なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(286)復刻版

 「黙想と祈りの夕べ通信(286)」復刻版を掲載します。以下の記事の中には個人の名前があります

が、すでに天上の人となっている方については、差しさわりがない限り、そのまま実名のままにしまし

た。現役の方についてはOさんとかSさんという風にしてあります。今回の復刻版を読んでいて、今現在

の状況にもそのまま関係している内容が記されているように思えて、驚いてもいます。そういう経験をこ

の「黙想と祈りの夕べ通信」復刻版の掲載で、しばしばしています。人間はなかなか前進するのが難し

く、同じところの行き来を繰り返しているものなのかもしれません。転換がありうるとすれば、一つのパ

ラダイムの行き詰まりが究極に来た時なのかもしれません。


        
         黙想と祈りの夕べ通信(286[-25]2005・3.20発行)復刻版


 この通信は1月23日が2回あり(そのうちの1回は1月30日分)、1月30日が欠落していましたので、ナ

ンバーがダブっていました。今回調整しました。

 さて3月16日の黙想と祈りの夕べは、連れ合いが辺野古に行っていましたし、いつも見える方はご子息

の急な入院があり来れませんでした。伝道師も3月13日の送別会で当教会を辞しましたので、私一人でし

た。約一時間黙想の時を持ちました。礼拝堂という空間を一人で独占して、静かに思い巡らす時間が与え

られましたことは、私にとりましても大変貴重な機会でした。ちょうどこの3月末が来ますと、私の当教

会での働きも満10年になります。教会だより2月号役員懇談会報告にあります役員会書記のMさんがま

とめてくれました私の発題要旨にもありますように、私のこれからのテーマは礼拝と日常生活(現実社会)

との往還とでも言ったらよいのでしょうか、キリストといわれるイエスの福音の証言が個々人の社会にお

ける点としての働きから徐々に線から面への働きに広げていけたらと、密かに自分なりにいろいろなこと

を考えています。今までもいろいろなことを考えましたが、大体頭の中だけで終わり、行動までにはなら

ないことが多かったと思います。連れ合いは今度もどうせそうだろうという風に思っているようです。そ

のような私に対して、この一年においての彼女の行動力は目を見張るばかりです。昨年4月半ばから始ま

った辺野古のボーリング調査阻止行動の現地辺野古での座り込みに5回行きました。一番長い時は一週間

行きました。短くても3泊4日です。東京の国会前の座り込みにも時間がある限り、現在も続けていま

す。彼女はこのことによっていろいろな人とのネットワークが広がっています。学ぶことも多いようで

す。私はどちらかと言いますと、余り人間関係を広げる方ではありません。自分の与えられている場でコ

ツコツとやる方が自分の性分に合っていると思っている人間です。しかし、この2年半ほどは教区、教団

の働きの中で責任を担ってきました。その関わりで私と同世代で70年以来教団の中では福音主義教会連合

を中心とした現在の教団の主流派からは常に目をつけられてきた関西のSさんとも、関東のOさんとも話

をする機会がありました。私はこの教会で伝道師をしていたときにも、1977年の1月から3月の上泉浩

牧師転任と岸本羊一牧師着任の狭間で教職が私一人になったとき、当時過激と言われた横田勲牧師と善野

碩之助牧師を礼拝説教にお呼びし、午後話をしてもらいました。実際にお二人の話を聞いて、印象が変わ

ったという方が多くいました。噂や外見ではなく実際にその人に会って話を聞くと、偏見や誤解が解ける

ことが多いのです。私はSさんもOさんも私とは考え方も方法論も違うところがありますが、彼らがやっ

ていることは敬服しています。Sさんの阪神・淡路大震災後の救援活動は目を見張るものがありますし、

第33・合同後18回教団総会で廃止されたが、今も続けられている靖国天皇制情報センターでのOさんの

働きはやはりすばらしいものです。最近神奈川教区の一人の牧師から手紙をいただきました。その中に当

教会や私の教区での働きについて評価してくれているところがありました。「教区の中でも紅葉坂教会の

姿勢や北村さんの発言をお聞きして、敬服しています。教会というのは、ちょっと大きくなるとすぐに守

りの姿勢になるものです。社会のめんどうな問題にかかわりたくなくなるものです。いつも仕える姿勢で

生きておられる教会に感心します。常置委員会等での北村さんの発言は、一番まっとうな意見のように思

えます。『北村さんは教区のことを真面目に考えておられるナ』と思われます。他は多かれ少なかれ『こ

となかれ主義』です」。教会も私個人としても「塩」の役割を果たしていけたらと願っています。