なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

マタイによる福音書による説教(72)

「権力者の恐れ」 マタイ福音書14:1-12、2020年4月5日礼拝説教

 

  • 今日は教会歴では「棕櫚の主日」です。今日から受難週にはいります。今週の金曜日10日にはイエスが十字架にかけて殺されてしまいます。そして三日目の朝、来週の日曜日の早朝に復活したと言い伝えられています。教会歴によれば、今日はイエスの受難に関わる話をするのがふさわしいと思われますが、マタイ福音書の連続説教の続きにさせていただきたいと思います。今日のマタイ福音書の箇所は、バプテスマのヨハネ殺害の記事です。
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  • バプテスマのヨハネは、福音書の記事では「イエスの先駆者」ないしは「イエスの証言者」と言われている人物です。マタイによる福音書でも3章1節以下でバプテスマのヨハネのことが書かれていました。人々に悔い改めを迫り、そのしるしであるバプテスマを授けたと言いわれています。

 

  • わたしは、悔い改めに導くために、あなたがたに水でバプテスマを授けているが、わたしの後に来る方は、わたしより優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたがたにバプテスマを授ける」(3:11)と記されています。

 

  • エスはそのヨハネバプテスマを受けたと言います。そして水の中から上がられた時、「神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのをご覧に」なり、「『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」と言われています。

 

  • ですから、バプテスマのヨハネとイエスは大変密接な関係にあったと言えます。そのヨハネは、ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスによって獄中の人となりました。ヨハネがヘロデの略奪結婚を批判したからです。ヘロデは兄弟フィリポの妻ヘロディアをフィリポから奪って自分の妻にしたのです。

 

  • このヘロデがやったことは、当時のユダヤの律法に反する行為でした。多分ほとんどの人たちは、ヘロデのやったことが律法違反と知りながら、何も言わなかったし、何も言えなかったのでしょう。権力者にたてついたら、何をされるか分からなかったからです。自己保身のためには見て見ぬ振りをすることにこしたことはありません。

 

  • けれども、バプテスマのヨハネは黙っていませんでした。正々堂々とガリラヤの領主ヘロデに、その結婚は律法違反だと直訴したのです。権力によって白を黒としてきたヘロデにとって、ヨハネのようにまともに、「あなたは律法違反を犯している」と、直球で責められると、自分の権威が脅かされるその言葉を封じるために、ヨハネのような人物は抹殺する以外にないと思うようです。

 

  • 今日の14章3節以下に、「実はヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。ヨハネが、『あの女と結婚することは律法では許されていない』とヘロデに言ったからである。ヘロデはヨハネを殺そうと思っていたが、民衆を恐れた。人々はヨハネ預言者と思っていたからである」と記されています。

 

  • ヘロデはヨハネを殺そうと思っていた」。しかし「民衆がヨハネ預言者と思って」彼に従っていたので、もしヨハネを殺せば、民衆からの反発があって、どうなるか分からないということで、ヘロデは民衆をも恐れていたと言うのです。ヨハネを殺そうと思っていたヘロデも、民衆を恐れていたヘロデも、どちらも自分を守るための自己保身のヘロデです。

 

  • 今日のマタイによる福音書の記事を読みますと、結局ヘロデはバプテスマのヨハネの首をはねさせて、殺すのですが、いかにも仕方なく殺させたというような描かれ方をしています。ヘロデの誕生日に宴会が催され、その宴会で余興としてヘロディアの娘がみんなの前で踊をおどるのです。その娘への褒美として、ヘロデは「願うものは何でもやろう」と言います。娘は母ヘロディアに相談して、「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場でください」と言います。ヘロデは誓った以上列席者の手前、そうするように命じ、ヨハネを殺させたのです。

 

  • 何というグロテスクな物語でしょうか。この物語を読みますと、優柔不断で猜疑心の強い権力者としてのヘロデが思い浮かんできます。権力にしがみつく人物の何とも醜い姿ではないでしょうか。

 

  • もちろん権力者がみんなヘロデのような人物であったとは言えません。旧約聖書の王は、イスラエルの契約共同体においては、本来預言者や祭司と同じように神に仕える人です。神の御心がその国の中で実現するために働くのが、本来の王です。イスラエルの歴史の中でそのような本来の王に比較的近い存在がダビデだったのかも知れません。ですから、ダビデの末からメシアが現れるという信仰が生まれたのでしょう。

 

  • ヘロデは民衆を恐れ、ヨハネを恐れました。与えられた権力を使って、神と人に仕えるために心をこめて生きていたのなら、権力者であったとしても、ヘロデは民衆やヨハネを恐れる必要はなかったのではないでしょうか。

 

  • ヘロデが民衆やヨハネを恐れたのは、自分だけのことしか考えていなかったからでしょう。兄弟フィリポの妻ヘロディアを略奪して自分の妻にしたのも、まさにヘロデが権力を利用して自分のことだけしか考えていなかったことを示しています。

 

  • 一方ヨハネはどうだったのでしょうか。民衆から預言者と思われていたヨハネは、当時のユダヤ教では本当に生きた神の意志が伝わらないと考え、神の前に心から悔い改めを民衆に説いて、悔い改めのバプテスマヨルダン川で施したのでした。ヨハネは、それが自分としては神と人に仕える道だと考え、実践したのでしょう。そのヨハネのところに沢山のユダヤの民衆がやってきて悔い改めのバプテスマヨハネから受けました。イエスもその一人だったわけです。

 

  • そういう悔い改めの活動をしていたヨハネはヘロデの略奪結婚を見過ごしにできず、かく生きよと定めた神の律法を破る、許し難い行為だとはっきりヘロデに直訴したのです。

 

  • 私はこの物語を読んでいて、もしヨハネやイエスのような人が現れなかったら、当時のユダヤの国はある種の強制収容所のような社会であったのではないかと思いました。権力者は好き勝手なことをする。民衆は権力者に逆らえず、抑圧と差別に満ちたその社会の奴隷に貶められてしまっている。宗教としてのユダヤ教イデオロギーとして、そのような社会を支えてしまっていて、ユダヤ教からは新しい風が吹いてこない。

 

  • そこにバプテスマのヨハネが現れて神の風を送り込んだのではないでしょうか。「悔い改めよ、天の國は近づいた」と。イエスも「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言って宣教の働きを始めたと言われます。本田さんの訳ですと、「時はみち、神の国はすぐそこに来ている。低みに立って見なおし、福音に信頼してあゆみを起こせ」です。

 

  • 強制収容所のようなその国の住人として、奴隷のように黙々と権力者に従っていた人々が、目覚めて神の国の到来を信じ、神の国の住人として自立して歩み出すのを、最も恐れているのが、権力者なのです。ヨハネをヘロデが恐れた理由です。

 

  • マタイによる福音書では、ヨハネの弟子たちは、ヨハネの死をイエスのところに行って報告した、とわざわざ記されています。イエスもまたヨハネと同じ運命をたどることを予告いているのかも知れません。

 

  • バプテスマのヨハネヘロデ王に殺害されたように、イエスもローマ総督ピラトによって殺害されました。ピラトの背後にはユダヤの国の大祭司ら支配階層の思惑と彼らに扇動された、「十字架につけろ」と叫んだ民衆の同調もあったと思われます。

 

  • バプテスマのヨハネもイエスも、その受難と死は、横暴な権力者による虐殺によるものと思われます。単純に考えれば、そういう横暴な権力者を抹殺してしまえばよいのではないか、と思う人もあるかもしれません。

 

  • けれども、聖書によれば、ノアの洪水を起こして人間の罪と悪を清算しようとした神は、そのことを悔いて、その洪水から箱舟によって救われたノアとその家族及びすべての生き物を二度と再び滅ぼすことはない、と約束したというのです(創世記9:9以下)。

 

  • そのことは、私たち人間の間で起こる罪と悪は、私たち自身の中でそれを克服していかなければならないということを意味しているのではないでしょうか。ですから、人間の横暴に対して、同じ他の人間が犠牲とならなければならないのです。

 

  • 同じように神の似姿に創られた人間同士の中で、虐殺によって人が殺されていくことを、神が人間の創造者であるならば、その神はどんなに悲しんでいることでしょうか。兄弟殺しをしてしまったカインとアベルの父であり母であるアダムとイブのように。

 

  • ですから、バプテスマのヨハネの死も、イエスの死も、神の悲しみであり苦悩そのものを意味すると言えるでしょう。しかし、そこに神の忍耐と愛があると、聖書は語っているのです。

 

  • 私たち人間は、そのことに気づいて変わってきたのではないでしょうか。ヨーロッパ近代の人権や平和の思想が生まれる基となったのは、人間賛歌であるギリシャ思想の再発見であるルネッサンスではなく、人間の間に上下はないとする「万人祭司」を掲げた宗教改革の影響が強いと言われています。万人祭司は、神の下にすべての人間はその尊厳において対等同等だというのです。どこの国どの民族の人であろうが、男であろうが女であろうがマイノリティーの人であろうが、大人であろうが子供であろうが、病気の人であろうが健康な人であろうが、その違いによって差別されてはならないという人権思想を、私たち人類は長い封建的な社会を経験して、イエスをはじめとするたくさんの虐殺者の犠牲の上に獲得してきたのです。

 

  • 人権思想と共に、国家間の戦争による破壊の恐ろしさを経験した私たち人間は、平和の大切さに気付き、国際連合やユーロのような国家の枠を取り外した共同体を生み出してきているのです。現在はそれが逆行しつつありますが。

 

  • けれども、歴史を生きる私たちは常にその途上を生きる者です。残念ながら、受難を引き受けながら、神の被造物として、それぞれ与えられた尊厳を持った人間として、他者である隣人の命と生活を奪うことなく、互いに愛し合って生きていくことのできる完成された社会である神の国の完全な到来を望みながら、この地上の生を生きているのです。

 

  • 「自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」とのイエスの招きは、私たちがこの途上を生きることへの招きではないでしょうか。バプテスマのヨハネの殺害である受難と死、そしてイエスの十字架という受難と死を想い起すとともに、このイエスの招きを噛みしめたいと思います。