なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(609)

船越通信、№609  2024年3月24日(日)北村慈郎

  • 17日(日)は礼拝後能登支援のスタンディングを京急田浦駅前で行ないました。以下N・Kさんによる報告を転記しておきます。「本日、京急田浦駅前で、11:44~12:28能登半島地震の被災地支援募金活動を行いました。参加者は6名でした。春らしい温かい日でしたが、風が強く、手に持つプラカードが飛ばされそうでした。今回は、小学生や中学生の男子を中心に、8人の方が募金に協力してくださり、2,166円集まりました。2月分と合わせて、5,460円です。一方、教会の募金額は11,000円になりました。 募金の送付先は、役員会で検討中です」。スタンディングを終えて、教会に戻り、後片付けをしてから私もバスで追浜に出て、鶴巻に帰りました。
  • 18日(月)は、お天気が良かったので、一回目の食事を終えて、お昼ごろから小田急で秦野駅まで行き、そこから30分ほど歩いて、権現山の下にある秦野市の清掃関係の建物と向かい合って建っている富士見の湯に行きました。この富士見の湯は露天風呂から箱根山系から丹沢山系へと山並みが続いている正面位に富士山が見えるのです。それで名前も富士見の湯とついているのだと思います。ただ富士山が見えるのは遠景で、御殿場のアウトレットの中にある木の花の湯のように真正面に雄大な富士山が迫ってくるようには見えません。それでも体も心も癒されるひと時を持つことができました。帰りはこの温泉のバスで秦野駅まで送ってもらい、鶴巻に帰りました。
  • 19日(火)は、31日のイースター礼拝の案内を会友の方々に出す作業と、遠方の教会員と数名の会友の方々には教会だより、船越の丘から第28号を送る作業をして、投函しました。2023年度はイースターが2回あることになります。今、日曜礼拝ではヨハネによる福音書を扱っていますが、ちょうどラザロの復活の記事に来ていますので、31日のイースター礼拝では、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことはない」というイエスの言葉が含まれている箇所(ヨハネ福音書11章17-27節)を説教のテキストにすることにしました。
  • 20日(水・休)は対面による久しぶりの平和フェスタが、午前10時半から溝ノ口教会でありました。平和フェスタは教区の社会員会主催で、教区の諸委員会が参加して行なわれるフェスタです。諸委員会がブースを出して、それぞれの活動をアッピールするとともに、委員会によっては食べ物や飲み物を売ってそれぞれの資金や献金にしたりします。会場の溝ノ口教会はカレーを売り、会堂耐震補強工事の返済資金の一部にし、川崎戸手教会はチジミを売って、朝鮮初級学校の建築資金の一部にするということでした。最初に礼拝があり、その後午後1時まで各グループのブース展示や物品販売、昼食の時間で、午後1時からジャーナリストで映画監督でもある古井みずえさんの講演「ガザの人々」がありました。私はブースの時間、今回は基地小のブースを担当し、来て下さる方に資料の説明をして、持っていって下さる方に持ち帰ってもらいました。中には日本の政治の在り方について話して行かれた方もありました。その方は、日本はスイスのような中立国になるのが望ましいと言っていました。また、自衛隊は防衛のためには必要であるが、攻撃はしない形で存続させるという考えのように思いました。私はコスタリカもありますのよねと言って、その方と暫く日本の政治の在り方について話し合いました。私の希望としては、軍隊を持たない外交によって安全保障を構築していく平和国家に日本がなって欲しいと思っています。基地小の資料は7~8人の方々が持って行ってくれました。午後1時になり、礼拝堂で古井みずえさんの講演がありましたが、私は2時15分ごろ講演を途中で失礼して、この日訪問を約束している方の所に伺いました。古井みずえさんは、ガザの人々の日常性を丁寧にスライドによって講演してくれました。しばらく前に福島東電第一原発事故で被災した飯館村の3人の女性の被災後の生活を淡々と追って描いた、古井みずえさんの映画を観ましたが、今回はスライドによる講演でしたが、その手法は同じだと思いました。理念や思想が前面に出て来るのではなく、淡々と人々の現実の生活を描くのです。映画監督としては当然のことなのでしょうが、それだけに観る者、聞く者の心を揺さぶります。<24年2月16日時点で、ガザ地区では死者が少なくとも2万8000人を超えた。ガザ地区の人口がおよそ220万人であることから、「100人に1人」以上が戦争で命を落としたことになる>と言われます。一刻も早い戦争終結を願います。私たちが出来ることは僅かですが、この日もアハリー・アラブ病院へのカンパをしました。
  • 20日朝に寿地区センター主事からメールがあり、2月23日(土)10:00-12:00に開催を予定していた寿地区活動委員会の集会の延期の連絡がありました。船越教会の17日(日)の週報にはその集会案内を掲載していましたので、21日(木)夜の24日(日)週報原稿配信の時にはそのことを失念していましたので、22日(金)の朝集会延期のお知らせをメールで皆さんに送らせてもらいました。
  • 21日(木)は国会前の辺野古新基地建設反対の座り込みに出かけました。この日は寒いというので、厚着をして出かけました。前日の平和フェスタでお会いした上大岡教会のメンバーのK・Mさんと、衆議院議員会館前の道路で一緒になりました。K・Mさんは月に1回か2回木曜日の座り込みに参加しています。この日は何時も来ている方の一人がお休みで、4人で座り込みました。途中杉並に住んでいるというユニオンの二人の方が参加してくれました。この二人は先日三里塚闘争のチラシを私たちの所に持って来た方ですが、私たちの座り込みを知って、この日はわざわざ来てくれたようです。この日は天気は快晴に近く、よかったのですが、時々突風が吹いて来て、その都度石壁に貼ってる横断幕やチラシ(プラカード)が飛ばされそうになり、それを防ぐのに苦労しましたが、何とか最後まで続けることが出来ました。午後4時少し前に片づけて、散会しました。