なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

ヨハネによる福音書による説教(21)「イエスの言葉を信じて」ヨハネ4:43-54

6月18(日)聖霊降臨節第4主日礼拝(10:30開始)

 

(注)讃美歌奏楽はインターネットでHさんが検索してくれました。

 

⓵ みなさん、おはようございます。今から礼拝を始めます。しばらく黙祷しま

しょう(各自黙祷)。

② 招きの言葉 「希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」

(ローマ5:5)

③ 讃美歌    8(心の底より)

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-008.htm

④ 主の祈り  (讃美歌93-5A)を祈りましょう(各自祈る)。

⑤ 交 読 文   詩編52編1-12節(讃美歌交読文57頁)

⑥ 聖  書   ヨハネによる福音書4章43-54節(新約171頁)

        (当該箇所を黙読する)

⑦ 祈  祷(省略するか、自分で祈る)

⑧ 讃 美 歌   371(このこどもたちが)

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-371.htm

⑨ 説  教   「イエスの言葉を信じて」       北村慈郎牧師 

  祈  祷

 

 前回私たちは、イエスと弟子たちがユダヤからガリラヤに、ユダヤ人が犬猿の仲であったサマリア人が住んでいるサマリア地方を通り抜けてガリラヤに行く路を通って行って、そこで起こったイエスサマリアの女の出会いを契機に、サマリアの町にイエスは二日滞在されて、サマリア人の多くの人がイエスをメシア(救い主)と信じるようになった、サマリア伝道について学びました。

 

 今日の最初の箇所(43-45節)は、これから述べようとすることへの導入であり、また今まで述べたことをまとめて、次の話とのつながりをつけるための、記者ヨハネ自身の手に成る要約的記事であると考えられることできます。そのところを田川訳で読んでみます。

 

 サマリア滞在の≪二日の後、彼はそこから出てガリラヤへと(行った)。すなわちイエス自身は、預言者は自分の故郷では敬われない、と証言したのであった。それで彼がガリラヤへと入った時に、ガリラヤ人は彼がエルサレムで祭の時になしたことすべてを見て、彼を受け入れた。彼ら自身も祭に来ていたからである≫(田川訳)。

 

預言者は自分の故郷では敬われない」とは、一般に流布されていたことわざのようなものであったのでしょう。ヨハネはそれをイエス自身の口を通して語っています。預言者はなぜ自分の故郷では受け入れられないのでしょうか。故郷では、その人は生まれ育った時からよく知られており、しかしそれだけにかえって地縁血縁的なつながりの中で見られることが多く、真にその人を内的、人格的にとらえることがむずかしくなるかではないでしょうか。身近な人であればあるほど、その人を客観的に正しく評価しえなくなるのは世の常のことです。この点については、イエスの場合も例外ではなかったということでしょう(マルコ6:4、マタイ13:57,ルカ4:24)。

 

ところがガリラヤの人々は、巡礼先のエルサレムでイエスがなしたことを見ていたので、イエスガリラヤに来た時に、イエスを受け入れたと言うのです。祭りから帰って、巡礼者たちは、ユダヤエルサレムで驚くべきことを行なった人〔イエス〕について、知らせを持ち帰っていました。そして今、イエスが、ふたたびカナにもどられると、かつてそこで行われた水をぶどう酒に変えたイエスの奇跡が、ふたたびよみがえって、そして、あらゆる困窮の中に、奇跡的な助けを与えるお方、イエスのもとに、民衆は導かれたのであります。

 

このことは、その前の言葉(「預言者は自分の故郷では敬われない」)と矛盾するかのように思われますが、しかし実はそうではないのです。エルサレムにおいてもそうであったように、ここガリラヤにおいても、人々のイエスに対する歓迎は、表面的であり、一時的である。ガリラヤの人たちはイエスを、奇跡を行なう人として歓迎したのであり、人間の心を知る者として(ヨハネ2:23-25)、まことのメシア(救い主)として、奇跡があろうとなかろうと、私たち一人一人を神との関係に導き、神に栄光を帰して生きる人間として招くイエスを歓迎したのではなかったからである、とヨハネはここで言おうとしているのです。重要なことは、その歓迎の仕方、その心にあるのです。だからイエスは、表面的なその熱烈な歓迎ぶりにもかかわらず、故郷のガリラヤの人々の間に真に受け入れられてはいなかったのであり、そのことをイエスは鋭く見抜き、知っておられたのであります。

 

46―47節に、≪それで彼は再びガリラヤのカナに来た。水を葡萄酒にした場所である。そして王の役人がいて、その息子がカファルナウムで病気になっていた。この者が、イエスユダヤからガリラヤに来ていると聞いて、彼のもとへと出かけ、「下って来て、息子を癒して下さい」と頼んだ。息子が死にそうだったからだ≫(田川訳)と記されています。

 

ここでイエスにお願いしている人を、「王の役人」と呼んでいるのは、おそらく、彼がガリラヤの領主アンティパスに仕えていたからであろう。この王の役人が当時のユダヤ社会でどれほどの社会的な立場の人であったのか。よく分かりませんが、決して貧しい人ではなかったでしょうし、それなりの社会的地位のある人だったと思われます。しかし、その息子が病気で死にかかっているという苦しみをこの王の役人は抱えていたのです。どういう立場の人でも、子供が病気になり、しかも死にそうな状態であるということは、その人の大変な苦しみであることは間違いありません。また病気と死は大人であろうと子供であろうと、年齢に関係なくやってきます。

 

エスは、ひとりの息子の病気のいやしを求めに来たこの役人の中に、典型的なガリラヤ人を見られました。すなわち、≪そこで、イエスは彼に言われた、「あなたがたは、しるしと奇跡とを見ない限り、決して信じないだろう≫(48節、田川訳)と言われていますように、「いやし」を求めても「救い」を求めようとしない人間を見られたのです。このイエスの言葉は、「あなたがた」と複数になっているので、この役人をも含めて、ガリラヤ人一般に向けられていると読むことができるでしょう。

 

人びとが求める助けを得られないなら、彼らにとってイエスは、何の足しにもならないし、神も彼らのために、姿を没しておられることになる。イエスが彼らに、はっきりとした働きによって、助けを与える時のみ、彼らは、イエスの所にとどまろうとする。しかし、このようなイエスの嘆きは、ひとりこの王の役人にだけあてはまるものではなかった。「あなたがたはそうする」とイエスは言われて、そして、驚くべき助けをイエスから受け取ったゆえにのみ、イエスをほめたたえるガリラヤ人と、このお願いする王の役人とをいっしょになされるのです。

 

しかしここでの役人は退きませんでした。そしてなおも切実にイエスに求め続けたのです。「主よ、私の子どもが死ぬ前に下って来てください」(49節、田川訳)。愛するわが子の命を惜しまない親はいないでしょう。この役人の言葉には、子どもの命を気づかう父親の不安と愛とが脈打っています。この父親の切実な心の願いが、イエスの心に通じ、イエスの心を動かしたのでしょうか。

 

「カペナウムに下って来てなおして下さい」というこの父親の執拗な願いに対して、イエスはこう言われます、「行きなさい。あなたの息子さんは生きている」(50節、田川訳)。この一語に、イエスの力のすべてがそそぎこまれたのです。

 

その言葉は、この二つのことをはっきりと語っています。イエスにとってしるしは、人間の中に信仰を呼び起こす手段として役立つものです。人間の目がしっかりとイエスから離れないような完全な信頼をもって、イエスに身をゆだねるということに、すべてがかかっています。奇跡がこのような信頼を起こすように、イエスは彼らの願いを聞き入れたのです。しかし第一に、ただ困窮から抜け出すことができ、神のもとに外的な助け以外、何ものも求めることを知らないこのような信仰は、信仰とは言えません。その心が鈍くもなく、捕らわれてもいないならば、奇跡がなくとも、できるかぎり、なしうるかぎり、イエスを信ずるであろうし、イエス御自身の中に――あれこれの個々の助けにではなくーー神の完全な、包括的な賜物を認識するであろう。そのような心は、イエスの中に神を確信したことを喜び、その意志をおだやかにするであろう。しかも、イエスがその静かなやり方によって、あらゆる自然の秩序に服し、御自身も自らの内なる神の現臨をお示しにならないような時でさえも、そのようにするのである(シュラッター)。

 

「その者はイエスが彼に言った言葉を信じて、去って行った」(50節、田川訳)。父親にとっては、イエスのこの一語だけで十分であったのです。カナとカペナウムとは、訳30キロの距離にあります。しかしこの父親は、このイエスの言葉を心に抱いて家路につき、途中で僕たちに会って、昨日のその時刻に、子供の病気がいやされたことを告げられたのであります。他のガリラヤ人は、しるしと奇跡とを見なければ信じなかった。しかし彼は、しるしを見ず、奇跡が起こる前に、「自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った」とういのです。そこにいやしがなされ、それによって彼の信仰は、いっそう強い確かなものとなったのでありましょう。

 

この記事は、死にかかっている子供の命が助かったという奇跡(しるし)について述べています。しかし病気のいやしは結果であって、ここでの重点は、イエスの言葉と力と、その言葉への信頼におかれていることは明らかです。言葉と信仰が先行し、徴と奇跡はそれに伴う。奇跡を見ることによって信じるのではないのです。奇跡は、イエスの言葉と信仰のもたらす果実として起こるので、奇跡によって信仰が生まれるのではありません。これが聖書の、イエスの求める信仰であり、信仰とは「イエスの言葉を聞いて信じる」ことであります。

 

「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である」(Ⅰコリ1:18)。

 

この王の役人が与えられたものは、子供の病気のいやし以上のものでした。王の役人は息子の病気の癒しを求めました。だがイエスは、それ以上のものを彼に、いや彼の一家にお与えになったのです。「彼自身も、彼の家の者たちもみな、信じたのであった」(53節、田川訳)。ここに新しい事態が、病気のいやしという奇跡からの思いがけない展開が、現われ出たのです。彼のみならず、その家族一同に、新しい風が吹きこみ、新しい世界が開かれたのです。彼は肉体のいやしを求めたのですが、イエスは人間の肉体と精神との全体を、彼自身とその家族一同を救うメシヤであることを示されたのです。

 

ひとりの救いを通して、主の救いが全家に及んで行くことの意味は、広くまた深いものがあります。救いは個人の救いと共に始まったとしても、それをもって終わるのではありません。救いは個人的であると共に、また共同的であり、社会的な事柄でもあります。この場合ひとりは、共同体を代表して、そこに至る救いの通路となるのです。この病気のむすこを持ったひとりの役人は、ガリラヤ全体の救いを代表し、その初穂となったのである、ということもできるでしょう。ひとりのサマリヤの女を通して、救いがサマリヤ人全体に及び(4章)、十二弟子の選びを通してキリストの福音がギリシャ・ローマ世界に伝えられたように、新しいイスラエルである教会を通して、また救いが全世界に行き渡るのであります。私たちは、ただ自分一個の救いのみにとどまらず、全家の救い、すべえおn人のの救いのために、祈り求め、なすべき働きをつくしたいと思います(森野善右衛門)。

 

祈ります。

 

神さま、今日も礼拝を行うことができ、この礼拝に連なることができましたことを、心から感謝いたします。

神さま、私たち人間は、病と死をはじめさまざまな苦しみの中で、あなたの不在を思い

神に見放された人間の絶望に苦しむ者です。けれども、イエスを通してあなた  は、どんなときにもあなたが「我らと共にい給う」ことを示しって下さいました。イエスは、私たちが神との関わりの中でまことの人間として生きることを私たちに、その言葉と生きざまで示して下さいました。

神さま、私たちがあなたへの絶対的な信頼の中で生きることができますように、イエスの歩まれた道を、私たちもたどたどしくとも歩んでいけますようにお導きください。

この世界は混とんとしています。平和と人権が守られる世界ではなく、戦争と抑圧が勝っているかのようです。神さま、平和と義と喜びの滿ちるあなたのみ国が来ますように。

今この世界の中で傷つき、苦しみ、命と生活が脅かされている人々をあなたが支えてください。

今日から始まる新しい一週の間、私たちの仲間の一人一人をその場にあってお守りください。特に今病の中にある方々を癒し、支えてください。

新しい一週の全ての人の歩みを支えて下さい。

この祈りをイエスのお名前を通してみ前に捧げます。  アーメン。

 

⑩    527(み神のみわざは)

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-527.htm

⑪ 献  金 

⑫ 頌  栄  28                                                       

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-028.htm

⑬ 祝  祷

  主イエス・キリストの恵み、神の慈しみ、聖霊の交わりが、私たち一同の上に、また全ての人の上に豊かにありますように。     アーメン                      

⑭ 黙  祷(各自)

これで礼拝は終わります。