なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(540)

船越通信、№540 2022年11月13日(日)北村慈郎

 

  • 6日(日)は永眠者記念礼拝でした。講壇の前には例年のように船越教会に関わる既に帰天したか方々の写真が置かれていました。例年出席する遺族の方もいらして、共に礼拝を捧げました。この日礼拝には出席できませんでした方から送ってこられたメッセージを紹介します。九州福岡のWさんから、「いつもお心にかけていただきありがとうございます。本日、永眠者記念礼拝のご案内をいただきました。ありがとうございます。伺って皆さまにお目にかかりたかったのですが、11月7日に外せない用事がありましたので、残念ですが今回も福岡で心を一つにお祈り申し上げます。急に寒くなりました。皆さまお気をつけてお過ごしくださいますよう。10月21日 W・K」。また同じ九州の宮崎県都城市のKさんからは、「主の聖名を讃美致します。寒暖差が大きく、朝晩強い寒気を覚える昨今となりましたが、其の後、北村先生初め皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか。さて、今年も、永眠者記念礼拝を持つ候となり、月日の経つのは、本当に早いものですね。今年も天に在る方々を偲びつつ、心ばかりですが、お花でもおささげ下されば幸いに存じます。これから増々過酷な冬へ(今年は特に)むかおうとしておりますが、何卒お風邪等、召しませんようご自愛下さいませね。主の励ましと、お支えを祈りながら。…K・E」。礼拝後、教会員の方が用意してくれたパックに入ったお弁当を持ち帰る人、教会でいただく人と分かれましたが、久しぶりに会食の雰囲気を味わうことができました。その後散会し、役員会がありましたが、役員会は、クリスマスの準備がメインでしたが、比較的早く終わりました。私は午後2時過ぎのバスで追浜に出て、鶴巻に帰りました。この日は18:00~21:00、沖縄から米軍撤去を求め、教団「合同のとらえなおし」をすすめる連絡会(以下“もとすす”)のZoomによるリモートの全国集会、「合同」再考!?がありました。“もとすす”の集会は、前回が2019年3月神戸で開催し、その後コロナウイルス感染拡大のために活動休止状態が続き、本年5月に通信を発行し、本年は沖縄復帰50年、沖縄教区が教団とは「距離を置く」決断をしてから20年になりますので、今回の全国集会を企画したわけです。現在“もとすす”の世話人代表は私が岩井健作さんから引き継いでしておりますが、実質的には関西の事務局の4人の方が“もとすす”を動かしてくれています。“もとすす”は2004年の教団総会で有志の運動として立ち上げた連絡会です。最初な京都教区の人たちが事務局を引き受けてくれて、次に神奈川教区の人たち(その時は私が事務局長でした、そして現在は大阪と兵庫を中心に4人が事務局を担ってくれています。今回の全国集会では、69年「合同」は何だったのか、その「とらえなおし」に焦点を当てて集会を設定しました。69年「合同」の時には既に牧師として働いていた千葉宣義さんと小柳伸顕さんに発題してもらい、それに事務局から大澤星一さんと私の4人が発題することにしました。ただ小柳さんはリモートが無理なので、原稿の朗読による発題になりました。私は69年4月に最初の教会に赴任しましたが、67年の戦責告白や万博・東神大問題は避けて通れない問題でしたが、69年「合同」については、当時はほとんど自分の問題意識の中には入っていませんでした。大澤星一さんは、年代的に若い方ですから、当然69年「合同」との関りはなかったのではないかと思います。小柳さんは発題原稿の中で、「合同」問題は自分にとっては「後だしじゃんけん」で、69年の時にはほとんど関心がなかったと言っています。千葉さんも、発題の中で自分も小柳さんと同じだと言っていました。69年「合同」は、「議定書」を読むだけでも、沖縄キリスト教団と日本基督教団の二つの教会の対等な合同とはとても思えませんし、沖縄キリスト教団の日本基督教団への吸収合併としか思えません。なぜそういう合同になったのか、そのとらえなおしをしていくことは、日本基督教団に属する教会にとっては大変重要なことで、私は、今回の発題を前にして、主に沖縄側からでている資料を大分読みましたが、69年「合同」と41年「合同」とは、質的に余り変わらないのではと思いました。67年の戦責告白から69年の「合同」への流れは、「教会と国家」と言う文脈からしますと、41年「合同」の誤りと戦時下教団の戦争協力という罪責の悔い改めに立って、日本基督教団という教会は国家に対峙する教会であるという決断だと思うのです。けれども、実際にはそうでなかったのは、現在の日本基督教団の姿が示しています。現在の日本基督教団は戦責告白に立って、国家に対峙し、戦争に反対していけるかというと、はなはだ怪しいと思われます。むしろ国家と資本の包摂の中で、伝道による勢力拡大をめざす単なる宗教教団になり下がっているように思えてならないのです。沖縄の苦しみを共有し、沖縄から米軍基地撤去を求め、沖縄の教会と対等な合同を実現し、共に国家や資本の横暴と闘う合同教会になることが、69年「合同」を進め実現した方々の思いではなかったのではないしょうか。その思いが日本基督教団の中で継承されていくようにと願って、私は“もとすす”の働きにこれからも許される限り関わっていきたいと思っています。今回の全国集会には60人近い人が参加してくれたようです。Zoomにおるリモート集会という、アナログ人間には緊張しますが、コロナ感染問題がある中で、こういう形の集会ができることはありがたいことです。事務局の方々のその労には心から感謝いたします。
  • 8日(火)には18:00からZoomによる教区常置委員会があり、私も参加しました。今回は2人の教師試験受験の面接もありました。常置委員会では、他にも教区の教会・伝道所への就任のときに面接があります。面接には、毎回当事者からの所信表明とフロアーからの質問がありますが、常に問われることは、日本基督教団の教師になることであり、日本基督教団の教師であるということです。当事者の多くは、福音宣教の使命はその人なりに語りますが、日本基督教団の教師であるという自覚について、所信表明で触れる方はほとんどありません。今回も面接の最後に、議長は日本基督教団の歴史をよく学んでくださいとお二人におっしゃっていました。今回の常置委員会はこの面接の外は、ほとんど定例的なものでした。午後8時少し前に終わりました。
  • 10日(木)は国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに行きました。寒いと思い、厚着をしていきましたが、ぽかぽかした暖かな陽気で、座り込み中もジャケットがいらないくらいでした。この日はいつも来る一人の方がお休みで、座り込みをしたのは私を含めて3人でし