なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(506)

船越通信、№506 2022年3月6日(日)北村慈郎・

・ 27日(日)朝の6時半ごろ、この日の礼拝式と説教原稿他をメール配信しまし  た。この日は、独りで自宅分散礼拝をしただけで、後は何となくボーと過ごしました。ただロシア軍のウクライナ軍事侵攻が気になり、テレビから情報を得るようにしました。2年前のこの頃、連れ合いの千賀は、鶴巻温泉病院の緩和病棟に伊勢原東海大附属病院から転院してきて数日が経っており、携帯電話も主にフェイスブックや写真を撮るために愛用していたアイパットも、「もういい」と言って使わなくなり、うとうとするようになっていました。もうほとんど食べ物も受け付けなくなっていたのではないかと思いますが、氷菓ガリガリ君が食べたいと言うので、持って行ったガリガリ君を食べて、おいしかったと言って、満足そうだった頃だったと思います。しばらくしてから昏睡状態になり、私が二晩病院に付き添い、3月3日午前8時過ぎに息を引き取りました。

  • そういう時期ですので、帰天した連れ合いのことを想い出すことが多くなっています。3月になって、1日、2日とお花が届きました。花の好きだった千賀は喜んでいることでしょう。千賀が帰天した3日には、新型コロナウイルスの感染を気にしながらも、昨年11月の納骨のときにも来れなかった私の10歳上の姉と一緒に、娘の車でお墓参りに行きました。姉は地下鉄センター南の駅近くに住んでいますので、帰りにセンター南の東急の食堂で昼食を共にして別れました。
  • 28日(月)に久しぶりにI牧師から電話がありました。私の戒規免職問題を取り上げた川崎・鶴見地区の2・11集会について、先生は大変厳しい批判を述べていました。先生は、私の戒規問題を手続きの問題に限定することは、この問題を矮小化し、本質を見誤ることにはならないかと、言われているように思いました。日本基督教団という宗教集団の組織の問題以上に、聖餐の問題は信仰の本質にかかわる問題で、イエスの「神の国の福音」を信じる信仰の問題である、と言うのです。みんなは「神の国」を本当に信じているのかと、先生は問いかけて、今はルターのように「我ここに立つ」という人が出なければならないと、熱く語っていました。私自身としては、私の戒規免職問題は、教団の制度的な手続きの問題として問い続ける必要があると思っています。同時に、この問題には、I先生が指摘する面も確かにあって、イエス・キリストの福音にふさわしい聖餐のあり方を追求して行く必要があります。私は、上記の2・11集会でも話したのですが、私が聖餐の問題で一番関心を持っているのは、聖餐を誰に配餐するかということ以上に、戦時下の戦争協力をした日本基督教団の諸教会が行った聖餐は、イエス・キリストの福音にふさわしい聖餐だったのか。或いは土井昭夫さんか、資本制社会の中に包摂されている教会は戦時下の教会と本質的に変わらないのではないかという趣旨のことを、どこかで言っていたと思いますが、そのような教会で行われる聖餐も、資本の支配を超えられないとすれば、イエス・キリストの福音にふさわしい聖餐と言えるのかという問題です。私は聖餐の問題では、誰が聖餐を受けることが出来るかということよりも、この問題の方が重要だと思っています。福音と世界に聖餐について書いた時にも、そのことをちょっと触れたのですが、これに対する応答はどこからも一切ありません。その意味で、I先生の問いかけにも応答していかなければならないと思っています。
  • 3月1日(火)午後6時から教区の常置委員会がZoomで行われました。私も参加しました。大分Zoomにも慣れてきました。この日の常置委員会は3月でしたので、2月総会を終えたばかりであることと、神奈川教区の諸教会・伝道所に就任する新任教師も4月以降になりますので、ほとんど議論する案件はありませんでした。2月の第148回教区定期総会で、ある教師から、按手・准允式の前に毎回志願者が受けた教団の教師検定試験は「不当とまでは言えない」と、賛否を取って確認していることは、恰も教団の教師検定試験が問題であるかのような印象を与えるので、この確認は必要ないのではないかという要望が出されました。常置委員会でその要望を受けて話し合うことになっていますが、議長は今回はスルーして、次回以降で話し合うことにすると提案し、今回は話し合われませんでした。この問題は、1970年代にあった、受験拒否者も出した教師検定試験問題をどうとらえるかによります。現在の教団の教師検定試験は、70年代に起こった教師検定問題で出された問いに答えないまま、見切り発車した教師検定試験の延長上にあります。問題が解決しているわけではありません。またかつては神奈川教区にも受験拒否者がいました。全国には今も受験拒否のまま補教師や信徒伝道者のままでいる人もいます。そういう現状においては、教区総会の按手・准允式執行前に、志願者の受けた教師検定試験は「不当とまでは言えない」ということを毎回確認することは、最低限必要なことではないかと、私自身は思っています。他に10号議案「熊本地震被災者支援に関する件で、一つの報告がありました。支援の一つに「梨のプロジェクト」があって、神奈川教区から梨の苗木を購入する献金をしていて、現地には「神奈川教区の森」があって、その梨の木が実をつける頃になり、その実を送ってくれるそうです。現在は当時教区議長であったM牧師の元住吉教会との関係が密のようですが、他の教会でもこの運動に参加してくれるようにと、アッピールがありました。今回の常置委員会は1時間強で終了しました。
  • 2日(水)は午後7時から「沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすける連絡会」のZoomによる実行委員会があり、私は世話人代表として参加しました。新型コロナウイルス感染拡大によりこの、2年間活動が休止状態でしたが、この2年間の各地の活動があれば、それをまとめて、なおコロナが終息するまでは活動らしい活動ができないことをお断りし、2年間の会計報告を含めて通信を発行する話し合いをしました。5月には通信第27号を出せるように準備することになりました。