジプト記32:1-4)。この偶像崇拝は、必然的に道徳的頽廃をもたらさざるを得ませんでした(41節)。「そこで神は顔を背け、彼ら(イスラエルの民)が天の星を拝むままにしておかれ」(42節)たというのです。

・これを糾弾する預言者アモスの言葉が、42-43節に引用されています。「イスラエルの家よ、/お前たちは荒れ野にいた四十年の間/わたしにいけにえと供え物を/献げたことがあったか。/お前たちは拝むために造った偶像/モレクの御輿やお前たちの神ライファンの星を/担ぎ回ったのだ。/だから、わたしはお前たちを/バビロンのかなたへ移住させる」。これもギリシャ語訳からの引用です。へブル語聖書とは二つの偶像の名前が違っていますが、偶像崇拝を糾弾する趣旨においては同じです。ただステファノの説教においては、元来ダマスコとあった地名が、バビロンに変わっています。ルカがそうしたのは、アッシリヤに捕囚となった北王国の十部族は、歴史の波間に消滅しまったが、その後バビロンに捕囚となった南王国のユダの民は、バビロンからペルシャに覇権が移り変わったときに、ペルシャ王クロスの解放令によってパレスチナへの帰還がゆるされ、現在のサンヒドリンを構成している人々もその子孫であるという事情によるものと思われます。つまり、彼らの先祖が経験したバビロン捕囚という民族的悲劇が、今や再び形を変えて、目の前におし迫っているということを、暗黙のうちに警告しようとしているのです。

・このステファノの説教の第二部の個所から思わされることは、エジプトで奴隷であったイスラエルの民が、その苦しい奴隷の状態からモーセという指導者を与えれて解放されるのですが、その後、その解放を大切にして、それにふさわしい生き方が出来なかったということです。エジプトを脱出したイスラエルの民は、シナイ半島をさ迷っていて、食べものにこと欠く状態に陥った時に、奴隷であったがエジプトでは肉鍋を食べられたことを思い出して、エジプトにいればよかったと、モーセに訴えるところがあります。今日の所に出てくる金の子牛や偶像礼拝も、同じように、或る面でイスラエルの民は奴隷の地エジプトからの解放に耐えられなくなってしまったのでしょう。奴隷でもいい、不自由でもいい、とにかく安定した生活が第一だというところに戻ってしまったのではないでしょうか。シナイ半島の荒野をさ迷っていたとき、腹を空かせてエジプトの肉鍋を思い出して、こんなことなら、奴隷であってもエジプトにいればよかったと思ってしまったのです。

イスラエルの民にとって、アブラハムに対して約束された土地取得は、シナイ半島をさ迷っていた時には、ほとんど希望のない絵空事に思えたことでしょう。エジプトから解放されて、イスラエルの民がもつべき目標は、約束の地カナンにあって、シナイ山モーセが授かった契約の民イスラエルの守るべき定めに従って、神の平和の民として生きることだったのです。そこではやもめや孤児も、差別されず大切にされて、イスラエルの共同体の中で支えられて、他の人たちと同じように平和に生活することができるのです。自分の命や財産が侵されないだけでなく、他の人の命と財産も奪ってはならないという約束によって、自分も他者も同じように大切にされて共に生きることができる社会が、解放に生きるイスラエル共同体の在り様でした。しかし、モーセによってエジプトを脱出したイスラエルの民は、そのような解放を告げるまことの神を仰ぐよりも、子牛の像や天の星を拝み、偶像崇拝に走って行ったのです。

・このようなイスラエルの民の歴史を振り返りながら、ステファノは、自らの置かれた状況をイスラエルの民の歴史に重ね合わせながら考えていたのかもしれません。「ステファノは、神の民を罪と死から解放するモーセ以上の解放者であるイエスに対して、彼の時代のユダヤの民がいかに反抗したか、そしてイエスを遣わしてくださった神に反逆していかに大きな罪を犯したかということを指摘しているのです。すんわち、イエスを十字架につけて殺し、さらにイエスの復活を信じる人々を迫害しているユダヤ人の心のかたくなさを指摘し、悔改めを求めているのです」。

・わたしは、このステファノという人物に、まっすぐな信仰者の姿を感じるものです。ペトロやヨハネのようなイエスに生前から従って、エルサレム教会の指導者になったパレスチナ出身の弟子たちのように、神殿に参拝したり、ユダヤ教の律法の枠組みを守って、ある意味でユダヤ教徒ユダヤ人との関係を保つことによって、非ユダヤ人の異邦人への差別を温存していたのに対して、ステファノは、イエスと同じように神殿と律法を相対化しているのです。ですから、ステファノのようなギリシャ語を話すユダヤ人の宣教によって、ユダヤ人の壁を越えて非ユダヤ人にもイエスの福音が宣べ伝えられていくのです。ステファノは、そのために殉教の死を遂げますが、そのような、対立を恐れず、語るべきことを語り、為すべきことをなしていくステファノのようなまっすぐな人の生き様によって、真実が明らかにされることによって、偽りによる人と人とを隔てる壁が越えられていくのではないでしょうか。